「おっす」  
「おはよう、ひろちゃん」  
いつも通りの朝。いつも通りの挨拶。  
そして、いつもと違う感情。  
お互いに表情を盗み見しあう。普段のように動こうとしても相手を意識してしまい、  
うまく次に移れない。  
・・・よし、やってやる。  
無言で美里の手を掴み、学校に向かう。  
「ひろちゃん、ちょっと・・・」  
美里の顔なんて見なくても解る。こうして手を繋いでの登校は初めてだから、  
恥ずかしいのは当然だよな。僕も、同じ。  
「美里」  
「え、何?」  
足を止めて振り返る。  
・・・あ、顔、やっぱり赤いな。  
「今日はしないから、安心、じゃないな、がっかりしないでくれよ」  
「・・・そうだよね、昨日の今日だもんね・・・」  
昨日の事を気にしてるのかな。美里がいたから助かったのに。  
だから、今約束する。  
「明日だ。絶対に明日だ。いいな?」  
「う、ん。解った」  
「明日は土曜だろ。時間、あるし」  
「・・・・・・!、・・・・・・。──、・・・・・・・・・」  
驚いて、恥ずかしがって、俯いて、上目使いで覗く。  
くそ、可愛いぞ。こんなに可愛いのは反則だろ。  
これ以上話してたら間に合わなくなってしまう。  
「ほら、行くぞ」  
僕は美里に背中を見せて歩く。手は繋いだままだ。  
校門を通ってから何やら視線が集まってるけど、気にしない。  
下駄箱に着く。美里を見ると、はにかみながら『ばいばい』と小さく手を振って行ってしまった。  
 
あー、いいな。こういうの。  
緩みそうな顔を固める。一応ポーカーフェイスで通してきたから、そのイメージを壊すのは  
何となく避けたい。  
ふと悪寒を感じて横に身体を移すと、両腕を突き出した桂介が後ろから通り過ぎた。  
「んだよ。ノリ悪いぞ浩史」  
言いながら僕に向く桂介。  
「不意打ちしてその台詞はなんだよ」  
男に抱きつかれて嬉しいと感じる人じゃないぞ。  
そう言おうとした矢先、桂介の眉毛が片方だけ釣りあがる。  
「どした?何かいい事あったか?」  
お前に言うかっての。  
「ないよ」  
「バレてるんだから嘘吐くなって。ま、内容は訊かないでやるよ」  
にやにやと意地の悪い笑みだ。言い返してやらないと気が済まない。  
「頼まれても言わないよ。安心しろ」  
けけけ、と奇怪に笑いやがるし。くそ。  
 
放課後。  
毎度のように何かと誘ってくる桂介だけど、今日はさっさと帰ってしまった。  
そんなに解るものなのかな。・・・自分で考えて答えが出る問題じゃないな。  
今日はちゃんとした晩飯、作らないと。昨日は結局時間がなくて店屋物にした。  
朝飯だって簡単すぎる物だったし。  
やっぱりそれなりの物でないと駄目だな。腹が持たない。  
「帰ろ」  
美里の声。  
 
その顔は皆に見せてる明るいものだ。その筈なのに、何となく特別な表情に見えてしまう。  
正直言って、誰にも見せたくない。  
「帰るか」  
僕は短く答え、一緒に教室を出た。  
生徒玄関を過ぎた所で合流。歩き始める寸前に、ふわりと手を握られる。  
・・・うん、まあ、いいか。  
僕たちは無言で歩き始めた。  
何回か口を開きかけて、止める。何も言わなくてもいい。そんな滅多にない静けさを  
大事にしたかった。例えどんな話をしても、結局は明日のことに辿り着くだろうし、  
そうなったら本当に何も言えなくなってしまうだろう。  
「・・・・・・」  
「・・・・・・」  
家の前に着く。美里の家もすぐそこだ。  
足を止めて美里に顔を向ける。穏やかな目で僕を見つめている。  
少し手に力を込めて言う。  
「じゃ、また明日な」  
「・・・あ、そうだ」  
今まで忘れていた、と美里が言い出す。  
「明日って、お父さんは休みなの?」  
言ってなかった、な。うっかりしてた。  
「休みじゃなかったら約束してないって。残業ないから親父が帰るのは、六時過ぎだよ」  
学校が終わって帰れば一時。大体五時間。  
ゆっくり、できる。  
う、顔が熱くなってきた。  
「う、ん。・・・じゃ、明日」  
美里も頬を染めながら言い、ばたばたと帰ってしまった。  
明日か。・・・いや、今日は今日のことを考えよう。  
まずは晩飯か。  
 
晩飯は昨日の不手際を挽回すべく量と質を両立させた。  
あとは寝るだけだからそんなに豪勢にする必要はないとの説はあるけど、  
やっぱり晩飯くらいはがっちり食いたいものだ。  
しっかり食ってしっかり寝る。精神的な安定にはこれが基本だと思う。  
風呂からあがり、あとは朝飯の準備と学校の課題を終わらせれば今日はおしまい。  
もうすぐ親父が帰ってくる時間だな。  
『プルルル』  
受話器を取る。  
『私』  
「美里か。飯なら食い終わったけど」  
流石にこれ以上は食えないぞ。  
『そうじゃなくて、今から、会いに行ってもいい?』  
「・・・え?」  
会いに来る。他の用事はなくて、ただ会いに来る。  
生まれて初めての出来事に上手く返事ができない。  
断るつもりなんて微塵もないけど、どう肯定していいのか。  
『行くね、ひろちゃん』  
僕の言葉を待たずに美里は電話を切る。  
…来るって、本当に?僕に会う為だけに?  
『ぴんぽん』  
来ちゃったよ、おい。…こうなったら成り行きに任せるしかないのかな。  
玄関に足を運ぶ。  
「今開ける」  
開錠。かちゃ、と軽快な音でドアが開く。  
一見して解るくらいの普段着で美里がいた。服の所々が傷んでいて、しかも  
靴下にサンダルという警戒心のなさだ。  
『ちょっとそこまでお買い物』どころじゃない。どう見ても『家族だから構わないよ』  
との意思表示。表情も演技なんかじゃない、ごく自然な笑顔。  
美里にとって僕がそういう存在になっている証拠。明日はもうひとつ向こうの関係になる。  
「入っていい?」  
「あ、うん」  
 
