――ガタンゴトン、ガタンゴトン。
ああ、身体が熱い。息も荒い。涙も漂わせてる。俺が居るのは、一歩も歩けないぐらいに詰まってる、雑音塗れの満員電車。
入口のドアに背中を向けて押し付けられ、身動きを完璧に封じられている。
俺を押さえ付けているのは、同じ身長、同じ年齢の見知った女性。
女は抱き合う形で重量感たっぷりの胸を押し当て、足を太腿で挟み、左手に二人分の鞄を持たせ、右手は下で握って指を絡める。そして、
くちゅくちゅ、ぴゅちゅっ、ぬっちゅぬっちゅぬっちゅ……
俺の右耳を口に含む。
顔を近付け、耳たぶを甘噛みし、耳の穴に舌を差し込んで乱暴に掻き回す。
粘着質で卑猥な淫音がダイレクトに脳内を犯し、開発された性感帯は唾液でネバネバにされながら繰り返し痙攣する。
「こんな人前で、ヤメてくれよ……そうしないとぉっ」
情けない声は俺の口から。許しを乞う為に出た戸惑いの声。
今は、どんな声でも、どんな台詞でも良いから、女性の行為を止めなくちゃいけない。
そうしないとバレそうだからだ。満員電車の中なのに、公共の場なのに、耳を犯されてペニスを勃起させてるってバレてしまう。
「ちゅぅっ、ちゅぷっ♪ ぷはっ、なんだコタぁっ……耳の穴を、ぢゅっ、ちゅっ、はぁぁっ……ベロチンコでレイプされて、感じてるのかぁ? とんでもないヘンタイさんだなっ♪♪」
だから、目を細め、瞳を潤ませ、頬を紅潮させ、舌をダラリと垂らす村雨を、なんとか、なんとかしないと。
いったいなんなんだよもうっ! 昨日、許すって言ったじゃないか? 笑いながらっ、気にするなって!?
昨日の夜、今日の始業式の日に謝りたいから、誰と付き合う筈だったか教えて欲しいと言われた。そりゃまぁ、村雨にしたら俺を寝取ったと思ってるから、謝りたいってのもわかる。
でも、そんな奴は居ないから無理。しかし俺が教える気が無いと悟ると、一人ずつ聴いて回るって宣言する始末。それで俺は観念して、彼女ができたのは嘘だと白状した。したらこのザマだよ!
やめてくれって何回も頼んだのに。駅に着くまではいつもと変わらずに会話してたのに。電車に乗った瞬間、逃げられない位置に追い込まれ、身体を押さえ付けられて固定された。
――ガタンゴトン、ガタンゴトン。
「俺は、ううっ、変態……んあっ!? じゃ、ないっ」
自分が惨め過ぎて泣きたいよ。いや、もう泣いてるか? 頬っぺたに暖かいの流れてるもんな。
「ちゅるっ……んっ、それは違うぞ? コタはとんでもないヘンタイさんだよっ、だってほらっ♪」
村雨は俺の涙を拭うように舌で舐め上げると、兎に似た天然の赤い瞳を更に細める。
そして自らの右手をヒシャクの形で口元に寄せ、掌に舌を乗せてトロトロの唾液を伝い落とす。
窪みが満杯になるまで溜めて、その後に手を三度も開閉させ、ぐちゅぐちゅと鈍い水音を立てて全体に唾液を馴染ませる。
「っ!? ムラサ……メ? ちがうよな、そうじゃないよな?」
指と指の間に架かる透明な橋。糸を引く官能。それを眺め、浮かぶのは一つの考え。
もしかして、ムラサメは、電車の中で、俺の……
粘液を絡ませた手は、人差し指で正中線上をなぞりながら、ヘソの下まで落ちていく。
「電車の中で女子高生に触って、ココをおっきくするヘンタイだろコタは?」
二人分の潤んだ瞳。二人分の上気した肌。二人分の熱い吐息が交差する。
村雨はそのままズボンのジッパーを指で挟み持ち、小さな連接音を鳴らして股の下まで。
そして手を差し込むと、トランクスをズラし、完全に勃起したペニスを取り出してズボンの外に晒す。
「バカッ! 早く戻せムラサメ、公然猥褻だぞ? 俺を犯罪者にする気かよ!?」
俺の声は心から。心から村雨に訴えた言葉。でも、心からの言葉を投げ掛けても、村雨の表情に変化は訪れない。目を細めて妖しく微笑んだまま。
なんら慌てた様子も無く、ペニスに自らのブレザーを覆い被せて人目から隠す。
全ては村雨の制服の中。ペニスの先端にヘソが当たり、サオ部分はヌルヌルで熱を持った手に握られている。
