はぐれた。どこからどう見てもはぐれた。もう完全無比なまでにはぐれた。  
「マジか・・・」  
 途方にくれる俺の前には、一面の人だかり。そこに咲耶の顔を見つけ出す事はできず。  
 ・・・まさか、小さい頃の迷子の話をした直後にまた迷子になるとは思わなかった。あれか、言霊って奴か。話のネタにして言葉に出したから再現されちゃったのか。ざけんなチキショー。  
(どうすれば良いんだ・・・この人込みの中から人一人見つけ出すなんて無茶だぞ・・・)  
 しばし、呆然としていた俺であったが。  
「仕方ない・・・なんとかして探そう・・・」  
 結局、それしか方法は無いのだった。  
 
*********************  
 
「はーい、トロピカルジュースいかがっすかー。甘くて美味しいよー。良く冷えてるよー」  
 英一は、呼び込みをしていた。縁日の屋台は、なかなか収入源になるのである。この日の売り上げの一部は後々彼の懐に入ることもあり、英一は俄然やる気を出していた。  
 夏祭りの会場は熱気に包まれているため、氷の入った冷たいジュースは飛ぶように売れる。  
先程、とあるクラスメイトとの会話で彼自身の体温も2℃くらい上昇した気がするのだが、とりあえず人ごみのせいにして呼び込みを続ける。  
「よー、えーいちじゃん。何してんの?」  
 飄々とした声が聞こえてきて、そちらを振り向く。隣町の南高に通う知り合いだった。もっとも、彼の場合知り合いとは、『ヤンキー仲間』という読み仮名が振られるのだが。  
 
「お前か、大輔。何ってバイトだよバイト。見りゃわかんだろが」  
「へー。なあジュース奢ってくれよ」  
「汗でも舐めてろ」  
 大輔、と呼ばれた少年にぶっきらぼうに答えると、今度は英一が質問をする。  
「お前こそ何してんだよ、わざわざこっちまで来て。オヤジでも狩るのか?」  
「馬鹿言え。お祭りで浮かれる女の子と熱い一夜を過ごしに来たんだよ」  
 早い話がナンパである。  
「なあ、バイトなんて後輩に押し付けてお前も行かねえ?昔は二人してよく引っ掛けて遊んでたじゃん。お前けっこう顔は良いからさ、付いて来てくれよ」  
 英一のことを良く知るような口調。大輔は英一にとって幼馴染であった。この男の顔を見ると、『ちくしょう山口にはあんな可愛い幼馴染がいるのに何で俺の幼馴染はコイツなんだ』と思う。  
「うるせーな、俺は忙しいんだよ。営業妨害すんならその辺の木に注連縄でふん縛ってやっても良いんだぞ」  
「ちぇ、つまんねーの。もしかしてもう予約済みとか?」  
 大輔の言葉に、黒髪のおかっぱの少女が脳裏に浮かび、慌ててその姿を脳内から追い払う。  
「違えよバカ。さっさと失せろ」  
「ふーん、まあいいや」  
 飄々と言うと、大輔はつまらなそうに踵を返す。と、そこで彼は思い出したように言った。  
「気になってる子でも居るんなら言っておくけどさ。俺みたいな奴は他にもいるから、その子のガードとかした方良いんじゃない?」  
 ひらひらと手を振りながら歩いていく大輔を見送った英一は、背中に嫌な汗が伝うのを感じた。この辺りの不良の性質の悪さは、不良と呼ばれる彼自身が嫌と言うほど知っている。  
(ガード・・・いや、でもあの子には山口が付いてるしな)  
 
 独りごち、呼び込みを再開しようとする。が、割と近くから聞こえてきた声に、意識をそちらに持っていかれてしまう。  
「いいじゃない、君の事放っぽりだしてどっか行くような友達よりさ、俺と来たほうが楽しいって」  
「あ、あの・・・」  
 何とはなしにそちらを向くのだが・・・英一はこの行動が間違っていなかった事を、後々になってから天に感謝する。  
 
 
振り向いた先で二人の少年を前にオロオロしていたのは、先程まで自分の脳裏に浮かんでいたおかっぱの少女そのものだった。  
 
 
「・・・げ」  
 一瞬絶句するが、そこから先は早かった。三人のもとまでずかずかと歩いて行き、少女の後ろに立つ。  
「おいてめえら、南高か?三高の学区で何してんだ?」  
 声に若干の凄みを利かせて目の前の少年二人を睨み付ける。少年のうち茶髪にピアスの少年が怪訝に眉を顰めるが、もう一人、金髪の少年はというと英一を見て、ひっ、と息を呑む。  
(・・・ん、こいつは確か・・・)  
 良く見るとその少年は、以前学校をサボって遊んでいるときに、英一にちょっかいをかけてきたチンピラだった。  
 ナイフを持って金出せごらぁ、と絡んできたので、自慢の一本背負いでゴミ捨て場に沈めてやったのだ。  
「んだよ、てめえは」  
 凄んでみせる茶髪だったが、金髪に肩を掴まれて動きを止める。  
「ば、バカ止せ!三高の古賀だ!」  
「げぇっ・・・」  
 言うが早いか、少年達はダッシュで逃げていった。  
 
「ったく、大輔のヤロー・・・下っ端の手綱ぐらいきっちり締めとけよな」  
 腕を組みながら言うと、呆然としている咲耶に声を掛ける。  
「大丈夫か?山口は・・・」  
「・・・あ、ぅ」  
 いきなりそんな声が聞こえたものだから、英一はぎょっとする。しかし、彼の思考が現状に追いつくよりも早く。  
「・・・こわかった・・・」  
 そう言って、咲耶はその場にへなへなと座り込んだ。  
「うぉ!?ちょ、だっ、大丈夫か!?なんだ、どっか痛くしたんか!?」  
 女性経験はあっても恋愛経験は皆無な英一には予想外のアクシデントである。  
「えーっとえーっと怪我したときは水道で傷を洗ってそれから・・・ってそこのガキども!何見てやがるさっさと散れコラぁ!ジジイとババアもだ!墓場はあっちだってーの!」  
混乱のあまり普段の癖で野次馬に吼える英一だったが、兎にも角にも人通りの多い場所でこれはまずい。ひとまず、古賀雑貨店の屋台へと連れて行くことにした。  
 
 そして、この一部始終を見ている男が居た。和宏、ではない。男は人込みの中、去って行く少年少女をじっと見ていた。  
 花火が終わり、満足気な顔をした群衆が、面白かったねえと言いつつ歩き始めても。男は、遠ざかる小さな背中を、ただ見詰めていた。  
 
 ちなみにこの十数秒後、英一と咲耶が居た場所を、心底困った表情の和宏が走って行ったのだが、二人がそんな事を知る由もなかった。  
 
 

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