「・・・・・・」
「・・・・・・」
ここまでのあらすじ。夏祭りに来たら、休み直前にぶん殴った人とぶん殴られた人が顔を合わせました。以上。
(・・・・・・き、気まずい・・・)
俺たちは互いに顔を見合わせたまま、硬直した。やがて、古賀がぎこちなく口を開く。
「えーと・・・とりあえず、どれにする?」
「あ、ああ。えっと、マンゴーオレンジとメロンサイダーくれ」
俺がぎこちなく答えると、あいよ、と言って古賀がボトルを手に取る。その手つきは慣れた物で、見る間にマンゴーオレンジのミックスジュースが俺の目の前に現れた。
それを見ている間、俺はぼーっとしていたのだが。
「・・・あのさ」
また、古賀が先に口を開く。
「この前は、悪かったな」
「この前・・・ああ、あの時か」
口調から、夏休み直前のことを言っているのだと気付いた。
「あー、えっとまあ、俺も悪かったよ、顔大丈夫か?」
「お、おう。痣も残らなかったし、気にすんな」
「ああ、うん。そりゃ良かった」
何だこの会話。
「・・・あの時さ、お前、マジでキレたろ」
その言葉に、あの時の景色がはっきりと頭の中に浮かぶ。ゲームのプロモーション映像を見ているような気分で人を殴る自分がいた。
「ああ、うん。こう言っちゃなんだけど、俺、本気でお前の事殺そうかと思ったぞ」
「そっか・・・まあ、そうだよな」
しみじみと言いながら、古賀がメロンのカキ氷シロップを開ける。
「いや、あの時お前がぶちキレたの考えると、本気でやべえ事言っちまったんだなって思ってよ」
・・・ああ、そうか。あれからコイツもコイツなりに反省していたのか。なんだ、死ななきゃ直らない馬鹿かと思ってたけどちょっと見直したぞ。
「まあ、それで詫び入れといた方が良いと思ってな」
「ふーん」
「で、だな」
そこまで言ってから古賀は、あー、うー、と唸りだした。
「なんだよ急に」
「いや、うんまあ、お前にこういう事を聞くのもどうかと思うんだがな」
古賀は再び押し黙ると、ちょいちょいと俺を手招きする。おおっぴらに話しづらい話題のようである。
(まあ、ここまで頭下げたんだから聞いてやるか)
そう思い、俺はカウンターに身を乗り出す。俺の耳元に顔を近づけた古賀は、やがて決心したかのようにぼそりと一言。
「・・・咲耶ちゃんって、どんな男が好みなんだ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
こいつ今、なんて言った?咲耶『ちゃん』?咲耶の好みの男?ちょっと待て、状況を整理してみよう。
(・・・・・・・・・・)
黙考する事約五秒。導き出せた結論は、一つしかなかった。
「・・・おまえ、もしかして咲耶のこと・・・」
「ち、違うぞ!?いや、ただ単に気になってだなー。それでお前に聞けば早いかなー、なんて思ってよー、あはははははは」
間違いない・・・古賀の奴、咲耶に惚れたな・・・
「いつからだ?俺がお前の事蹴ろうとしてあいつが止めた時か?」
「い、いつからって何だよ。お、俺は別に・・・」
「いや、お前がどういう経緯で咲耶に惚れ・・・」
「うづぁああああああっ!?」
俺が最後まで言うのも待たず、一人絶叫する古賀。ここまで分かりやすい男も稀である。
「と、とにかくだ!この事は他言無用だぞ!?ばらしたりしたらこの前の分上乗せしてブッ飛ばすからな!?良いな!?」
古賀はそう言ってジュースを強引に俺に受け取らせると、後輩と思しきバイトの少年に屋台を任せて呼び込みに出て行った。
「・・・馬鹿だ・・・やっぱりあいつスゲエ馬鹿だ・・・」
トロピカルジュースいかがっすかー、とか叫びながら遠ざかっていく背中を呆然と見詰めながら、俺は一人呟いた。呟くしかなかった。
ジュースを持って咲耶のところまで戻ると、待ちくたびれたのか、彼女は手近な柵に腰を下ろしていた。
「・・・じかん、かかったね」
「あー、まあな・・・」
さっきのやりとりは、彼女には知らせるまい・・・
そうして二人、甘ったるいジュースを飲みながら周りを眺めていた。
「毎年毎年混んでるな、ここの祭りは」
「・・・・・・(こくん)」
