ずっと、考えてた。  
 あの日から一年間、ずっと、ずっと。  
 本当にボクの身体はオイシイのかって、ずっと考えてた……  
 
 自分で自分の指を舐めたって味はしない。  
 証明してくれるのは幼馴染みだけ。同じ日に産まれ、同じ時間を共有して来た幼馴染みだけ。ボクが恋焦がれた重羽美月だけだ。  
 美月だけがオイシイと言う。他の人には絶対に舐めさせるなと言う。美月だけが、ボクの味を知ってる。  
 でもこれってオカシクないか? もしかしたら味がするってのは全部ウソで、ボクを挑発して、約束を守れるかどうかを試しているのかも知れない。高校卒業までエッチしないって約束を守れるかどうかを。  
「はんっ……」  
 守れるさ! 何年越しの想いだと思ってるの!? どんな誘惑をされたって守ってみせる。だから……もう断らないと。もうボクを誘惑しなくて良いよって。ボクの指を舐めなくて良いよって。言わないと。  
 だいたい、身体がカレーの味するなんて有る訳無いんだよ!  
 でも万が一、億が一にもボクの身体が本当に美味しいなら? それを調べる為にも、美月以外の誰かに指を舐めて貰うとか?  
 うん、そうだよ! そうしよう! 美月と同い年の、美月と同性の人に舐めて貰おう。ジュースでも奢れば首を振ってくれそうな人……真理(まこと)、かな?  
 だね。こんな事を頼めるのも、美月以外で気兼ね無く話し掛けれる女性も、美月以外じゃ真理だけ。決まりだっ!  
   
 
 ――キーンコーンカーンコーン。  
 
 
 テスト終了の、全日程終了のチャイムが鳴り、突っ伏した机から顔を上げる。  
 テストはバッチリ。考える時間もたくさん取れた。後は覚悟、幼馴染みを疑う覚悟。  
「真理、ちょっと付き合って」  
 二つも深呼吸して真理の背中を軽く叩く。  
「えっ?」  
 ボクの席は廊下側の後ろから二番目。真理はボクの真ん前。美月は窓側の先頭。美月とボクはほぼ対角。  
 だったらイケる。挨拶が終わって、帰る支度をして、美月がこっちを振り向くよりも早く。  
「きりーつ、れーい」  
 テストが回収され、挨拶が終わると同時に真理の手を引いて教室を抜け出す。  
「ちょっとぉ、どうしたの砂耶?」  
 教室を出て、廊下を駆け、無人の図書室に入り、その奥。  
 昼休みにボクとミツキの秘め事が行われる場所。そこで漸く立ち止まり、真理を窓際に。ボクは少し離れて向かい合う。  
「はぁっ、はぁっ……んっ、ゴメンねマコちゃん。実は、内緒でお願いがあるんだ」  
 むくれた表情の真理に謝罪して、すぐに本題へ。  
 美月に似た切れ長の瞳に高身長。健康的に日焼けした褐色の肌に、多分にシャギーが入ったショートヘア。美月がグラマラスなら真理はスレンダー。  
 美月を除いて、ボクが普通に話せる女の子……真理。  
「でっ、お願いって何?」  
 
 目を細め、口元を吊り上げる。いつもの表情。ボクの言葉を値踏みする、いつもの真理。ツマラナイ事だったら許さないと物語ってる。  
 いきなりこんな所に連れ込まれたら当然だと思うけど、それでもボクは確かめたい。  
「ジュース奢るからさ……マコトちゃん、ボクの指を舐めて」  
 右腕を真っ直ぐに伸ばして肩の位置より上、真理の顔前に五指を開いて差し出し、好きな指を選ばせる。  
「意味、わかんないんだけど?」  
 そう否定しながらも、ボクの人差し指以外を折り畳み、一つの指を選択してくれた。  
 本来ならきちんと理由を教えるものだと思うけど、ボクの身体はカレーの味するらしいから舐めて……なんて言えないよ。頭のおかしな人にされちゃう。  
「お願いマコトちゃん……ボクの、ゆびを、なめて」  
 だから全部、全部、舐めて貰ってから判定すれば良い。ボクはオイシイのか、ミツキが嘘を付いてるのかを。  
 美味しいなら美月に謝ろう。疑ってゴメンねって。  
 嘘なら言おう。もうボクを舐めるなって。約束は守るから誘惑なんてしなくて良いよって。  
「ふっ!? ああっ……それじゃあ、舐めるよ砂耶?」  
 マコトちゃんは一度だけブルリと全身を震わせると、許可を取って口を拡げ、舌を垂らして指に近付ける。  
「うんっ、やさしく、やさしく、ねっ?」  
 そして、唇の間に指が挟まれようとして、  
 
