鎌の美しさ、切れ味は、素材となる魂の経験と想いの強さが根源になる。
常人では並程度がせいぜいだ。
それゆえ犯罪者や精神病患者の魂が重宝される傾向にある。
かつて私が持っていた獲物も、120年ほど前のイギリスの犯罪者の魂だった。
「おい、そんなに急かすなよっ」
「ほらほらはやくっ!」
「ったく。しいな、お前もぼけっとしてると置いてかれるぞ」
『はぅん、イク時は一緒デスよぉ〜☆』
60年前、私は自分の持つそれ以上に良い素材を見つけた。
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私は戦争が好きだ。
放っておいても勝手に人が死んでゆく楽な狩り場だ。
数回ほど経験した後、私は一部の人間を操るともっと楽だという事に気付いた。
それは王や政治家と呼ばれる者、占術師や記者と呼ばれる者。
戦争さえ始まれば、後は現場の指揮者に取り入って狩るだけだ。
先日、若い死神の指導が丁度終わったので、今回もそうする予定だった。
本格的に戦争が始まる前にと軍仕官学校で、適任者を探していた時だった。
『内須 英雄』と呼ばれる男が目に入った。
残忍性や精神疾患などは見受けられず、まだ生まれて間もない魂だったが、
とても美しい鎌になると確信があった。
しばらくその男を観察していると、女に声を掛けられた。
「死神さん……ですよね?」
『そうだが?』
隠れているわけではないが、この姿が人間の目に見える事は珍しい事でもない。
これまでもこういう事は度々あったのだ。
女が私の視線の先、男の姿を確認して告げた。
「お願いがありますっ、彼を、英雄君を殺さないでください!」
女の発した言葉は、聞き飽きた台詞だった。
『つまらんな、お前だって死にたくはないだろう?
邪魔をするな、さっさと離れる事がいい』
そうでなくともこの女の命は長くないだろう。
私が手を出さずとも死ぬのは時間の問題だ。身体のあちこちが弱りきっている。
五月蝿い女を置いて、別の場所から男を観察する事にしよう。
「私っ、なんでもしますからぁあっ! おねがいしますぅ……」
自分の命より他人が大事なものか。
いままで一度たりともそんなヤツは見たこと無い。
皆、最後には命乞いしかしなかったのだから。
しばらく男を観察していると、あの女と頻繁に会っているのを見かけた。
それだけなら問題無いのだが、特筆すべきは男の変化だった。
会うたびに強く、美しく魂が輝いていくのだ。
これは使えるのかもしれない。
一つ問題があるとすれば、男に気付かれないかどうかという点だけか。
『おい、女』
「っ!」
女が男と別れた後、人気の無いところで声をかけた。
ここで改めてこの女を目に留めた。
やや貧相だが目鼻立ちが悪いというわけでもない。
長い髪も瞳もこの国では見飽きた黒、なんと平凡なものか。
人ごみに紛れれば見失うようなこの女の一体どこに、
あの男は惹かれたと言うのだろうか。
『何でもするといったな』
「っは、はい!」
緊張しているのか声が少し上ずっていた。
『取り引きをしよう』
「取り引き、ですか?」
『ああ、私はあの男を殺さない、お前は私に全てをよこせ』
「私の命でよけれ…」
『命だけではない、身体も心も全てだ。
それに私は殺さないが、あの男が勝手に死ぬのは知らん』
「…そんな……」
『どうするかね? 条件が飲めないならこの話は無しだ』
そうは言ってみたものの、この女は重要な鍵だ。
断るようなら無理やりにでも……。
「……分りました、お願いします」
『うむ。それでは女、名前は?』
女は『天宮 椎名』と名乗った。
私の名前と音が似ているなと、おかしく思い。
椎名に口付けをした。
計画のまず一歩目は成功した。
あの男の魂を育てる為にはこの椎名の存在が不可欠なのだ。
死神が人を生かす為に同化など冗談にも聞いた事は無いが、
同化することにより弱りきった身体に力を与えてゆく。
「あ、あのっ死神さんっ!?」
(シーナだ。で、何かね?)
