一人で夜の街を歩いているとき、わたしが死神でよかったなと思う。
このくたびれた若者も、あの後先見ないスイーツ女もみんな死んでいくんだと思うと
死神としてわたしはどうしても笑ってしまう。
人間なんて、死んでなんぼ。死んだときにどのくらいの人が泣いてくれたか
死んだ後にいつまで覚えてくれているかで、人間の価値が決まるのだ。
そんなわたしは人間の価値は決められないけど、死に時くらいは提供してあげられるからね。
心も何もかもがひんまがったヤツなんだ、わたし『紫(ゆかり)』は。
死神の仕事は天上界に地上界の人間を送ってやる事。
ただ、天上界が求める人間は真っ直ぐで優秀なヤツ。すなわち地上界で言う『エリート』、
真っ当に、清く正しく生きてきた人間を汚れなき天上界に誘う。
彼らが住むには、地上界は薄汚れすぎている。
天上界には、誠実で素直な人間が求められているのだが、人間は環境の生き物。天上界で豹変する奴も少なからず存在する。
そんなヤツらを上のものが放っておくハズがなく、天上界にそぐわないヤツだと判断されれば、そいつは地獄にまっさかさま。若しくは地上界に舞い戻り。
そして、そんなヤツを連れてきた死神は『死神として役立たず』の烙印を押されてしまう。
で、わたしはてんでからっきしな『ダメダメ死神』だと天上界では少しは名が通っているのだね。ちぇっ。
風は心地よく小鳥が楽しくさえずっているのに、今日はやる気が全く出ない。
天上界でバリバリ働く同期の死神から、少し悪い噂を聞かされて気分が悪いからだ。
「紫が連れてきた子のことなんだけど…」と。
わたしをバカにしているのか?それとも、同期のよしみで心配してくれているのか?
どっちに取るかは、わたしの気分次第。今なら確実に前者の方だ。
そんな時は、地上界の唯一の友人、宇摩ゆきのの家にでも立寄ってみよう。
彼女とは少し前に知り合った、いまどき珍しい孤独を愛する女子高生。
宇摩ゆきのは、都心から離れた小さなアパートに一人で住んでいるのだが、
花も恥らう女子高生が好んで住むようなものにはほど遠く、
むしろ生きることにくたびれた、名もなき世捨て人の為の様な木造の建物であった。
そんな古い建物の薄い扉をノックすると、色白の少女が中から出てくる。
「いらっしゃい」
「元気?」
「うん」
黒く長い髪を揺らし白い歯を見せ、暖かくわたしを迎える少女が宇摩ゆきの。
わたしはネコミミで尻尾の生えたという、どう見ても近寄りがたい格好なのに
そして、荒んでひねくれたわたしなのに、昔からの友達のように優しくしてくれるゆきの。
小さいながらこざっぱりしていて、部屋いっぱいの本やアニメのDVDもわたしの趣味にぴったり。
わたしはぎしぎしと鳴く畳を踏んで小さな部屋にお邪魔すると、ゆきのは冷たい麦茶をわたしにすすめてきた。
「紫さんが来てくれて、うれしいね」
コトンとグラスを置くと、にっこりと笑いこんなわたしでもおもてなししてくれる。
わたしの事情を根掘り葉掘り聞こうとしないので、自然とわたしも笑みがこぼれる。
「ゆっくりする?」
「うん」
ゆきのの家では本当にどうでもいいことばかりしているな。
わたしが死神である事を忘れさせてくれる、唯一の場所でもあり、唯一の人がゆきのである。
ぐだぐだと寝転びながら、取り留めのない会話をする。空は青く、雲も白い。
そんな会話に嫉妬したのか、風鈴が静かにチリンと。
「ねえ…知ってる?この都市伝説…」
「ふーん、なに?」
相変わらず、ゆきのはこの手の話題が好きなようで。
まあ、根がおたくだから当然かも。何しろ初めて会ったときゆきのは、
ネコミミのコスプレをしていたしね。そして、第一印象は純な子だった…はず。
「ある犯罪者に関する都市伝説なんだけど…興味ある?」
「なになに?教えて!」
「えっとねえ…ちょっと有名な話なんだけど」
「だけど!」
「こっからは100円ちょうだい!」
「けち!」
わたしとゆきのは笑っている。あははと笑う。
こんな時は、死神のわたしだって思いっきり笑うのだ。あはは。
