狼モノ@辺境(仮題)
一章
俺は、剣道部を退部することになった。
もう、どうでもいい。
唯一、続けていたことだったのけれど。
でも、どうでもいい。
今の、名目上の保護者は、年若い叔母――姉と呼ばないと怒るくらいに――だ。
基本だな!? と本人は言っていた。何がかはさっぱり解らない。
彼女はいい人かつ頭もキレるがちょっとアレで、ともかく恩人で一人だけの身内だった。
幼くして両親をなくし、親戚中をたらいまわしにされていた俺は、中学進学と同時に、
彼女の支援の元部屋を借り、僅かに残った両親の遺産、そして保険金と、
当初は新聞配達、今ではコンビニが加わったアルバイト代、
幾らかのカンパとで、なんとか一人暮らしを成り立たせていた。
その、酷く暗くて古いアパート。電気さえついておらず、本当に暗い。
俺は玄関に着くなり、靴も脱がずに腰をかけ、
何もせず、ただただため息とため息とため息と……
とりあえず、ため息以外に出来ることもなかった。
明日からどうしようと、何をしたら良いのかと、ただ、そう悩み、悩んでいた。
ははは。まるで思春期の中学生みたいだね?
と、所詮は高校生でしかない自分を棚上げして、
その事に時折苦笑し、またそのうちに自沈してため息を吐き――
そう、自分の事を思うだけ、余裕はあったのか。
それとも、もはや精神がヤバい領域に入っていたのか。
自分としては後者を支持する。ともかく。
玄関横の光取りの窓から入って来ていた街灯の跡が伸び、
膝の向こうの、足先にかかる。
と、俺はようやく、日が暮れていた事に気づいて時計を見る。
既に九時を回っていた。3時間、俺は一人、無駄な時間をすごして居た。
傍らには、置かれたままの重い、巨大な肩掛け鞄。スポーツメーカーの、青いビニル製。
死ぬほど詰め込んだ教科書と、特別に今日は百科辞書入りの代物だ。
後は、傍らには袱紗へと入った竹刀。
折れた――折った
折ってしまった竹刀。
ふと、無駄とも限らないか。と思い直す。
休んでいれば、立ち直れることも解っていた。
何度も経験した事だからだ。他者の悪意を受けるなど。それも、世の中にはありふれたこと。
と、よくも知らないのに俺は自分に言い聞かせ、納得していた。
納得が出来ていたから大丈夫だろう。
少し、逃げたいと思わないでもないが――それもまた癪だ。
幸いなことに、今日、バイトは入っていない。思う存分暗くなっていようと思う。
正直。こんな思考をしている時点で、人間としては間違っている気もするが気にしない。
そのままで、居る。
瞼はしだいにその重さを増していた。視界は僅かづつ狭められ、
そのことさえ認識できず。やがて眠りに落ちるのだろう。
玄関で良いのか。という気持ちも有るが、身体は全く動いてくれなかった。
風邪を引いたなら、休める。という気持ちもあり、俺はそのまま、身体の力を抜いた。
――夢を見た。
――夢の内容は、覚えてはいない。
――ただ
――誰かに呼ばれたような気がした
「――、え」
俺はあわてて辺りを見回した。
その森は斜面にあった。木々は、間合いをあけて立ち並び、茂みの切れるところはない。
今いる場所は、その中、僅かな森の切れ目だった。俺は膝に頭を乗せ、
姿勢は寝る前のままだった。
そうして、振り落ちてくる光に上を向く。切り開かれたように覗く、青。
何故、俺は森の中に居るのだろう。夢? 頬を引っ張る。痛い。夢じゃない?
僅かに、背筋が震えて――
そうして、気付く。
足元になにか、バッグ以外の――
――不気味な、なんと表現したらいいかも解らない、文字とも絵とも付かない、
巨大な『何か』と、それを覆う、膨大な、既に固まってしまった血の海――
反射的に、頬を引っ張る。痛い。夢じゃない? って二度目かコレ二度ネタかー。
「……なん……な、に……?」
どうやら、思考が幾らか愉快な世界にダイヴしていたらしい。
すぐさま、辺りを見回す。
屍の、海。
その、森の切れ目、折り重なるように、無数の、死体が存在していた。
首を立たれ、瞳を付かれ、もしくは出血で蒼い顔となり、もしくは駒切れとなって。
既に、蝿がたかり始めてさえいる
傍らには、底が赤く染まった、バッグがある。
「……夢……いや……?」
現状を、把握しようとする。
だが、あまりにも状況は現実から外れていて、
けれど空気には全てを上塗りする血の匂いがあふれて、空気さえも紅く見えるような――
俺は立ち上がる。
「……なんだよ、ここは……」
思わず声を漏らしていた。森の中だ。それは解る。だが、何故? 俺は、寝ていたはずだ。
聞こえるのは葉を揺らす風の音と。遠く聞こえる『何か』の声のみ。
見えるのは、ひたすら折り重なる、男達の死体。
男達。
「……?」
どこぞの、フィクションの、蛮族か山賊か。という格好をしている。
ダメだ。と結論付ける。あまりにも状況はイカれている。
「まず、い、な……? 現実逃避の挙句、幻影か?」
自嘲気味に呟く。
だが頭の片隅では、これは目の前で起こっている明確な事実なのだとも思っていた。
この、これは、とにかく、俺の、どこかが、ヤバイと、言っている。
直後、がさりと、後ろから茂みが揺れる音――心臓が跳ねた。俺はあわてて振り向いた。
「……っひ……」
情けない声が、漏れる。
茂みから、抜け出してきたのは、狼だった。
ただし、ヒトの形をした。まるで、いや、そのまま狼男。
腰の辺りに布を巻いているだけで、後は毛皮に覆われた体を露出している。
ヒトと狼の骨格が合わさった上には、すさまじい筋肉が見て取れた。
―――――――!!
音にならない咆哮。
「!?」
何がなんだかわからなかった。
それは、更に加速する。
「―――――」
その狼男が話したのだ。人語を。理解は出来なかったけれど、それは、紛れもなく人の言葉。
それが、解ってしまった。
だがしかし、狼男が爪を振り上げる。言葉は、おそらく独り言。
まずい。いやまずいと思う。
そのまま、狼男が走りこんできたからだ。
っていうかコレは――
1、これは悪夢、もしくは現実逃避の挙句に見た夢ならこのままでも大丈夫!