行き交う人の群れを何とはなしに見詰めながら、俺達は頷きあった。俺達が小さな頃から、この神社の祭りはこんな風だった。
「・・・かずくん、おぼえてる?」
「うん?」
「さいしょに、ふたりでここに来たときの事」
咲耶の問いに、俺はああ、と頷く。
「忘れたくても忘れられねえよ。あの時俺、めちゃめちゃ焦ったんだぞ」
「・・・えへへ、そうだよね」
それから暫くの間、昔話が始まった。
俺たちが、互いの親を伴わずに二人だけでお祭りに来たのは、小学生の時だった。当時の咲耶はまだ自分の家で暮らしていて、もっと活発だった。
俺も馬鹿丸出しで、物事をろくに考えもしないで走り回ってばかりで、まだまだ子供だった。
その日の俺達は、もう三年生なんだからお祭りぐらい自分達だけで行けるもん、と意気込んで出掛けて行ったんだ。けど花火が始まった途端に、人の流れに巻き込まれて、俺達ははぐれてしまったんだ。
俺は二時間以上そこらを走り回って、やっと咲耶と再会できたのだった。
「・・・あのときね、一人になって本当に怖かった。もしかしたら、もうかずくんと会えないのかな、って思うくらい怖かったの。だから、かずくんがわたしのこと見付けてくれた時、すごく嬉しかった」
咲耶は、遠く過ぎ去った日々を懐かしむように、そう言った。けどそれは、俺も同じだった。
結局、祭りも終わって辺りは暗くなって、極度に疲れていた俺達は帰れなくなって、二人してわんわんと泣いていた。
「それから通り掛かったお巡りさんに助けてもらって、夜の十一時にやっとこさ家に帰れたんだったな」
「・・・かずくん、あのときもおじさんにすごい怒られてたよね」
「・・・余計な事まで覚えてんじゃねえ」
多少、意地の悪い笑いを浮かべながら咲耶が言った言葉に、俺は苦笑いを浮かべた。
それから、何個か決めたことがあった。お祭りに行くときは、ちゃんとお父さんとお母さんと一緒に行く事。お財布の中にお金を入れすぎないこと。それと・・・
(あれ?あと一つは何だったっけな・・・)
確か、約束事はもう一つあった筈なのだが、どうにも思い出せなかった。えーっと、うーんと、と呻く俺に気付いた咲耶が声を掛けてくる。
「・・・どうしたの?」
「いや、あの時・・・」
『―――まもなく、打ち上げ花火の、開始予定時刻です。ご来場の皆様は・・・』
響き渡ったアナウンスの声が、俺の思考を打ち消した。
「あ、はなび」
「もうそんな時間か?」
俺達は腰掛けていた柵から立ち上がり、視線を夜空へ向ける。やがて、ひゅるるるる、という音と共に空へ上った炎塊が、星空の中で弾け、鮮やかな花を咲かせた。
一瞬遅れて、破裂の音が鼓膜を叩く。
「・・・きれいだね」
「ああ」
俺達は二人、その幻想的な光景に見入っていた・・・んだけど。
顔を上に向けていた事で注意が逸れていたんだろう。阿呆な話だが、俺達は一瞬の後・・・本当に一瞬の間に、人の波に飲み込まれた。
「っきゃ!?」
「おわぁ!?」
素っ頓狂な声を上げたときにはもう辺り一面に観光客の流れが出来上がり、それらは目まぐるしく動いていた。
そこかしこから、にしやまさーんこっちのほうが見えますわよー!とか、あーほらほら見えた見えた!とか、すずきさんカメラカメラ!とかオバサン共のけたたましい声が聞こえる。
「どぁあっ!?さ、さくやっ、どこに・・・ぐお!?」
いててて、ばっ、ババア!てめ、人の足を踏みながら走るなっ!
なんとか脱出を試みるが、流れを割って進もうとする度にババアの壁に弾き返される。くそっ、「ちょっとあーたじゃまよ!」じゃねえよ!全部こっちの台詞だろーがっ!
ち、ちくしょうこれが噂のオバサマフィールド!?なんて威力だ!
結局俺が恐怖の中年結界から抜け出せたのは、それから一分後だった。
「咲耶っ!?」
叫ぶが、返事は聞こえず。・・・あれ?なんだこのすげえデジャヴ。もしかして、『また』か?
(おいおい冗談じゃねえぞ・・・)
まさか、さすがにそれは無いだろうと思い、辺りを見回す。が、金魚の浴衣を着た少女は影も形も見当たらず。
・・・・・・間違いない・・・完っ璧にはぐれた・・・・・・