わたしのせいで少しおかしな子になってしまったのは申し訳ない。
ある日のこと。
わたしは故あって天上界に出かける。何ヶ月ぶりだろうか。ネコミミの後ろが熱い。
しかし、けっして喜んで向かっているわけではない。呼ばれたから仕方がない。
どうせお説教が待っているんだろうな、死神として芳しくない成績を叩き上げるわたしは
天上界のお荷物ですからね。ふん、誰にも媚びない黒猫のわたし。
ピンピンはねる尻尾も今日は絶好調なのであった。ふう、どうして上司って存在するのだろうか。
人目の付かない公園の片隅。誰も見られてないのを確認すると
わたしがいつも持っている死神の剣をぶんと振る。すると、切り裂かれた空気の隙間から真っ白な階段が現れる。
天上界へ行くには、人間どもには見えない階段を登ってゆくのだ。この階段がわたしには13階段に見える。
白く輝く天へと続く階段をのこのこと歩き始めるわたし。真っ黒のワンピースがくっきり浮かび上がる。
やがて階段は雲に包まれ、天上界と地上界の境目か、周りは混沌としている景色は久しぶりだな。
雲の中を歩いていると、見覚えのある少年が一人やって来た。確かこの子は、あの時の…。
「覚えてますか!」
「………」
「やだなあ、紫さん。ぼくですよ、悠太ですよ」
そうだ、由良川悠太だ。コイツは。
――――3ヶ月前。
由良川悠太との出会いは空が茜色に染まる頃、とある駅のホームの上だった。
家路に向かう人間を腹いっぱい詰め込んだ電車が滑り込む中、彼はフラフラと果敢にもその電車に向かって飛び込もうとし、
あろう事にも死神であるわたしが助けてしまったのだ。ほっておいてもよかったけど、
まあ、わたしの得点稼ぎに協力してもらおうか、とその時のわたしは思っていたのだろう。
ぎゅっと羽交い絞めをすると、仄かに生きている証の暖かさが少年から伝わってくる。
生きてる。少年は生きてる。
「どうせさ、死ぬんだったら、わたしと話をしようよ!」
「……うん」
少年をわたしの奢りで喫茶店に連れ出し、この子を落ち着かせる。
静かに時間だけが進むこの空間、どうしてくれる。
いつまでも俯いたままの少年の相手をしなければならないのかと思うと、わたしは少し後悔をする。
しかし、誘ったのはわたし。わたしのバカ、わたしのバカ。
何もする当ても無いので、わたしは自分のメガネでも拭きますか。
すこしぼやけて見える無口の少年は、きっと周りからもこのように見られているのだろうと思うと、
少し他人には見えなくなってしまった。沈黙をわたしが破ってみせる。
「ね、お姉さんになんでも言ってごらん。わたしとあんたは無関係なんだから、得も損もないでしょ?」
「………」
「あーあ。このジュース、タダじゃないんだよね」
「だって、みんなぼくのことを『死ねばいいのに』って言うんだ」
「それであの騒ぎを起こしたの?」
「…みんなが言うから」
話を聞いてみると、びっくりするくらいの素直な子。この純粋さは地上界では仇となる。
わたしが地上界の人間だったら間違いなく「死ねばいいのに」って言って、いじめていたであろう。
そんなことはさておき、彼にわたしが死神である事を伝えると、すんなりと受け入れてくれた。
もう、藁にもすがりたい気持ちなのか。だから、ヘンな宗教とか、スピリチュアとかが流行るのかね。
言っておくけど、わたしはそんな詐欺まがいな事をしているのではないぞ。念のため。
「ぼくは、生きていても…いいのかな。紫さん」
「困ったときって、選択肢があると気持ちが楽になるのよね」
「じゃあ…どうするの?」
「わたしと契約を結んで、天上界に行く。即ち、死んでしまうって事。
もう一つは…このまま生き続けること。さあ、どうする?」
「楽になる方がいい。紫さん、助けて」
やけになっていた悠太の気持ちを察し、その純真さと意気込みを気に入ったわたしは
彼と契約を結んで無事に天上界に送ってやった。前向きな悠太の笑顔が眩しい。
―――――そして、地上界をおさらばして天上界でのんびりとしている…はずなのに。
しかし、何でこんな所にいる?