後で目が覚めるさ! 寝ぼけたガキが、見間違えたのさ!
2、これが現実なら、自分は三枚下ろしさぁっ!
結論。夢ならよし。現実ならやば。どっちか解らないなら対処しといて損はなし。
唯一つ言えるのは、如何にかしなければいけないと、そういうこと。
というか、でもね。無理。
狼男は、俺の思考速度なんぞゴミのように扱い、瞬時に目の前に到達していた。
俺は右へと身体を投げ出した。肩をかする爪、学ランの二の腕部分がが、
ほんの僅か触れただけで吹き飛んでいた。弾き飛ばされてコケる。
二の腕に熱さと痛みが同時に走り、尚且つ生暖かいものが溢れ、零れ落ちる。
それだけでなく、思考は焦る。顔が蒼くなる。既に、失血の量は半端でない。
腐った血の上、腐臭放つ地面に自ら倒れた俺は、もう、爪を躱わせない。
―――――――!!
再び、咆哮。俺は転げ、現実逃避から立ち直る。だが、遅い。
いや、もともと正気であってもダメ、か。
我ながら気丈にもその狼男に顔を向け、にらみ付け――
爪にこびりついた俺の肉が、牙の間で租借され、黄ばみを赤く染めるのを見て、
そうして、もうどうしょうもない、という現実を思い知り、
俺の虚飾など、全て吹き飛んでいた。
咆哮に怯え、俺は四つんばいのまま、更に転げた。そのおかげか、回転の途中、
左の太もも、その後ろから肉がごっそり持って行かれた。
――肉をごっそり持っていかれた。
――あ、あ……っ――!?
熱さ、に下生えの中を転がりまわる。
痛みは、もはやない。
動けない。
歩けない。
いたぶる様に、今度は蹴りが入る。足の爪と、強靭な筋肉によって生み出される、蹴り。
結果は、口から吐き出された血塊が言わずとも物語る。
もう一撃が疾る。
死ぬ――?
現実は、疾く、絶対的に迫る。
もう一度、高々と、見せ付ける様に振り上げられた爪振り下ろされて――
視界が
紅く――
染まった。
閃光、が、は……――
気が付けば、狼男は、倒れていた。
「……ぇ……」
変わりに、
女がいた。
血に染まった、女が居た。
髪は目映いばかりの銀。首の後ろで束ねられ、それは腰の後ろまで流されている。
瞳は銀。肌は白。
年齢は、24、5。
瞳は僅かにつり上がり気味。唯一な違う色合いを見せる唇は紅も塗っていないだろうに朱。
気づいた。赤い。
湯気を上げる朱に、その銀と白は染まっていた。
一刀両断。
細く、長い腕の先に握られているのは僅かに歪曲した刃。
風を切る音と共に、血は払われ、腰帯につけられた鞘に収められる。
「――――」
吐き捨てるような、音。
頬の血をぬぐい、女性が、こちらに視線を向けた。
着ているのは、髪と同じ色の毛皮。肉食獣――狼の頭が、そのまま、肩に当たる位置についている。
毛皮の下には、麻かなにか、とりあえず服も着ている。粗末なものだが。
何より、目を引いたのは、顔の横。
耳だ。獣のそれが、顔の横にあった。ぶっちゃければ、どこぞのコスプレ? とか思った。
そんなことを、思いはしたが、思考の中心にする余裕は無かった。
死に掛けていたから。
二の腕はずっぱり大量出血。
太ももなど出血とかいう以前に、肉がごっそり削れて大洪水。
尚且つ内臓破裂。あばらも突き刺さっているかもしれない。
よくショック死しなかったものだ。
もはや、俺の意識は朦朧として嫌展。嗚呼。ナニを思考しているのだろうか。
霞む視線の先で、その女は、こちらを見ていた。
もはや、泣きそうな顔で、
唇が震える。
あの、どうしたんですか……?
と、言おうとして、息しか出せなかった。声帯が震えてくれない。
女が駆け寄ってくる。その、泣きそうな顔のままで、縋りつく様に、半ば膝までついて。
「―――」
ト――
僅かに女の漏らした吐息の中、僅かにその音だけを聞き取り、俺は意識を失った。
目が覚めた。
生きている。二の腕は切れて無いし、太ももは残っているし、内臓も痛みは無い。
……なんだ。夢か。夢落ちか。前も似たような展開があったが……まぁ仕方ないだろう。
仕方ないんだよ!
――少しテンションがおかしいらしい、興奮もしている。
アレだけの夢をみれば仕方ないだろうとは思う。けれど――
俺はがばりと、とにかく荒い材質の布団を跳ね上げた。
違う。何かおかしい。あれは、夢ではない。
生きて、いる?
俺の心臓はちゃんと動いている。
さっき割れたはずの左腕の傷口が心臓が血液を送るたびにずきずきと痛む。
「……え?」
痛む? ……痛む!?
あわてて左腕を見る。学ランは着ておらず、ワイシャツはめくられ、傷口が露出していた。
ただし、傷口には、何か、幾何学的な文様が無数に書き込まれた、紙……
いわゆるお札のようなものが、数枚張られており、他には何の処置もされていなかった。
その紙は白く、血に染まっている様子は全くない。
そして、同じようなものが太ももにもあり、それはえぐれた肉に張り付いて、しかし幾らか膨れ、
既に、そう既に元の形へ戻り始めていた。満足に、動いてはくれないが。
見回せば、暗い。この部屋には照明も窓明かりも無い。
樹の板と板の隙間から漏れ出る僅かな光が、この部屋の構造を見るための、唯一の光源だ。
ふわりと漂う部屋の空気は、そう、甘い香り――
キィ……
と、木が歪み、擦れる音。
反射的にそちらを見れば、あの、女が扉を開けていた。
服装は、毛皮を外し、それ以外は同じだ。ただし汚れていないから、着替えたのだろう。
その女は此方に駆け寄り、 さっきと同じように膝をついて、何事かを言う。
真剣な顔で。
「――――――――――」
聞き取れない。日本語ではないし、響き的を考えても、英語でさえない。
ただ、一つだけ解った。それは間違いなく心配だ。
頷いてみせる。大丈夫だと。
二の腕を示して、その上でムリにでも微笑みを浮かべて見せる。久しぶりに。
その顔を見て、そうして、女は――女性は破顔した。同じく笑み。たぶん、通じたのだろう。
綺麗な人だった。
顔立ちは日本人と違う。というか、何処の人間とも思えない。
何故か、何ものかの感情の色を宿して揺れるその瞳に、ふと、
興味によって気づく。というか、改めて認識する。
耳だ。
耳がある。いや、人間なら耳が有るのは当然だが、その、耳が、いわゆる。なんだろう。
動物っぽいのだ。頭の横から突き出るそれが、尖ってて、灰色の毛でふさふさしている。
思わず、手を伸ばすと、その手を掴み止められ、けれど手は俺の手の甲にそえられる。
何故か僅かに、鼓動は強くなり、けれど傷の痛みは感じない。
そのまま、引かれ、導かれて耳へと触る。
その耳はふにふにしていた。まるで――
犬!