同化といっても、今の私は実体の無い胎児のような物だろうか、
体の支配権を奪うのはたやすいが、今はまだ得策ではない。
「これは? どうなっちゃったんでしょうか??」
(お前にはまだ働いてもらわねば困るのだよ。
こちらから指示がない限り、今まで通りにしていろ)
「…わかりました」
それからしばらくは退屈なものだった。
椎名を看護学校に通わせ、あの男と逢瀬を繰り返す毎日。
やがて、戦争が始まり共に戦地に赴くも、その先々では敵味方双方がほぼ全滅。
その中で毎度生きて帰る男は、皮肉にも死神などと呼ばれていた。
「ありがとう、シーナさん」
(何の事だ?)
「英雄さんを守ってくれてる事、私を生かしてくれている事」
(何もしてはいないし、感謝されるいわれなど無い)
「謙遜しなくていいんですよ。私そろそろだと思うんです」
(なにがだ?)
「私の命、もうすぐ消えちゃう気がするんです」
(馬鹿なことを、身体は私が維持しているだろう?)
「はい、その点は感謝してもしきれない程感謝しています。
でも、シーナさんと一緒になって、なんとなく分るようになったんです。
もうすぐなんだなって」
身体の寿命と魂の寿命は異なるものだ。
椎名の魂はまだ強く燃え盛っているというのに何が不安なのだろうか。
(人間の考える事はわからん)
「だから……だからその時には私の心も…」
(何かと思えばそんな事か、くだらん)
椎名の心を取り込む事は別に難しい事ではない。
ただ、あの男に気付かれてしまう危険が少しでもある内はまずいのだ。
心象が変れば恋人といえど別人でしかなくなる。
それではあの男の魂は育たないだろう。
つまり、それまでに椎名のパターンを覚えなくてはならない。
ただ一つ、気がかりなことは、椎名が私の存在を喋ってしまっていた事だ。
この姿では魂を狩る事も出来ないので、椎名の中で眠る事が多くなっていたが、
私の意識が無いうちに話していたらしい。
あの男が本気にしていない事を願うばかりだ。
警報がうるさく鳴り響き、基地内の緊張が高まる。
慌しく走り回る兵士の中から男を見つけ、椎名が呼び止めた。
「英雄さん、あの……今夜…その、時間ありますか?」
「え!? あっ、その……はい!」
(なんだ椎名? またなのか?)
また、と言うほどの頻度ではないが、
時折こいつ等は身体を重ねるまでの関係になっていた。
顔を真っ赤にして飛行機へと走って行く男を見送り、椎名が呟く。
「たぶん、今夜が最後なんです」
(そうか…)
最近になってようやくだが、なんとなく気付いてはいた。
以前にも増して燃え上がる椎名の魂は、全てを燃やし尽くす為のそれだったと。
「英雄さんのこと……よろしくお願いしますね」
(言われるまでも無い)
兵士達が帰還する。
戻らなかった者、負傷した者、戦果をあげた者。基地の外が慌しくなる。
この看護施設も例外ではない、次々と傷付いた兵士達が運び込まれてくる。
治療を終えた看護士達の次の仕事は、助からない者達を見取る事だった。
こんなにも多くの命が失われてゆくと言うのに、
手が出せないなどとは、なんとも歯がゆいものだ。
そんな中、休憩室のドアを叩く者が居た。
トントン、トン。
「シーナさん、今日は寝ないで下さいね」
(面倒だが仕方あるまい)
人間の生殖行為に興味は無い、むしろ無駄な行為が多いとすら感じる。
子を成すだけならもっとスマートに済ませられるだろうに。
「椎名、居ないのかい?」
ドアの外から不安そうに男が尋ねる。
「あ、今開けますね」
開いたドアの向こうで周囲を確認している男。
(誰も気付いては居ない、安心しろ)
「大丈夫ですよ、さ、入ってくださいな」
「ああ……その、なんていうか…」
「うん?」
「今日は積極的…だね」
そう思うのも当然か。
男が入ってくる前から椎名は下着姿に看護服を羽織るだけと、
普段恥ずかしがりな彼女からはかけ離れた行動を取っていた。
「ええ、今日はいっぱい愛して欲しいですからっ」
「椎名、世界で一番君を愛している」
男はそう言うと、少し硬い寝台に優しく椎名を押し倒した。
(やれやれ、約束した手前しばらく付き合うとするか)
唇を奪いながら、男は忙しなく衣服を脱ぐ捨ててゆく。
椎名も対抗せんとばかりに唇を求め、腕を男の首に絡める。
しかし退屈なものだ。
人の寿命より遥かに長く存在しているが、先程から口付けのまま進まない。
(椎名よ、もう十分態勢は整っているのだろう? さっさと済ませたらどうだ?)