「紫さんは、天上界に帰ってくるんですか?」
「い、いや…。まだなの」
「そっかあ」
にやりと笑う悠太の気持ちはこの時は分からなかった。
あいさつもそこそこに、悠太は口笛を吹きながらどこかへ行く。
さて、わたしは今からお説教を食らいに行くか。
きっと天上界のババアからたんまりと嫌味を言われるんだろう、分かってるんだから。
でも、ただお説教をされるわけじゃないぞ。ケンカをしに行ってやるからな。覚えていろよ。
夕方近い路地裏、ここは地上界。
昨日は昨日のことですっかり忘れる事にしたい。あんなにボロッカスに言われるとは
露も思っていなかったから、いまでもモヤモヤする。
天上界の上層部、ヤツらの文句は『このままだと、あなたはクビですよ』的な警告。
「あなたはあまりにも、のほほんとしすぎてませんか?」
(そのくらい、分かってます)
「後輩たちもぐんぐん育っているんですよ…」
(知るかよ)
一言も言い返せなかったわたしはヘタレだ。思いっきり目の前の空き缶を蹴飛ばす。
そんな時は、昨日は昨日でとっとと忘れて笑ってくらそう。
死神だって笑顔でいたい時もある。笑いは偉大だ。
「紫せんぱーい。お久しぶりっす」
後輩の『荵(しのぶ)』が尻尾を振ってやってきた。
わたしの後輩のくせに死神としての成績もよく、明るい人気者タイプの子。
ことあるごとにわたしをバカにするのだから、あんまり好きじゃない。この子は。
「わたしですねえ。ひっさびさに天上界に行ってきたんですよ」
「ふーん。それで」
「で、ヘンなヤツ見つけちゃったんすよっ。ヘンなヤツ!」
わたしと同じようにネコミミをピンピンさせて楽しげな荵。
まあ、優秀なヤツだから天上界でも可愛がられているんだろう。
「ソイツはね、天上界でもちょっとした大バカヤロウでしてね。
人の悪口ばっかり言ってまわるわ、仕事はしないわ…。困ったもんですねえ」
そういうヤツは天上界にも、一人は二人いるのだ。で、目に余る場合は
エリート社会で塗り固めるのがよしとする天上界の恥さらし者とされて、もう一度地上界に送り戻されるのである。
もう一度、地上界でやり直せと。人間になるか、フナになるか、それとも…それは天上界のヤツにしか分かりえない。
「で、どこがヘンなの?」
「ソイツ…紫先輩の事が好きなんだって!ふっふー」
「殺すよ」
もっとも、死神には色恋沙汰はもってのほか。わたしたちに『人を好きになる』と言う感情が
強くなればなるほど、死神の力は薄まってゆく。
なぜなら、『好きになる』と言うことは、『地上界で生きる喜び』、即ち『生きる』ことは死神の力に相反するからだ。
そして、キス…セックスまで及ぶと、無論…。死神ではありえなくなる。
それは恐ろしい事。
なのに、荵はケラケラと笑いながら、わたしの顔を下から覗き込む。
わたしは荵の足をぎゅうっと踏みつけてやった。ざまあみろ。荵の泣き顔はいつ見ても面白い。
それでもめげないのが、荵の良い所であり悪い所でもある。
「こんな先輩、大好きっす」
「ホント、殺すよ」
泊まるあてのないわたしは、宇摩ゆきのの家へ。何となく今日あった事、荵の事、色々と話す。
ゆきのの話は嫌な事を忘れさせてくれる。
「ねえ。この間の話の続き…聞きたい?」
「えっとお、何だっけ」
「ほら、犯罪者の都市伝説」
そういえば、そんな話もしてたっけ。ゆきのはニヤニヤと笑っている。
「聞かせてくれる?ソレ」
ゆきのはお茶をごくりと飲んで話し始める。わたしは黙って聞き入る。
「いまさら話すのも恥ずかしいほど有名な話なんだけどね…。
ある凶悪な殺人犯に行った心理テストでね、いい?よく聞いてて。
