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 良く晴れた、春の日の朝である。  
「だぁあ、やべえっ!」  
 悲鳴じみた和宏の声に、はふ、と溜息を一つ吐くと、咲耶は歯ブラシを持ったまま、黙って洗面台の前から後ろに下がる。直後、和宏がそこに頭を突っ込み、蛇口を思いっきり捻った。  
 じゃー、ばしゃばしゃばしゃ、と豪快な音と水飛沫を立てて顔を洗う幼馴染を見ながら、咲耶は内心で再び溜息を吐いた。  
(わたし、何でかずくんのこと好きなんだっけ・・・)  
 小さい頃からの疑問の一つだ。この男は物事を何でもそつなくこなすが、それだけに失敗したときの対処法には慣れていない。故に、一度躓けば、見ていて面白いくらいに転ぶ。そりゃもうごろんごろんと。  
 今日の騒ぎだって、目覚まし時計を止めてからうっかり二度寝をするという、学生にすれば良くあるミスが原因なのだから、もう少し落ち着けばいいものを和宏は完全にパニックに陥っていた。  
(おっちょこちょいなのに、変なところで完璧主義なんだから)  
 それに関してはもう、一種、和宏の本質とも言える大きな特徴なので半ば諦めているのだが。  
・・・もっとも、それを口に出そうものなら「お前に言われたか無いわー!」と即座にデコピンが飛んでくるだろうから、咲耶は絶対に、その意見に音声を伴わせようとは思わない。  
 案の定、普段と違い非効率極まりない動作での洗顔を和宏がこなした時には、咲耶は当たり前の様に歯磨きと寝癖直しを終えていた。  
 
 二人、揃って家を出る。ちょっと走れば間に合う時間なのだが、今の和宏にそれがわかる筈も無い。玄関を飛び出すなり全力で走り出した和宏の後を、鞄を抱えた咲耶が必死に付いて行く。  
「・・・はぁっ・・・はっ・・・かず、く・・・ちょっと、まっ、けほ、ぇほっ・・・」  
 待って、と言いたいのだが、呼吸の他に酸素を回す余裕は殆ど無かった。台詞の後半は、咳き込む音に掻き消される。  
「っと・・・咲耶お前な、体力無さ過ぎだろ」  
 誰のせいだと思ってんの。肺活量に余裕があればそう言っていただろう。立ち止まった和宏の前でぜえはあと荒い息を吐きながら、咲耶は恨めしげに和宏を睨む。当然、迫力はゼロなのだが。  
 そんな咲耶を見て、和宏は暫し黙考する。やがて。  
「ほれ、手ぇ出せ」  
 そう言って、咲耶の右手を自分の左手で握る。  
「え・・・」  
 突然の事に、一瞬息を呑む咲耶。  
「引っ張ってやるから、もうちょっと頑張れ。な?」  
 言うなり和宏は、前を向いて走り出す。  
(・・・まあ、いいかな。こういうのも)  
 先程までの恨み言も何処へやら。咲耶は、右手を包み込む温もりに目を細めながら、もう少し頑張ろう、と思った。  
 
 
 因みに、余談だが。この時和宏の顔が真っ赤になっていた事と、手を握った後で走る速さが少しだけ遅くなっていた事に気付かなかったのが、咲耶のこの日最大のミスだったのだろう。  
 
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