あの雪の夜から、ひと月が経った。 
 今日までの間に困ったことといえば、妖怪の巣を見慣れた台所に戻すまでに三日を要したことぐらいで、 
良くも悪くもまるで何事もなかったかのように、詩野は主との日々を営んでいた。 
 真っ直ぐの黒い髪を一本の三つ編みにして、若草色の着物から茜色の半襟が見えすぎていないことを鏡台で確認すると、 
詩野は埃よけの布を下ろしてゆっくり立ち上がった。電灯をつけない昼前の部屋は、障子越しの日の光だけを頼りに、 
その質素な輪郭をじわりと滲ませている。 
 沈丁花が盛りを迎え、庭先からほのかに漂う香りに自然と顔が綻ぶのをきっと引き締めて、余所行きの詩野は、 
いつもより少しだけ緊張した足取りで居間へと向かった。 
 主は食卓に頬杖をつき、使い込まれた万年筆で、手紙だろうか、何やら書き物をしているようだった。 
「……ああ、そうか」 
 足音で気付いたのか、青年は縁側を歩いてきた詩野を見つけ、眩しそうな表情で「もうそんな時期か」と呟いた。 
書き物をやめた手でさりげなく便箋を隠したことに詩野は気付かず、食卓の角を挟んで腰を下ろす。 
「――目白へ、行って参ります」 
「うん、気をつけておいで。晩は出前で済ませるから、気にしなくていいよ」 
「はい」 
 何故だか『出前』を強調して得意げに笑うその顔に、力みや強張りは見当たらない。それに心底ほっとして、 
詩野はしっかりと頷いた。 
 吉祥寺に移ってきて丁度二十回目の目白詣でにして、行き先を告げることが出来たのはこれが初めてだ。 
 きっかけがどうであれ、それは詩野にとっても青年にとってとても大きな変化なのだろう。目に見えて変わったことが無くても、 
詩野は、青年との間にある垣根がひとつ減ったように感じていた。 
「あ、ちょっと」 
 失礼しますと立ち上がった詩野を、青年が呼び止める。その視線が微妙に顔から外れているような違和感に小首を傾げながら、再び畳に膝をつける。 
「縦になっているよ」 
「えっ」 
 前触れ無く伸びてきた手を、詩野はとっさに拒めなかった。顔の左側から前に垂らした三つ編みを飾る桜色のリボンが、 
しゅるりと解かれる。唖然としたまま詩野は、主の両手が着物越しに己の鎖骨の上で器用に動くのを、ただただじっと見つめた。 
時折、指の背が絹織物の着物をこすり、その度に詩野は無駄にどきりとする。意図があってのことではないのに、 
万年筆の丸みに合わせて僅かにへこんだ中指や、乾いたインクで汚れた小指を見ていると、頭の左半分から左肩の辺りが、 
なんだか無性にこそばゆくなるのだ。けれど身動きすれば主の邪魔になると思うと、桜色の蝶を逃がしてしまわぬよう、 
じっと身を硬くして動かないでいるしか出来なかった。 
「はい出来た。行ってらっしゃい。そうだ、帰りにあずみ屋で大福を買ってきておくれ」 
 にこりと屈託の無い笑顔を向けられ、詩野は芯を失った声で何とか返事をする。ものの三十秒でリボンは結び直されたのだが、 
そのたった三十秒でその日一日の体力を使い切ってしまったような心地がした。 
 そのとき何と言って返したか、詩野は覚えていない。 
 
 このひと月の一連の出来事を伝えるべきか悩んだ末、結局詩野はほとんど話さなかった。 
 青年の癇癪はもとより、詩野が目白へ行く理由を知っていることも、弥生子をまだ慕っていることも。 
 ただひとつ正直に話したことは、詩野が風邪をこじらせたことだけで、それに狼狽した青年が『詩野を働かせすぎたせいだ』と 
早とちりして暇を出すよう電話をかけた、という言い訳は、他ならぬ青年本人からの入れ知恵だった。 
 重厚なドアの前で一礼して部屋を出ると、詩野はくすりと含み笑いを漏らす。爵位を預かる真田の当主の前でついた、 
いたいけな嘘が、青年との共犯のような気がして、嘘をついたという罪の意識より、子供じみた甘美な背徳感の方が強かったのだ。 
「おやおや、これはまた随分とご機嫌な娘さんがいらっしゃるよ」 
 ともすれば鼻歌でも歌ってしまいそうだった詩野の背を、からかうように弾んだ声がたしなめる。 
「わ、若旦那さま!」 
「今日は暖かいからね、陽気になるのも道理だね」 
 うんうん、と訳知り顔で、階段を下りてきた真田の次期当主は頷いた。素の自分を見られてしまったことに、 
詩野はかあっと耳まで赤く染める。田舎町の吉祥寺に馴染みすぎてしまって、上流階級の屋敷がずらりと並ぶ 
山の手の界隈はどうにも気張ってしまう。従って目白の人々にはほとんど余所行きの顔しか見せたことが無かったからか、 