『父、母、息子の一家の話。事故で父が亡くなり、葬儀が行われました。
その葬儀に来た、とある若い青年。その青年は父の同僚です。しかし、母は
その青年に一目ぼれ。暫くして母は子供を殺してしまいます…』どうしてでしょうか…というお話」
ゾッとする話だ。この話の内容でではない。由良川悠太のことでなのだ。
もしかして、いや…確実に由良川悠太にこの質問をすれば、こう答えるのだろう。
「紫さん。答えはね…『また、青年に会えるかもしれないから』」
「お久しぶりですね、紫さん」
雑踏の中、いきなりわたしに話しかけられたその声は紛れもなく由良川悠太のものだった。なぜ地上界に?あんたはとっくに斃れていたはずなんだぞ。
この世とはおさらばして、天上界で下界のヤツラを笑っているはずなのだぞ。
「会いたかったんですよ…ぼく」
「…はあ」
「ホントのこと言っていいですか?」
勝手にしろ。
「ぼく、紫さんのことが…好きです」
「………」
「だって、あんなにぼくの話を聞いてくれたのは、紫さんが初めてだったから」
「……わたしは…嫌いだな。アンタの事」
「紫さんはウソが下手糞だ」
わたしは由良川悠太が怖くなってきた。何か見透かされているんじゃないかと。
「でも、こうやって会えることって…ぼくが『死んでしまいたい』って思わなきゃ
紫さんに会えないんですよねえ。つまり…」
「ホントに死にたいの?」
「はい!」
「ウソ」
人間は臆面もなくウソを付く、人間の素直さは時として、残忍な凶器になることはよく知っている。
由良川悠太は青白く光る見えないナイフをちらつかせる。
「わたしは分かってるよ、アンタの腹の内。悠太さ、バカでしょ?」
「やだなあ、紫さん。折角こうして話が出来るのに…」
「うるさい!アレでしょ?こうすりゃ、いつまでもわたしと会えるから天上界と地上界を
行ったり来たりしようって事でしょ?あんた、何考えてるのよ!」
「紫さんと…」
わたしは思いっきりヤツの頬を引っ叩く。手が痛い。
由良川悠太はそれでもにやりと笑いながら、わたしに向かって恐ろしい事を話し出す。
「…そりゃないよ。折角、紫さんに会いに来たのに。
ぼくは紫さんに会うためにどんなに頑張った事か。紫さんはわかんないの?」
「だって、あんたが死んでしまいたいって言ったから、わたしが天上界に送ってあげたのに」
「ぼくは初めて人を好きになったのは、紫さんです!だから!!」
「死神は人を好きになっちゃいけないの!!バカ」
思ったままの感情を由良川悠太にぶつける。そして、
「お願い!もう一度…死んでくれない?!」
「何度でも紫さんに会えるのなら…何度でも死にますよ。そして何度でも…」
「それはダメ!!」
夢中で腰の剣をパッと抜き取り、由良川悠太の首に突きつける。
天上界へと送る為の剣。この剣でアイツを斬れば、大人しく天上界に逝ってくれるはずなのに。
あくまでもこれは儀式。体の中の不浄なものを抜き取り、清らかな天上界に持ち込ませないためだ。
剣先が小刻みに震える。由良川悠太よ、怖くないのか。わたしはあんたを殺そうとしてるんだぞ。
「紫さん…無駄だよ。また戻ってくるから」
「うるさい!」
わたしが目をつぶって腕をぶんと振ると、剣は何も言わずに由良川悠太の首を引っ掻く。
剣は由良川悠太の血で染まる。もちろん本物の血ではない。
地上界でも汚れたものが具現化したものなのだが、びっくりしたことにコイツは殆ど流れない。
ホントに汚れきっていない純粋なヤツなのだろうか。何事もなく由良川悠太は立っている。