あったかい。
それは、毛で覆われているだけではなく、血と肉の温かさだろう。――本物だ。
さて、と。
現状を整理しよう。
俺は玄関で、精神的疲労を主原因として、眠りについた。
目が覚めたら死体が転がりまくる森の中――
――思い出せば、死体はこの女性と同じような格好に、耳まで持っていた――
――男達の死体が転がる血の海で、狼男に何故か襲われた。どう考えても死ねる傷を受け、
けれどこの女性がその狼男を一刀両断にしてのけて、たぶん気絶した自分は助けられ、
治療を受けた。
その女性は犬の様な耳を持っていて、
まるでテレビで見る『秘境』の『集落』で来ているような、毛皮と服を来ている。
結論。
俺の頭が狂ったらしい。
という、事にしたいが――
狂っているのは、世界の方、らしかった。
溜息を吐く、すると、右手が引かれる。そちらを見ると、
まだ耳をふにふにされ続けていた女性が、というかしてたの俺だけど……
……困った顔をして此方を見ていた。
頬が僅かに、本当に僅かに赤くなっている。肌が白いから目立つのだろう。
「……あ。ごめんなさい」
通じないだろうけど、言って、手を離す。
そうして、沈黙が降りた。
しばらくが経つ。何もお互いに、動きさえせず、もどかしい時間だけが過ぎる。
女性の方も、何か言いたそうにしていたが、言葉が通じないのだから、どうしょうもない。
それでもコミニュケーションを取ろうとして、俺は口を開き――
女性も首を傾げ、
ぐぅぅぅぅぅぅ。
余りにも安直な展開に視線を逸らす。
女性は苦笑して立ち上がった。……これは、やはり、共通、らしい……。
振り返って出てゆく女性の腰、その下に視線が向いてしまう。
そこには、やはりふさふさとした尻尾が有った。
女性の姿が消える。
「……しかし……一体……何が――」
沈黙、思考。
現状、身体の損傷も、全身のうずきと足のえぐれだけ、
腹は空腹を感じるほどにはなっている。痛みはするが、我ながら大した物だ。
そして足も、すぐには歩けないが――逆に言えば、また歩けるのは間違いない気がした。
冷静に見て、肉の盛り上がり方はおかしい、どう見ても治癒速度は人間のそれでなく、
抉れた部分よりも、遥かに膨れている。振れると筋肉の繊維がある。
一体、なんなのだろうか。ここは。この現状は、と思い
とりあえず、命の危険ない。それで十分だろうとも思う。
そして結論。
「……なにこのマンガ世界……ってところかー……」
言いながらも、なぜか自分の心が落ち着いて、波風一つ立っていない事に気づいた。
それは、命の危険が無いからなのだろうが――
たぶん、あの場所へ、すぐに戻らなくてもいいと思ったから、かもしれない……。
木の軋む音がして、女性が大きな木製の椀を持って戻ってきた。
その中に有るのは、なんらかの果物と木の実で、黒いのは焙ったからか。
俺は数少ない共通の意思表示としての笑顔を向ける。他は腹の根だけか。
今日はずいぶんと表情が忙しい日だ。普段は無表情で過ごしているからか。
そうして、傍らにに女性はひざまずいて――また気づく。
何故か、彼女が浮かべていた表情は、泣き笑いだった。
「……っ……?」
頬を流れる涙を、拭きさえしていない。
ちらり、と考え、すぐに対処。結論。だから情報が足りなくて
「――――――」
気づいた女性が、何事かを喋って頬を手の甲でぬぐう。
やはり、理解出来ない。つまり、情報を得る手段も無い、と。
だから、何かを知ろうとしても無意味だ。
ただ、痛々しかった。
女性の涙を、あまり、見たくはない。特に泣き笑いなんていうものは破壊力がありすぎる。
だから、ただ笑みを向けて肩を叩く。
すると、女性は目を、赤くはれた銀の瞳を酷く大きく見開いた。
「――――――」
「はっはっはー。いやー、だから解りませんってー」
馬鹿笑いをしてみせると、しばらく目をぱちぱちと閉じ開きし、やはり女性も笑った。
それでいい。たぶん、命の恩人なのだから、コレくらいはしないと。
「――――――」
女性は、酷く、酷く瞳を細め――
「――――――」
そうして、本当に僅かにだけ、眉と眉の間にしわを寄せた。
まるで、何かを悩んでいるような顔。というか、俺の事で悩んでいるのだろうが――
「――――――」
たぶん、それは俺の先行きを左右する事。
俺は頷いた。文化的に伝わるかどうかは解らないが。全ての事象を肯定するつもりだ。
この人は命の恩人で、なおかつ、この女性の力は凄い。
あの一刀両断は現実で、つまりはそもそも叶わないのだ。
たとえ殺そうとされても、もう自分には逃げる事も出来ない。
足は、まだ動かない。そして殺意があるのなら、治療はしない筈だ。
殺意以上のものだとしたら、それは俺を苦しませ、それ自体を楽しむぐらいだが――
男だしな。俺、普通の。The美少年! って顔でもないし。楽しめないだろう。
叔母の言葉によれば、美少年とは疲れたサラリーマンのような顔をしないらしい、し。
結局、打算がなのだけれど、
それくらいは、賭けて見てもいいと思った。
この女性の困る顔を、見たくない。という心情も、あったのだが。
それは、俺にとって行動理由にはならない。難儀なことだが。
借りに死ぬとして――心残りは叔母に礼も言えないくらい、か。死にたいわけではないが。
迷う顔へ、更に強く頷く。
女性はこちらを見て、急に、心配を浮かべ――
「――――――」
そして、意味の取れぬ言葉と供に頷いた。強く。強く。決めたらしい。
顔には笑みが戻り、木の椀から、一つの、炒った木の実を摘み上げる。
「ええと、じゃ、いただきます」
言って、さすがにそれは腹の音を鳴らした自分に持ってきてくれたのだろうと判断し、
受け取ろうとして、
女性はそれを自分の口の中に放り込んだ
「――っ……!?」
驚きは、それが理由ではない。しばらくフリーズしていた俺は、そのまま女性にぱたん。
と、正直あまりいい材質を使っているとはいえない寝床へ倒される
「え、なっ、ちょっ!」
そうして、気づけば、頬をその細く綺麗な、その実俺以上に固い剣ダコをある指で固定され
「――」
顔が酷く至近距離でせまる。近づく女性の頬はリスの様に動いている。
「っー!」
反応するヒマさえなく、唇がつけられ、口移しで流し込まれた。
ばさり、と大ぶりの耳が、額と顎に触って、くすぐったいが――
それは一瞬だけで、消え、その後思った事は一つ。
――にぃぃぃいっがぁぁぁぁぁ!?
