『まずは、触手の組織化が最も容易な軍事利用から考察を進めよう。  
なぜ容易かと言うと“略奪”という餌をちらつかせる事によって、組織化の妥当性についての説得を潤滑に行えるからである。  
 世界で初めて触手を軍隊に組み込んだのは、アレクサンドロス三世(Aleksandros III Megas)であると言われる。  
彼はギリシャのファランクスを女性のみで編制し、触手で兵士間の結びつきを強め隙間をなくした。  
こうして創り出されたマケドニアファランクスは、強大な衝撃力を発揮し、瞬く間に世界を席巻したのである。  
 大王の軍は、触手を補助的な目的で利用していたが、もちろん触手を主力として用いた軍団もある。  
触手のみで編制された軍団と言えば、カエサルの創設した(*1)第十軍団が真っ先に思い浮かぶ読者も多いだろう。  
第十軍団は最精鋭とされ、カエサルの期待に応え続けた。彼女に最も多くの勝利をもたらしたのは触手たちであったのだ。  
(*2)有名な凱旋式での一幕などトラブルも多かったが、初期の帝政ローマの成立に触手は大きな貢献を果たした。  
少々大仰ではあるが“ヨーロッパを形作ったのはカエサルと触手”といっても過言ではない。  
退役した触手たちには属州の境界近くの土地が与えられ、集落を作った。これが殖民都市(Colonia)である。  
触手たちは周辺の敵対的な部族を襲って女たちを攫い、繁殖した。ローマは緩やかなエスニッククレンジングを行っていたのである。  
 当然、触手を重用していたのはローマだけではない。  
古くからフェニキア人やギリシャ人は地中海の水先案内人として蛸型触手を用いていたし、([O]p.15)  
象に触手を憑かせて自在に操り戦象部隊を編成した。また軍事的才能を駆使し、王にまでなった触手も居る。  
エペイロス王及びマケドニア王であったピュロス(Pyrrhus Epirotes)の事である。  
触手の性質を知り尽くしている彼はローマ軍を翻弄し、ローマ同盟都市を解体寸前にまで追いやった。(*2)  
寄生型触手を用いた諜報活動も忘れてはならない。触手を憑かせた人間を用いた暗殺、情報収集、破壊工作は多くの国で常套手段だった。  
大国は触手を憑かした要人を、支配下にある小国に送り込み傀儡としたのである。  
ローマが積極的に影響下にある小国の王族を、留学生として受け入れていたのは、この目的のためであったとの説もある。([Zi]pp.480-501)  
 寄生型触手の侵食を防ぐ事は極めて困難であり、当時は治療法も確立されていなかった為、  
指導者が取り憑かれた場合、多くが亡国の道を歩んだ。だが、いつの世にも例外は存在する。  
触手の支配に打ち勝った、極めて稀有な事例として、紀元前四世紀ごろのシチリアを挙げよう。  
 
・訳注  
*1:ウェヌス(Venus)の生まれ変わりとまで言われた絶世の美女カエサルに忠誠を誓った第十軍団は、エピソードに事欠かない。  
   北アフリカでの戦いの前に、第十軍団は約束されていたカエサルの体を報酬として求めストライキを起こした。  
   属州から急ぎローマへ戻ったカエサルは触手たちに向かって、ただ一言、「何が望みか?」と問うた。  
   触手たちは露骨な要求は逆効果と考え、「退役を!自由を!」と口々に叫んだ。地鳴りが治まるのを待ってカエサルはこう言った。  
   「クイリーテス(市民)よ!君らは自由だ。どこへなりと行くがよい!」  
   本来ならば、コンミリーテス(戦友)と呼びかけるところを、よそよそしく市民諸君と呼ばれ、触手たちは困惑した。  
   だが、自由にと言われたので、その言葉に従い触手たちはカエサルの体を弄んだ。  
   カエサルの咄嗟の機転が軍団崩壊を未然に防いだのである。  
 
*2:カエサルがポンペイウスとの戦いで凱旋したときの軍団兵の行進で、触手らは一斉に大声で、  
   その日のためにと決めておいたシュプレヒコールを唱和した。  
   それは「同胞たちよ、子供たちを隠せ。禿の触手狂いのお出ましだ!」というものであった。  
   それではあんまりではないかと、カエサルは抗議したのだが、カエサルと十二年間も苦楽をともにしてきたベテラン兵たちは、  
   敬愛する最高司令官の抗議でも聞き入れなかった。凱旋式に何を唱和しようとも、それは軍団兵の権利だというのである。  
   確かにそうでいい気になりがちの凱旋将軍の威光に水をかけるシュプレヒコールは、神々が凱旋将軍に嫉妬しないようにとの理由で、  
   ローマの凱旋式の伝統でもあった。人並み以上にユーモアのあるカエサルだけに、このときの抗議も、  
   いつものヒューマン・コメディの一例であったかと思われる、ただし、禿、というのだけは気にかかったらしい。  
   このころには触手との度重なる性交渉のせいで陰毛が生えなくなったことが、カエサルの、唯一の泣き所であったからだった。  
   元老院は、カエサルの十年間の独裁官就任を可決した際に、カエサルだけは特別に、  
   月桂冠の刺青を体の望む場所に入れることを許している、これはカエサルが大変に喜んで受けた栄誉だった。  
   下腹部に月桂冠の刺青を入れていれば、男性との性行為の際、陰毛が生えない真の理由を隠すことができたからである。  
 
