夏休みに入ってからしばらくの間が、特に大変だった。いや何がって、理性とかその他諸々?  
・・・・聞くな。察してくれ。  
 
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 夏休みになった。と言っても、生活に何か劇的な変化が有る訳でもなく。俺と咲耶は、揃いも揃ってだらけていた。  
「・・・なんていうか、クーラー万歳って無性に叫びたいぞ」  
「・・・・・・(こくこく)」  
 午前中はそれぞれの部屋で机に向かっていた俺達だったが、10時を回って日が高くなってからはもう我慢ができず、冷房の効いたリビングでごろごろしていた。文明の利器って最高の響きだと思う。  
「なんか、面白いテレビとかやってたっけ?」  
「・・・・・・(ふるふる)」  
 分かるわけ無いか・・・普段は学校にいる時間帯だし。  
 それでも何か面白いものは在るかと思い、電源をつけて適当にチャンネルを回してみる。  
・・・今日の料理・・・テレフォンショッピング・・・答えてチョーダイ・・・火曜ワイド・・・  
「つまんねー・・・」  
 ぼやき、ソファの上にリモコンを放り投げる。ぽふ、と軽い音を立ててプラスチックの長方形が布の上にバウンドした。  
 
「咲耶、図書館とか行くか?」  
「・・・・・・(ふるふるふる)」  
「そっか・・・うーむ」  
 行っても俺達が読むような頭の悪い本は置いてないだろうから、当たり前と言えば当たり前である。  
・・・ま、母さんもまだ買い物から帰ってないし、もうしばらくごろごろしていよう。  
「ただーいまー」  
 お母様、何故あなたはこの絶妙なタイミングで帰宅なさるのですか。  
「はー、あっつーい・・・って、和ちゃん、咲ちゃん!いい若者が真っ昼間からごろごろするんじゃありません!」  
 ビニール袋をテーブルに置いてから俺達を見るなり怒る母さん。自分はクソ暑い中買い物に出かけていた時に、子供達がクーラーの風の下でだらけていたのが気に入らないようだ。  
「つってもこの暑さじゃやる気も起きねえって・・・する事も無いし」  
「ぶつぶつ言わない!お昼ご飯出来るまで出かけてらっしゃい!」  
 
 追い出されてしまった。  
「あっちい・・・咲耶、これからどうする?」  
「・・・・・・(ふるふる)」  
 特に考え付いた事は無いようで、困った顔で考えた後、困った顔で首を振るだけだった。  
 俺はというと、何とはなしにそんな彼女に視線を向ける。が、向けた先が悪かった。いや、良かったと言うべきか。  
(おわ、汗で背中が透けて・・・)  
 健康な諸兄ならばもうお分かりかと思うが、薄着+真夏の日差しのコンボは威力抜群だ。  
「・・・かずくん?」  
「は、はいっ!?」  
 俺の視線に気付いたらしく、咲耶が振り返って声を掛けてくる。俺は必死に平静を装う。  
「・・・わたしのふく、なにかついてる?」  
「・・・いえ、ナンデモアリマセン」  
 気まずく視線を逸らす俺に、彼女はきょとんとした表情を向けるだけだった・・・頼むから、そんな何の疑いもない清らかな視線で俺を見ないでくれ・・・心がスゲエ痛む・・・  
 
 結局俺達は冷房のある場所を求めるうちに、夏休み前に入ったあの喫茶店のドアをくぐっていた。  
「いらっしゃい」  
 前に注文をとってくれた女性が、また俺達を出迎える。  
「ご注文はお決まりですか?」  
「俺はアイスコーヒーにするかな。で、こっちが・・・」  
 言って、お品書きの上に浮かぶ、咲耶の指が指し示す一点を見て俺は固まった。固まるしかなかった。  
「・・・・・・(きらきらきら)」  
「・・・おい、待て」  
 この阿呆、よりにもよってこの間と同じものを・・・っ。  
「・・・・・・(きらきらきら)」  
「すいません、こっちの子はミルクティー。アイスで」  
 目をきらきら輝かせている咲耶を無視して勝手に注文する俺。先手必勝。やったね、俺の財布。  
「ふぇ!?」  
 相当ショックだったらしい。咲耶の口から飛び出すとは思えない素っ頓狂な声が聞こえた。  
「はい、アイスコーヒーとアイスミルクティーが一つずつですね?」  
「あ、あの・・・」  
「それでお願いします」  
 かしこまりました少々お待ちくださーい、といった具合に女性が厨房へと去っていくと、テーブルに載せていた手をギュゥウウッ、と思いっきり抓られる。  
 
「いだだだだだだ。こら、何すんだ」  
「・・・・・・」  
 大人しく手を引っ込めるが。  
(ゲシッ)  
「でっ!」  
次はすねを蹴られた。力の無い蹴りだったからまだ良いが、場所が場所なだけに結構効いた。  
「いっててて・・・お前な、昼飯の前だろうが。あんな合成糖分てんこ盛りなシロモノなんか食うなっての」  
「・・・・・・(むすっ)」  
 お姫様が完璧に機嫌を損ねてしまったようだ。うむ、どうしよう・・・こういう時は・・・  
@ 耳元で愛を囁いてみる  
A デートに誘ってみる  
B プレゼントをしてみる  
うろ覚えなので順番は曖昧だがこの選択肢に見覚えのある方は挙手。感想文をA4レポート用紙で提出する事。  
(・・・いや、そうでなくて)  
 冗談はさておき、冷静に考えてみる。@・・・キモ過ぎるので却下。A・・・今この状況はデートに該当するのか?Bは・・・まあ、妥当なところか。  
(あ、そういえば・・・)  
 プレゼントで思い当たる節があり、俺は口を開いた。  
「咲耶、ハンカチ買いに行こう」  
「・・・ハンカチ?」  
 そう。俺が思いついた咲耶へのプレゼントは、ハンカチだった。彼女の制服のポケットに常備されていたハンカチは、先日の一件で俺の血で汚れてしまっていた。  
 
 なまじ乾いてしまったものだから洗っても赤黒い染みが抜け切らず、人の血を拭いたものだから衛生的にもよろしくないので捨てさせたのだ。  
「ほら、こないだ俺の傷口拭いて、駄目にしちゃっただろ。お詫びって言ったらなんだけど、新しいハンカチ買いに行こう」  
「・・・・・・(こくり)」  
 よし、第一段階成功。この調子で上手く買い物を済ませれば咲耶の機嫌も直るだろう。  
 
 

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