我ながら気の抜けた返事だと思うけど、美里は意に介さずにあがって、僕に抱きつく。  
「あは、ひろちゃん、だ」  
胸元には黒い髪。背中には小さい手がふたつ。美里の香りが、酸素と一緒に全身に沁み込む。  
美里が、僕の腕の中にいる。  
とっくに理性は揺らいでいる。なんとか抑え付けようと力を入れても、美里を抱く腕が余計に  
力強くなるだけだ。揺らぎはひどくなる一方。  
──このまま、したくなる。明日の予定、今に変えるか。  
さらり。黒い艶が流れて、赤い頬になる。潤んだ目になる。魅力的な唇になる。  
申し合わせたように口付け。何度も何度も、軽く触れ合わせる。  
満足したらしく、再び僕の胸に顔を埋めて熱い息を吐く美里。  
熱い。何が熱いって、僕の気持ちが。美里は満足だろうけど、こっちはその先に進みたくて  
しょうがない。  
「明日だよね」  
その通りだけど、・・・くそ。美里との約束を破る訳にはいかないだろ。  
今日は我慢。  
「そうだな。明日だ」  
美里が顔を見せて言う。どうにかしたくなるくらいに可愛い笑顔だ。  
「ひろちゃんは、・・・初めてだよね?」  
面と向かって言う台詞かよ。・・・まあ、あんまり正直に言うのも何だか格好がつかない気がする。  
「そりゃ、まぁな」  
「・・・、よかった」  
その笑顔が眩しい程の明るさになって、さらに恥じらいの色が加わる。  
何だろう。美里はそれきり黙ってしまい、僕はそれでも待った。促す必要なんてない。  
美里の準備が出来るまで待とう。  
「私も、初めてだから・・・」  
うん、まあ、そうだろうな。美里が僕以外の異性と親しくしてる所なんて見た事ない。  
女友達は随分居るようだけど、それがかえってよかったのかな。  
「それでね、ひろちゃん・・・その、なんにもつけないで、して欲しい」  
 
・・・それは。  
「ちゃんと、中で、して欲しいの」  
駄目だろ。  
それだけは、駄目だ。  
「美里、駄目だよ。そういうのは、ちゃんとしないと」  
責任が取れる環境じゃない。責任を持てる段階じゃない。  
責任を取れる、持てるようになってからする事だろ。  
「・・・そういう、お薬、あるから、・・・」  
「絶対じゃ、ないだろ。美里、僕は、」  
「お願い。初めてなんだから、ちゃんとしてよ。お願い・・・」  
目も声も震えている。  
僕は──断れない。こんなふうにお願いされるのは、間違いなく初めてだ。  
つけないでしたい、というのはあるけど、それ以上に美里の願いを叶えるべきだと思う。  
「解った」  
「・・・うん!」  
さっきの眩しさが戻った。よかった。美里の暗い顔なんて二度と見たくない。  
っと、そろそろ時間だな。  
柔らかい身体を離す。手だけを握って、僕は言う。  
「じゃ、また明日な、美里」  
「うん、ばいばい」  
別れ際にもう一回接吻。僕たちは無言で手を振り合って離れた。  
明日、この指が美里の肌に触れる。唇だって今日とは違う場所に這う。  
思考の熱が冷めない。落ち着け。まだその時じゃないぞ。  
『かちゃ』  
「ただいま」  
親父が帰ってきた。ドアを閉めず、外に視線を向けたまま言った。  
「今の美里ちゃんだったよな。ちょっと見ないうちに、随分女の子らしくなったなぁ」  
振り返った目には優しさがあった。僕とは小さい頃からの仲だ。親父も近所の子供以上の  
親しみを感じるのは無理もないことだ。  
「うん、そうだね」  
明日には『女の子』から『女』になるし、そうするのが僕で、…いかに親父とはいえ、  
それを話すのは躊躇われた。  
 
 
まじまじと僕を見据える親父。感慨深げな表情だ。  
ふ、と小さく笑って靴を脱ぐ。  
「しっかりな」  
昔からの口癖を僕の肩を掴みながら言う。親父の期待を裏切ることはしないつもりだ。  
「解ってるよ」  
 
 
「あちゃ、やっちまった」  
火加減、失敗。微妙に納得出来ない程度の焦げ目がついてる。  
「浩史、どうした?」  
親父が言いながらテーブルに着いた。  
「失敗した。今日のは美味くないかも」  
親父は飯の出来にあれこれと言う人ではないけど、だからといってまずい物を出すのは  
僕が納得出来ない。  
「食えるんだろ?なら文句はないさ」  
いつものように箸をつける親父。  
失敗の理由なんて決まってる。  
意識するなと思えば思う程、意識してしまう。  
一応の計画としては、昼飯食って一息ついてから、のつもりなんだけど、  
上手くいくだろうか。  
いや、あまり考え込んでも駄目か・・・細かい所はその場で判断するしかない。  
親父が出勤し、毎度の作業をこなして僕も出た。  
「おっす」  
「おはよ」  
挨拶は出来たけど、その後は目を逸らしてしまった。  
こいつの顔を見てるだけで、他の事がどうでもよくなってしまう。  
「行こ」  
手を取られて歩く。美里はきっと笑顔だろうけど、見ない事にする。  
見たら、・・・多分、家に連れ込んだだろう。  
そして、そのまま。  
全く考えない展開ではないけど、やはり最低限の日課は済ませるべきだろう。  
生活のサイクルが狂えば、他の事も上手くいかない気がするし。  
 
「ひろちゃん」  
いつの間にか生徒玄関。  
美里を見ると、少しだけばつが悪そうな表情。  
「?どうした美里?」  
「授業終わってから、ここで待っててね。すぐには来れないと思う」  
土曜の放課後。・・・だよな。友達の多い美里だ。そういった誘いは  
僕とは比べ物にならない数だろう。ひとつひとつを断るだけで結構な時間を要するのは  
当然かな。  
「了解」  
笑いかけながら承諾する。これまた写真に撮りたいくらいの笑顔が返ってくる。  
心の緊張がやっとほぐれてくれた。  
 
 
誰もが軽い足取りだ。  
生徒玄関から校門までを明るい喧騒が埋め尽くしている。  
放課後は大抵こんな感じだけど、土曜となれば殊更賑わう。  
眩しい。手が届かないもの。届かないと知っているもの。そうするべきだと決めたもの。  
だったら見なければいいだろう。だから、見ているのか。  
「ひろちゃん」  
声に振り返ると美里が少し息を切らせて立っていた。  
「早かったな。もっとかかると思ってたよ」  
手を握って歩き出して、会話。  
「うん。ちょっと無理して来た」  
「大丈夫なのか?仲が悪くなってもいいなんて考えるなよ」  
「大丈夫だよぉ。いっつも聞く側なんだよ。偶に断るくらいなら平気だよ」  
「ならいいんだ、うん」  
周囲に振り回されてる印象はないか。大人数との付き合い方を心得てる様だし。  
・・・本当にあの頃とは違う。ひとりでブランコに乗ってた気弱な子が。  
変われば変わるよな。  
 