*3:ピュロス軍は繁殖のための女性を略奪によって現地調達していたが、触手慣れしているローマの女たちに骨抜きにされ、  
   脱走する触手が相次いだ。彼の軍勢は戦う毎に数を減らしたので、ピュロスは  
   「ローマに勝利する度に、我が軍勢は勝利から遠のく。」とぼやいたという。  
   慣用句「ピュロスの勝利」(Pyrrhic Victory)は「損害が大き過ぎて、意味の無い勝利」という意味である。  
   日本語で言えば「骨折り損のくたびれ儲け」と言ったところか。』  
 
―――魔法学院図書館蔵書「触手概論(第五章:触手の飼育――人類と触手との共存へ向けて)」より  
 
 
 
 妹は触手の王に言う。  
「偉大なる第一発言者よ……先程は私の不手際で危ない所を助けて頂き、ありがとうございました。」  
 王は、よいと短く答える。使命を忘れ淫魔と化した少女の口から、じゅぽんと場違いな音を立てて無造作に触手が引き抜かれた。  
「んむむむむぅっ!?がはっ!げはっ!げほっ!!え゛ほっ!え゛ほっ、え゛ほ……」  
 咳き込む度に半開きの口から白い液体が零れる。お預けを食らった少女は信じられぬといった面持で、あうあう唇を戦慄かせた。  
「ぇぁ……?あぁ……しぇいえひ……わらひの、しぇいえひ……」  
 少女は遠ざかる触手を切なげに見つめ手を伸ばす。その緩慢な動作からは、つい先程まで死闘を演じていた戦士の面影は微塵も感じられない。  
大量の精液を孕みぽっこり膨らんだ腹を抱え、決して満たされる事のない渇きに突き動かされ、  
貪欲に触手だけを求め続ける―――その浅ましき所業は、見る者全てに餓鬼道に堕ちた亡者を思わせた。  
「まっへ……いかにゃいれ……しぇいえひ、もっろ、のましぇれ……ふぃにゅいぃぃいい〜♥!!」  
 膝を床についたままの姿勢で触手の方へにじり寄っていた少女が、突如形容し難い嬌声を上げる。  
人の体はここまで曲がるのかと驚嘆するほどに海老反って、びくんびくんと大きく痙攣を始めた。  
精液塗れの顔が、煩悶と、焦燥と、絶望と、恐怖と―――狂気を纏った愉悦に染まる。  
「はふぅ〜♥こ、こりぇ、クりゅぅ……キひゃうぅ〜♥あ、あいえひ、しゅわりぇへ……しゅわりぇひゃりゃ……  
はっひぃぃいい〜っ♥!キ、キた……キたぁ〜♥まりょ、まりょく、しゅわりぇ……はわわわわわわ♥」  
 少女の心を虜にした魔悦が急速に失われていく。  
 歪んだ思い人との哀しい離別。  
「ら、らめ……らめぇぇええ〜!!じぇんぶ……じぇんぶ、すっひゃ、らめぇっ!!しぇ、しぇいえひ、にゃいかりゃ……  
も、う……まりょく……にゃくにゃっひゃう……んっふぅぅ〜♥!いや……いやぁっ!!  
もっろ……もっろ、しゅっへぇ〜♥わ、わらひ、しゅわりぇへにゃいと……らめ、らめにゃにょ……  
うあぁ……おわっひゃうよぉ……じゅっと、しゅわれへ、いたいよぉ……お、おねがひ、しゅっへ……もっろ、しゅっへぇ〜♥  
あ、あしょこ……もっろ、ぐちゃぐちゃにしへぇ〜♥!もっろ、もっろ、わらひをイキまくりゃしぇへぇぇええ〜っ♥!!」  
 狂気に支配された憐れな淫獣に手向けの一撃。  
 
 きゅっっぽんっ!  
 