「ぁむ…ふぁ…っちゅ(シーナにもきっと分るよっ、だから今は…ね)」
(……)
分りたくもないし、見ているだけの私の身にもなってみろ。
これは私への嫌がらせか?
お前が重要でなかったらすぐにでも狩ってやる所だ。
そんな私の気も知らずに息を乱し、椎名は喘ぎ声を上げる。
男の手が胸に触れ、やがて唇もその肌を濡らしてゆく。
そしてこれもまた長い。
よくもまぁ飽きないものだ。
おい。
ああ、椎名よ。
ソレは口にするモノではないだろう?
なんで今日に限ってそういう事をするんだ。
本当に私への嫌がらせなのか?
……ほらみろ、せっかくの生殖行為が無駄になったではないか。
待て、椎名よ。お前は一体何を学んできたのか?
子種を飲み込んだところで子は成せんのだぞ?
消化されたところで労力に見合うほどの価値は無いというのに。
不味い? 自らねだっておいて不味いとは、心底馬鹿な奴だな。
それにしても、男の方も大したものだ。
出し終えたばかりだと言うのに、もう準備ができているではないか。
生物の雄ならばそうでなくてはな。
だから雄らしくさっさと済ませてこの退屈な時を終わらせてくれ。
さすがに私の願いが通じた訳ではないだろうが、ようやく本番らしい。
まったく。二人ともなんと無防備な顔するのか。
「っはぁ、はぅっ、っはぁ、いい、いいのぉっ」
私は置いてけぼりか? 椎名。
「椎名、椎名っ、椎名ぁぁ!」
おいおい、あんまりデカイ声出すなよ。見つかったらマズイんだろう?
「んっはあぁあっ、きてっ、英雄さんっ、私にっ!」
「あぁ椎名っ、…俺もう、っぁあ!」
それぞれが絶頂に達したらしく、脱力し、男は椎名の上に倒れこんでいる。
「っはぁ……はぁ……(シーナ…)」
(ああ、分っている)
「英雄さん、愛してるわ」
「ああ、俺むんっ…っちゅ……」
男の言いかけた言葉を、椎名が唇で押しとどめる。
「っ…あの…ですね……その、一つだけど、お願いがあるんです」
「椎名がお願い? 珍しいね、それに今日は…そのいつもより……
あっああ、そうじゃなくて、椎名のお願いだったら何でも叶えてあげたい」
「ありがとう。…その、
これからも、ずっと、愛してくれますか?
私達を……」
今、何と言った?
「……ああ、勿論だとも。
少しだけ寂しくなるけど、それが、俺の愛した人だから。
これからも、ずっと、愛している
君達を……」
どういう事だ? 二人の間で通じる暗号のようなものなのか?
この国の言葉は完全に覚えたはずだが、それは複数人称ではないのか?
…っく、まさか!?
(椎名っ!)
「うん、おねがい。シーナ」
二人に、私と男の二人に聞こえるように口にすると、
椎名はもう一度、男の唇を求めた。
(おい! 椎名っ! コレはどういうことだ!? 返事を…!?)