「で、これからどうするの?」  
美里の問い。あー、感情の熱が上がってきたな。まだ抑える所だろ。  
「飯食ってからだ」  
簡潔に答えた。言葉を重ねる程、口が止まらなくなりそうだ。  
「・・・うん、そうだね」  
美里も感情を冷ましているのだろう。声が小さい。  
僕の立てた予定に肯定してくれてるようだし。後は、その衝動をどうやって  
やり過ごすか、だな。  
家の前に着く。でも手は離さない。  
一度だって帰すつもりはないと意思表示する。  
美里は、僕を正視していなかった。離さない手に熱のこもった視線を向けている。  
表情ははっきりと何かを表していないけど、期待してくれているのかな。  
目だけが僕に向いて、美里は頷いた。  
 
美里を家に入れて、ドアを閉じる。  
落ち着け。落ち着け。まずは昼飯だろ。落ち着け。  
靴を脱ごうとしている美里。やや前屈みの後ろ姿。  
「……、──」  
…これが、我を忘れるってやつなんだな。初めてだ、こんなの。  
一瞬だけ頭が空っぽになって、気が付けば美里を後ろから抱きしめていた。  
両手はへそのあたりに。鞄は多分その辺に落ちてるんだろう。  
美里の香りに昂ってしまう。計画なんて破棄だ。  
「ずっと、美里の事、考えてた」  
僕はありのままの本音を口にする。  
「ん、は…ひろちゃん」  
苦しそうに身をよじる美里。…何してるんだ、僕は。  
勝手に先走ってどうする。ちゃんとしてやるって決めてただろ。  
「…ごめん」  
腕を緩めて美里を楽にする。  
 
美里は鞄を靴箱に置いて、  
「正面から、してよ」  
言葉通りに僕の胸に顔を埋めた。僅かに覗く耳は赤い。  
嫌がってない。だったら、このまま。  
美里の顎に手をあてて上を向かせ、口付けた。  
…物足りない。もっと深いところまでしてもいいのかな。  
舌の先で美里の唇を突いてみる。  
「っ!」  
びくんと跳ねる身体。やっぱり、早すぎだった。  
一旦離れるか。  
「っ…、美里?」  
離れる瞬間、ちろりと舐められた。僕の、唇が。  
興奮を隠そうともしない美里の顔。  
「私も、してみたい」  
なら、しよう。  
 
小さい背中を抱き寄せながら唇を重ね、舌を伸ばす。  
美里の柔らかい唇を押しのけて、歯に当たった。  
「ん、っ!」  
だんだんと開く口。  
待ちきれずに突き入れる。湿った美里の舌が触れた。  
途端に引っ込んでしまったけど、すぐに戻ってくる。恐る恐る僕のに触れて、  
止まる。安心させてやりたくて、じっと我慢。  
少ししてからゆっくりと触れ合う面積が広くなる。きゅ、と撫でられる感覚。  
限界、だ。  
「ん!っふ!あ、む!」  
誰も触れた事がないところに、誰も触れた事がないものを擦り付ける。  
性交と何の違いがあるんだろう。その、本番だって同じように濡れているモノを  
くっつける訳で、・・・だから、もっとしたくなる。  
背にあてていた手を動かして、尻と胸に。  
「んん、ぁん、…は、んく」  
胸の中で悶える美里。  
制服の上からでもこんなに感じてくれている。本当、我慢の限界。  
強く揉む程、艶声は大きくなる。  
しわが付いてしまうだろうけど、止めない。僕が触れた証拠をもっと作るんだ。  
「んぁ…くぅ、ん、あぁ…ん」  
首に何度も着地する唇。尻の谷間に指が食い込む。胸にある下着の感触。  
もどかしい。直に触れたい。何だって服が邪魔してるんだ、くそ。  
『がたん』と鞄を蹴飛ばす音で、思考の熱がやや下がった。  
顔を離して美里を見る。高揚した頬と、潤んだ瞳。  
前哨戦はこれでお終いだ。次の本戦は布団の上でしなきゃ。  
 
『ぐううきゅるるううぅぅううう』  
…最悪。  
偶には譲れ、食欲。我も三大欲の一角ぞ!なんて主張は解るけど、時を選べっての。  
くすくすと美里が笑い出す。  
いや、可愛いんだけど、…この腐れ胃袋め。  
「こんなの、考えてもいなかったね」  
あははと心底可笑しそうに言う美里。全く・・・何だか、気が抜けてしまった。  
「こんなことも、あるんだな…ったく。飯、何でもいい?」  
無念さを誤魔化して僕は言う。  
「何でもいいよ。美味しく作ってよ」  
「おし、まかせろ」  
そうして僕達はやっと靴を脱いだ。  
 
 
飯を一緒に食べる為に家へ入れた訳じゃない。  
ということで、手っ取り早く出来上がるチャーハンにした。  
美里は大人しくテーブルについて、テレビを見ている。  
バラエティー番組らしい。派手な笑い声が響き、大した内容ではないのだろう、  
美里は落ち着いた表情でくつろいでいる。  
──美里。さっきの、僕の胸で喘ぐ美里。これから、・・・いや、止めよう。  
昼飯の完成が先だ。美里のことはそれから。  
「はいお待たせ」  
二人分のチャーハンをテーブルに並べた。  
味噌汁も出して、他のおかずは朝の残り物だ。  
「いただきます」  
それからは終始無言で食べた。話題ならなくもないけど特別過ぎて話せない。  
つまりは、これからの事しかないのだ。  
いや、それは僕の考えだ。美里はどう思ってるのか。  
「ごちそうさま、ひろちゃん」  
「お粗末様」  
硬く、そのくせ濃密な雰囲気を感じながら、食器を台所に運ぶ。さてどうするか。  
ボウルに食器を入れて水を貯める。  
 
やっぱり、あのまました方が良かったのかな。こうなると上手い具合にきっかけが  
作れない。  
『ざぶざぶ』  
ボウルから水が溢れる。こんなふうに簡単に感情を溢れさせる事が出来たら  
楽なんだろうけど、一度抑えた感情はなかなか溢れ出してくれない。  
小さい頃からの癖。感情の変化すらも発作のきっかけになりえるから、常に冷静に。  
面倒だとは思わない。残念だとも思わない。  
とっくに慣れているし、身を守る為でもあるし。  
『ざぶざぶ』  
…洗うか。水に触れて少しでも頭を冷やせば何か思いつくだろう。  
一歩踏み出そうとして、動けない。シャツを背中から引っ張られてる感覚。  
見なくても解る。引っ張ってる美里の顔はきっと必死なんだろう。  
ちゃんと、答えてやりたい。  
水を止めて振り向く。予想通りに俯いているけど、その姿が訴えるのはひとつだけ。  
しよ、と。無言で伝えてくる。  
「ちょっと待ってろ、美里」  
誰にも邪魔なんてさせない。これからは二人だけの時間にするんだ。  
玄関に足を運んで、施錠。ついでに電話線も抜く。  
僕の行動を見ていた美里は、より不安そうに期待を高めたようだ。  
落ち着かない顔で、所在なく両手を組んで立ち尽くしている。  
…僕を、待っている。こういう時は男が動くものだろう。  
少しでも緊張を和らげる為に笑いかけて、手を取る。  
美里も笑ってくれた。  
 
