現在時刻は土曜日の23時45分。そんな時間に、美紀から突然の電話。
なんとなく、明日に向けて嫌な予感がしつつ、電話に出てしまった。
そう、『出た』のではなく『出てしまった』。
「や、荷台クン。突然で悪いけど、明日10時、私の家に来て。よろしく。」
「おい美紀、ちょっ(プツッ プー プー プー)…はぁ」
明日は17時からバイト入ってるんだけどな…まぁ今電話したところで、
『現在、お客様の電話は、電波の届かない場所にいるか、電源が入っていないため、お繋ぎできません。』
と言われるんだろうな。
そして、翌日。現在時刻は日曜日の10時10分。
目の前で眠るお転婆姫を眺めながら、
「で、この体たらくか。」
思わず、そうつぶやいてしまった。
ちなみにココは俺の部屋でも、どこか知らない場所でもない。美紀の部屋だ。
ちなみに不法侵入ではない。いくら幼馴染とはいえ、許可なくこの場所に足を踏み入れたりしない。
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約10分前の話になるが、
『ピンポーン』
「どちら様?って辰則君?久しぶりだね〜。」
「ええ、お久しぶりです。お母さん。」
俺は美紀の母親のことを「お母さん」と呼ぶ。他の呼び方をすると、彼女自身の機嫌が非常に悪くなり、美紀と俺の両方にとばっちりがくるからだ。
「今日はどうしたの?もしかして私にこくは「今日の10時、美紀に呼ばれたんで、来たんですよ。」あら、そうなの?」
調子に乗らせると俺が困るし、もし美紀に見つかると、なぜか非常に不機嫌になるので、さっさと話を打ち切らせてもらった。
「申し訳ないんだけど、まだ寝てるみたい。」
「あ、そうなんですね。じゃあもう少し待つことに「ついでだから、起こしてやってくれる?」え?でも、男の俺が部屋に上がったらまずいんじゃ…」
「大丈夫、大丈夫!私がOKしたって言えばいいわよ。」
いや、年頃の娘さんの部屋に気軽に男を上げていいんですか?
「たっちゃんは、美紀のこと襲ったりしないでしょ?」
「いや、お母さん、心を読まないで下さい。」
「あははっ!たっちゃんことだからね〜。本当に大丈夫だから、起こしてあげて。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんてやり取りがあった。
よって、俺がこの場に居るのは不法侵入ではない。以上、証明終了。
さて、このまま美紀の寝顔を見ててもいいが、そろそろ起こさないとやばいだろう。『荷台』って事は出かけるんだろうし。
と言うことで起こさせていただこう。まずはちょっと遠めに声だけで。
「おーい、美紀ー、もう10時過ぎてるぞー。そろそろ起きろー。」
「…」
反応がない。ただの屍…ではなく、相当深い眠りについているらしいな。
次はもうちょっと近づいて、声のボリュームをあげよう。
「美紀さーん!もう10時過ぎてますよー!」
「うーん…あと5ふーん…」
あと五分、ねぇ。そういって五分で起きた人を見たことないんだが。
「美紀ー!そろそろ起きないと布団引っぺがすぞー!」
今度は美紀を揺らしながら大声で呼びかける。
「いやだー…もうすぐおきるからー…あと3ぷんだけ…」
どうやら美紀は起きる気がないようだ。
ちなみに今の季節は冬。今日の天気予報では最高気温でも8度とか言ってたから、引っぺがしたら寒いんだろうなぁ。
ちょっとニヤケながら、実力行使に出る。
「こらー!いい加減におき…ろ……」
美紀の白い肌が目に飛び込んでくる。
美紀って、意外と着やせするようで、谷間が目に入る。残念ながら上はキャミソールだ。
しかしこの気温のせいだろう、一部分が尖っているのが見える。
「なにするのー…やめてよー…たっちゃ…ん…?」
ようやく美紀が俺の存在を認識する。
美紀と目が合った瞬間に、『親しき仲にも礼儀あり』、こんな言葉がよぎる。
美紀の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
美紀の怒りが爆発する前に謝っておこう。
「美紀、ごめん、俺が悪かった。とりあえず、着替えてから、話し合おう。」
そんな言い訳を言いながら、その場を回れ右。一目散に部屋の外に出ようと扉を開けると、
「あら、もうおしまい?つまらないわねぇ。」
呑気な人妻が立っておられました。
「…大体の事情はわかりました。」
デコに青筋立てた美紀の前で土下座する俺。
美紀はソファに座りながら腕組み。俺はフローリングの床。この時期のフローリングは流石に堪える。
ちなみに美紀のお母さんは早々に買い物に行くといって逃げ出した。
「…まぁ私も悪いとは思うけど、でも、布団をめくるのは、いくらたっちゃんでも許せないよ?」
「…はい、重々承知しております。」
「今日はこのあと12時から知美と湊と一緒に買い物だから、いつも通りの『荷台』でよろしくね。」
「…イエス、サー。」
「たっちゃん、確か今日バイトだよね?」
「17時からだけど、それが?」
「終わるのは?」
「21時だと思う。」
「じゃあそのあと迎えに行くから。」
「え?」
「そのままたっちゃんの家で、私が寝るまでマッサージしてもらうから。」
「え?アレやるの?」
「そう、アレやるの。」
「えぇ〜…」
「当然そのまま私はベッドで寝るから、たっちゃんは床で寝てよ?」
「冬なのに…」
「何か文句でも?」
「いえ、ありません、ごめんなさい。」
「ん、わかればよろしい。じゃ、行こう?」
なんだか納得できないけど、美紀の笑顔を見たら、なんだか仕方ないか、なんて思ってしまう。
怒った顔と、笑った顔のギャップに、鋭く心が打たれてしまったんだから。仕方ないだろう?
それでも、この微妙な距離感を壊したくなくて、美紀が差し出した手を取らずに、自分の力で立ち上がる。
ヘタレで悪いけど、まだ、この距離で居させてくれ。
お前が好きだから―――