死ぬほど苦いってか苦いとにかく苦いにがにがい。人格崩壊寸前苦い。
よくもまぁ、笑ったまま噛み砕けるものだな。と、思考は過熱される頬とは別に思った。
そうして、悶えながら恍惚としてなおかつ大興奮フィーバァァァ!
な俺に、更に死ぬほどすっぱく、噛み砕かれ唾液と混ざり合った木の実が流し込まれる。
もはや悶絶するのみで――
――く、くすり……かなぁ……? か、体によさそうだし……
と、希望的観測を抱く次、例によって壮絶に渋い木の実。
半死半生な俺の口へ、ようやく、ようやく甘酸っぱいかもしれない果物が流し込まれる。
舌が麻痺して、正直わからない。
女性は唇の端からこぼれたその唾液交じりのそれを、舌先で舐め取る。
更に、口の中に別の果物を含むと――今度は、僅かに噛むだけで、流し込む。
ぷちゅり、と、俺の口の中で、女性の舌が野いちごに似ているそれを、潰す。
喉を、香りだけが滑り落ちる。
刹那の躊躇と、その後にようやく舌が引き抜かれた。
女性は、
「――――――」
言葉を紡いだ。
何故かその顔は、再び涙を流すに違いない、酷く不安定なそれで、
嬉しそうで、悲しそうで、罪意さえ湛えていて――
――たぶん謝っている――
何も反応を返すことが出来なかった。
女性が上に乗ってくる。身を引こうとするが、全身に残る僅かな痛みと、なにより動いてくれない脚のせいで不可能に終わった。
ワイシャツとスラックスと、女性が身につけている荒い衣越しに、暖かさ――熱さと、やわらかさがある。既に心臓は凄まじい勢いで跳ね出していて。額に緊張の汗さえ浮かぶ。
そうして、気づく。
体が、熱い。
特に一点が。
しかも、やばいくらいに。
これは、この反応は――
おかしい。というか、普通ないと言うか――
痛い。病気のレベルだ。
ふと、女性を目を細めて見る。
女性は、縁から流れ落ちる涙と供に瞳を細めた。
それは緩やかに円を描くもので、暗さは無い。
再び、唇を吸われる。躊躇なく差し込まれた舌が、口腔を蹂躙する。歯を撫で。歯茎を撫で。喉まで入り込み。舌に絡み付き。その付け根、頬にも潜り込み、余すところ無く、と。
交歓される唾液がわずかに水音を立て、時折、絶え絶えと言った呼吸が流れる。
陵辱。
麻痺した舌に、僅かに、本当に僅かに、甘みがある。
糸を引いて、口が離れる。ぽたりと、口から口へと空間を通って、冷えた唾液が落ちる。
「っ……ひ……」
ようやく得る事が出来た、まともな酸素を得る機会に、俺が息を告ぐ間に
既に女性の手が動いていた。
ワイシャツの、前を、それこそボタンなど外しもせず――開く。
二番目を。千切る。胸の半ばまで開いたそこ、肌の上を、くすぐる様に細かく
僅かに、僅かにだけれど、脳へ、脳の方へも、快感が、走る。
三つ目が千切れ、広くなった空間。左の乳首へと、舌が移動する。舌の平をたっぷりとあて、
滑りとザラ目を、少しずつ、じらすように、走らせる。薄い皮膚の上を、這い回る舌。
「っは……っ……」
息を、浅く、浅く何度も繰り返す。額が熱い、背すじも汗があり、今度は右乳首を僅かになぶり、舌先でつついてから通り過ぎ、右の脇腹に粘膜の熱さ。
左の乳首は、まだ残る粘液の上を、細い指の、かたくなっていない背で、撫ぜられている。
這い上がるのは、くすぐったさをも兼ねる、おそらくは快感だ。
全てのボタンが飛び、完全に露出した腹を、舌が余すところ無く粘液を這わせてゆく。
へその下を舌先がつついて、次に熱さが押し付けられた。
僅かづつ、僅かづつ舌へと下がって行く。皮が薄くなるのは錯覚で、けれど感覚は敏感に。
ベルトの上へと到達し、そこからは壁を這うようにして、左右へと流れ――
「あの……」
掛けてしまった声に、女性が舌の動きを止め、此方を上目遣いに見上げる。
首を傾げる。ジェスチャーの意味は同じだろう。言葉も通じないのに都合がいい事だが。
ともかく、言おう、として
「……」
沈黙した。何を伝えれば良いのだろうか。もう、たぶん、止めてもらいたくは無く――
けれど、なんと言ったら良いのか。そう、男に都合が良すぎるのではないか、と思ったのだ。 そんな事を思う根拠もないのだが――ただ、なんとなく、か。
それは、つまり、余りに唐突というか、予想していなかったというのか。
いや、はっきり言ってしまえば、いきなりで慌てているというのか。
正直、混乱した。というのが本音という真実であり事実であってだ。うん。そのともかく。
「――――――」
女性は言葉と共に首を振った。
――。
自分に対する気遣いは、必要ない。と――
俺は、女性がそう言ったと、勝手に思うことにした。
言葉が交わせれば絶対に聞き出すのだけれど。今は勝手な判断をするしかない。言い訳だが。
ああいやいかん。すっかり感情移入してしまっている。
女性は、割合簡単にベルトを外し、ファスナーを開ける。そして、トランクスも下げられた