詩野の動揺は大きかった。 
 由幸が、ちょいちょいと詩野に手招きをする。 
 冷や汗をかきながら隣に並ぶと、詩野は不覚にもどきりとして息が詰まってしまった。 
「兄貴は元気?」 
 身に馴染んだよりも近い高さから聞こえてくるその声が、主の声に瓜二つだと唐突に気付いてしまったからだ。 
 目鼻立ちのはっきりとして背の高い、何か役者にでもなれそうな遼一郎に比べ、由幸は拳二つ分ほど背が低く、 
顔つきも柔らかだ。服装も、和装ではなく近頃流行りの英国紳士風のスーツやタキシードを好んで着ているようだった。 
 簡潔に言えば、兄弟の雰囲気は真逆だったのだ。 
 だから驚いた。常にはほとんど見ない洋装の主がそこにいるような気がして、勝手に照れた。そして、二人が 
紛れも無く兄弟であることを突きつけられた気がして、勝手に落ち込んだ。 
 詩野は、由幸のことを好ましく思っていた。性格も気さくで、先月は寒い中大鋏を自ら持って庭師と雑談をしていたところを、 
帰りがけに見かけている。その一方、弥生子と並んで歩く姿はとても上品で、まだ学生でありながら、 
父御の仕事に携わって早速頭角を現していることもあわせて知っていた。 
 だから、自分がなぜ落ち込んでいるのかも分からず、詩野はそれを懸命に隠した。 
「近頃は、なんだかご機嫌がよろしいようです。先日も、出前のカツ丼をことさら喜んで召し上がっていらっしゃいました」 
「カツ丼? そんなに好きだったかな」 
「ええ、私の料理がお口に合わないのかと思ってお伺いしたんですけれど、本当にただ嬉しかっただけのようで」 
「ふうん……ああそうだ、そんなことで詩野を足止めしたわけじゃなくてね」 
 にやにやと嬉しそうな楽しそうな口元を隠そうともせず、由幸は親指で顎を撫でながら言った。 
「そっちは、もう桜は咲いた?」 
「いいえ、まだ咲いておりません。ちらほらと綻んでは来ているようですけれど」 
「そう、花散らしになる前で良かった。嵐が来るらしいから、バナナと餡子を用意しておいて置くといいよ。 
 バナナはそっちには売っていないかもしれないね、厨房に寄ってからお帰り」 
「……はい?」 
「真田家秘伝のおまじない、だよ。ふふふ、兄貴によろしく言っといて」 
 それじゃあね、と相変わらず何が楽しいのか、くすくす笑いながら奥の間へ続く廊下へ消えていった由幸の後姿が――どうしても。 
「はい、若、だんな様」 
 詩野は一度頷いて、二度首を横に振って、やっときびすを返す。桜色のリボンが、その拍子にひらひらと揺れた。 
 
 
 
 帰り際に寄った和菓子のあずみ屋で大福を三つと炊いた粒餡を買い、商店街でこまごまとした買い物をすると、 
詩野の両手はあっという間に埋まってしまう。飛び出した長葱と、包みきれなかった一房のバナナが不自然に 
赤紫色の風呂敷の上の方からはみ出している。こんなことなら買い物かごを持ってくればよかったと、 
着物の裾でバナナだけでも隠せないか四苦八苦しながら、詩野は小さく溜息をついた。 
 日が長くなってきたからか、午後五時を過ぎようかという今時分にもまだ商店街に人の姿は多く、高級品であるバナナを 
なるべくひと目につかせないよう、詩野は神経を使って道を歩いていた。幸い、人通りのある大通りからはずれ、 
もう屋敷の門は目の前だ。 
 抜け落ちそうな葱を挿しなおして顔を上げると、曲がり角の向こうから見慣れた顔が歩いてくるのが見えた。 
「だんな様!」 
 ぱっと笑顔になり駆け出そうとして、慌てて踏みとどまる。バナナが落ちそうだ。 
 板前は由幸の名を出すと気前よく高そうなバナナを差し出してくれたのだが、いかんせん気の利き方がいまひとつで、 
ぽんと紙にも包まれずに手にしたそれをどうすべきか、厨房のドアを背に詩野はしばし悩んだ。 
 始めはきちんと風呂敷に包んで大事に持ち歩いていたそれも、他の物の下になってはいけないと気を使っているうちに、 
気付けば辛うじて結び目の下に引っかかっているだけで、無防備なその熟れた身体を投げ出していた。新聞紙なり、 
茶紙なり、そういったものをどこかで貰ってこなかった己の機転の無さに情けなくなる。 
「何してるんだい、百面相して」 
 あたふたしている詩野を見かねたのか、苦笑いした青年が大またでやって来る。 
「し、しておりません、そんな」 
「はいはい、分かったからその荷物をこちらにお寄越し」 
