「たーだいまっと」  
「おかえりー」  
「ういーっす」  
 ……あれ?  
「誰!? 一人暮らしの男の家に上がりこんでるの誰!?」  
「処女みたいに青ざめて後ずさりしない。私だよ私」  
 奥から面倒そうに顔をのぞかせる。  
「あ」  
 それは数年ぶりにみる懐かしい顔。姉貴だった。  
 
 
 この折りたたまれた洗濯物を見てくれ。Yシャツなんか皺一つなく、見るも清清しいじゃないか。  
 整理された部屋を見てくれよ。試しに窓枠を指でなでて見るぞ。……うん、埃どころか塵もないぜ。  
 さあ、ずらりと並んだ料理をご覧あれ。二人じゃ絶対食えないくらいの大盤振る舞いって、  
「なんなんだこれはあああああ!!」  
「腕によりをかけて作ったものを前に随分な言い草だな」  
「違う! 違うぞそこ!」  
 狭いテーブルに向かい合って唇を尖らせる姉貴に言う。  
「料理はいいとしよう。うまそうじゃないか。でもなんで部屋が掃除されてるんだよ!」  
「何を怒ってるんだ。むしろ感謝されるべきだぞ」  
「俺的には掃除前のがベストな配置だったの! というかその格好はなんなんだ! なぜにYシャツ  
一枚!?」  
「ん? ああ、着替えを持ってくるのを忘れててな。ここにあるものをあさったら、これくらいしか  
着れるのがなかったから」  
「あさるなよ!!」  
 ぜぇ……。ぜぇ……。帰ってきて3分もたってないのに、叫びすぎて息が切れてきた……。  
「そもそもなんでここにいる? 姉貴に鍵渡してなかったよな?」  
「そうだ。せっかく来てやったのに苦労したぞ。管理人に連絡してやっと入れたんだ」  
「やっぱり管理人さんに空けてもらったのか」  
 こういうとき家族はやっかいだ。  
「仕事はどうしたんだよ。こっちに出張とか?」  
「こっちに異動になったんだ」  
「異動!?」  
 さらりと爆弾発言をおっしゃるから本当に困る。  
「ん」  
「じゃあ姉貴、ずっとこっちに住むの?」  
「ん。すぐそこのマンションに」  
「ま、まじで……」  
 嘘だと言ってよ……。やっと手に入れた俺の自由が遠ざかっていく。  
「姉貴はいっつもそうだ。俺の嫌がることしかしないんだ」  
 
 昔のことが思い出される。あれは俺が中学校入学したくらいのとき。頼まれていたビデオ録画を忘  
れ寝ていた俺の顔に、竹刀が二回振り落とされた。  
「ひっ!」  
 ゆらりとした影が哂う。  
「寝てた罰と×をかけて×切りだ。面白いだろう?」  
「ソ、ソウダネ。アハハ……」  
「何が面白いんだか。ペッ」  
 
 ……今考えても、よくまともに育ってきたと思う。あの魔王から、やっと逃げられたと思ったのに!  
「どうした久志。早く食べろ。おいしいぞ」  
 
「うぅ。悔しいけどうまい……」  
「なんだ。辛いことがあるなら私の胸で泣け」  
「あんたがその原因だよバカヤロー!!」  
 
 
「これを食ったらさっさと帰れよ。これから仕事の文献を読まなきゃならないんだから」  
 ひとまず落ち着いて食事をしていた。そうそう叫んでばっかいられるか。  
「文献……。それならいい物があるぞ」  
 トタトタとリビングを出て、再び戻ってくる。  
「さっき見つけたんだが、きっと役に立つだろう」  
 
『魅惑の素人女子高生 投稿写真集』  
『素人ブルマ大全 ’09』  
 
「役に立たねーーーーーーーー!!」  
「実用的だろう」  
「別の意味でな!!!」  
 お、俺のコンフィデンシャルが……。なぜこの歳で、お母さんに机の上にエロ本置かれた中学生の  
気持ちを体感しなくちゃいけないんだ。  
「しかし素人物が多いな。もっとディープな物が出てくるかと思ったが、普通すぎてつまらん」  
「ほっとけ! ちくしょう、俺に何か罪でもあるのかよ!」  
「存在した」  
「罪!? ねえそれ罪なの!?」  
「ははは、すぐ泣く癖は変わってないんだな。それじゃあもてないぞ」  
「もういやこんな生活!」  
 
 
「でもまあ」  
 食べ終えて一息。  
「何だかんだ言ってもおいしかったし、あそうだ」  
 鞄を引き寄せてある物を取り出す。  
「UFOキャッチャーで髪留めなんて取れちゃったんだけど、お礼にあげるわ」  
「髪留め?」  
 きょとんと手の中のクチバシみたいなそれを見る。俺は笑って頷いて渡そうと――  
「ん?」  
「……」  
「あれ?」  
「……」  
「姉貴! なんで手を引っ込めるんだよ! いらねーならそう言っ」  
「あの」  
「ん?」  
「その髪留め……、着けてくれないか……?」  
 思いもよらない申し出に驚く。  
「ダメ……?」  
 しゅんとして、上目遣いで聞いてくる。  
「あ、ああいや、いいぜ。どれどれ」  
 さらさらした長い姉貴の髪を掬い、手にした髪留めを着けてみる。なぜだか、妙にどきどきしてきた。  
「ど、どう?」  
「え? あ、似合ってるぞ。姉貴でも多少かわいく見えないこともないくらい」  
「……っ! な、なら良かった……」  
 
 そう言うと、姉貴が俺を抱くようにぎゅっと腕をまわしてきた。  
「!?!?!?」  
「えへへ。久志にしては殊勝な心がけだったからな。褒美に抱きしめてあげよう」  
 この予想もしない展開は……はっ! まさか隠しカメラでどっきりを狙ってるとか!? そう思い  
周りを確認してみるが、怪しいものはないみたいだ。  
「? どうした」  
「いや……。気に入ったならよかった。新年会の帰りに後輩の女の子ととったんだけど、どうしよう  
かと思ってて」  
『ぴき』  
 あれ? どっかで怒りのあまり血管が浮き出るような音がしたけど、気のせいだよな。  
「ふふん、まあいいだろう。私はいつも怒ったり命令したりするばかりじゃないからな」  
「今日はしないんだ! やった!!」  
「するよ?」  
「わかってたさ……」  
「お前のエロ本の趣味はあの通りだったわけだが」  
「蒸し返さないでくれ……」  
「こ、これはどうだ? 素人の美人姉が裸っぽいYシャツ姿なんだぞ?」  
「え?」  
 どうだと言わんばかりに大き目の胸を張る。女の子座りの上にYシャツの裾が扇情的になびく。  
「姉貴、パンツが見えてるぞ」  
「…………えっ」  
「早く隠してくれ」  
「なっ」  
「見るに耐えない」  
「……」  
「目が痛い」  
「……」  
「呼吸しずらくなってきた」  
「……」  
「俺は死んでしまう」  
「本当に殺してやるぁぁ!」  
「ギニャーーー!!」  
 最後に俺が見たのは、足払い>マウントから打ち下ろしの連打、通称「天使涅槃(エンジェルニル  
ヴァーナ)」を放とうとする姉貴の姿だった。  
 
 
(おわり)  
 

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