飛びでた、膨大な熱を持ち、いつもよりも更に膨れたペニス。
一遍の躊躇もなく、女性はそれを口に含んでいた。
熱い。口腔の唾液を通して、熱さが纏わり付いてくる。
前歯が甘く亀頭の裏側に触れ、裏筋の左右をほじくる様に舌が這う。刺激してくる。
唇が、すぼめられ、強く吸われる。唇自体が、圧迫してくる。
頭に動く前後の動きが、
左の歯で、軽く、本当に軽くかまれる事も、
気持ちいい。
右手が、睾丸を指先だけで握った。
軽く円運動するように、指先でもむ動きと、擦る動きを兼ねる。
摩擦が鋭い錐となり、脳髄に突き刺さる。
舌先が、尿道をつっつき、続いて舌全体が尿道を擦り上げる。
口へと、右手の握力が幾らか強められ、密着度が挙がり、今度は熱さが睾丸を締め上げる。
玉と玉の間に指が潜り込んで、それぞれを軽く、本当に軽く、握る。
締め上げられて、逆にそそり立つペニスから口がはなされ、唇から唾液が伸びる。
極端に血が注ぎ込まれ、ただでさえ、いつもよりもケタ違いに敏感になっているペニスだ。
ひくひくと、心臓の鼓動に一拍遅れながら、跳ねている。
尚且つ、背すじがやばい。ぞくぞくする。あの、木の実が効いているのだろうか。
じわじわからその快感は既に突くような、確固とした、耐えられぬ寸前にまで変わっている。
苦しげな吐息交じりの合間、再び口中に詰められる。
今度は、喉の奥まで行った。肉が軋む振動の錯覚さえ伴い、飲み込む様に。
喉の奥、亀頭が押し付けられ、唇は根元にまで届いている。
そして、それでいて女性はえずかない。それどころか、舌を蠢かせ、息を吐き、
時折振動を起こすだけで、えずきにたえている。
吸い込み、更に締め付ける。
女性は、いきなり俺の両手を取り――自分の頭、まるで、耳を握る位置へと持ってきて――
というか、耳を握らせた。
そうして、女性は口の動きを止めた。喉の奥に加えたまま、舌と唇だけで圧迫する。
耳を握らせるようにして、自分の手で俺のてを顔の両手に、押さえたままだ。
舌と唇の圧迫は強くなり、弱くなり、けれど一定のままで、続いている。
女性の唇から、僅かに赤い、果実の皮混じりの唾液が、溢れ、ひとすじを作り、けれどそのまま。頬、顎を取って、ぽたぽたとスラックスへ落ち、やがて染みを作り始める段階になって――ようやく気づいた。
……。つまり、なんですか。それは自分でしろということですか?
しばらく動きを凍らせ、その間も顎を、開きっぱなしにし、ただ、振動のみで、えずきに耐える。――耐えている。
それは、それできつい筈だ。
逡巡を置いて、僅かにだけ動かし始めた。
僅かに、首を押す。そして引く、その動きに合わせ、女性は僅かに歯と舌の位置を変え、
刺激が一定にならないよう、常に動きを変化させ続ける。
カリに、人よりも僅かに長い犬歯が触れる。
舌が丸められ、押し込みを拒むかと思えばすぐに広がり受け入れる。
引き出し、押し込むたびに、唾液が溢れ、頬を通って顎へと流れる。
女性がまったく苦しそうにしていないので、幾らか動きを強めた。
摩擦と熱さと粘液が、早さを伴い、更に強く響く。
濁音まじりの、液が跳ねる音が、ただただ響き、響いて、響く。
僅かずつ、僅かずつ、しかし確実に亀頭がとろけそうな感覚が近づき――来た。
ペニスが振るえ、熱さが快感と共にせりあがって来て、今にも出る、と思った瞬間、
突如女性は頭を動かし始めた。前後に強く、すばやく、止めるヒマもなく
「――っあ――」
苦痛、とさえ表現出来る快感とともに、女性が喉の奥へとペニスを飲み込み、
弾ける。1、2打ちが喉の奥、3打ちが口中、4打ちは女性が口の外に出し、その顔へ、
それだけで、一回分のそれであり、尿道に僅かな痛みさえある。
そしてまだ終わらない。女性は、その白濁がかかった頬へ、まだ、出している途中のペニスの、その裏筋を押し付け、頬で持って、跳ね上げたそのペニスを擦る。
残りの白濁が、額から、まぶたの上に、掛かる。
汗が全身から噴き出している。それだけでなく、心臓が鋭く跳ねている。
気が付けば、痛覚全てが消滅していた。感覚が快感しかなくなっている。
荒い息を付いて、付き、女性を見れば、表情自体に変わりは無く、
口中に溢れる精液を飲み込んで、顔に掛かった精液を指で、それこそ払っている。
垂れて来るそれを、指で受け止め、
手のひらに溜まるような量のそれを、唇にすいこむ。
放心状態の俺などさておいて、全てを飲み込んだ女性は、
全く疲労の色など見せていなかった。
こちらを、見て、どう? と言わんばかりに首を傾げる。
どうもなにも、死に掛けてます。
そうして、女性は幾らか瞳を細めて――
「――」
何事かを呟いた。
「……はい?」
それは、音だ。解りやすい二音の音。
「――」
言葉にする。
「ゼ……キ……?」
頷いた。
……。
えーと。
その……?
それは……
……?
「ゼ、キ……?」
やっと、解った。
名前……?