「ダメだ砂耶っ!!」  
 
 唐突な否定で後ろへと引っ張られた。  
「えっ、うわっ!?」  
 三歩も下がり、首に腕を掛けられ、胸に手を回され、羽交い締めにされる形。  
 聞き慣れた声、ボクよりもずっと高い身長、後頭部に当たる柔らかくておっきな膨らみ。そこから導かれる解答は……  
「みつ、き?」  
 99%の自信を持って見上げる。  
 すると目の前に映るのは正解。怒った顔でボクを覗き込む幼馴染み。  
「真理、砂耶から言われた事は忘れてくれ……ほらっ、砂耶には大事な話しが有るからちょっと来いっ!」  
 美月はそのまま、引きずるようにボクを真理から離して行く。  
 真理はご愁傷様と、僅かに笑いながら手を振ってた。  
「恥ずかしいから、せめて手だけにしてよぉ」  
 ズルズルと図書室から出され、そこからは手首をしっかり掴まれて引っ張られる。  
 女の子に引っ張られて抵抗できないボク……我ながら情けない。  
 でもこれで決まりだ。美月が必死に止めたのは嘘がバレるから。味なんてしないから真理に舐めさせたくなかった。  
 じゃあ言わなきゃ。もう舐めるなって、もう舐めさせないって。  
 先を早足で歩く美月は長い髪を左右に揺らし、階段を降り、渡り廊下を越え、テスト日により静かな体育館に入り、重い扉を開けて更に静かな用具倉庫へ。  
「おっ、わわっ!?」   
 跳び箱。バスケットボール。バレーネット。薄暗く微かにカビ臭い部屋。  
 そこでボクは大きな着地用マットの上に仰向けで押し倒され、美月は後ろ手に扉を閉じる。  
 
 薄暗い室内。互いに視線を交差させ、互いに一つの深呼吸。  
 
「なんで、舐めさせようとしたんだサヤ?」  
「なんで、舐めさせちゃダメなのミツキ?」  
 
 互いの初言が重なった。  
 ボクは仰向けで美月を見上げ、美月はボクの腰を跨いで見下ろす。空色のパンツが見えてるよ美月。見せてるの? またボクを挑発するんだね?  
「うっ……前に言ったろ砂耶? 一回味わったら終わりなんだ。真理も私みたいになるんだぞ?」  
 美月は真剣。それは伝わる。そんな逃げ道も有るって伝わる。いや、それしかないんだ。  
 もしボクが本当に美味しくて、真理がまた求めて来ても、二度と与えたりしないよ。  
 与えた結果がボクの幼馴染みだから。ボクに依存し過ぎてる美月だから。そんな風には絶対しない。  
 だから美月も、そろそろリハビリしようよ。休みの日だってずっとボクと一緒に居て、好きな事を何もしてないじゃないか!? 束縛してるようで……心苦しいんだ!!  
「わかったよ美月……もう誰にも舐めさせない。その代わり、美月にも舐めさせないから。我慢して、リハビリしよっ?」  
 最初は辛いかもしれないけど、一ヶ月もしたら平気になるさ。  
 ねっ、ミツキ? そんなに涙を浮かべるぐらいに辛いのも、ちょっとだけだから。  
「ひっ、う、そ……だよな砂耶? そんなのっ、わたし、うくっ……しんじゃうよぉっ」  
 綺麗な瞳を悲しさで潤ませ、眉をしかめ、手をギュッと握り締めて懇願する。  
 ボクは顔を反らして立ち上がり、無言で美月を通り過ぎて重い扉をスライドさせた。  
 すぐに馴れるから。ボクも我慢するから。だからミツキ……高校を卒業したら、ちゃんとした恋人になろうね?  
 そう思って、用具倉庫から出て、聞こえたのは低い笑い声。誰に聞かせる訳でも無い、呟くような独り言。  
 
「そっかそっかぁっ……そんなこと言っちゃうんだぁっ? ふっ、ふふっ、ふははははははははっ♪ あぁあっ……そうくるのかサヤ? ぐっ、絶対にっ……イプしてやるわっ!!」  
 
 ボクを無理矢理に犯すって犯罪宣言。  
 それを聞き届け、体育館に続く渡り廊下を帰りながら、プライドはイラッと反応する。  
 ボクは男だぞ? そりゃ女顔だし、ミツキより背は低いけど、女の子一人にレイプされたりなんかしない。逆に押さえ込んでやるんだ!  
「そうだっ……明日は休みだし、思いっ切りできるね」  
 鞄を持ち、靴を履き変え、門を通り、帰路に着く。  
 うん、明日は休みだしちょうど良い。  
 美月を、メチャクチャにしてやる。ボクには勝てないって屈伏させてやる。恥ずかしい事をいっぱいさせてやるんだ!  
「ははっ♪」  
 そう決まれば気分も軽くなる。  
 だってこれから始まるのは、誰にも邪魔されない、ボクの、ボクだけの時間。  
 そこでミツキは、ボクの命令に服従する犬になる。  
 
 

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