「ゴメンねコタ、でもね? 辛抱堪らないの……コタの困ってる顔を見てると、身体がゾクゾクして、すごく……興奮するんだぁ♪
耳を舐めてると落ち着くんだけど、コタを、はあぁぁっ……レイプした日からな? やすらぎといっしょに、サディスティックな性欲も掻き立てられてぇっ、ふふっ、コタの感じてる顔が……んふっ♪
どうなんだコタ? 幼馴染みをこんなに依存させて、コタ無しじゃ生きられない身体にしてぇっ♪ 私をどうする気なんだ?」
言い終わりに微笑む口元が一層に吊り上がり、こんな場所では絶対に有り得ない刺激が下半身を襲う。
「うあぁっ!? あ、あっ、頼むからっ、ヤメろムラサメぇっ……」
ねっとりとした感触の手が、何の迷いも無くにゅちゅにゅちゅとペニスを上下して扱き出す。
視線を向けられれば他の客にバレるのに、俺と村雨の間を見られたら一目瞭然なのに、そんなのお構いなし。指の腹を使って柔らかく締め、裏スジを擦り、往復の度にカリ首を引っ掛ける。
制服の中、感度ポイントを的確に攻め、圧倒的な快楽で射精を促す動き。
ぢゅっこ、ぢゅっこ、ぢゅっこ、ぢゅっこ、ぢゅっこ、ぢゅっこ……
「一週間に一度なんて、まるで足りない……コタとデキない日はな? あのビデオを見てぇっ、ふぅっ、ふぅぅっ……まいにち、オナニーするようになってしまったよ♪
このセキニンはっ、んんっ? どーやって取ってくれるんだコタぁ?」
知るかよっ! だいたい、エッチは一週間に一度って決めたのは村雨だろがっ!! 試験とか就職活動とかで忙しくなるから、卒業するまではって自分が言ったんだろ!?
「そんなの、知らな……んぎいぃぃっ!!?」
ぢゅっこ、ぢゅっこ、ぢゅこ、ぢゅこ、ぢゅこぢゅこ、ぢゅこぢゅこぢゅこぢゅこぢゅこっ!!
俺の反論を遮るように、絶頂を強要する手のギアは、急速シフトしてスピードを増す。
間違いなく精液を搾り取り、公共の場でイカせようとしている。俺を犯罪者にしようとしてる。
「でもなぁっ、ウソをつかれたのはショックだったぞ? あの時……私がレイプしなかったら、離ればれになってたかも知れないんだからなぁ、ふふっ、思い出すだけでも悲しくなるよ♪
それでセキニンも取ってくれないんなら、しょうがないな……別れるしかないじゃないか♪ 別れるかコタ? 別れて、彼氏彼女から幼馴染みに戻るか?
決めたよ、彼氏がヘンタイなんてイヤだから、駅に着く前にイッたら……ふっ、別れるちゃうから♪」
先端からカウパーが溢れてるってわかってるだろ?
管が拡張して太くなって、そろそろイクってわかってるだろ?
それなのになんで? 冗談でもそんな事を言うなよっ!
「イキ、たくないっ……わかれたく、あうっ!? ないよぉっ、ムラサメぇ……」
指の一本一本まで、リアルに動きが伝わり出す。
ヘソの穴でグリグリと鈴口を押し包み、握る強さを、早さを、ランダムに変化させながら最後の追い込みを掛ける。
俺は唯、打ち上げられた魚のようにパクパクと口を開いて痙攣するだけ。
「ああっ、そのカオぉっ♪♪ ダメだコタ、ちゅぷっ……ぢゅちゅ、ちゅっ、んちゅ、イッたらわかれりゅからなっ♪♪」
再び耳を咥えて舌を差し挿れ、上と下、両方の快楽で真っ白な視界へと俺を導く。
「あっ、あっ、ちっくしょ……きもちいいよチクショウ! ヤだからなムラサメ、こんなことで別れな……うぎっ!?」
終わった。後戻りできない所まで快感を高められた。
あーあ、ムラサメの手、すげぇ気持ち良いよ。
にゅっこ、にゅっこ、にちゅにちゅにちゅ、にゅくにゅくにゅくにゅくっ……
「イクッ、イクッ? イクのっ? イッちゃう? もうげんかい? もう出すのかコタ? びゅるびゅるしちゃうぅっ!?」
うん、限界。綺麗だな村雨。こんな綺麗な女性と付き合ってたんだな俺は。冗談だって言ってくれないかな? そしたら笑って許すのに。ホントもう……くそぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!