「ゼキ……?」
その二音を口に出すと、女性は、瞳を細めたまま、僅かに笑みを――
一瞬だけ、考え――
「―――」
苗字を、とりあえずは名乗った。響きは珍しい。
その、響きに、女性は一度動きを止め――、もう一度、と言わんばかりに首を傾げる
「―――」
もう一度、同じ音を呟く。
その音を聞いて、大きく、まあるく、瞳が見開かれている。
そうして、女性は完全に何かが切れたように、表情が崩れる。
「え、あ、あ、ちょ、あー!?」
目を見開くなり、いきなり裸の腰にすがり付いて、泣き始めた。
事情を知らないから、対応しようがなく、やばい位置で泣き始めた、恐らくはゼキ、――関では、ないだろう――という聞いた事の無い響きの名前の女性の――どうしよう。
しばし躊躇の後、髪の毛を撫ぜ始める。それぐらいしかできそうにない。
ついでに言えば、情けない事に心臓は脈打ち、勃ちっぱなしだ。
いや、無理やりおったたされているのだが。
しばし、そうやっている内に、次第に、ゼキ――たぶん、年上だろうから、ゼキ、さんは泣きやんだ。
泣き止んで……、
見上げる顔は、笑顔だ。僅かにどころか、完全に泣き顔の後だが。
なにがどうしてどうなっているのかさっぱり解らない。
やはり、情報を得られない状況は不安だ。
そうして、ゼキ、さん……。ええと、ゼキさんは罰が悪そうに頬を掻く。
二十四、五ぐらいに見えるその女性の取るその行動、――まぁ、許容範囲であり、
いやむしろまだまだギャップが欲しいくらいであり――首を振った。
電波を受信しすぎである。
「…………ってああ!」
電波を受信している間に、ゼキさんはいつの間にか服を脱いで、完全に裸になっていた。
それどころか、背を向けて座り込み、勃ちっぱなしのペニスを足の間に挟む格好で腰の上に座っている。
前を見る暇もなかった。
脚にはさむ形で保持されたそのペニスに、僅かに何か、暖かい液体を掛けられ、
そうして、強くはさみ込まれる。僅かに茂みと、暖かい何かが擦れる感触。
体のばねだけで、ゼキさんはからだを動かしていた。
「っく……うぅ」
それは、ただ単に肉と染み出た愛液でもってペニスを擦るだけ。
ただ、物理的な刺激として考えれば、挿入するよりも強い刺激だ。
亀頭のふちを、茂みが擦り、次に暖かい軟肉が過ぎて、温かい愛液が流れる。
左右を、太ももを薄く覆う脂肪と、その舌の鍛えられた筋肉が締め上げ、擦り上げる。
なんども。
僅かに、僅かに、ゼキさんの息も荒くなって来ている――気がする。
そうして、なんども。
刷り上げ、降ろし、擦れ、熱い。もともと信じられないほど張っていたものだ。
既に、一度射精して敏感に鳴った挙句にコレである。
既に、ペニスの状態は限界に近い。ある意味では常に限界状態だ。
そしてまた、たぶん出しても萎えない。
だから、か。すぐに、来た。
ぶちまける。
そうして、出る瞬間にも遠慮は無い。
ずっと、ずっと脈打ち、それこそ垂れ流すように溢れる精液を、
まるで全て搾り取るかのように、動き続けた。
それは、たぶん、動きが止められるまで、流れ続けるのだろう。
出し始めた瞬間から、体は壮絶な快感にがくがく震える。息は極限まで浅く、
涙さえ流して、声はでずに、僅かに空気が震える音が耳に遠く聞こえるのみだ。
二十秒間、たっぷりと精液を、それこそ魔法の様に――って嫌な魔法だが。
流し続け、ようやく、ゼキさんは動きを止めた。
たっぷりと、信じられないほどの量を出しながら、まだペニスは痛いくらいに勃起している。
……。
というか、よく生きているな俺ー!?
……。
まぁ、もういいや。アレだけの怪我で生きている事自体が奇跡なのだ。
こっちは、その、微妙な奇跡、だが。
ゼキさんが此方を、振り向いた。両手を俺の方の外に置き、上半身を支えている。
精液でもってベタベタになっている、尻から太ももがペニスと擦れ、また一度、びくん、とふるえた。
そうして、此方を向いたゼキさんの裸身は、上半身だけだが、見事に精液だらけで、あまり大きいとはいえない……
正直、控えめな胸から、見える限りの腹まで、僅かずつ、粘性の余り強くない精液が緩やかな曲線を描く皮膚の上を
どろり、とした塊となって流れ落ちて行く。
見えない下腹にはさまれているペニスは先ほどと、正直変わらない圧迫と、
それ以上のぐちゃぐちゃどろどろの粘液で覆われて、安定せず微弱な刺激を受け続けているのを感じていた。
「ゼ、キ……さ、ん……む……ちゃ」
息は絶え絶えで、視界はぼやけて酷い有様だ。此方の顔を見て、ちょっとだけ笑っている。
そして、手を外し、ゼキさんの上半身が倒れ込んで来た。
たぶん、予想通り、まだ終わらない。頭は、右耳を押し付ける様にして胸の位置にあり、下半身が涼しくなっている。
銀髪の向こうに持ち上げられた、此方は幾分大きい、実質筋肉なのであろう尻が見える。
手は、片手が開いた膝の間に、片手は、体を保持する為に外にでている。
尻が、下がってくる。膝がだんだんと開いて、そしてまた、此方の膝の脇に下がって行く。
ペニスの先に、開いた柔肉が振れる感触ある。
そうして、固さが、白い指が添えられるようにペニスをおさえ、そして、一気に飲み込まれた。
あまり、きつさは無く、途中まで、するりと飲み込まれ、そして、一気に締め上げが来た。
それは、多分意図的に緩められていたので、それだけで、震える。その、急にきつくなった膣穴に、皮が引っ張られ、更に張る。
奥は深く、ちょうど根元まで達し、『切れ』る寸前まで行った所で、ちょうど奥に達し――
それだけで、はじけた。
ただでさえ熱く、水音さえ立てそうな膣奥に、たっぷりと新たな潤滑液が流れ込んだ。
一瞬、背が冷えるが――
女性は、すぐに首を振った。
――。というか、表情読まれている? と顔を浮かべると
頷かれた。
此方は意図が読めなくて混乱していると言うのに。と更に思うと
ごめんね。と言わんばかりにゼキさんは小首を! 『か・わ・い・ら・し・く』!
小首を! 傾げた!