私を無視して接吻を続ける椎名。
いや、無視せざるを得ないのか。
椎名から失われてゆく命の輝き。
(この馬鹿者めが……)
血管を巡り、流れゆくように身体の隅々までを犯し、
濡れた砂糖菓子を崩す様に侵食し我が物としよう。
深く、ゆっくりと沈んでゆく意識は、
遠ざかる海面の光を見通せなくなる所までいざなおう。
だから。
代りに私をくれてやろう。
触れたいのなら手を貸そう。
知りたいのなら見せてやろう。
これで、私と御前は一人なのだから。
一欠けらも失う事の無いように、椎名を取り込んでゆく。
肉体も、記憶も、感情も……。
全てを済ませ、意識を取り戻した時。
最初に見た物は、私を見つめながら涙を流す英雄の顔。
次に感じたのは、そこだけ冷たい私の頬の温度だった。
肉体に馴染むまでの数分、私達は互いを見詰め合っていた。
「どうして、泣いているの?」
問いの相手が目の前の人物へなのか、自分へなのか。
ふと言葉になって口から零れたものの、私にもよくわからなかった。
「たぶん、受け入れた分、溢れ出てしまったんだ」
ああ、そうなんだ。
問いも、答えもただの言葉のやり取りに過ぎないのだろうが、
なんだか相手と同じ想いを共有しているような感慨を感じて、
そういうものなんだと、妙に納得してしまった。
「はじめまして、なのかな? 改めてよろしくな」
「何を言ってるの、英雄さん?」
「……全部椎名から聞いてる」
「うふふ、ちょっとした冗談なのよ?
英雄さんは、私のいう事なんでも信じてくれるんだもん、だか…」
「俺の魂を狙ってる事も、椎名の体のことも全部だ」
私を抱きしめて叫ぶ言葉に、『記憶』を手繰って確認をする。
ああ、椎名のやつめ。私が眠っている間に余計な事を。
「…っふぅ。そこまで言うのなら、死ぬ覚悟位出来ているのだろうな、小僧?」
私を抱きしめる腕を解いて、英雄の眼を見つめる。
曇る事無く澄んで、私を映す瞳。
その奥でたぎる魂は十分に頃合いだろうか。
たいして人目を惹くでもない顔だが、この眼は評価してやってもいい。
その目の奥にあるのだ。
十分に熟れた至高の果実が。
ソレをもぎ取る為に茶番を演じてきたと言うのに……。
おそらくは椎名の感情のせいだろうが、この瞳から光が失われるのが惜しかった。
だから、この魂がさらに高みに上がり、輝きを増してゆく確信があるのも、
きっと椎名のせいだろう。
それにもう一つの……命…。
「とうに覚悟はできていたさ」
「はン、どうせ椎名が死んで生きる意味でも無くしたのだろう?」
「椎名は死んでいないよ」
英雄はそう私に微笑んで言う。
そんな顔を向けるんじゃない。まったく、気に障るヤツだ。
「私が何であるか聞いていたんだろう?
この身体はもうただの肉だ、そして私は死神のシーナだよ。理解したまえ小僧」
「小僧、小僧って……赤ん坊に言われたくはないね」
「私が乳臭いガきだとでも言うのか!?
貴様ら猿共が穴倉で震えていた頃から私は存在していたのだぞッ!」
「ああ。でも、今日生まれた」
「何だと?」
「椎名は消える事無くシーナの中で生きて、俺の中で生きて、君は生まれ変った。
そうだろう? しいな」
「ふん……中々言うではないか。
だが、説得力の欠片も感じられ無いな。
私の腹に当たっているモノはナニかね?」
「あ、いや、これは…その……」
「どうせこのままでは収まりがつかんのだろう?」
私は英雄を押し倒して馬乗りになり、
硬くなって自己を主張するペニスを握って腰を浮かせる。
「天国にいけるほど気持ちいいらしいじゃないか。
死ぬ前に連れて行って差し上げるよ、逝った後の事は知らんがね!」
ペニス握った手に伝わる熱と、力強く脈打つリズム。
それを、まだ精液の滴る膣口にあてがい、一気に腰を落とした。
「ぁあああ あぉうはぁあああ あぉんふみゅゅうんんっ!」
自信満々に始めたつもりが、
情けない声を上げ、一瞬で達してしまったのは私のほうだった。
「おっ、おい!? 大丈夫か!?」
「ぁぁっ……っは…」
全身を震わせながら、内側で少しペニスが撥ねるだけで快感に囚われ、
動く事も、返事をする事もままならない。
椎名はこんなものを耐えていたというのか!?