 わざわざ自宅の門を通り過ぎて傍らに立った青年が、詩野からひょいと荷物を取り上げた。詩野の手に余る大きさの風呂敷包みは 
その手にやすやすと収まる。 
「……バナナだけ持って」 
 その居心地の悪そうな表情に何故だかほっとして、詩野は青年から受け取ったバナナを胸に抱いた。 
「大福、潰れたりしてないかな」 
「それはこちらの袋です、大丈夫ですよ」 
 手首にぶら下げた和菓子屋の紙袋を掲げて見せると、詩野の主は嬉しそうに頷く。 
「お茶を淹れて、一緒に食べようか」 
「え? ……よろしいの、ですか」 
 思わず聞き返すと、怪訝な顔をしたのは詩野より青年の方だった。 
「何でいけないの」 
「それは……」 
 立場の差であるとか、身分の差であるとか、そんなようなことを考えて、しっくり来ずに首を傾げる。それはもちろんそうなのだけれど、ただそれだけの理由ではない気がした。 
 詩野は今まで主と食事を共にしたことが無い。味見をしたり、主が食べ終わった後に台所で片付けをするついでに食べてしまうせいで、 
そもそも自分のために食卓に膳を並べること自体ほとんど無かった。 
 それが当たり前だと思っていたし、疑問にも思ったことが無いから、詩野は上手い返事を出せない。 
「どうせ二人しかいないんだから、お茶にくらい付き合っておくれな」 
 考え込んでしまった詩野が黙り込んだまま、そうこうするうち、あっという間に玄関の前だ。 
「ねえ、詩野。だけどどうしてバナナなんだい」 
 がらりと玄関の戸を引いた詩野に、後ろから声がかかる。 
「今までバナナなんて買ってきたこと無かったろう? この辺じゃあ、見つけるのに難儀したろうに」 
「嵐のためのおまじないです。ちゃーんとあんこも買ってまいりました」 
「はぁ?」 
 素っ頓狂な声に驚いて振り返ると、訳が分からないという顔をした青年と目がかち合う。 
「詩野は真面目な子だと思っていたんだけど、意外だな。というより、意外すぎる」 
「え、え?」 
「もしかして、今まで僕に合わせて無理をしていたの?」 
「あの、だんな様、真田家のおまじないだとうかがって」 
 長葱が飛び出した風呂敷を抱えたまま玄関に立ち尽くす青年の眉間には深い深い皺が寄っていて、 
ちょっとやそっとではほぐれそうにない。噛み合わない会話に詩野は冷や汗をかいた。 
「それにしても、嵐? ラジオじゃ、しばらく晴れだと言っていた気がするけれど」 
「そんな、だって若旦那様が――」 
 ハッとして詩野は口を噤む。慌てて視線と逸らしたところで中空に拡散した言葉をかき集めることなんか出来やしない。 
 言ってみれば、遼一郎にとって由幸は恋敵である。それだけではない、場合によっては遼一郎が手にするはずだったものを、 
由幸は全て持っているのだ。仕事も、自由も、未来も。 
 だから、詩野は主の前で次期当主夫妻の話をしないようにいつも厳しく心がけていた。誰に言われたわけでもないが、 
たとえ詩野でなくてもそうしたはずだ。 
 心の傷に触れられるのは、誰だって痛い。身体の傷よりもずっと、ずっと。 
「由幸が?」 
 青年は目をぱちぱちとしばたたかせたのち、ばっと口元を覆って顔を逸らした。 
「あっ」 
 その拍子に、風呂敷から長葱が滑り落ちる。 
「わ、とと、と……ぶはっ!」 
 開いた隙間から亀の子タワシが落ちそうになるのを追いかけた青年は、そのまま器用に踏み石をのぼり、板張りの上がりかまちに腰掛ける。 
そして条件反射で同じく葱とタワシを追いかけた詩野の顔を見るなり、主は予想に反して盛大に噴き出したのだった。 
「ははは、あはははは!! くく、く、ぶはははははは!!!」 
「え、え、え?」 
 ひいひいと喘ぎながら目に涙まで浮かべた青年の前で、詩野は置いてけぼりを食らったように目を丸くしたまま動けない。 
「素直だねぇ、おまえは。ふふ、あはは」 
「仰る意味が分かりません……」 
「由幸はね、あれで悪戯好きなんだよ。小さい時分はよく一緒に女中たちをからかって遊んだもんさ」 
「え、え?」 
「かつがれたんだよ、真田のおまじないなんてそんなの無」 
「たのもおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」 
 びくりと肩を揺らしたのは詩野だけではなかったらしい。 
 びりびりと戸にはめた磨硝子までも振動するほどの大声は、けれどセリフに似合わず甲高い。 
限界目いっぱいまで息を吐ききったのか、尻すぼまりに小さく声が途切れたところで、詩野と青年はまじまじと視線を合わせた。 