ちなみに、目の前の女性の外見年齢は24、5くらいなのだがぁっ……っわ――
――更に締め付けが強くなった。
肉が、絞れる振動さえ感じた。
正直、ムリにしか思えないのだが、溢れんばかりの精液と愛液でもって、十分に動く事が出来た。
一度、深く、腰を上下させられるだけで、擦り傷の上を擦られるのにも等しい、
ぎりぎりの刺激がペニスあって、それだけで再び達しそうになる。顔を思わず、耐える様に顰めた。
動きが止まる。
一瞬、覚悟していたこちらの顔は、きょとんとしていたものへと代わったのだろう。
みて、いたずらげに女性のが笑う。
こちらは、意図がないぶん、本当にかわいらしく思える。
ころころと顔が変わる人だなと思い――顔に出し、
感情があまり安定していない人だなと思って――顔には出さない。
何時もの事ながら性質の悪い性格だと、この自嘲も顔には出さなかった。
恥ずかしげな顔に、女性の顔が書き換えられる。罪悪感を感じるが、無視した。
遠ざける様に持ち上げられた銀髪には、僅かに乾き始めた精液が付着していた。
此方の肌も、向こうの肌も、僅かに乾き始めている。
それを見て、ゼキさんは傍らに置いてあった椀の中から、また水分の多い
葡萄の一つぶに近い果物をつまみ、口中で噛み始めた。もちろん、固いペニスを挿入したままでだ。
どの道動けないから、逆らうまでも無く、じっとしている。
そして、十分に粘性を得た果物を、僅かずつ、僅かずつ、
こちらの胸から首、鎖骨、脇、満遍なく唇から流し、
此方に再び興奮でだろうか? 先ほどよりも熱くなった体を押し付けてくる。
水が、打ち合わされるような音がして、肌に柔肌が密着して擦れあう。
そうして、ゼキさんは此方の手を取り、自分の腰にあてさせ完全に密着したまま今度は動かない。
自身の手は、体の後ろにまわされ、何か動いている様子だ。
両手は束ねられ自らを拘束しているようにも見える。
正直、そろそろ最後だと思う。多少疲れも感じる様になってきたし、
思考がいつの間にか状況に適応している事に気づいて、黙殺した。
本当にきつい。処女並みか、それ以上か。
恐らくは後者だろう。軽く抱きしめるだけで柔らかな脂肪の下にある、強烈な筋肉の緊張がある。
そして、もうなんどもの射精を繰り広げているのに全く持って異常なペニス。
……静かに開始した突き上げは、本当に静かに、なんとか射精寸前でとどまる事が可能なレベル。
静かに、ゆっくりと、ゆっくりと動かす。
本当にまずかったら一瞬だけ動きを止め、僅かづつ。僅かづつ。
どれだけの時間が経ったかはわからないが――傍らで聞こえる吐息に湿り気が混じり始めた。
当たりだ。荒く扱われるか、もしくは対応する事になれているなら、それは正解。
恐らく、向こうも自分と同じような薬を飲んでいるのだろう、
入り混じった愛液が、僅かづつ精液と共に結合部から流れ出し、流れ続けている。
もう、長い時間が経ったというのに、だ。
なら、こうやって密着し擦れあい、甘い匂いを放つ肌も、自分と同じか、恐らくはそれ以上に、
ただ触れているだけで快感になるのだろうと、――予想でしかないが。外れてはいまい。
僅かに体制をずらし、乳首に乳首をぶつけてやる。と、僅かに息を呑む音が聞こえた。
確定でいいだろう。だからたぶん、この程度でも十分感じているのだ。
静かにもう自分の快感で無く、感じさせることのみに集中する。
……。
嫌な慣れ、だ。我ながら。食う為だったとはいえ。
っていうか、おぼれていたけれどー
もう、愛液と唾液と精液と果汁と汗でもって、辺りはぐちゃぐちゃになっている。
シャワーでも、後で浴びたいものだが。
そうして、快感から意識を逸らしているうちに、
いつの間にか聞こえる吐息はかなり熱い湿気を帯び、
断続的に吐き出される様になっていた。
よし、後ちょっとだなと、僅かに腰の動きを早めようとして――
更に締まった。
え?
と反応したころには、体全体が大きな舌に舐められるような寒気さえ伴って、快感が走り、
突きぬけ、脳髄を嬲って消え、いまだ膨大な量の精子を胎内にぶちまけていた。
「……っは……」
熱い息を付いて、ゼキさんは此方に顔を向けて微笑む。
……どう考えても意図的なもので……情けない限りの上にふざけるな。
であるトホホ。
粘液と言うよりは、もはや水音と化した音と、それだけの両の液とともに、ペニスが抜け出る。
正直、気落ちしているこちらを知り目に、視界の端で銀髪が否定に揺れた。
視界の端に。
見る。
体の上からずり落ちたゼキさんが、此方に背を、そして腰を向け――
片手で、尻肉を持ち上げ、その間にあるすぼまりに、
もう片方の指先が二本そろえられ、埋められて蠢いていた。
……。
正直に言えば、まだビンビンだった。
指が外れる。汚れてはいない。
まさか。とは思うが既に準備されていたのかもしれない。
手は消えて、自分でペニスに指を添える。
力が抜けた。先を押し付け、ゆっくりと、ゆっくりと、嬲る様に押し込んでゆく。
水気が余り無いせいか、ペニスが精液と愛液でぬれていても、強い抵抗が有った。
それはあくまで抵抗であって、決して尻穴が受け入れられないほど固いわけではない。
摩擦が強いせいで、尚且つその圧迫感は先ほどと同等。押し込むだけで達しそうになり――
どうにか、耐えながら亀頭だけは入れる。もう、いいだろうと。
強く、軽く体を丸め、短く吐息を繰り返すゼキさんの奥へ、
一編の躊躇無く、突きいれた。
「っはぁ……っぁ……」
はじめて、声らしい声を上げるゼキさんの直腸へ、ローション代わりの膨大な精液をぶちまけた。
可能な限り深くから括約筋ぎりぎりへ引きながら、快感に耐えながら、そして息を呑んで耐える音を聞きながら、
腸の中、届く範囲全てに白濁を流し込んだ。
手は腰の前に向かい、横抱きの体制からどうにか寝返りを打って、
体の上にゼキさんの体を持ち上げた。
多少負担が掛かるが、その程度でどうにかなる腰にも体にも思えない。
体を支えようとする両手をこちら側から掴みとり、片手は自分の指を添えて、
ゼキさんの秘裂へとのばし、もう片手は掴み取って、やはり胸へと。