『ぱたん』  
僕の部屋の唯一の出入り口が閉じる。  
ばくばくと心臓が連打している。抑えようにも方法がない。  
脳への血流も格段に激しいのだろう。正気を保ってるのが不思議なくらいに頭が熱い。  
初めてなんだから、多少の不手際は覚悟すべきだろう。  
・・・・・・──、・・・よし、やるぞ。  
思い切って振り返る。  
「ひろちゃん」  
先手を取られたけど、やり直しなんて不可だ。  
とにかく、・・・どうする。  
ぐ、と抱きつかれた。黒髪が僕の胸にある。この体勢、さっきの──  
「もう一回、してよ」  
「・・・解った」  
顎に手を当てて、上を向かせる。  
とっくに加熱している頬が可愛い。期待してる瞳も。  
「ん・・・」  
唇を重ねて、すぐに赤い舌を結んだ。  
 
ぐちゃぐちゃに唾液を混ぜあう。二度目だから、どうすれば深いところまで  
触れ合わせられるのか、何となく解る。  
「は、ん・・・ふは、ん・・・、・・・ん、ぁ・・・」  
ドアに美里を押し付け、さらに続行。  
唾液が垂れる。追うように唇を外して、首筋まで遠征。  
「ふぁ、あ・・・は・・・、っ、やぁ、ん!」  
口なんかじゃ足りない。僕の全身で美里の全身に触れたい。  
戻して舌を絡ませて、美里の制服のボタンを外す。  
「っ!んん!あむぅ・・・は、んん!」  
羞恥の声が出そうになる度に、口を塞ぐ。  
脱がせる方だって恥ずかしいんだ。一度でも止めたら、続かなくなってしまう。  
ぷちぷちと全部外し、開いた上着の中に両手を差し入れてゆっくりと揉む。  
「んん!・・・あぁ、ん・・・く、ふぅ・・・ん」  
口を離して手の動きに集中する。  
美里は目を瞑って胸を突き出して、僕の拙い愛撫に酔っている。  
ひとつ揉む度、悩ましげに眉の形が変わって、艶かしいため息が喘ぎ声と一緒に出てくる。  
シャツの上からなのに、こんなに乱れている。もっと触れたい。  
片手を離して、スカートの中に。足も絡ませて、唇で耳をこねる。  
どこも柔らかい。女性の身体。  
僕の性器だってとっくに充血してる。本来の役目を果たせる状態だ。  
それを知って欲しくて美里に押し当てる。  
「──っ!、ひろ、ちゃ、ぁん!」  
小さく叫ぶと、急に力が抜けた。  
「ん、あぁぁ…、ん…」  
甘い声と共に腕から抜け落ちて、ぺたりと床に座ってしまった。  
「美里?どうした?」  
「ひろちゃん、すごい、上手…」  
惚けた顔で、そんな事を言う。  
 
こっちはただ必死だっただけだ。優しく出来たかどうかも解らない。  
視線の高さを合わせて訊いてみる。  
「そんなに、よかった?」  
「…うん、立っていられなかった。…気持ち、よくて」  
色っぽい笑顔で答える美里。  
ここで、気持ちいいと言ってくれたところで終われたらいいんだろうけど、  
まだ先がある。痛い思いをさせなくちゃいけない。  
それを考えると気持ちが萎えそうになるけど、ちゃんと最後までしよう。  
美里との約束を守るんだ。  
「立てる?」  
言いながら手を伸ばす。美里は笑顔のまま頷いて、僕の手を取って立ち上がった。  
そいて後ろにあるベッドに視線が向く。  
美里も最後までするって言っている。・・・躊躇う必要なんてない。  
「服、脱ごうな」  
 
流石に脱ぐところを見られるのは恥ずかしいらしく、さっさとパンツ一丁になった  
僕に、ベッドに座って目を閉じてて、と美里は言った。  
布が擦れる音が何度かして、僕のすぐ隣に美里が座った。  
ベッドが軋む音が響き終わって、数秒して美里の声。  
「いいよ、ひろちゃん」  
「ん」  
目を開けて美里を見る。  
僕と同じく一枚だけ下着を着けている。形のいい胸。  
それとは場違いな程、落ち着いた微笑みを浮かべている。  
「ずっと前から、こういうふうになりたかったんだよ、ひろちゃん」  
その告白に、頭が真っ白になる。  
「あ、・・・うん」  
気の利いた返事が出来ないけど、そのくせ馬鹿なことを言ってしまった。  
「美里は、落ち着いてるな」  
こっちは未だに心臓が鳴りっぱなしだ。  
「・・・そんなこと、ないよ」  
その顔に、赤みが戻ってくる。瞳に日の光が反射して──  
 
って、  
「カーテン、閉めるの忘れてた」  
慌てて閉めてベッドに戻る。・・・思わず、苦笑い。  
「こんなのばっかりだな」  
何をするにも邪魔が入ってしまう。  
今度こそは、と思っていても上手くいかない。  
ふふ、と小さく笑った美里。僕の手を握って言う。  
「これからは、何があっても無視しようね」  
「・・・そうだな」  
何回しても飽きない軽い口付けと、何度しても気持ちいい深い接吻を  
しながら押し倒した。  
さらりと広がる艶のある髪。上気した顔。うん、すごく、  
「可愛い」  
正直に言ってしまった。  
今度こそ夕日のように染まった美里。  
何かを言おうとして口をぱくぱくさせて、ようやく声を出す。  
「・・・ばかぁ」  
いや、それも可愛いんだけど。  
つられて顔が熱くなる。ちょっとしたやりとりで下がっていた興奮にも飛び火して、  
無言で抱きしめてしまう。  
「は、ぁ・・・」  
美里の鼓動が伝わってくる。とくんとくん。  
僕のもきっと伝わっているだろう。すこしの間、お互いの鼓動を確かめ合って、  
赤い頬に口付け。  
気持ちが盛り上がってきた。美里は、どうだろうか。  
「美里、いい?」  
「いいよ、ひろちゃん」  
幾分余裕が出来たらしい。声もしっかりとしている。  
美里を見つめながら鎖骨に唇を這わせ、舌で唾液を塗りつける。  
その心を昂らせたくて、意識して音を立てた。  
 