 主はあれだけ笑顔を湛えていた頬をそのままに、眉の辺りに不機嫌を描いて見せた。 
「……ああ、いや。その……前言撤回」 
 はあ、と重い、それはそれは重い溜息は詩野の膝に乗り、来客を迎えようと立ち上がることを困難にする。 
詩野に許されたのは相変わらず目を白黒させることぐらいで、状況把握することなど、まるきり頭から抜け落ちていた。 
「それで嵐か――なるほどな」 
 ゆらりと音も無く、青年が立ち上がる。戸口の向こうからは、何やら高い声が二つ。 
「由幸の奴め、覚えてろよ……」 
 三下並みの捨て台詞を吐いて、仁王立ちした詩野の主はがらりと開く戸の向こうの嵐と対峙した。 
「お兄! 来てやったぞ!!」 
「誰も呼んでいない!!」 
 先ほどの耳をつんざく大声の主に、詩野の主が間髪要れずぴしりと拒絶の言葉を浴びせる。 
「申し訳ございません、しんじろ坊っちゃまが内緒で行くんだって聞かなくて」 
 ばたばたと待ちかねたように玄関に入ってきた小さな影は、赤い開襟シャツにカーキ色の半ズボン姿の、紛れも無い少年。 
年のころは七つか八つといったところだろうか、胸を張って両手を腰に置き、物怖じせず青年を見据えている。 
その半歩後ろに、苦笑いを浮かべる紺色のワンピースを来た少女が済まなそうに立っていた。 
 声では分からなかったが、二人ともに詩野は見覚えがあり、思わず声をかける。少年の正体の方には確証が無くとも、少女の名前は知っていた。 
「ほうこさん?」 
「はい、ご無沙汰しております、詩野さん」 
「ほーこじゃない、ぬいだよ」 
「それはあだ名ですよ」 
「あっ、バナナだ!!」 
「お前はじっとしていなさい!」 
 落ち着きの無い少年を青年が滅多に聞けないような厳しい声で一喝する。さすがに怯んだのか、火が消えたようにしゅんと大人しくなり、 
少年は、彼の太腿の位置までの高さのある上がりかまちに足を投げ出して腰掛けた。 
 あどけない顔立ちに発育途中の華奢な手足をしているのに、どこからあの大声が出たものか、詩野には不思議でたまらない。 
 詩野が呆気にとられて遠慮を忘れ、少年をと見こう見して観察する間、少女はぺこりと頭を下げて自己紹介を始めていた。 
「真田遼一郎様でいらっしゃいますね。お初にお目にかかります、片桐縫子と申します。目白のお屋敷に昨年の秋からお世話になっております」 
「ええと……うん、なんだ、信次郎がいつもお世話になっていま……す?」 
 いまいち状況を把握できていない青年が、戸惑いながら急な来客に一応の挨拶をする。 
 退屈そうに足をぷらぷらとさせていた少年が、履いていた下駄をぽいぽいと捨て、不意に立ち上がる。 
少女と話し込んでいる主に声をかけるべきかどうか詩野が悩んでいるうちに、少年はさっさと迷いの無い歩みで廊下を奥へ走っていってしまった。 
「あ……」 
 引き止める声は少年には届かなかったが、当たり障りの無い会話に終始していた二人の意識を引き寄せるには充分だったらしい。 
 二人は少年の姿が見当たらないことに気付くなり、その互いの心境に寸分違わぬようなぎょっとした顔つきで、 
乱暴に履物を脱ぐと後を慌てて追いかけた。律儀に四足の履物をきちんと揃えてから、詩野もそれに続く。 
 もしかしたら、吉祥寺に来てから、今日が一番楽しい日になるのかもしれない、と詩野は不謹慎に思った。 
降り積もった新雪のように柔らかで、むやみに触れたら消えてしまう儚さを持った、霞のように覚束ない青年の感情が、 
こんなにも実体を持って揺れ動く様は、あの夜を他にしてついぞ見たことが無い。今にしてみれば、あの夜でさえどこか掴みどころの無い、 
底の見えない空虚を漂わせていたように思う。 
 だから、遅まきながら詩野は内心で共感したのだ。 
 『嵐が来る』という、真田の若様のいたずらな微笑みに。 
 ――小さな嵐は、行儀悪く食卓に腰掛けて、障子を開きっぱなしにして優雅に庭を眺めていた。 
 その手には、いつの間に持って行ったやら、詩野の買ってきた大福が片手にひとつずつ握られている。そのどちらにも白い皮を透かして黒い餡が覗いていた。 
「あら、まあ」 
 気の抜けて間延びした少女の声は、とうに非難することを放棄しているもののそれで、どういうわけか口の端に微笑さえ浮かべていた。 
一方の青年はといえば、畳のへりに足が乗っていることにも気付かず、その無作法な姿を曝したまま、呆然と少年の手元を見つめている。 