乳房を下から押しあげるようにして、もみほぐさせる。
何度も、手で持って続けると自分で胸をもみ、乳首をつまみ始めた。
それはそのまま、空いた手を、首筋、肩、鎖骨、脇、脇腹、下腹、太もも、
その内側に、それぞれゆっくりと、時間を掛けて、じりじり、じらすように移動させてゆく。
声が、ただ息を飲む音だけに変わり、耳の後ろを溢れた唾液が流れ落ちてくる。
当然、ピストン運動は続けている。
それも、押し込むときはゆっくりと、引くときはすばやく、括約筋にカリをあて、断続的に動かし、
そしてまた奥に。子宮裏を圧迫してやるつもりで突き込む。
ほとんど射精しっぱなしも同然で、僅かづつ直腸へと白濁が満ちてくる熱さを感じている。
もはや耐え難い快感を受け止めきれず、今すぐにも動きを止めたいが、
――慣れと気合で動かし続けた。自分の息も荒く、声が押さえられない。
秘裂に向かった二つの手はやはり恥丘に押し当て、開かせ、
覆われていたクリストスを露出させる。
導いた手の人差し指と中指を強く押し当てさせ、その上から少しずつ振るわせる。
自分は空いた手を、精液と愛液がどろどろにまじって、まだ流れ落ちている膣口へと進ませ、
指を3本ゆっくりと差込み、閉じたり開いたり、もしくはピストンをさせ、壁にも振れ、
一枚向こうの腸壁を抉っているペニスにも触る。
腰が多少痛いし、負担が一方的に掛かっている脚にもだるさがあるが、もはや無視。
ついでに、射精はしっぱなしなので無視。耐え切れずこぼれる涙があるが、気にしない。
息が、耐え切れなくて荒くなっている。どちらがどちらの息だかわからない
「―――」
声が、聞こえた。
それは、俺の苗字に似ている響きで、けれどやはり違うもの。
誰かの名前だと思った。
「―――」
唾液が流れ落ち
「―――」
膣と、腸と、それぞれが収縮し
「―――」
涙が流れ落ち
「―――」
三音の響きは、出るたびに僅かづつ高まっていて――
そうして、これで最後だと言わんばかりに叩きつけた。
最後の、本当に濃い恐らくは最後のひとしぼりを注ぎ込み
「――――――」
その言葉は、なんだったのだろうか。名前でもなくただ――声の向きは此方を向いていた。
体の上で、ゼキさんが、びくりと振るえ、やがて弛緩した
そうして、恐らくは、悲鳴にさえならない、掠れた何かの声。
「――――――」
原因は、解っていた。
手に、暖かいもの掛かっている。失禁だろう。
構わず、ゆっくりと膣をかき回し、腸のペニスと共にゆっくりと引きずりだした。
ようやく収まった感じがする。徐々に熱と、血が引いている感触が下。
腰が、完全に砕けている感じだ、それは向こうも同じで、なんとか体の上からずり落ちた。
ぐちゃぐちゃどろどろを通り越して、スライム状にさえなっているような気もする。
しばし、もはや何も忘れて、そのままで居て――
どれほど経ったのか、ゼキさんが寝床から出て立ち上がった。
此方を見下ろし、そして惨状を見下ろし――
やがて正気に返った感じで
うわっちゃー!
と解りやすい表情を浮かべた。
全面的に自業自得だとも思うのだが。
頬を掻いて、此方を見下ろし、頷くと――寝ている。
此方の腕を引っ張り、見事に立ち上がらせると太ももが抉れた左側へと入り込んで肩を貸してくれる。
よろよろと、入ってきた扉から外に出る。
そこは、やはりというか、今更というか、もう解ってるからいいやってな感じで、
間違いなく別の、少なくとも日本とは別の世界に存在している場所だと感じた。
――今更だしな
切り立った崖の谷間、木製の粗末な家が立ち並んでいる。
高床式? あんな感じの上に家は建てられていた。
静かなのは、恐らく皆眠っているのだろう。
ただ、その崖の端、木の壁が気付かれたそこと崖の上に、小さく見えるかがり火が見えた。
空には、刃の様な三日月と、それこそ見た事も無いような無数の星々。
全く、見覚えの無い。テレビの中にしか存在しないような山だけの風景。
見た事も無い山々。
夜だというのに、山中だというのに、半ば濡れた酷い格好でも寒くない。
酷い有様のまま、連れられて辿り着いたのは、崖の影、染み出す泉。
その周りには、自分の傷口に張られているものと、似たような文様が大地に刻まれている。
そうして――ふと、体から重力が消えて
ああやっぱりか。
水の中に叩き込まれた。
幸い、ちょうど首がつかるぐらいで、余り冷たくもなく、投げ込まれても支障はなかった。
むしろ手で水を掛ける分立ち易い。すぐに上下を取り戻し、顔を出す。
息を付いて、とりあえず全身を洗ううち、今更に裸身のまま、隣にいつの間にか既に汚れも乾きも落とし、
水の中にその銀髪を流し、耳だけは、水に浸かった為にみすぼらしく見える女性が居た。
その女性は此方に視線を向け、嬉しさが僅かに覗く悲しげな顔で
「――――――」
そう言って、
今度は嬉しそうに、けれどどこか悲しげな顔で
「――――――」
そう言った。
たぶん、お礼と謝罪ではないか、と思った。
解らないと感情を隠さぬまま――頷いた。
「――――――」
そうしたら、たぶん、ゼキ、という名前で合っている、
犬っぽいみみと尻尾を持っていて、それでも多分人である女性は、泣き笑い、と言った顔を浮かべた。
部屋の片付けは、隅で待っているうち、ゼキさんがてきぱきとこなしてくれた。
別の布団の中、見る。
半分以上抉れて、符がはってあるそれを見る。
とにかく、何よりも脚を治すのが先決だろう。ヤバかった場合、逃げる事も出来ない。
何とか歩ける様にまではなる、確信が有るのだけれど――何時の事やら……
そうして、とりあえず俺は新しい寝床で眠りについた。
体力は、残しておいた方がいいだろうから。
いきなり酷い消耗もしたが――
と思考と向けようとして、止める。
余りにも情報不足過ぎた。
後は荷物も回収したい。来た時、傍らにバッグは有ったのだが。
ふと、思い出した。
あの、声。
俺を呼ぶような、声は、一体なんだったのだろうか?
……まさか、異世界召喚モノなんてベタなオチじゃないよなコレぇ……?
それを最後の思考とし、俺は眠りに付いた――