まあ、ホントに斬っている訳じゃないので当然なんだが。
「この後ね、地上では死神に会っちゃいけない決まりなの。だからね」
「うん、それじゃあまた…」
「二度と会うもんか」
わたしは彼に再び会えるだろうか。…何言ってるんだ、わたし。
あの日以降、約束どおりにわたしは由良川悠太に会っていない。
彼は無事に天上界で暮らしているのだろうか。いやいや、死神に情けは不要。
彼は彼、わたしはわたし。もう二度と会うことはない…と信じたい。
わたしは地上界での生活に慣れきってしまって、自分が死神だって事を忘れてるんだろうか。
もしかして、これがゆきのの話に出てきた『一目ぼれ』ってやつなのか。
そんなことどうでもいい。健やかな青空が更にわたしをムカつかせる。
しかし、疑問が一つ。
どうして由良川悠太が由良川悠太の姿で、地上界に戻れたかだ。
同じ過ちを繰り返させないという観点から、天上界から地上界に戻る場合、
けっして元の姿のまま、地上界に舞い降りる事はないはずなのになぜだ。
理由が何かあるのだろうか。と、恐ろしい考えがわたしの脳裏に浮かんだ。
もしかして何か大きな力で『わたしを消そうとしているのではないか』。
わたしと由良川悠太を接触させて、恋愛関係に持ち込ませる。即ち、死神『紫』の死だ。
この間の天上界から『このままだと、クビですよ』の警告。それを自然に遂行する為に
わざと由良川悠太を地上界に下ろしたに違いない。そして、由良川悠太がわたしの事を好きだと知っているヤツは…。
セミが鳴き始め、あさがおが咲く季節。日差しが眩しく照り続けている。
未だに由良川悠太は現れない。別に待っているわけではないが、由良川悠太は現れない。
この事を無二の親友、宇摩ゆきのに話すと思いもよらない答えが返ってきた。
「ふーん。実は…」
「え?」
「悠くんとは…」
「まさか、由良川悠太と?」
「そうです。えへへ…わたしの彼氏になりました」
そうなんだ。隠しているなんて、照れくさいぞ。ゆきの。
「悠くんとは、この間商店街で出会ってからのお付き合いなんです。
とっても素直な子でしてね、かわいいんですよお」
わたしのネコミミがぴんと立つ。しかし、ゆきのは続ける。
「という夢を見ました」
わたしは初めてゆきのを軽くデコピンした。ゆきのは、てへへと笑う。
つられてわたしもえへへと笑うのであった。
夕方、いつもの様に出歩くと由良川悠太の代わりといっちゃなんだが、
荵がいつものように人懐っこくまとわり付く。コラコラ、尻尾を引っ張るな。
「それにしても、紫先輩は地上が好きなんですね。この間天上界で紫先輩をちらっと見たんすよお。
大審院に呼び出し食らってるって聞いたから、すっかりクビになって呼び戻されて…」
「あんたの言うことって、いちいちムカつくね!」
「ふっふー。でも、みんなに言いふらかしちゃったんだよねー。あのヘンなヤツにも…。
どうしよう。わたし、大ウソツキになってしまいましたっ!」
「………」
「そのヘンなヤツ…。わたしが『紫先輩がクビになりました』って言って以来、見ないんだよね」
「だから、クビになってないって…」
今頃、由良川悠太はわたしが居るはずも無い天上界を一人彷徨い、わたしを探しているんだろうか。
とにかく、そのことは誰にも分からない。
でも、なんだろう。わたしは決して泣いていないぞ。
瞳なんか潤んでいないぞ。目頭なんか熱くないぞ。鼻なんぞすすってないぞ。
由良川悠太のことなんか…好きじゃないぞ。うん、大嫌いだ。あんなヤツ。
ぜったいすぐに…忘れてやる。
「紫先輩、泣いてるんすか?」
「あんたのバカさ加減にね」
おしまい。