直後、俺の名前はでかでかと職員室前の廊下に貼り出された。右の生徒を、暴力行為により一週間の停学処分とする。二年三組 山口和宏 以上。  
 テスト期間中だというのに、刺激に飢えた学生達は休み時間になるとわらわらと職員室前に集まってそのスクープにかじりついていた・・・勉強しろ、てめえら。  
「おいおい、山口って言ったら去年英語のスピーチで何かの賞もらってた奴だろ?」  
「人って見かけによらないよなー・・・」  
「あっ、私その噂聞いたよ。山口君、高笑いしながら古賀の顔踏み付けたって・・・」  
「うわ、キレると結構怖いんだね・・・」  
 
 などという噂が聞こえたので、俺は耐え切れず、今日の授業の全てを受け終わる前に学校を出た。  
「俺、夏休み明けたら学校行けなくなってるかも・・・」  
「!(びくっ)」  
「あ・・・さ、咲耶のせいじゃないぞ。コレはホント、俺の自業自得だから」  
「・・・・・・(こくり)」  
 咲耶も、ホームルームが残っているにも関わらず、そんな俺を心配して付いて来てくれた。俺が言うのも不謹慎極まりないが、咲耶が学校をサボってまで俺を心配してくれるのはちょっと・・・いや、かなり嬉しかった。  
 下校がてら、昨日の喫茶店に寄って行こうかと一瞬考えたが・・・仮にも自宅謹慎の身だというのに流石にそれはまずいだろうと思って、真っ直ぐ家、にっ、おわぁ!?  
「・・・・・・(くいくい)」  
「ど、どうした咲耶」  
 突然服を引っ張られて何事かと思い後ろを振り向くと、咲耶が俺のシャツの裾をくいくいと引っ張っていた。  
 
「・・・ぁ、う・・・」  
 何かを言おうとはしたが、結局言葉にしないまま、無言である一点を指差す咲耶。指の先には、先程俺がスルーした喫茶店。  
「・・・いや、あのな咲耶。俺ね、一応停学中なの」  
「・・・・・・(こくり)」  
「その俺が、サ店に寄り道して帰るのは問題があるだろ?」  
「・・・・・・でも(もじもじ)」  
「アイスだったら、親父にでも買って来て貰えよ。良いから、早く帰るぞ」  
「・・・・・・ごめんなさい」  
 小声でそう言ってからしゅんと項垂れてしまった咲耶を連れて、早めにその場を離れた。  
 
 後々になって考えてみれば、その時の俺はとても機嫌が悪かった。  
 
 
「ただいまー」  
「・・・まー」  
 それぞれが帰宅を知らせる挨拶をしてから、玄関の扉をくぐる。  
「あらー?二人とも、今日は随分と早いのね」  
 間延びした声がキッチンから聞こえてくる。俺のお袋だ。息子の俺から見ても美女ではあるが、相変わらず少女趣味な猫の模様のエプロンが全く以って似合っていない。  
分かりやすく言うと二十か三十の女に子供服を着せているような・・・まあ、それはそれで一部の人には破壊力があるんだろうけど、とにかくそれぐらい、似合っていない。  
・・・前に親父が、フリルがふんだんに使われた、通称『新妻エプロン』をプレゼントした時は、「私の趣味にけちをつけるなんていい度胸ねえ、あなた?」とか言いつつ笑顔のままで親父を殴り倒していたから誰も何も言わないけど。  
「何か色々と噂立てられて、気分悪くなってサボった」  
「和ちゃん、お母さんに嘘は駄目よ。あなたはそんな繊細でナイーブな子じゃないでしょ?」  
 優しい口調ですげえ酷い事息子に言っていませんか、あんた。  
「・・・まあでも、実際気分は悪いな。停学明けたら怪獣扱いされてそうだ」  
「あら、和ちゃんってば怪獣だったの?」  
 そんな訳があるかい。  
「違うんなら、気にしないのが一番よ」  
 
 母さんはいとも簡単に言うと、クッキーと紅茶のポットを持ってキッチンからリビングへと歩いてきた。  
アイスのほうが良かったかしらねー、と言って、俺のマグカップと咲耶のティーカップに交互にお茶を注いだ母さんは、クッキーを三分の一ほど―――多分、自分の分なのだろう―――をにこやかな笑顔のまま一気に鷲掴み、豪快に頬張ってから再びキッチンに戻って行った。  
「ほえじゃあ、ふはりおもうっくりたえあはいえー(それじゃあ、二人ともゆっくり食べなさいねー)」  
 その台詞は俺達があんたに言いたいぞ、母さん。がりごりぼりべり、という音と共に聞こえてくる意味不明の言葉をなんとか解読した俺は、心の中で呟いた。  
「・・・かすみさん、すごい」  
「全くだ。咲耶はああいう風に物を食うようにはなるなよ」  
「・・・・・・(こくり)」  
 そのまま椅子に座って、咲耶と二人、紅茶を啜る。  
「美味いな、このクッキー」  
「・・・・・・ん(こくこく)」  
 口の中に甘いものが入ったことでご満悦の咲耶。昨日に引き続き瞳がきらきらと輝いていた。  
「・・・でも、いっしょに食べてるから・・・だと思う」  
「うん?」  
「・・・いっしょに食べると、おいしい・・・」  
 そう言った咲耶の頬は、少しだけ、赤かった。それが紅茶の熱によるものか、照り付ける日差しによるものなのか、はたまた別の理由があるのか。それは、咲耶ではない俺には分からない。  
 ・・・けど、俺の頬が熱かったのは別に照れたわけではなく、暑い日にホットの紅茶をがぶがぶと飲んだせいだ。そのせいだったらそのせいだ。  
 