「くっひぃぃいい〜♥!!あっへぇぇええ〜♥!!」  
 一滴残らず愛液と魔力を吸い出したウツボカズラが力任せに引き剥がされる。がくんがくん……上半身が揺れた。  
淫部に食らい付き、ずっと真空状態を保っていたのだ―――その衝撃は想像するに余りある。  
事実、少女の恥丘はウツボカズラの口の形そのままに丸く膨らみ、レオタードを押し上げていた。  
快感が強烈過ぎて言葉が見つからないのか、少女は顎が外れるほどに口を開いて、喉をひゅうひゅう鳴らすのみ。  
「ぁ……ぅへ……ひぁ……」  
 
 ぐったり力を失って、顔面から固い床に突っ伏す少女。  
 がりがり石畳を引っ掻くグローブに包まれた細い指。  
 ぷるぷる震える高く突き上げられた張りのある尻。  
 くにゃり潰れて今にもはみ出そうな柔らかい乳。  
 しっとり白濁液に塗れ濡れそぼった碧の黒髪。  
 たぷたぷ揺れるはち切れんばかりの孕み腹。  
 ゆらゆら特大の絶頂の波にたゆたう意識。  
 
 抜け殻。  
 
―――ああ、眠りたい……もう何もかも忘れて―――  
 
「誰が寝ていいと言いました?」  
「んぎぃぃいいいいっ!?」  
 どろどろに煮詰まった脳みそが掻き混ぜられる。喉を襲う圧迫感。足が宙を蹴る。自分を見上げる妹の無表情。  
少女はようやく自身が触手によって、吊るし首にされている事に気付いた。首に巻きつく肉紐をめちゃめちゃに掻き毟る。  
だが、魔力を失い無力な女と成り果てた魔法少女に、どんな抵抗ができようか?  
「ぐ……ぁ……ぎ……」  
 少女の顔がみるみる鬱血する。虚しく空気を蹴っていた足から力が抜け、次第に抵抗が弱々しいものになっていく。  
無駄な足掻きを続けていた指も一本、また一本と活動を停止する。最後までいじましく抵抗していた腕がだらりと落ちた、  
「あ゛……ひ……イ゛っ……い゛ぃ゛」  
 しかし、罪深き少女に甘美な死への開放が与えられる事はない。忌まわしい禁呪によって、この此岸に縛り付けられているのだ。  
恍惚とも苦悶とも取れる表情を浮かべて、少女は痙攣する足を淫蜜で濡らす。  
 
―――悦んでいる……?  
 
 妹は苛立ち眉間にしわを寄せて、ぱちんと指を鳴らした。床から湧き出した触手が少女の手足に絡みつく。  
無慈悲にも、そのまま下へ向けて引っ張った。  
「ぁぐっ!!がぁっ……!ぃぎ……」  
 首を締め付けられ舌が押し出される。目は飛び出さんばかりに見開かれて、苦痛の涙を流す。そして、下も―――  
 
 じょろ……じょろじょろじょろ……  
 
 大量の水分を摂ったせいか、派手な失禁だった。恥も外聞もありはしない。少女は酸欠の脳で放尿を愉しんだ。  
池を作った黄色い液体が白い湯気を上げる。姉の惨めな有様を見て妹がかぶりを振った。  
「はぁ……埒が明かない。全く、こんなことされて悦ぶなんて……どういう神経してるんでしょう?」  
「う゛あ゛……あ゛ぁ゛……ぅ゛……かはっ!!げほっ!げほっ!ごほごほ……はぁ……はぁ……はぁ……」  
 やっと少女の首から触手が取り払われる。本能に素直に従い、少女は深く息をした。  
今更、生などに執着は無いが、これほど空気が美味しいと思ったことは無い。  
臨死に耽溺し、蘇生に高揚す。冥府の河でカロンと遊ぶ。  
少女は人目もはばからず、絶頂の余韻に浸っていた。  
「あふぅ♥ふわぁ……♥」  
 浮遊感が持続する。否、本当に浮遊しているのだ。少女は両手両足を触手に囚われたまま、空中で十字磔にされていた。  
毒々しいピンクの肉紐が手足にきつく巻きつき柔肌が肉惑的に絞られる。蜘蛛の罠に掛かり残酷な運命を待つだけの蝶が、そこに居た。  
美しい蜘蛛が蝶の切り札だった武器を器用に足で跳ね上げ、ぱしっとキャッチする。  
獲物を吟味するかのようにロッドの先端を、つぅ〜っと無様な腹の上を走らせた。  
「ふふん……いい格好ですね。知ってます?大昔、淫売は石で打たれたそうですよ。  
裁判なんてまどろっこしいことは止めにして、そうしてあげましょうか?  
ああっ!でも、痛めつけられるのが好きな変態なんじゃあ、嬉しいだけですよね?  
それなら……って聞いてないですよねぇ?」  
 少女は虚ろな眼で妹を見つめる。何の感情も感じられない―――ガラス細工の人形の目だ。  
 