ぬちゃ、くちゃり。  
「んん、…ぁ、ん…」  
所謂性感帯ではないところ。骨を直接愛撫するのに等しいけど、  
それでも感じてくれている。  
「何か、くすぐったい感じ・・・ぅ、ん」  
つるつると薄皮を撫でながら喉元、そして胸の谷間へ。  
喘ぎが少しずつ早くなっていく。膨らみに到達するのを待ちわびているのだろうけど、  
まだしない。  
胸の上下がさらに加速する。薄く目が開いたかと思うと、僕の首に腕が巻きつく。  
「ひろちゃんの、ばかぁ」  
恥じらいよりも、その先への好奇心が勝ったからこその言葉だ。  
緊張も大分解けているようだ。  
「解ったから、離して」  
するりと腕が解けて、美里の目が閉じる。  
僕は視線をきれいな丘に向ける。…いきなり突起に触れるっていうのは  
間違ってる気がする。その少し横に口付け。  
「ふ、あ…っ!」  
ただ押し当てただけなのに、ぶるりと身体全体が震える。  
未知の感覚に慣れてないから、こんな過剰な反応をするんだろうな。  
だったら、溺れるくらいにいっぱいしてやればいい。  
突起に触れないように何度も口付け、吸い上げ、舐める。  
もう片方も手でしてあげる。  
「くぁあ…ん!きもち、いい…んん!」  
震えは捩れに変化する。ねだるような、妖しい仕草。  
美里の手は僕の髪をかき混ぜ、頭皮を強めに撫でている。  
やっぱり無意識の行動なのかな。…でも、気持ちいい。  
美里の柔らかさを確かめる度に、自制を失っていく。  
僕だけじゃ、駄目だ。美里も同じにしてやろう──。  
「ふ、ああああん!」  
乳首に軽く口付けただけなのに、一番大きな声だ。  
 
硬くて、唇でしっかりと挟める。舌でくりくりと転がる。  
周囲は舌で突付いた分だけ形が変わる。ふにふにとした柔軟な感触。  
側面の柔らかさとは対照的に、程よい硬さを持つ突起。  
女の子のからだって、何でこんなにも色っぽい矛盾があるんだろうか。  
美里は荒く呼吸をしながら首を振っている。  
今までにない快感を受けるのに必死、という感じだ。  
まだだよ美里。もっといけるんだよ。  
胸にあった手を、ふとももの内側へ伸ばす。  
「ふあぁ、──っ!」  
一気に上体が反り返る。そっと撫でてるだけなのに、全身がびくびくと跳ねあがる。  
「あぁ、ん、ああああ!」  
僕の頭を撫でていた手が枕元のシーツを握り締める。  
下着に近づく程、音量はあがる。シーツのしわが深くなる。  
──下着に、手が届いた。  
「っく、ああぁぁ──っ!」  
一際喘いで身体を硬くして、嘘のように弛緩する。  
「おい、美里?」  
「ん、うぅ・・・ん」  
・・・その、達してしまった、らしい。虚ろな目。僅かに痙攣している脚。  
少し経ってから、ようやく意識のある目を僕に向ける。  
「ごめんね、ひろちゃん…」  
「何で?」  
「私だけ、気持ちよくなっちゃった」  
「いいんだよ…僕なら、これからでもなれるし、その…」  
これから痛い思いをさせるんだから、一回くらいは気持ちよくさせたかった。  
美里の視線に不安が混じって、直後に消える。  
「怖くないって言えば嘘になるけど、…うん、ひろちゃんが一緒なら大丈夫だよ」  
覚悟は決まってるみたいだ。だったら、やり遂げるだけだ。  
「…解った」  
唯一残っている白い下着に指をかける。  
美里は羞恥を隠そうともせず、それでも腰を浮かせて協力してくれた。  
 
股間の茂みを開放し、きれいな脚を通り抜ける下着。  
そして、おずおずと開く。  
「っ、……」  
美里の大事なところが見える。もっと見たくて、顔を近づける。  
…見てるだけじゃ駄目だろ。ちゃんと、しなきゃ。  
指を伸ばして、その入り口に触れた。  
「くぅ…っ!」  
じりじりと熱くて、同じくらいの熱量を持った液体が零れている。  
時間をかけてよかったと思う。この潤滑液がなかったら、本当に痛いだけだろう。  
・・・濃密な美里の匂いに、頭がくらくらしてしてしまう。  
今すぐ入れたいけど、もっとこの液を出してやろう。  
人差し指を入れた。  
「ふ、あ、あ、あああ!」  
大して太くもない指なのに、こんなにきつい。  
ぎゅうぎゅうと肉の壁が押し付けられて、異物でしかないと訴えるようだ。  
根元まで入れるのが躊躇われて、途中で抜く。  
「ん、くぅ・・・ん」  
美里の原液が後を追うように溢れ出して、尻の穴を濡らす。  
僕の指だって濡れている。  
こんなに狭いんだ。もっと広げなきゃ、充血した僕のなんて入らないだろ。  
思い切って指の付け根まで入れる。  
「ひぁああああ!」  
さっきと同じくきつい。広げようとして円を描くように動かすけど、  
みっしりとまとわりつかれて、熱い膣は形を変化させない。  
「ああ、ん!・・・や、──っ!」  
一本じゃ、駄目か。中指も使わないと。  
抜く時もがっちりと掴まれて、その感触に僕も抜きたくなくなってしまう。  
正直、本能が狂いそうだ。  
狂ったように美里を犯したい。美里を犯してもっと狂いたい。  
駄目だよ。ちゃんと抱くんだ。僕だけが満足しちゃ、いけないんだ。  
出かけた本能を飲み込んで、濡れた人差し指に中指を添える。  
 