「お兄は昔から味音痴なくせに甘いものの趣味だけはいいよね」 
 空いた右手の指を舐めながら、少年はこともなげに言ってのけた。 
 
 
 
 見事な九谷焼の絵皿や薩摩切子の花瓶が飾られた黒檀の飾り棚を背後に、青年は腕を組んでどっかりと座り込んだ。その眼前に、頭を抱えて涙目になった少年が正座している。 
「何か言うことは」 
「……ごめんなさい」 
「それから?」 
 青年は不機嫌を隠そうともせず、つりあがった眉毛と暫くもかくやというへの字口で少年を睨みつける。 
何を問われているのか分からず、少年は恐る恐る青年を仰ぎ見た。 
「挨拶なさい。いくらお前が主筋の人間だからといって、他人に敬意を払うことを忘れてはいけないよ」 
 手招きされて、そこで初めて詩野は主の言葉の意味を悟り、背筋を凍らせた。 
「め、滅相もございません、わたくしなど」 
「いいからおいで、こちらへ」 
 それでも詩野が動けずにいると、厳しい顔をしていた青年が、わずかに表情を崩す。 
「おまえの謙虚な姿勢は美徳だけれど、今は忘れなさい。どちらかと言うと、これは詩野のためと言うよりもこいつのためなんだから」 
 そう言われて、やっと詩野は腰を上げ、しずしずと上座へ歩み出る。少年の斜め後ろに落ち着こうとしたのだが、 
青年はそれを許さず、まるで伴侶でも紹介するように、真横に詩野を座らせた。 
「こちらは常盤詩野さん。僕の手伝いをしてくれている人だよ」 
 両手をついて挨拶をするのが恥ずかしく思えた。この少年に礼儀を教えるためのこと以上の意味は無いはずであるのに、 
分不相応な幸せであるような錯覚をした。 
 顔を上げると、少年はきりりと雰囲気を引き締め、先ほどまでの騒がしさをどこへ捨ててきたものか、 
一個の人間としての尊厳をその小さな身にまとっていた。 
「真田信次郎です。兄がいつもお世話になっています」 
 鞄を芝生に投げ出してキャッチボールに勤しんでいる姿でも見えそうな元気な少年が、急に大人びて見える。 
幼いながら、真田の看板を背負うことの意味をきちんと理解している顔つきだった。 
 吉祥寺という片田舎での庶民的な暮らしにあまりにも馴染みすぎて時折主の育った環境を忘れそうになるが、 
居住まいを正した信次郎から漂ってくる育ちの良さは詩野が持たないそれで、その一文字に引き絞った口元から血筋の意味を知る。 
 その姿に覚えたはずの感心は、同時に詩野を襲った茫漠とした寂寥感を前に精彩を欠いた。 
「よろしい。詩野、こいつは僕の末の弟だよ」 
 青年が満足げに頷くと同時に、少年が早ばやと膝を崩す。 
「正座嫌いだ、痺れた」 
「このくらいのことで根を上げるなんて、嘆かわしい」 
「お兄、おっさんみたい」 
「やかましい!」 
 一度収まった兄弟喧嘩がまた始まりそうな気配も、青年の咳払いでさっと霧消した。 
「詩野、悪かったね、もういいよ」 
 詩野ははっとして、慌てて主の気遣いに頭を下げる。 
(私……) 
 ぞっとした。 
 自分の顔の強張りにまったく気付いていなかった。 
 もし青年がそれを単なる緊張であると捕らえてくれなかったら、詩野は何と言ってその場を逃れることが出来たろう。 
言いようはいくらでもあったが、そのひとつとして、詩野自身を納得させるものは無かった。 
(気安く思っては、ならないんだ) 
 詩野がそう覚悟して顔を上げる。 
 何も知らない青年は組んだ右手で顎を撫で、信次郎に問うた。 
「ところで、連絡も無しにいきなり来たりして、いったい何があったんだ。どうせ由幸の差し金なんだろうけれど」 
「ちい兄とやえ姉さんのお部屋を改装するんだって。だから、それが終わるまでお世話してください」 
「お断りだ。第一、学校はどうした」 
「春休みだよ。いーじゃん、どうせ暇なんでしょ。ぬいも何とか言ってよ」 
「そうですねえ、私の分のバス代は頂いているんですけど、坊っちゃまの分までは余裕が無いですねえ」 
 えっという顔つきになったのは、青年ではなくて信次郎の方だった。 
「ぬい、帰るのか!?」 
「私は坊っちゃまのお世話だけが仕事ではありませんから、仕方ないんですよ」 
「華族の子息を一人にするのか!」 
「あら、遼一郎様と詩野さんがいらっしゃるじゃあありませんか」 
「そうじゃないったら!」 
 控えていた少女の膝に縋り、信次郎は泣き出しそうに訴える。 
「縫子さんも、よろしければお泊まりになりませんか」 