「っおい、とりあえず少し動かすぞ?」
なんという事を言い出すのだ!
「わっ…らみゅっっ、っはぅ!!」
止める間も無く腰が突き上げてくる。
「ふぁっ…っあ…んくはぁっ!…っはぅ…」
突き上げられるままに身体は揺れて、
波のように押し寄せてくる刺激に耐え切れず、意識が薄らいでゆく。
「あー、いや…その悪かった。
あんな事言うもんだからつい……すまない」
いつの間にか英雄の胸に倒れこんでいたのだろう、頭の上から声が聞こえた。
「はじめて……なんだよな? 出来るだけ優しくするよ」
まだ繋がったままの状態で抱き寄せられ、そのまま体勢の上下を入れ替えられた。
脱力しきった私には抗う事も出来ず、せいぜい睨みつけてやる位が関の山だった。
「んはぅ…」
濡れた唇が私の喉をかすめる。
唇は淡い触感を与えられながら吸い付き、時折イヤらしい音を立てながら離れる。
痒みにも似たむず痒さと、少しばかりの紅く染まった斑を肌に残し、
その行為は執拗なまでに繰り返される。
「ひっ…あっ…あぁ…」
荒い息が頬に掛かる頃には、少しながら我を取り戻し、
物足りないような丁度いいような、甘美な刺激に身を任せる事ができていた。
「っはんっ…んっ…んんっ…」
そして、やがて来るであろう感触を心待ちにしている自分に気付いた。
けれど、それはどうにも焦らされているであろう事にも。
「っくぅん…ねぇ…んっふ…しないの?…んっ…」
「っちゅ…何を…っ…かな?」
キスマークを付ける事に集中しているようで、
その瞳を私から逸らす事無く見つめ、楽しそうに笑っている。
まったく憎たらしい。
分っていてやっているだろう事も、その透き通すような眼で私を見つめる事も。
「くっ…唇にっ…はんっ…」
「キスして…っ…ほしいのかな?…」
「っくぅ…物足りないのだ…んっ…何なのだこの感情はっ…んんっ…」
零れそうで溢れないコップの水のように不安定で。
こんなにも近くに居て、触れられていると言うのに遠くに居る様で。
それなのにどうしても足りない感じがするのだ。
身体に触れる暖かさでも、快感でもない何かが……。
「しいな、どうして欲しい?」
顔を上げ真っ直ぐこちらを見据える英雄。
「…っ、わからない。たぶん、キス……して欲しいのだと思う。
でも、それだけでもない気もして……自分でも分らないのだっ。
何なのだ!? この気持ちを、感情を治める為には何が足りないと言うのか!?」
知る限りの知識を引きずり出し、めくり返しても辿り付けない。
過去に憑いた時にはこんな異常事態はなかったはずだ。
何かがおかしいのだ、一体何を求めているのだろうか。
正しい答えは、正しく問いたださねば得られないというが、
正しい問いなど、正しい答えを知らずに出来るものではない。
「英雄よ、私は…何を求めているのかすら分らないのだ……」
散々小僧と罵っておきながら、生きた年数が役に立たないとなれば、
笑われるのだろうと、そう思った。
「椎名が言っていたんだ」
子をあやす様な口調で英雄が語る。
「シーナはずっと一人で生きていて、一人だから寂しさも知らずに生きていて、
一番命に近いのに、それに触れられないから愛を知らないって」
「それはどういう事なのだ? ツガイを作る為の本能みたいなものだろう?」
「しいな、俺は君を失う事が怖い、そして一緒に居られる事が嬉しい。
シーナと一緒になれた椎名がちょっと羨ましいくらいに」
「言っている意味が分らないぞ?」