「・・・まって、ひろちゃん」  
美里は、より不安を増した顔をしている。  
「どうかした?」  
「う、ん・・・指で、しなくても、いい」  
そうは言っても、  
「その、・・・ちゃんと広げないと、痛いだろ?」  
その顔に、不安を塗りつぶす程の恥じらいが表れる。  
「ひろちゃんのと、・・・、同じかたちに、したいから・・・」  
「──っ!」  
沸騰した。身体の隅々まで、余すところなく。  
もう待てない。美里はひとつになりたいって言ってる。  
何が何でも叶えなきゃいけない望みだ。  
限界まで漲った性器を露出させる。  
美里は驚いた様子で、僕のものを見詰めている。  
ぐびりと唾を飲み込んでいる。緊張するなっていう方が無理だよな。  
反り返る性器を抑え付け、美里の秘所に少しだけ入れる。  
「ん!」  
美里は僅かに呻く。  
それ以上進まないようにしながら上半身を乗り出し、美里の顔を見下ろす姿勢に移る。  
かける言葉なんてない。どんな言葉でも、美里を楽にしてやれる筈がない。  
「いくよ」  
「・・・うん」  
目を閉じる美里。  
僕も覚悟を決めて、性器を侵入させた。  
「──・・・・・・っ!ぁ、ぅ、〜〜っ!」  
痛そうだ。まだ途中だ。止めることは許されない。  
女の子の部分が応戦している。必死に、そのままで居たいと。  
ごめんね。僕はその先の関係に進みたいし、美里だってそう言っているんだ。  
幼馴染はもう十分だ。想いを寄せ合う恋人同士でも満足できない。  
男と女の関係に、なるんだ。  
もぎ取られるような締め付け。その中でも僕の性器は行為を止めず、  
最後の抵抗も貫く。  
 
そして、美里自身も触れたことがない場所に辿りついた。  
「ぃ・・・っ!ぁ、っ!・・・は、ああ!」  
気を抜けばすぐにでも果てそうだ。  
熱いぬめりがぎゅうぎゅうに絡んでくる。それこそ自慰なんて子供騙しの  
快感にしか過ぎないだろう。  
美里は──痛そうだ。眉が歪んで、呼吸すらも上手く出来ていない。  
「美里、大丈夫?」  
「・・・、う、ん。何とか、・・・っ」  
無理をしてる声音だ。やっぱり、今日はここで終わらせるべきかもしれない。  
「はぁ・・・いいよ、ひろちゃん」  
その身体を走り抜ける痛みを堪えて、美里は言ってくれた。  
「解った」  
その痛みが消えることなんてないだろうから、少しでも慣れて欲しい。  
ちょっとずつ動かそう。  
「くぅ・・・ん、ん!」  
声を噛み殺す美里。何か、痛み以外に気を引きつける方法。  
この姿勢じゃ、唇を重ねるくらいしかない。  
「ひ、ん・・・はむぅ・・・っ!──ん、んん!」  
舌を伸ばし合って、性器と同じく密着させる。  
じゅぶりと音を立てて、性器の動きは滑らかになる。  
美里の中も、微かではあるけど僕の動きに合わせるように収縮を始めている。  
膣内を満たすと拒むような締め付け、引き抜くとそれを阻むように掴まれた。  
一往復させる度に、理性が蒸発しそうになってしまう。  
本能の暴発はすぐそこまで来ていた。  
美里は痛そうに喘いでいる。  
早く終わらせたいけど、これ以上激しくするのも気が引けるし。  
「・・・っ、く、あぁん・・・ん、ふ、ぅん」  
その声に理性の大半が揮発した。  
僅かではあるけど、快楽の声が混じっている。  
・・・くそ、滅茶苦茶に動きたい。もっと美里の悦声を響かせたい。  
 
「ひろちゃ、あぁん・・・」  
「美里?」  
一見して無理やりだと解る笑みだ。  
「そんなに、我慢しなくても、っ、いいんだよ?」  
「そう言うけどな、・・・」  
「そんな苦しそうなひろちゃんなんて、見たくない」  
自分がどんな顔なのか解らないけど、美里が嘘をついているとは思えない。  
苦痛の中での艶声も、嘘じゃない。  
なら、  
「どうしても痛かったら、言えよ。止めるからな」  
「うん、言うから、・・・続き、しよ」  
薄皮一枚の理性を総動員して深いキスをする。  
「あん、・・・ん、んん、・・・ん!、ぅん!」  
口付けながら、僕の腰は信じられない強さで美里に打ち付け始める。  
半ば他人事のようで、そのくせ快感だけは脊髄を駆け上がってくる。  
「い、──っ!ああ!きゃ、あああん!」  
勝手に動く腰。邪魔だぞ本能。美里を抱いていいのは僕だけだ。  
僕の美里なんだ。  
支配権を奪い返して、先端が抜け出る寸前まで腰を引いて、叩き付けた。  
「はぁ、っ!」  
短い喘ぎを僕は受け止め、もう一回。  
がくん。  
「〜〜っ!ん、ああ!」  
苦痛で歪む顔が、僅かに快楽の色を増していく。  
僕の拙い行為で美里が変わっていく様子に、際限なく昂ってしまう。  
とっくに出そうだけど、その最後を拒否してしまう僕。  
…理由は明確だ。  
「はぁあああん!っは、…っ!は、あ!」  
何度も何度も、気持ちをこめて打ち付けた。  
はじめて見る女らしい美里。ずっと見ていたいけど、こっちが限界だ。  
 
一番奥の所を小刻みに愛撫しながら、言う。  
「美里、…っ!出すよ!」  
僕の言葉に、美里の膣内はぐんぐんと締まってくる。  
「うんっ!うんっ!いいよぉ!」  
背中を反らせて、ぐいぐいと膨張しきった性器を押し付けた。  
美里の締め付けも今までで一番きつくなる。背骨が反り返って、僕の性器が  
より深いところまで埋まっていく。  
「く、う!」  
「っく、ふぁああああん!」  
性器が潰れそうに狭くなる膣内で、射精する。  
どくん。どくん。  
一回一回に味わった事がない快楽が伴う。精液が尿道を通る快感が、美里の締め付けで  
普段より数倍もはっきりと自覚出来る。  
「は、──っ!、くぅ…っ」  
精液の勢いはもう失われているけど、尚も性器を押しつけ続ける。  
一滴だって外にこぼしたくない。全部、美里の中に入れるんだ。  
「ん、…ぅ、ん」  
美里が僕のを全てを受け入れたのを確認して、脱力。  
どくどくと心臓の音が聞こえる。美里を見ると、放心状態だ。  
目は半開きで、焦点はどこにも合っていない。  
・・・とにかく、一度離れよう。このまま身体を重ねてしまいたいけど、美里の負担を  
増やすわけにはいかない。  
やや力を失った性器を引き抜く。美里の秘蜜で光り、先端には粘つく精液が糸を引いている。  
じわじわと秘所からも精液が溢れ出している。  
その、自分でも信じられないくらいの量だったと思う。恐らくは濃さも。  
しかもコイツは今だにやる気を失っていないし。ちょっとした刺激で一気に機能を回復  
するんだろうな。  
シーツには赤い点が幾つかあった。血が出るくらいの損傷。痛かっただろうな。  
仰向けの美里に添い寝する。髪を撫でながら、丁度いい言葉を思いつけない。  
痛かったか、なんて言えないし・・・それを謝るのもおかしいだろうな。  
とりあえず、頬に口付ける。  
 