 見かねた詩野が助け舟を出すと、少女は今どきの短い髪を振って、きっぱりと言った。 
「私は若旦那様からのお言いつけがありますから、バスがなくなる前にそろそろ帰らないと。それと、どうぞ詩野さんも『ぬい』とお呼びくださいな。その方が馴染みがありますので」 
「いやだ!」 
「え? 坊っちゃまは『ほうこ』と呼びたいんですか」 
「違う! 違うったら!」 
「信次郎、その辺にしておきなさい」 
 小さく嘆息して、遼一郎がぬいの膝から信次郎を引き剥がした。そのまま腕に抱え込み、胡坐の上に乗せてしまう。 
「離せ!」 
「なんだ、僕の膝じゃ不満か」 
「不満だね! 女のやらかい膝がいいに決まってる!」 
「何だとこいつめ、いっちょまえに」 
 きゃあ、と楽しそうに信次郎が笑い始める。膝の上にがっちりと捕まえられたまま、全身をくすぐられているようだった。 
「しんじろ坊っちゃま、良かったですね。出掛ける何日も前からずっと『お兄、お兄』って言ってらしましたもんね」 
「そうかそうか、じゃあ期待にこたえないとね」 
「そんなこと言ってない!」 
 微笑ましくその光景を見つめていると、ぬいの目配せに気付く。 
「それでは、私はこれで失礼しますね」 
「仕方ないなぁ、なるべく早く引き取っておくれよ」 
「坊っちゃまの学校が始まるころには」 
「詩野、門までお見送りして差し上げなさい」 
 膝の上から逃れようと暴れる信次郎を器用に押さえつけながら、青年はいつもの困ったような笑顔を詩野に差し向けた。 
 
 玄関を出てすぐ、詩野はぬいから一通の手紙を受け取った。 
 主に宛てたものと思って受け取ったのだが、詩野宛てになっていて、軽く驚きをおぼえる。差出人は『真田由幸』と墨色鮮やかな筆致で記されていた。 
「坊っちゃまは甘えん坊で、ご迷惑をおかけすると思いますけど、よろしくお願いしますね」 
 心配そうなぬいの言葉の端々から、本当は帰りたくない意思が伝わってくる。なんとなはなしに、詩野は由幸の意図を掴んだように思った。 
「ぬいさん、電話は私が取るようにしてますから、いつでもかけてきてくださいね」 
「ぬい、もう良いのか」 
 詩野は知らぬ男だったが、ぬいはよく知った様子で、門の向こうから唐突に現れた彼に気安げに話しかける。 
「はい、帰りましょうか。外で待っていなくても良かったんじゃないですか」 
「あ、もしかして……」 
 その顔を見て、紹介される前に、詩野は少なくとも彼の姓については答えを得た。 
「須藤先生の息子さん?」 
「達彦さんです。真田家の書生さんで、坊っちゃまのお目付け役です。今日は私のお目付け役ですけどね」 
 表情の変化に乏しいその朴訥とした顔が、静かに目を伏せた。挨拶の代わりらしい。 
帝大の制服に身を包んだ達彦は、そうするとなおのこと、詩野が先だって世話になったばかりの老医師によく似ていた。 
「お父様には先日お世話になりました。すみません、何のお構いも出来ず……」 
「いいんですよ、須藤の若先生はどうも、真田のお坊ちゃま方が苦手なようですから」 
 ころころと笑うぬいが達彦を揶揄すると、当の本人は否定も肯定もせず、わずかに肩を竦めるにとどまった。 
ぬいは詩野よりも二つか三つ年下だったと記憶していたけれど、ややもすると、その中身は年上であるように思えた。 
 きゃはは、と普段は聞こえない子供の笑い声が三人の耳に届く。詩野は突如訪れた予感に、先ほどの覚悟も覆ってしまうような、言い知れぬ高揚感を覚えた。 
芝居の幕が上がる前のような、ただ期待のみに満ちた幸せな不安定感に、それはとてもよく似ていた。 
 その声を合図に、ぬいと達彦が詩野に会釈をして門を出て行く。 
 若草色の袖を押さえて手を振る詩野は、二人を見送りながら、早く居間に戻りたくて仕方がなくなっていたのだった。 
 
 居間へ戻る前に、詩野は放り出された風呂敷を拾うついでに、立ち止まって受け取った手紙の封を切った。 
ほんのり桜の香りを焚き染めてあるらしい便箋に万年筆の青みがかったインクで、まず末弟の突然の訪問を詫びるところから本文は始まっていた。 
(『小生ニハ、聊カ思フトコロガ有リマシテ、此度ノ運ビト……』) 
 その『思うところ』については当然のことながら具体的なことは何一つとして語られていなかったけれど、 
何かしらの『変化』を期待していることは明白だった。 
 他の家族と違って、由幸の兄に対する態度はあっけらかんとしていて、関心が無いとさえ言えるようなくらいだったのだが、 