「そう…か、なら……」
英雄はそう言うとベッドから立ち上がり服を着だす。
「お、おい、何をしているのだ?」
「別に」
興奮も冷めていないだろうそれもズボンの奥に消え、
あろう事か、私に一瞥もくれないで部屋を去ろうとする。
「どうしたというのだ!? 私の理解できない事をするな! おい!」
軽い音を立てドアが閉まる。
去り際にこちらに向けられた瞳は、酷く冷たい視線で私を見つめ、
背筋が凍るような悪寒を感じさせた。
「何がまずかったのだ!? おいっ! 返事を……しろぉ…」
英雄の居なくなった部屋は酷く閑散とした雰囲気を際立たせ、
狭い部屋のはずなのに、一人取り残された私はその広さにすら負けてしまいそうで、
「ここは、ひどく冷たい……」
温度の問題ではなかった、適切な言葉を選び出そうとして口に出た言葉だった。
いや、これが寂しいというのだろうか。
「……一人は寂しい?」
口に出して感じ、はじめて理解する寂しいとういう感情
満たされない想いがよりいっそう強くなる。
体温とは別に体から温もりが失われていく感覚。
アイツが居ないせいだ。
他の誰でもない英雄という男。
そう思った時には駆け出していた。
ベッドを飛び出して、ドアを開いて、ぶつかった。
「ぐっふぅ!」
「ひゃぅ!」
ドアのすぐ外には英雄が立っていた。
「こ、この馬鹿者がっ!」
視界が滲む。つくづく人間とは不便なものだ。
「おまぇがどうして居なくなるのだっ!
私を殺すつもりにゃのかあっ!?
どぅして…なんれ……うっぅぅ」
こみ上げてくる嗚咽のせいで声が出せなくなる。
ただ、伝えたかったのは、純粋に目の前の男と一緒に居たかったという事。
「追いかけて来てくれて嬉しいよ、しいな」
「うぇぅぅ…この…んむっ!」
軽く合わせるだけのキスが私の口を塞ぐ。
じわりと触れた部分が濡れる。
「一緒に居たいという気持ち、相手の全てになりたいと思う気持ち。
言葉では上手く伝えきれないけど……そういうものが愛なんだとおもう」
そう言って私の頬を両手で包み込み、涙を拭い、唇を合わせる。
お互いを求め合うキス。
英雄の首に腕を回し、強く抱き寄せ、私は一つになろうとする。
あぁ、私が求めていたのはこれなんだろう。
身体はもとより、満たされる想いが心地よい。
今なら椎名が飽きる事無く唇を合わせていたのも納得できた。
このような感覚は、感情は、初めてで、寂しくて、愛しい。
だから言ってやった。
「もう二度と私から離れるんじゃないっ……この…馬鹿野郎」
「馬鹿はお前だ、しいな、こんなところ誰かに見られたら……」
周りを気にしながら裸の私に目配せをする英雄。
私は気にならないのだが、まぁ見つかったら事だ。
「ふん、なら、部屋に戻って続きだなっ。
貴様からはその愛とやらをめいいっぱいふんだくってやらんと気がすまん」
「ぁあああ あぉうはぁあああ あぉんふみゅゅうんんっ!」
再開した行為の中で、私はまたしても情け無く悲鳴をあげる事となった。
同じ失敗は繰り返さぬよう、すぐに挿入はしなかったのだが。
「しいなの感度はすごいな……」
背後から私の乳房を弄び、乳首に爪を立てて英雄は言う。
「やっ…だっ…てぇえええっ!」
背中に感じる広い胸板は温かく私を包んでくれていて、
胸を這う指先は私を優しく溶かしてゆく。
「んんんっ…ふぁぁう…」
執拗にこね回される胸に、指は深く沈み込んで弾力を持ってそれを弾き返す。