もう苦悶の様子は殆どない。  
と、半眼の黒目が僕に向き直す。  
「・・・ひろちゃんは、大丈夫?」  
僕の身体を気遣う問いだ。普通なら反対だろうけど、それも仕方ない。  
「うん、何とかな」  
本心を言えば、こういった行為に耐えられるか疑問だった。  
運動で発作を起こす人だっている。僕も何度か運動中に起こった事はあるけど、  
それは本当に限界まで動いての場合だ。そうは理解していても、不安はあった。  
美里を抱いて、その不安がなくなった。歳を重ねた分だけ少しは軽くなってるのかな。  
「よかった・・・」  
言いながら僕の腕にしがみ付いてくる。  
「じゃあさ、ひろちゃん・・・」  
かと思いきや、僕の上に這い上がってくる。  
「み、さと・・・?」  
「私が、動く番だよね」  
未熟ながらも、妖しい笑み。胸に当たる柔らかさと重複して、僕の  
性器はあっという間に硬さを取り戻す。  
ぶるんと振り上がり、美里の丸い尻をかすめた。  
「・・・あは」  
胸に顔を載せる美里。やけに嬉しそうに、恥ずかしがる。  
続けるつもり、みたいだけど。  
「美里、・・・その、痛くないのか?」  
「痛かったけど、ちょっとは気持ちよかったんだよ」  
囁くような声だけど、何だか──背筋がぞくぞくしてしまう。  
「ひろちゃんと私って、身体の相性、いいんだよ」  
「・・・ばか、そんな事言うなって」  
恥ずかしくて美里を見ているのがつらい。  
だからね、と美里は続けて言った。  
「次は、もっと気持ちいいと思うよ」  
妖艶な微笑みで腰を浮かせ、僕の性器に指を絡める。  
「──っ!」  
 
ぎこちない指使い。だけど、がちがちに性器が充血してしまう。  
美里がそんな事をしているという事実が、余計に僕を興奮させる。  
「ん・・・っ」  
ずぶずぶと秘所に性器が埋まる。さっきよりは随分と楽に入っていく。  
締め付けも弱く、でも視線は熱いままだ。  
突き上げようとする本能を固めて、待った。  
美里は自分から動くって言った。ちゃんと待ってあげないと。  
「は、あん・・・こう、かな?」  
僕の胸に両手をついて、腰を振り始めた。  
目は閉じてない。とろんと下がった目尻が、身に渦巻く快感を示しているのか。  
「ん、ん、やっぱり、・・・いいみたい、ひろちゃん・・・」  
その呼吸はだんだんと浅くなっていく。その合間に色めいた声が混じり始めた。  
「ぅん、…あ、んん…ね、知ってる?」  
ひどく妖しい顔で美里は言い出した。  
「私にこういう事していいのって、ひろちゃんだけなんだよ」  
その妖しさは薄れていって、真剣な面持ちになっていく。  
「ひろちゃんにこういう事していのは、私だけなんだよ」  
ぎしぎしとベッドを軋ませる美里。  
視線は強くて、振るう腰にも感情がこもって、  
熱にうなされるように僕の名前を呼んでいる。  
ひろちゃん。ひろちゃん。ひろちゃん、ひろちゃん。  
…思い出す。  
美里をいじめっ子から助けた後、僕はひどい発作を起こしたんだ。  
動くに動けなくて、ただじっとしてるしかなかった。  
ひろちゃん。ごめんね。ひろちゃん。ごめんね。ひろちゃん、ひろちゃん。  
何回も僕に謝る美里。答える余裕なんて全然なかったけど、  
それでも美里は僕を呼び続けた。美里は全然悪くなんかないのに、謝り続けてくれた。  
次の日からは見違えるように明るく振舞うようになった。  
おとなしい子が、それこそ人が変わったように明るくなる理由。  
自分の為にそうするなら、僕と二人っきりの時でもそうする筈だ。  
なのに、そうしない。僕にだけ、おとなしい、本来の自分を見せる。  
僕にだけは。  
 
…こんな時だっていうのに、胸がいっぱいになる。  
美里が他の人に明るくなった理由。  
僕をあの時のように苦しめたくないから、なのか。  
いじめられないような明るさを演じているのは、その為なのか。  
あんな昔からずっと続けてきたんだ。僕にだけ特別な感情を持っていた、ということだろう。  
何で気付けなかったのか、僕は。  
「ごめんな、美里」  
「…ひろ、ちゃん?」  
もっと早く気付くべきだった。  
小さい頃からずっと見ていた美里。もっと早くから、報われるべきだった努力。  
僕以外に誰が報いてやれるんだ。  
「ごめん。気付けなくて、ごめんな」  
離れていた美里の身体を引き寄せて、今度こそ正面から言った。  
「好きだよ、美里」  
「…っ!ひろちゃん…うん、私も、好きだよ」  
そのまま唇を触れ合わせて、ベッドの弾みを利用した突き上げを始める。  
もう止まっていられない。これまで気付けなかった分を、返そう。  
「ん、あ!く、あ、あぁ!」  
悦声がひとつ漏れる度に、上体が起き上がって背筋が伸びていく美里。  
かたちのいい乳房が上下に揺れて、快感の水かさはどんどん高くなる。  
性器と密着している膣も、僕の射精を促すようにきりきりと搾り始めた。  
ただきつかった最初の性交とはまるで違う快感。  
美里にもちゃんと感じて欲しい。熱っぽい声を浴びながらひたすら突き上げて、  
時には尻を掴んで入り口を擦る。  
「はぁ、あ、あ、ああ!」  
一層美里の声が高まって、それと同調するように射精感も強まっていく。  
次も全部注ぎ込む。それには、なによりも勢いが必要。溜めて溜めて、一気に全てを  
解き放つんだ。  
ありったけの体力を使って美里を踊らせた。  
「ひろ、ちゃ、あぁん!こわ、れ、んああ!」  
 
そんなのは僕だって同じだ。溜まりきったのが、今にも爆発しそうだ。  
「ひ、あ…っ!──っ!〜〜〜〜っ!」  
美里は肺の空気を出し切って、声を出せないまま絶頂した。  
僕にも限界が訪れ、放出。  
「っ!ふ、ぅ…!」  
僕の精液を受け止める美里。全身がわなわなと緊張しながら震えて、数瞬してから  
くず折れた。胸と胸が重なって、美里の興奮ぶりがよく解る。  
とくとくとくとく。鼓動が全く同時だ。  
心拍数が時間と共に落ちていく。二人一緒に。  
肩口にあった黒い滝が流れて、美里の笑みになる。  
何も言わないけど、それだけで美里が満足してるのが伝わってくる。  
温かい身体。いい匂い。離すのが勿体無い。もう少しこのままでいよう。  
 
