もう日も落ちて空にはうっすらと星が浮かぶ週末の夜。
花屋の前で買い物袋を抱えながら真剣に花束を見つめる人物が一人。
そのすらりとした体躯と涼しげな顔立ちで道行く女性たちの視線を集めている。
「何かお探しですか?」
頬を染めた若い女性店員が声をかける。
「えぇ、花でも買って帰ろうかと思いまして」
色っぽい人だなーとチラリと左手を見ると薬指にはしっかりと指輪。
既婚者か…と少し落胆しながらも店員は話を続ける。
「プレゼントですか?」
「はい、主人に。でもどれにしようか迷ってしまって……」
それでしたら──と白を基調にした花束を勧めながら店員は、ん?しゅじんに?としばらく経ってから疑問に思うのだった。
いつも先に家に着いている夫は待っているだろうか。
帰り道商店街に寄ってみたところ、知らない主婦の方やお店の女性にやたら物を頂いてしまった。
袋を覗くと野菜や肉のほかに高そうなお菓子や果物が詰まっている。
引っ越してきて間もないのだが緑も多いし人も温かい。
またちゃんとお礼しよう。
微笑えば商店街の女性たちが少女のようにきゃぁきゃぁと喜ぶ。
すれ違った若い女の子に会釈をしただけでその女の子は胸をときめかせる。
自分がそんな存在だとは気づかないまま彼女は先ほど買った花の優しい香りを感じ、上機嫌で家路に着く。
「遅くなりました、凛太郎さん」
「すみれさーん!おかえりなさーい!」
エプロン姿で子犬のように駆け寄ってくる彼女の夫。
白い肌は愛する妻が帰ってきた喜びでうっすらと上気している。
色素の薄い柔らかそうな髪。
大きな瞳、長いまつげ。
整ったかわいらしい顔立ちに桜色の唇。
そんな彼は立派な成人男性。
女の子だと勘違いされてナンパされたりするのはしょっちゅうだが、彼は立派な成人男性だ。
人懐っこい笑顔と美少女のような容姿で男性の胸をときめかせる夫としっとりと色気の漂う美形で女性にモテる妻。
凛太郎とすみれ。二人は愛し合う、正真正銘の夫婦なのだ。
夕食後、凛太郎さんとリビングでゆっくりと過ごす。
「えへへーすみれさんにお花貰っちゃったー」
「そんなに喜んでいただけるとは、買ってきた甲斐がありますね」
花瓶に移した花束を嬉しそうにつつく彼を見ていると胸に温かい気持ちが広がる。
この人と結婚して良かった。
改めてそう思っていると目が合った。
「すみれさん、大好きですよ」
んーと唇を近づけてくる彼。
読んでいた本を置き、目を閉じる。
唇が触れる。
少し照れくさいけど、彼と触れ合うのは好きだ。
手を繋いで散歩したりするのも好きだ。
あ、そうだ。近くに広い公園があったはず。
芝生も綺麗だし、花もたくさんあったな。
明日一緒に──って長くないか?
キス、長くないだろうか?
「あの…」
そろそろ離して、と口を開くと彼の舌が入ってきた。
軽く歯をなぞられ、それから舌を捕まえられる。
「…んっ…」
舌の裏側、側面、奥のほうまでじっくりと絡められて涙が滲む。
もう何がなんだか……
どれくらいの時間が経ったのかはわからない。
口内の隅々まで彼の愛撫を受け、最後に唇を軽く吸われ解放される。
「う…ふぁ……」
「ふふ、すみれさん可愛い」
もう腕に力が入らない。
唾液で濡れた口の周りを丁寧に舐めてから、彼は頬に軽く口付けて体を離す。
「すみれさん、僕はお風呂に入ってきますから……」
優しい色の彼の瞳に妖しい光が走る。
「いいこで待っていてくださいね?」
鼻歌を歌いながら風呂場に向かう夫の背中を眺める。
やっと息を整えて、そして気づく。
ちょっと待って。
この流れだと私はお風呂に入ることも許されないまま彼に朝まで……
「凛太郎さん!待ってください!お風呂はっ」
「一緒に入りますかー?やったー!」
「違いますってば!ちょっそんな格好で出てこないでください!」
結局その夜も奥様は旦那様に朝まで情熱的に、腰が抜けるほど愛されるのだった。