 腹が膨れると、俺達はそれぞれ自分の部屋へ引っ込んで机に向かう。俺は教科書を広げて、夏休み明けに行われるであろう実力テストの勉強をする。  
・・・期末試験の期間中に停学処分を喰らったので、その間の試験は全て0点となるのが決定しているのだ。留年を回避するためには、この後に行われる試験の全教科で、及第点の二倍の点数を取らなければならない。そう思うと、とてもとても気が重かった。  
 まあ、他の奴らよりも早めに休みになってじっくりと腰を据えて取り組める事を考えると善し悪し・・・いや、やっぱり悪いか。点数がっつり差っ引かれてる訳だし。  
 
 しばらくして、コンコン、と。廊下に面したドアが控えめにノックされた。見なくても分かる。咲耶だ。  
・・・誤解の無いよう言っておくが、音で分かるとかそんな凄い芸当ではない。ノックの時に「和宏、居るかー?」とか、「和ちゃん、ご飯よー」とかいう声が聞こえなければ大概は咲耶であるというだけだ。  
「咲耶か?どうした」  
 俺の言葉に、立て付けの悪い木製のドアがギィ、と開けられて、キャミソールに身を包んだ咲耶が入ってくる。  
「・・・あ、う・・・テストの・・・」  
 ぎこちなく言って、自分の腕の中にある数冊の冊子に目を落とす咲耶。冊子の表には・・・  
「・・・微積か。そういえばお前、苦手だったな」  
「・・・・・・(かくん)」  
 頷いた、というよりは落ち込んだ様子で首を縦に振る。ただ、俺はそこで疑問に思った。  
 
「微積って、今日の科目じゃなかったか?なんで今になって・・・あ」  
 そこまで言って思い出す。そういえば、今日は咲耶は、何時に下校した?俺と一緒に、『今日の授業が終わる前に』。つまり・・・『今日の試験日程が終わる前に』、帰ってきた。  
「な、お前・・・まさか、そっちのクラスのテスト、終わる前に帰って来てたのかよ!?」  
 初耳どころか、寝耳に水も良いところだった。一緒に帰ると言ったときは、もう終わったから退室してきたと言っていた。なのにこいつは、俺を心配して、自分のテストを受けなかったのだ。  
「あ、ちが・・・あの、た・・・担当のせんせいが、お休みで・・・延期に・・・」  
「嘘こけ!じゃあなんでそんなに慌てるんだよ!?」  
「あ・・・ぅぅ」  
 ちょっと強めに言うと、咲耶はしょんぼりと項垂れてしまった。確定的だった。・・・その後、いろいろと聞いたが、咲耶はこのテストで欠席しても、追試を受けさせてもらえると高を括って、思い切ってサボったのだという。  
あほかー!と怒鳴ってやりたかったが、それをすれば確実に咲耶は泣くだろうし、第一にそこまで彼女に心配をかけたのは俺なのだから何も言えなかった。  
 
俺は暗い気分を払うためにがしがしと頭を掻き毟ると、それじゃこっちに座れ、と言って自分の席を少しずらす。咲耶は、あらかじめ隣の部屋から持ってきた椅子を俺の隣まで引っ張って、その上に座った。  
「・・・で、ここのところ。要はこの式を通分して両辺を揃えれば証明できるから・・・」  
「・・・うん・・・えと、あ・・・」  
 俺の説明に納得が行ったらしく、シャーペンを動かして代数Xを埋めていく咲耶。やがてX、Y、Zの全ての文字が埋まり、公式の証明文が完成すると、一仕事終えたように二人揃って背中を伸ばす。  
「・・・できた・・・」  
「アホ言え、ここで分配法則使うまで何分かけてるんだよ。こんなローペースじゃ、書き終わる前に試験時間終わるぞ?」  
 満足げな気分で居たところを俺に突っ込まれ、またもしょんぼりする咲耶。ちょっと苛め過ぎただろうかと思い、俺はふっと表情を変える。  
「まあ、さっきよりは時間は掛からなくなったな。偉い偉い」  
 頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかんだ。・・・ちくしょーホンットに可愛いなあもう。  
 
 
 

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