「ここにあるリスト……友人の名前あるんだよね。……本人に言ったらどうなるかな?」  
「お願いします……それだけは……」  
 偶然死神娘から盗んだ、明日死ぬ人間のリスト。  
 俺の言っていることはデマだ。そのリストに俺の友人の名前は、ない。  
 だが、その持ち主である死神娘本人と対峙していて、脅迫できると確信した。  
 ――ブラフだとばれない限り、大丈夫。  
 引き出せた情報は二つ。  
 死神は世界の未来に干渉してはいけない。  
 分かるのは明日死ぬ人間の名前と、場所だけ。  
 つまり、俺が下手な言動をしなければばれる要素はない。  
「俺だって鬼じゃない。言うことさえ聞いてくれれば……見なかったことにしてもいい」  
「一体何をすれば……」  
「……そうだな。まずは脱いでもらおうか」  
 死神娘の顔が一気に赤く、青くなる。  
 耳まで真っ赤にして俯いたかと思えば、青ざめた表情を浮かべさえしている。  
 何かの葛藤が起こっているのかもしれない。  
「口封じに俺を殺すか? できないよな、そんなことをしたら未来が変わる。  
 だが、このまま俺の言うことを聞かないならその時も未来が変わるぜ」  
 最初こそ楽しんでいたが、じれったくなり背中を押す一声を刺す。  
 目の前で“すとん”とコートが地面に落ちた。  
 続けて衣擦れの音を立てながら、一枚一枚丁寧にセーター、スカートと脱いでいく。  
 ビルとビルの狭間、真白の雪が着飾るこの狭い空間。  
 そこを黒い下着と白い肌の映える娘と自分だけが占拠していた。  
 白い肌を羞恥で赤く染め上げ、表情を悔しさで染め上げている。  
 その光景が絵になりそうだと感嘆した。  
「……やっぱり死神と言えば黒だよな。後は黒いローブでもあれば……」  
 目を粒って考えながら呟いてから、ふと前を見ると黒いローブが姿を現していた。  
「これで、いいです、か」  
「ほう。流石死神様。……だが、マントの下は何も着ないのがお約束だよなぁ」  
 どうして人間なんかに、と言いたげな目で睨んでくるが、手遅れだ。  
 涙目で上目使いに睨んでも可愛いだけである。  
 黒いローブを羽織って隠しながら、涙を浮かべた表情で恥ずかしそうに下着に手をかける。  
 黒い下着が白い肌から白い雪へと羽織り主を変えた。  
「……良い眺めだ。さ、そのまま街へ行こうか? ……安心しろ、皆、コスプレとしか思わんさ」  
 
 
「なんで人間なんか、に」  
 羽織っている黒の映えるローブを必死に下に伸ばしながら死神娘が呟く。  
 傍らの男は街道で“出て来い”と手を差し伸べるが、まだモジモジしている。  
 前が見えているぞ、と語りかけるときゃっと死神とは思えぬ可愛い悲鳴が上がった。  
 死神娘の手がローブの下端を離し、慌てて前を閉ざすように伸びる。  
 黒のローブ下端が危険な光景を描くのを男は好色的な目で見ていた。  
「ゆ、許して……」  
「まだまだこれからじゃないか」  
 男のやらしい笑みが、死神娘の表情が更に恥らいと絶望の色を濃くする。  
 ここから、男は情報を得る為に推測する。全ては、脅迫の為に。  
 このローブの大きさが自由自在ではないのは明らかだろう。  
 そして物を自由自在に出せるなら大きめのローブを取り出せばいい。  
 ここから、どうやら出せる物にはなんらかの制限があることだ。  
 思ったより死神の力は絶対的な物ではないように男は感じた。  
「……」  
 死神娘の一歩がまだ街道に届かない。  
 ネオンの光輝き、街頭の照らす明るい街並に踏み入れる勇気がまだないのだろう。  
 人通りは少ないとはいえ、こんな格好ではすぐに人目が付くのは容易に想像できる。  
 やれやれ、とため息と同時に死神娘に近づいて――  
「きゃっ」  
 ――無理やり両手を引っ張った。  
 死神娘がパニックに囚われ急いで路地に戻ろうとするが、男が手を離さない限り戻れない。  
 手がピンと伸びて引っ張られてからようやくその事に気付いて男の周りを右往左往する。  
 逃げる場所を探しているのか、単に気恥ずかしさに耐えられないのだろう。  
 黒いローブは死神娘が暴れている原因で既に前がはだけ、露出度が増していた。  
「ッ! 離して」  
 慌てて隠そうとするも、死神娘の両手は男が握っている。  
 死神娘は男の手前に位置していて、前がはだけようと大半は脅迫者の視界以外には入らない。  
 だが、万が一見られたら、という想いが死神娘の羞恥心を煽る。  
 男はまだ手を離さない。手を外させようと暴れる死神娘の肩が黒いローブを拒絶し始めた。  
 ローブが肩を抜ける。死神娘の涙がこぼれると同時に、男が手を離した。  
 慌てて死神娘が涙を堪えながら服装を整える。  
「これからは俺が手綱を引かなくても歩けるな?」  
(周りは人間ばかりで死神から見れば人形に過ぎない……恥ずかしく、ない……恥ずかしく、ない)  
 死神娘には再び泣きそうな表情を堪えながら頷くしかなかった。  
 
