「・・・じゃあ、山口とはぐれたのか」  
 英一の問いに、咲耶はこくんと頷く。咲耶は、古賀雑貨店の屋台に居た。  
(んんん・・・これはよくよく考えるとチャンスなんだが・・・)  
 和宏の不在を良い事に不埒な事を考える英一であったが、咲耶の心底困った顔を見ると、どうにも一歩踏み出せない。ヤンキーの初恋とは大抵こんな物である。  
「待ち合わせ場所とか決めてないんか?」  
「・・・・・・(ぶんぶんぶん)」  
「おいおい・・・」  
 しばし、沈黙が流れる。やがて、英一が腰を上げ、咲耶の隣にどっかと座り込む。咲耶はびくりと身体を震わせて、慌てて距離をとった。  
「・・・(じーっ)」  
 そのまま、威嚇するように英一を見る。本人は睨んでいるつもりなのだが、全く以って迫力が無い。どうにもここの辺りが、和宏が彼女を必要以上に可愛がる要因となっているのだろう。  
 うわ俺めっちゃ嫌われてる、と英一がちょっと落ち込んだのは言うまでも無い。  
「・・・この前、悪かった」  
 言い難そうに切り出したのは、英一だった。その一言に、咲耶はきょとんとした表情を浮かべる。  
「さっき、山口にも謝った。馬鹿な事言って悪かった。この通りだ」  
 言って、英一は両手を合わせる。人に謝る事に慣れていない彼の、精一杯の謝罪である。  
 
 言いながら英一は、他にもうちょっと上手い言い方があるだろ俺のボケ、とか思っていたのだが、何とか謝罪の言葉を捻り出そうとする気持ちは、無口な咲耶に伝わったらしい。  
 咲耶は無言のまま、はにかんでみせる。  
(・・・ぐ)  
 英一は、気まずくなって目を逸らす。  
(なるほど・・・山口が守りたがるわけだ)  
 無防備な微笑みは、英一の中でちろちろと燻っていた炎を一気に起爆させるには充分すぎる威力があった。何の炎かは各自の判断に委ねるとして。顔を赤くした英一は照れ隠しに言う。  
「にしても、普通こういうイベントに来るときって、迷った場合はどこに集まるって決めるもんなんだけどな。鳥居の前だとか賽銭箱の近くだとか・・・」  
 英一の言葉をそこまで聞いて、咲耶は不意に、脳裏に閃くものがあった。  
「・・・あ」  
 小さい頃に和宏とはぐれて、迷子になった時。双方の親にみっちりと怒られ、それから決めたいくつかの約束事。  
 
 お父さんとお母さんと一緒に行く事、お財布にお金を入れすぎないこと、もしも迷子になったら―――  
 
 
 
******************************  
 
 
「・・・そうだ、賽銭箱の前に行くんだ!」  
 俺は、先程思い出せなかった約束事の最後の一つを、絶妙のタイミングで思い出した。  
 はぐれた時には、神社の本殿の賽銭箱前に行く事。一人になったときに何の連絡手段も持たない俺たちの、唯一の確実な合流の手段。  
 そうと決まれば急がなければ。確か、本殿はここの階段を真っ直ぐ上って―――うわっ!?  
「っと、失礼」  
 踵を返して走り出そうとしたとき、後ろを歩いていた男性にぶつかる。どん、と結構派手な音がして、俺達は互いに数歩ばかりよろける。  
「す、すいません!」  
 慌てて男性に頭を下げて、俺は本殿へと走り出そうとするが。  
「おい君、ちょっと良いかな」  
「・・・なんすか」  
 さっきの男性に呼び止められて、俺は露骨にげんなりとする。そんな俺の様子に構わず、男性は悠長に喋る。俺としても先程の激突の事もあるので、無視する、という訳にいかない。  
 
「本殿の裏にある稲荷神社は、まだあるかい?」  
 そう言って男性は本殿から西にある、雑草が茫々と繁った道を指差す。八幡宮を冠した神社の本殿の裏には高い山があって、ところどころに小さな神社らしき建物がちらほらと見える。  
 そこでは斜面に沿って大小様々な祠が建てられていて、選り取り見取り・・・という言い方は不謹慎だが、学業成就だの家内安全だのを掲げた神様が祀られているのだ。  
「あー、はい。あります・・・あ、でも何年か前に土砂崩れで道が塞がっただかで、そこの道はもう通れませんよ。反対側に迂回路が出来たはずだ」  
 俺は本殿の東側を指差す。稲荷神社参道、と書かれた真新しい看板が立っている。  
「ありがとう、おかげで道に迷わずに済んだよ」  
「いーえっ、それじゃ」  
 みなまで言い切る前に、俺は再び走り出す。すると今度は、見覚えのある頭が見えた。丁度良い、あいつがどこかで咲耶を見たかもしれない。俺は茶色い頭に向かって声を張り上げる。  
「古賀っ!」  
 俺の声に、頭はこちらを向き。目を丸くする。・・・なんだ?俺の顔に何か付いてるのか?  
「あ、山口!い、今咲耶ちゃんが・・・」  
 ・・・うん?何だこいつ、咲耶に会ったのか。ちょうど良かった。  
「咲耶の事見かけたのか?何か、言ってなかっ・・・あー、無理か。うちの家族以外と話す訳ねえな・・・」  
「いや、さっきまでうちの屋台でジュース飲んでた」  
 はい!?ちょっと待てどんなマジック使いやがった!?  
 
 色々と聞きたい事はあるが、取り敢えずそれは脇に置いといて、古賀から情報を得る。  
「さっき、南高の奴らにナンパされてたんだ。やべえと思って取り敢えずそいつらは追っ払ったんだが、そしたら腰ぃ抜かしちまったらしくてよ。落ち着くまでうちの屋台で休ませてたんだ」  
「・・・お前、俺がいないからって咲耶に変な事してないだろうな」  
「・・・、し、しねーよっ!」  
 オイ何だ今の微妙な間は。  
「と、とにかく!話してたら集合場所を思い出したって、いきなり走って行っちゃったんだよ。それでどうしたもんかと」  
「どうしたもんか、って・・・咲耶が向かったのって、本殿の方だろ?俺も今からそこに・・・」  
「え・・・咲耶ちゃん、裏の方に向かったぞ?ほら、あの八百万参道の方」  
 八百万参道。字面から解ると思うが、先程の男性に説明した、稲荷神社を含む様々な祠への参道である。  
・・・・・・アレ?オッカシーナー。  
「・・・な、なあ古賀。あいつ、他には何も言ってなかったのか?」  
「あ?だって、お前が言ってたって・・・」  
「『本殿の』賽銭箱の前だ、って言ってなかったか?」  
「・・・・・・いや、『とにかくどこかの賽銭箱の前』って・・・」  
「・・・・・・」  
「・・・なあ、咲耶ちゃん、やばくないか?」  
「・・・・・・あ」  
 
 
・・・んっっのド阿呆があぁーーーーーーーーっっっ!!!  
 
 

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