「らめぇぇぃいいっつ!…っはぁ…そんにゃにぃい…くはぁんっ……」
「しいな、俺もう……」
耳に掛かる熱く荒い息に、私は声を出せず頷く事で返事をする。
「じゃぁ…そう、そこに両手をついて」
言われたとおりに、ベッドに崩れ落ちるように前に倒れこみ、
両手をついて獣のように四つん這いになる。
「いくよ」
合図と共に、私の中へと英雄が入ってくる。
「みゃぅううっ!」
少しずつ焦らす様にゆっくりとだが、それだけの刺激にもかかわらず、
全身が硬直し、打ち震える。
「っく、そんなに締め上げると…ああっ、凄く気持ちいいよ、しいな」
完全にペニスを飲み込んだ私の膣の奥で、先端が身体の芯を突き上げる。
その振動だけで軽く達してしまった私は、自身の体重を維持できずに肘を崩し、
ベッドに縋り付く様な格好になってしまった。
呼吸が乱れた身体は、口をだらしなく開いたままシーツに唾液の染みを広げていき、
持ち上げられたままのお尻をさらに突き出す体勢になっていた。
「じゃあ動くからね」
「っ!」
こんな状態で動かれたりなんかしたらどうなってしまうのだろうか。
不安な気持ちがあるのと、それ以上に満たされるであろう事に期待をする私がいた。
「んっ…んっ…はっ…あうっ」
ゆっくりと膣壁を削りながら抜かれるペニスが、
狭く縮こまった穴を押し広げるように蹂躙し攻め立てる。
「おっくぅう…あたりゅんんっっはあ…はぁああっ!」
腰の動くペースが徐々に上がっていき、
連続的な奥への突き上げが加速し、その度に全身を巡る悦楽に取り込まれてゆく。
「あっあっんっはっあっんっはっ」
「…っく……しいなぁ」
打ち付ける腰は、卑猥な音をさせながら愛液で濡れ、
私の膣は精液を搾り取る為に収縮を繰り返し始めた。
「っくぅううぅんんんんんっつ!」
「っはぁ、はぁ……」
英雄のペニスが抜け落ち、あふれ出てくる精液が私の太ももを垂れ落ちる。
「っはぁ…っはぁ…」
呼吸音だけが会話する部屋の中で、私達は抱きしめあい、
お互いの体温を感じあう。
離れてしまう事がとても惜しく、このまま時が止まればいいのにとさえ思った。
「っはぁ……はぁ…英雄」
「ん?」
「お前を殺すのは、もう少しだけ待ってやる……」
「そいつはありがたい」
「…このまま……勝ち逃げなどさせるものかっ」
…このまま……貴方と一緒に居たい。
そんな事を言えるはずもなかった。
「なら、生きる為にもっとしいなを攻めないとかな?」
「ばっ、まだ余力があるとでも言うのか!?」
英雄は答える代わりにそっとキスをくれる。
「っく!……ふふ」
少しだけ悔しいと思ったが、なんと心地の良いものか。
ああ、今ならお前の気持ちが分るよ、椎名。
愛しいと思う気持ちの半分はお前のものだろうが、
もう半分はお前が私に気付かせてくれた私の気持ちなのだろう。
まったく、なんて事をしでかしてくれるのだ。
この愛しい馬鹿者達は。
「ああ、そうだ」
「どうした?」
「言い忘れていたが、子を成したぞ」
「はぃい!?」
「御前と椎名の子だ」
「そうか! そいつは嬉しいな、でもそれでは言葉が足りないだろ?
俺達三人の子じゃないか」
「だが…」
「しいな」
「……ああ、私達三人の子だ」
まだ膨らんでもいない腹に顔を摺り寄せて声をかける英雄。
そんな姿を微笑ましく思いながら、私は考える。
主の居なくなったこの肉体を、
新たに命の宿ったこの器を、
私はいつまで維持し続けることが出来るのだろうかと。