「んぎいいいいいいぃぃぃっ!!?」
びゅるびゅぅぅぅっ!! びゅぐんびゅぐん!! びゅるっ! びゅるっ! びゅくびゅく、ドクンドクンドクンドクン……
「んんっっ♪♪ ちゅぷっ、はあぁっ……相変わらず、熱くて、凄い量だなコタ? 替えの制服を持って来といて良かった。
まさか、痴漢にオチンチンを握らせられて、服の中にザーメンを撒き散らされるなんて、思いもしなかったよ♪ ふふっ、あむっ……くちゅくちゅ♪」
村雨は俺がイッた後も手離さず、一滴の雫も出なくなるまでペニスを扱き続ける。
そして垂れた精液を掬うと、見せ付けるように舐め取ってプチュプチュと咀嚼し始めた。
「別れるって、嘘だよなムラサメ?」
「ウソ……にしてあげてもいいよ。コタがもう一度、告白してくれるならな」
始業式が終わり、全ての学校日程が終わり、下校のチャイムが鳴る。
高校三年になって新しいクラス。村雨とも同じクラスで、十日前の登校日にこのメンバーになる事はわかっていた。
俺は廊下側の一番後ろ、村雨は窓側の一番後ろの席。そして俺は深呼吸。覚悟、完了。
電車から降りて、二人して謝りながら障害者用のトイレに入って、後始末をしながら改めて付き合う条件を言われた。
もう他の人に告白されぬように、公認の中になるように、みんなが居る教室で告白してくれと。
告白の台詞まで指定されて、そんな俺に選択肢は無い。長年想って来た憧れの女性を、今更あきらめられるかよっ! あの長い髪も、寂し気な赤い瞳も、唇も、胸も、アソコもっ、全部俺のモノだ!!
それが手に入るんだから、恥ずかしいなんて言ってられないぞ、頑張れ自分!
「ふうぅぅっ……」
落ち着ける。深く、深く、息を吐き、ゆっくり、ゆっくり、席を立つ。
ホームルームの挨拶が終わり、他の生徒もそれぞれに席を立ちあがる。村雨も単なるクラスメイトとして、教室から出る為に俺の方へ。
平然としているが、瞳だけは俺を見据え、チャンスはもう無いよ? と語ってる。わかってるっつの!
「村雨さんっ!!」
声を教室に響かせて君の名を呼び、歩みを遮るように立ち塞がる。
「急にどうしたの小太刀君?」
村雨は僅かに驚いたフリをして立ち止まり、俺の言葉をポーカーフェイスで待つ。
クラスメイトはそんな俺達を無言で注目する。
どーせフラれると思ってんだろみんな? だけど、そうはいかないぜ!
「村雨さん、俺と……」
付き合ってください、と繋げられない。俺だけがわかる村雨の表情。目の動き。このままじゃ断られる。
理由は俺。俺が指定された告白の台詞を勝手に省略したから。
「ふん、用が無いなら帰るよ」
村雨が溜め息を吐きながら俺に近付く。違う、後ろのドアを開けて廊下に出ようとしてるんだ。
指定された台詞を……あー、もうっ!
「村雨さんっ! 結婚を前提に、僕と付き合ってください!!」
言った。頭を下げて、手を差し延べて。
教室は静まり返ったまま、村雨の返答をじっと待っている。
――タトン。
足音が俺の方へ。一歩、一歩、確実に迫り、
「えっ?」
俺の横を通り過ぎた。
なんで? どうしてっ!? 俺は確かに言ったぞ!? それなのにっ!
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
崩れ落ちそうになった瞬間、背中に柔らかな重圧が掛かり、胸に手が回された。
はっ、ははっ、なんだ……そう言う事か。くっだらねぇ。
クラスメイトに祝福された拍手喝采の中、
村雨に抱き締められた暖かな胸の中で、
バカップルの誕生に大声で泣いた。
『寝取られ彼氏』ほんとうにおしまい