 
ひとつの布団の中で向き合って、意味もなくじゃれ合う。  
きれいな髪を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じる美里。  
しばらくすると僕の手を掴んで頬擦り。うっとりとした表情が可愛い。  
何となく掴み返して僕の胸に押し当てた。年相応の、小さい手のひらが温かい。  
それを追うように胸に顔を埋めてくる美里。  
と、布団に入って初めての声。  
「あ、凄い」  
「何が?」  
僕にやや驚きの表情を見せて、続けた。  
「ひろちゃんは解らない?」  
何だろう…特別してることなんてないけどな。  
「うん、解らない」  
「意識してないのに腹式呼吸してるよ。私は、出来ない」  
言われてから気付いた。確かに腹だけが動いて、胸は全く動いていない。  
意識して胸を膨らませて呼吸。しかし。  
「なあ、何でこんな苦しい呼吸してるの?」  
本当に疑問だ。僕にとっては苦しいだけの胸式呼吸だけど、美里はこれを自然にしている。  
普通はこうなんだろうな。  
美里の表情が曇る。  
「そうだよね、昔からだもんね…」  
何か言いたそうな顔だ。  
「どうした?」  
「訊きたい事、あるんだけど…」  
「何?」  
「うん、…答えたくないなら無視していいからね。気分悪くしたらごめんね。  
 …、ひろちゃんは、ご両親を、恨んだことはないの?」  
……?何でだ?  
「いや、ないよ」  
「本当に?私、今でも思い出せるよ。小さい頃、夜中にひろちゃんの家にタクシーが来て、  
 すぐに走っていくんだよ。あれって、発作だったんでしょ?」  
あー、その話か。  
「らしいけど、一回も覚えてないんだ」  
 
母さんや親父から何回も言われた事だ。あんなに連れていったのに覚えてないのかって。  
思い出せないんだからどうしようもない。  
「何回もあったんだよ?何日も続いた時だってあったんだよ?…本当に覚えてないの?  
 …そんな身体で産んだご両親に、そういう感情は本当にないの?」  
僕の喘息はアレルギー体質によるものだ。  
間違いなく遺伝によるものだろう。母さんも親父もそういった症状は少しはあったみたいだ。  
美里がそんな事を思うのは当然とも言える。  
けど。  
「恨むなんて、これっぽっちもないよ」  
これについてはまず間違いなく断言できる。  
「小学の運動会の、マラソンは覚えてる?」  
「…何となく」  
だろうな。  
美里や他の人にとっては、面倒で疲れるだけのプログラムに過ぎないだろうけど、僕は違った。  
「あの時は僕も走った。体力ないのにな。…で、当たり前だけど一番最後にゴールしたんだ。  
 前にゴールした人の、十分以上も後にね」  
途中で何回も歩いたけど、足を止める事はなかった。  
「母さんがね、いつでもしつこく言うんだよ。時間がかかってもちゃんと最後までやれって。  
 やれない事なんてないんだってね」  
「……」  
美里は黙って聞いている。  
「走ってる最中はそればっかり頭にあった。やれない事はない。それを守りたかった。  
 守ったところを見せたかったんだよ」  
ゴール前の拍手。どんな気持ちなのか解らないけど、いらない。僕が欲しかったのはそんなものじゃない。  
「で、運動会が終わって家に帰ってから、思いっきり褒めてくれたんだ」  
マラソンが終わった直後は普通に振舞ってたけど、それは他人の目があったからだろうな。  
子供心にもそのくらいは解った。家に帰ってからは凄かった。  
「何ていうか、うん、あれがあったから、こうしていられるんだと思うよ」  
やってよかった。諦めなくてよかった。とても、嬉しかった。  
苦労する事に価値があるって確信したのは、あれが初めてだと思う。  
 
「母さんがいなかったら、こういう性格にはなってなかっただろうし、  
 親父がいなかったら、そもそも生活だって出来ていない」  
──あ、そうだ。思い出した。  
「言うの忘れてた。…ありがとうな、美里」  
美里は呆けたような顔だ。どうやら本人も忘れているらしい。  
「…?」  
「僕の病気、調べてただろ」  
「あ、・・・うん、そうだけど、ひろちゃんはさ、」  
すこし苦しそうな美里。そのままでいいのか、と続けるのだろうけど。  
「…何もしなかった訳じゃないよ」  
それなりにはやった。あれこれと試して、効果はあまりなかった。  
これからも付き合う覚悟はもう出来てる。治らないと確信さえしている。  
それに、  
「何もかも損ばっかりって訳でもないよ」  
不思議そうな顔で僕を見つめる美里。  
まあ、理解するのは難しいか。  
「そりゃ、発作は苦しいけどな。…治まった後なんかは『生きてる』っていうのを  
 本当に実感出来るんだよ。思い通りに頭も身体も動く。当たり前の事なんだけど…  
 うん、気持ちいいんだ。  
 友達はいなかったけどな・・・  
 思考の快楽なんていう簡単には得られない感覚が身についた。  
 単純な計算だけじゃなくて、普通とはちょっと違う方向の発想もしてくれるし。  
 多少の寒いのやら厚いのやら、痛いとか苦しいなんて発作と比べれば何てことない。  
 損ばかりじゃないんだよ」  
改めて向きなおして、僕は言う。  
「それと、美里とこういう仲になれたし、な」  
一番の人が出来た。こんなにも早く。  
美里はというと、恥ずかしそうに顔を隠してる。  
絶対に守りたい人。これから迷う事はない。僕は、この人を守るんだ。  
恩返しなんかじゃない。僕がそうしたいからそうする。  
美里だから、そうするんだ。  
 
胸元からのちろちろと窺うような視線に、声が重なる。  
「…言ってて恥ずかしくない?」  
ぐあ、それを言うか。  
なら反撃してやろう。  
「言わせた方はどうなんだよ?」  
また顔が見えなくなった。照れてるんだ。  
それでも背中にまわってくる腕。嬉しさの表れだよな。  
少し経ってからそろそろと顔をあげる美里。  
「ね、ひろちゃん」  
「何?」  
「ちょっとだけ、眠ってもいい?」  
初めての体験への緊張が解けたのだろう。  
忘れていた疲労が噴きだすのも無理はない。  
「いいよ。時間になったら起こすから」  
「うん、ありがと」  
すぐに静かな寝息が聞こえるようになった。  
僕も眠いけど美里を起こすまで我慢だ。  
過度の熱が冷めて、温かい静謐で満ちる部屋。  
同じ布団の中には大事な人がいて、無防備な寝顔を見せてくれている。  
・・・きっと、そうだ。  
勝手な思い込みだろうけど、  
これは間違いなく『幸せ』のかたちのひとつなのだろう。  
 
前編 終  
 

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