なかなかどうして、兄への気遣いが感じられた。 
 不思議なのは、兄弟の間に一切の軋轢が無いことだった。兄は弟を恨みに思うのが普通であるだろうし、 
弟は兄を蔑むのが自然であるだろうに、そんな気配は微塵も感じられない。かといって、お互いに相手を庇っている様子も無く、 
いっそ周囲が話題を出さぬよう気を遣っているのが滑稽なほどだった。 
 手紙は、バナナと餡子が信次郎の好物であること、四月の頭頃には改装が終わること、もし人手が足りなければ使用人を遣わすといった内容が続き、 
今月分の給金に色をつけることを仄めかして締めくくられた。 
 手紙を大事に懐にしまいこむと、亀の子タワシをねじ込んだ風呂敷包みとバナナと長葱を胸に抱き、裾を払いながらとてとてと居間へと急ぐ。 
先に普段着へ着替えるべきかとも思ったのだが、そんなことは簡単に後回しにしてしまえるほど、楽しそうな主の顔を見たいとばかり考えた。 
 戻ってきた詩野を見つけた青年が、人差し指を口に当て、にっこりと微笑む。居間に吹き荒れた嵐は、じっと小さく、 
くうくうと健やかな寝息を立てていた。半分に折った座布団を枕にして、右手が青年の着物の裾をぎゅっと握っている。 
「やれやれ、捕まえていたのは僕の方だったのに、逆に動けなくなってしまったよ」 
 そういう青年の顔は穏やかに凪いでいて、慈しむ手つきで少年の頭を撫でていた。不服を述べるその口元は、けれどどこか嬉しそうだ。 
 詩野は食卓に荷物をそっと置くと、信次郎を真ん中に、青年の隣へ座る。 
「遊び疲れてしまわれたんですね」 
「僕も疲れた。なんだって子供はこう、無茶苦茶に遠慮が無いんだろうなぁ」 
「そのくらいの方が良いですよ。男の子ですもの」 
「僕がこの年の頃はもう少し物の道理をわきまえていたと思うけどね」 
 青年は口を尖らせると、撫でる手を止め、信次郎の頬をちょんとつついた。 
「少なくとも、人の好物をなんの断りも無くかっぱらうことはしなかったよ」 
 ついでのように頼まれたものを、そんなに楽しみにしていたとは思わず、詩野はくすっと笑った。 
「いいだろ、好きなものは好きなんだから」 
「……照れていらっしゃるんですか?」 
「うるさいな」 
 男のくせに甘いものが好きだということを知られたのが恥ずかしいのか、いつもより幼い仕草で青年は髪をかきあげた。 
「あんこも一緒に買ってきましたから、お汁粉でも作りましょうか」 
「ほんと?」 
 ぱっと顔を明るくした青年は、喜びすぎた自分に気付くと、無理に仏頂面を作る。 
 それがおかしくてたまらなくて、詩野はまたくすくすと笑った。 
「大福じゃなくて申し訳ないですけど……明日のお昼にしましょうね」 
「…………」 
 不意に主の手が伸びてきて、詩野は緊張した。するりと左頬を撫でられ、じっと見つめられる。 
己の認識以上に近かった主との距離が急に気になり始め、青年の、その真っ直ぐすぎるきらいのある眼差しが、 
時間ごと詩野をその場に縫いとめたようだった。 
「おまえはそんな風に笑うのか。初めて知った」 
 細められた目のなかに愛しげに映る自分の姿に、詩野は純粋に驚いた。そんな視線を向けられていることが半ば信じられず、 
突然やってきた幸福に眩暈さえ感じた。肩が触れ合うほどの近さから、繋がった視線や薄く開かれた口唇からの 
吐息を通して容赦なく感じる主の熱が、捕らえられたままの左頬にじわじわと集まってくる。 
 こくりと青年の喉ぼとけが上下した。 
 その瞬間、詩野の心は大袈裟なほどにわなないて、ますます追い詰められたのが分かった。雪の夜の記憶がそうさせるのか、 
おもむろに近付いてくる青年の瞳に滲む迷いがそれに拍車をかける。無理を強いない、互いの前髪同士が絡み合うという非日常的な経験は、 
初心な詩野をいとも簡単に酔わせた。抗いがたい引力が地中のみならず男の口唇の上にも存在することを、 
理性ではなく本能の部分で、詩野は感じた。 
「ん……」 
「…………」 
「……はあぁ」 
 寝返りを打った信次郎の頬に座布団の皺と同じ模様が出来ている。 
 二人の間に張っていた緊張がぱちんと弾け、青年はわざとらしくおよそ雅でない溜息をつき、そのまま畳に倒れこむ。 
 詩野は途端に恥ずかしくなり、あわあわと声にも言葉にもならない感情を口の形で表した。直接唇は触れていないのに、主の顔を直視できない。 
「疲れた……」 
 その言葉の示すとおり、色濃い疲労のみえる声で青年がぼそっと呟いた。心の底から同意している自分に苦笑する。 
