ほとんど運だけの勝負なのだから悔しがったって仕方ないのはわかっているのだが、
7連敗というのは流石になけなしのプライドが傷つけられたような心持ちがする。
じゃあこれからじゃんけんで負けた方が受け持つことにしようぜ、などと軽く言ったのが間違いだった。
もともと乾燥がちの俺の手はここ一週間の食器洗いによってさらに荒れ、
まったく大根でもすり下ろせそうだ――というのは言い過ぎだが、少なくとも
あかぎれが出来ていないのが不思議に思える程度にはガサガサだ。
今夜はハンドクリームでも塗って寝るかな。本当は美容を気にするようなタチじゃないんだが。
七夜連続の食器洗いでだんだん自分の手つきが慣れてきたことに若干の悲しさを感じながら、
明日こそは絶対に勝ってやるぜ見てろよちくしょう、と声には出さずに心の中で彼女に告げた。
「なんだかごめんなさいね、ずっとやらせちゃってるみたいで」
ご贔屓の俳優が出ているドラマがコマーシャルに入ったらしい。
彼女はキッチンに来て冷蔵庫から麦茶を出しコップに注ぎながら、黙々と皿を洗っている俺に声をかけた。
「もともと俺が言い出したんだ、やるといった以上はやるさ」
ありがと、と短く言って麦茶を飲みながら微笑む彼女は、化粧を落としている所為もあって
普段よりも幾分柔らかい雰囲気だ。
「本当は最初に食器洗いは私がやるって決めたんだから、私がやらなきゃって思うんだけど。
あなたって毎回すごく丁寧にやってくれるから、嬉しくて」
(――ああ、化粧と一緒に計算高さも落としてくれりゃあもっと有り難いんだが)
彼女は強制するより褒める方が人を動かすのに都合が好いことを知っている。
「そりゃあ翻訳すると自分じゃ面倒だからこのまま皿洗いの役を俺に回しちまおうってことだろ」
「あら可愛くないわね。知恵がついちゃって」
飲み終わったコップを俺に手渡しながら笑う。
彼女はそりゃあ楽したいってのも本音だけど、と言いながら、昨日切りすぎた俺の髪に触れた。
「自分でやったり他の誰かにやってもらうよりあなたに洗ってもらった方が
嬉しいっていうのも、嘘じゃないわ」
緩く首を傾げた彼女の笑顔はどこまでが打算なんだろう。
抱きしめたい衝動に駆られたが、生憎今の俺の手は泡まみれだ。
代わりに唇を突き出すと、彼女はあらいけないCMが終わっちゃったわ、と
しらじらしく言って居間に消えた。
追いかけることも出来ずに黙って彼女の背中を見送りながら、
皿を洗うぐらいであんな風に笑ってくれるなら悪くないと思っている自分に気がついた。
完全に術中に嵌っている。相手の魂胆を重々解っていながら従いたいと思ってしまうなんて、
全く惚れた弱みというのは厄介なものだ。
最後のコップをすすぎながら、俺は自嘲と幸福のないまぜになった気持で笑った。