俺はイングランドの自由交易船商人だ。  
時は大航海時代。俺も周りの連中もみな金と名誉の為に命をかけて海に出ている。  
そんな俺に先日ボルドーからワインを象牙海岸まで運ぶ依頼があった。  
ヘラクレスの柱を越えアフリカ西岸をぐるっとまわり、  
嵐と海賊が暴れまわる大西洋を風に乗り疾走するのだ。なんとも楽しい旅になりそうじゃないか。  
俺は信頼出来る船員を集めるとともに、命ともいえる愛船のスループ船の整備を続けていた。  
危険な旅だけあって儲けも大きい。  
大金をかけてでも用意には気を抜く事が出来ないし、旅の安全を神にも祈りたい気分だった。  
そこで俺は船首像の新調を決めた。  
 
「はは…この俺が神頼みか ったく堕ちたもんだな!」  
 
港の工場で中古の船首像を物色した。よしこれだ!  
白檀の木目が美しい女神様だ。これなら海神ポセイドンも魅入られて嵐も避けて通るだろう。  
もっとも決めた一番の理由はバーゲン価格だったからなんだが、一目で気に入ったのも事実だ。  
 
しかしこの船首像をとりつけた事により彼の運命はかわっていく……  
 
途中アゾレス諸島で水や食料を補給し象牙海岸を目指した。  
小さな嵐にも何度か遭遇したが、その都度船員達はよく働き困難を克服していった。  
そしてボルドーから三週間後、無事象牙海岸に到着した。  
そこで積荷のワインを降ろした。  
なぜかワインが少し減っていたが、どうせ船員の盗み飲みだろう。しょーがない奴等だ。  
だが問題となる数ではなく彼はそれを無視する事にした。  
 
「これが天使の分け前ってか?へっくだらねぇ!」  
 
空いたスペースには金や宝石が積み込まれた。これを持ち帰ればめでたく依頼完了だ。  
俺達は三日の休養の後、ボルドーに引き返すべく象牙海岸の港を抜錨した。  
 
その日の夜の事だった……  
俺達の小さなスループ船は突然の嵐に見舞われた。  
それは尋常なモノではなく俺達は必死に船を操作すべく努力した。  
 
「そっちだー!2番マストの帆を全部たためー!補強も忘れるなー!」  
「せっ船長!こりゃもちませんぜ!なんとか岸まで辿りつかないと長いことは……」  
 
俺は岸を目指し必死に操舵機を動かした。  
その時だった……一段と大きな突風が吹き船員達を空に舞い上げていった……  
俺は操舵機に捕まりなんとか難を逃れたが、ほとんどの船員が飛ばされたようだった……  
 
「ちっ……俺は100まで生きるつもりだったが……こんなところでおわるとはな……」  
 
ついに年貢の納め時がきたようだ。  
まー思い残す家族も友人もいないし、ここで魚の餌になるのも悪くないか……。  
 
その時だった。俺の体は一瞬浮き上がった。  
すでに観念してたので風に身をまかせた。だがその瞬間突然嵐はやんだ。  
 
「こっこれは……どうしたことだ……」  
 
呆然とする俺が見たのは、  
船首の女神像が白く美しい姿を浮かべて大きな鎌をふるいこちらに向かってくるサマだった。  
 
「こっこれは夢か?それともここがあの世なのか?」  
「おい……オマエ……」  
 
女神様が俺に話しかけてきた。こりゃ本格的にあの世にいったらしい。  
ははっ…信じちゃいなかったが本当にあの世ってあったんだな。  
ローマ教皇陛下殿に教えたらさぞかしうらやましがるだろうな…なーんてな…  
 
「もう……ワインはここにはないのか?」  
「へぇ女神様でも酒をたのなむのかい?そりゃー意外だな」  
「オマエは何を勘違いしているんだ……私は死神シェラハ……女神などではない……」  
「!!?」  
 
おいおい?死神ってのは黒いローブで生気無い顔の不気味な男って相場が決まってるだろう……  
それが目の前にいるのは絶世の美女。赤く神秘的な瞳でこちらをジッと見つめている。  
死神らしいところといえば大きな鎌だけ。白いローブと美しい顔は女神そのものだった。  
こりゃ冗談きついぜ、この美女が死神様だとはよ…  
 
「もうオマエ達から必要数の魂は頂いた……そこでだ……」  
「オマエの命を助けてやる事にする……しかしそれには条件がある……」  
 
俺はすでに彼女の赤い瞳のとりこになっており拒否などできようはずもなかった。  
それをわかっててこいつは…くそっ…どんな難題をふっかけてくるんだ!  
 
「ワイン……あれは美味しい……あるなら早く出せ……」  
「は?」  
 
この死神様は酒を所望だとさ。どういう事だ?  
彼は船長室に秘蔵していた68年モノの絶品の白ワインを彼女に差し出す。  
 
「よろしい……今回はオマエの命は助けよう……」  
 
死神は微かな笑みを浮かべながら上物のワインを味わっている。  
それはどうみても女神のそれにしか見えなかった……  
 
「オマエ達人間が……唯一私達の喜ぶ事をしたとすれば……ワインを造った事だ……」  
「大地のニオイ……風の香り……それを果実とオマエ達の手が彩りを加える……」  
「人間の魂より美味な物があれとすれば……まさにこれだな……ふふっ」  
 
そう言うと彼女は風のように空に溶け込んでいった……  
気がつくと夜が明けており四時間の漂流の後、俺はアフリカ西岸に運良くたどりついた。  
夢のような一晩だった。  
 
あれから1年たった。俺は今でも交易船で世界中を飛び回っている。  
あの時と同じ船首像と飛び切り上等なワインをたっぷり船倉におさめてな。  
怖くないかって?  
そりゃ死神と旅をするのは怖いさ。でも俺はあの日あの赤い瞳に魅入られてしまったんだ。  
もし俺が死ぬ時があればまたあいつが出てきてくれると思えば、  
死ぬのもそう悪い事じゃーないさ。なんてな。  
 
今日も海の上は穏やかだ。  
そして船倉のワインは毎日少しずつ減っていく……  
俺の女神様はまだまだここにいてくれるようだ……  
 
オワリ  
 

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