(だけど――) 
 怒りに任せてではなく、虚しさを埋めるためでもなく、もしも、ただ未知のものを知りたいだけだったとしたなら、 
詩野にとってこれほど嬉しいことがあるだろうか、と泣きたい気持ちになる。 
 それはとりもなおさず『詩野を知りたい』という思いに他ならないのだから。 
「う……ん」 
 にわかに信次郎が目を開けた。目をしょぼしょぼとさせ己の状況を確かめると、座布団を払いのけ、その小鹿のようにしなやかな身体を兄の腋の下へ潜り込ませる。 
 青年は、再び寝入ってしまった弟を見て「仕方ないなぁ」と困ったように微笑んだ。詩野の好きな、優しい主の姿だった。 
「詩野も来るかい。疲れたろう」 
「えっ」 
 思いがけぬ誘いに詩野は耳を疑った。言った本人も、詩野が黙っているその理由に行き着くと急に慌てだす。 
「深い意味は無いんだよ。ただ――ああ、もう」 
 左手の袖が信次郎の下敷きになっていることに気付かず、青年は起き上がろうとして失敗した。苛立たしげな様子で頭をがしがしとかくと、 
「きゃあ!」 
 その右手で詩野の左手を引っ張った。 
「いいんだ、何も考えず、ただ来てくれたなら」 
 信次郎を潰すまいとして咄嗟に突っ張った右腕が、勢いを殺しきれずに肘からくず折れる。ちょうど主と向かい合って寝転ぶ形になり、 
詩野は赤面した。裾が開いてはしたなく曝された白い膝下を庇って、半ば身を起こす。 
「だんな様……お戯れが過ぎます」 
「うん、でも、もう少しだけ」 
 詩野は何も言えなくなった。肩を抱かれるように引き寄せられたが、恥らって抵抗する気は起きなかった。 
薄っすらと開いた青年の、震える長い睫毛に見とれた。そこに秘められた何がしかの思いに名付けたくなって言葉を探していると、 
黒く濡れた瞳がそれを阻んだ。畏怖の対象であるのに、ずっと見つめていたいような透き通った欲求を呼び起こさせる、稀有な存在。 
心の準備をしていても、いざその目に間近に見つめられると詩野は息が出来なくなるのだった。 
「そうしゃっちょこばられると、僕も緊張してしまうよ」 
 詩野の肩を抱いていた右手が宥めるように髪の流れをなぞり、今朝、その手が結んだリボンの端を掴んだ。 
「ただね、僕は、ただ」 
 青年の手の動きを止めるでもなく、詩野は為されるがままを受け入れた。少しの引っ掛かりがあって、蝶は一本の帯へと姿を変える。 
「――家族みたいだと、思ったんだ」 
 詩野から奪った桜色のリボンを口元に寄せ、主が切なげに呟くのを、詩野は我がことのように聞いた。 
「はい……」 
 家族になれたら、と詩野は夢想した。ありえないことだと分かっていても願わずにはいられなかった。自惚れであることは百も承知で、 
己が青年に今一番近しい人間である僥倖を素直に喜んだ。 
 目を覚ませば、幼さゆえの無垢な辛辣さと、生の気の有り余った鮮烈な意思をその身に宿らせて、小さな嵐は 
有無を言わさず駆け回るのだろう。憎めない強引さで様々なものを巻き込み、しがみついた根雪までをも根こそぎ 
奪い取っていくような勢いで、詩野や青年を振り回すに違いない。 
 詩野はそれが楽しみで仕方が無かった。渇きを潤すその雨を、綿毛を飛ばすその風を、嵐の後の晴天を。 
 さながら詩野は、芽吹きの気配に満ちた夜明けを待ち侘びて、巣穴から鼻先を覗かせる気の早い野うさぎのようだった。 
「嵐というよりも春一番かもしれませんね」 
「女性のスカートをまくって喜んでいるところなんか、そっくりだな」 
 同意するように青年は目を細めて、再び詩野を、信次郎ごと抱き寄せた。 
 余所行きの着物に皺がつくのも厭わず、立場も身分も忘れ、そのあたたかな手の力強さに身を任せうっとりと酔いしれる。 
「こいつが起きたら夕飯を頼もうか。それまで、詩野も寝るかい」 
「わたくしが起こしますから、だんな様が」 
「いいんだ、僕は見ていたいから」 
 ふたりを、とその口が動くのを見て、詩野はかぶりを振った。 
「わたくしも、見ていたいのです」 
 例えかりそめでも、心を許す温もりを求め、一瞬でも目を離してしまうのが惜しかった。どちらともなく微笑みあうと、 
詩野は仰向けに寝返りを打った信次郎の紅い頬をそっと撫でる。 
 そして、子どもが喜びそうな献立について、大人二人は相談を始めたのだった。 
 
 

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