 とはいえ。死神と名乗る割には−あるいは死神故なのか−人間以上に純な死神娘に男の心がざわついていた。  
 悪戯心に火が灯り、男は頭の中でこれからの予定を組み立てる。  
 ちらりと盗み見た死神娘の姿は白い素肌に黒のローブがよく映える。  
 雪が振るネオン街の風景が伴ってまるで映画の1シーンのようだったが、映画の1シーンというには死神娘は怯えすぎていた。  
「だめだな」  
「…え?」  
 なんでもねぇよ、と思わず出た言葉を否定する。  
 
 本当に。  
 お前は俺の悪戯心に薪をくべ過ぎて、──火が燃え盛らない。  
 
(ゆっくりと、火を大きくするか……楽しませてくれよ?)  
 
 死神娘の右手は、羽織ったローブを前でぎゅっと握り締めて隙間を必死に閉じている。  
 死神娘の左手は、羽織ったローブの下端を一生懸命伸ばして見え隠れしているふとももを隠そうとしている。  
 しかし死神娘の両足は、男の歩く速度と比較して全く進んでいない。  
 ネオンと街灯の下に死神娘を晒して、既に幾分かの時間が経っている。  
 まだまだ恥らいの色が濃い死神娘を見て、男はもう一度考えた。  
 どの人間よりも純情な死神娘に、もう一度、素肌を晒して慣れてもらうとしよう──。  
 
「おい、ちょっと用事を思い出した。ここで少し待っていろ」  
「……え……」  
 この辱めから死神娘を支えていた柱は2本あった。  
 ひとつ、種族の違い。どんなに見た目が似ていてもやはり人間と死神だ。種族は違う。  
 人間が犬の前で着替えても恥ずかしいとはあまり思わないだろう。  
 ──その犬と意思疎通ができて種族による見た目の差異がなくても恥ずかしくないと言えるかどうか怪しいが。  
 そして残るもうひとつ。『脅迫されてやっている』という事実。  
 男と一緒にいる限り、誰かに見られても無理やりやらされている被害者だと言い張れる。  
 しかし、恥ずかしい姿のまま一人でいるところを誰かに見られようものならその主張が通らなくなる。  
 ただの変態女とすら罵られてしまうかもしれない。それが耐えられそうになかった。  
 だから死神娘は怯えを見せた。  
 死神娘を支える柱の2本が2本とも、静かに崩れようとしている。  
「お、おねが、い、です。ひとりにしないで」  
 死神娘が涙目になりながら、懇願する。  
 左手で目元を抑え俯くその姿は男の悪戯心をいたずらに刺激するだけであった。  
 離した左手が抑えていたローブが反動で縮み、それによりもたらす視界がより一層男を煽っていた。  
 膝上数cmから股下数cmになっていることに、死神娘が気づく余裕はない。  
 ただ、一人にされるのが怖かった。  
「そんなに、嫌か?」  
 こくこくと頷く死神姿を見て、男は不敵な笑みを零した。  
「……嫌なら、目を潰れ」  
 死神娘の身体がびくっと震えた。  
 何をされるのか想像してしまったのかもしれない。  
 しかし死神娘の天秤では一人にされる恐怖と比べると勝ったらしい。  
 死神娘が怯えながらも、その視界をみずら閉ざした。  
 視界が閉ざされて敏感になった感覚が両足の間を通る風を気付かせる。  
 そして一度意識してしまうと急に恥ずかしくなってくる。  
 涙を拭いていた左手をさりげなくローブの下端に戻そうとしたところで、両手を捕まれた。  
 恐怖で声が出なかった。  
 両手がローブの中に入り背中に回されたところで、男の声が響いた。  
「いいぞ」  
 目を開ける。特に変わったことはない。  
 死神娘は何をしたのか気になりつつも、両手を戻そうとした。──戻そうとした、だけで終わった。  
 
「え……え……!?」  
 混乱する。  
「両手を背中に回してローブの下で縛っただけだ」  
 死神娘が両手をじたばたさせる。  
 両手を縛る何かが解ける気配がなかった。  
 暴れれば暴れるほど、死神娘の羽織るローブがするりと肩からハズレそうになるだけだ。  
 丁寧にローブを支える紐を切られ、これ以上動くと本当にローブが落ちかねない。  
 今の死神娘は裸体の上にローブを羽織るだけの姿、それだけは避けたかった。  
「──ああ、言い忘れてた。両腕を縛ったそのベルトは後ろの電柱に縛っておいた。大人しく待っていろ」  
「そ、そんな、約束が……」  
「目を閉じれば一人にしない、なんて言った覚えはない」  
 
 そして戻ってきた時に死神としての力を使っていたと判明した場合、わかっているだろうな。  
 
 そう釘を刺して、男は死神娘の前から姿を消した。  
 慌てて追おうとしたが、両手を縛る何かがピンと張り死神娘の足を止めさせる。  
 それどころか、両手を縛る何かはローブを押し上げ、背中を晒しあげた。  
 肌でそれを感じた死神娘が慌てて電柱へと背中を預ける。  
 ただただ、脅迫者が帰ってくるのを死神娘は一心不乱に祈っていた。  
 

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