―――そう、壊すだけなら難しくない  
 
 その時、小さな影が涙で霞んだ視界の隅を横切った。  
「あれ?この子は……」  
 妹の触手がリスに見えなくもない小動物を摘みあげる―――少女の使い魔は、スケベ根性剥き出しで主人の痴態を愉しもうとやってきたのだ。  
よっぽど驚いたのだろう……手足をばたばたさせて、きゅいきゅい泣き喚く。妹は興味深げに、しげしげと見つめた。  
「まだ生きてたんですね……うるさいし、とりあえず潰して……」  
 
「やめろ!!」  
 
 びくっ!妹は虚を突かれ、使い魔を取り落とす。見た目に違わぬ素早い身のこなしで即座に身を隠した。  
そろりと頭を上げた妹が見たのは、自分を睨め付ける姉の姿。  
 鳥肌が立つほどの苛烈な憤怒。妹はそれを思うさま全身で受け止め、歓喜した。  
沸き立つ感情を抑え語り掛ける。  
「ふ、ふふふふふ……お元気になられて何よりです。流石の色狂いもイキ飽きましたか?」  
「黙れ!決してそいつには手を上げるな!もし、傷つければ、もはや妹とは思わぬぞ!」  
 
―――そうだ……壊すだけじゃ、だめなんだ……  
 
 激昂する少女と狂喜する妹。ずっと噛み合わなかった歯車がくるくる廻る。  
対照的な姉妹は初めて魂を露にして角付き合わせようとしていた。  
「ふふんっ!変態の妹なんて、こっちから願い下げです。いつもいつも姉面が鬱陶しいなぁって思ってたんですよね♪  
いい年をして妹離れできずに、無理矢理好意を押し付けて……」  
「五月蝿い!!五月蝿い!!五月蝿い!!」  
 少女が大声で怒鳴った。大きな音で覆い隠してしまえば、不愉快な妹の言葉などなかった事にできると、信じているかのように。  
 少女の声だけが広い空間に虚しく響く。姉は生まれてこの方、『妹』を怒鳴りつけたことなどなかった。  
反響する自身の取り乱した声が耳に入り、頭に昇った血が次第に冷めていくのを感じる。  
少女は恥じ入っていた。  
 最愛の友が最愛の妹に殺されそうになる悪夢のような光景を目の当たりにして、我を取り戻し、同時に我を失った。  
あの時、怒鳴っていなければ使い魔は縊り殺されていただろう。  
それでも、少女は怒りにまかせて妹を叱りつけた浅慮を慙愧する。元はと言えば自分が悪いのだ。  
 懊悩する少女に対して、妹はどこ吹く風といった様子だ。いや、むしろこの状況を心底愉しんでいるように見える。  
「うるさい?あっははははははは♪おもしろ〜い!あんなに激しく『イクイク』叫んでた人の言う事じゃありませんよね?」  
「くっ!あ、あれは触手のせいで……」  
 痛いところを衝かれた。媚薬に狂わされていたとはいえ、先刻までの自分の痴態はしっかり覚えている。  
色香に惑い、矜持を忘れ、勝利の可能性を棒に振った。  
「なるほど……『触手のせい』ですか。ご自分は触手狂いの淫乱だと……」  
「違う!!触手の出した媚薬だ!媚薬のせいで私は……」  
 そうだ、あの精液―――異常な味と匂い―――あんなものを口に挿れられれば誰だっておかしくなるに決まっている。  
私は、触手とこいつの卑劣な罠にまんまと引っ掛かってしまった。全く間抜けな話だ。  
「媚薬?ふうん……媚薬ってこれのことですか?」  
「っ―――!!」  
 どくんっ!胸が高鳴った。妹が手に持っているソレ―――モウセンゴケ―――  
こいつの媚薬のせいで、わ、私は、あんな……あんな、はしたない、真似を……  
「やめ、やめろっ!そ、そいつを私に近づけるな!ああん♥に、匂いが……いぃ……だめっ!  
卑劣な!こんなことをして恥ずかしいとは……はふぅん♥だ、だめぇ……これ以上は、おかしくなるから……  
あぁ……し、舌が勝手にぃいい……涎、止まらないよぉ♥ひ、ひきょう……ひきょうものぉ♥」  
 触手は少女の鼻先に突きつけられたまま動こうとしない。少女は始め、息を止めて無視しようと無駄な抵抗を試みたのだが……  
再び発情するのにさほど時間は掛からなかった。少女は触手に磔られたまま、切なそうに内腿を擦り合わせて身悶える。  
恥知らずにも無意識に舌が伸びてしまうが、そうすると触手は引っ込んでしまう。これでは蛇の生殺しだ。  
甘い匂いを嗅いでいるだけで子宮が熱くなる。なにもされていないのに愛液の分泌が止まらない。  
「もう……だめ……イっ……」  
 少女が頤を上げ、敗北の絶叫を響かせんとした瞬間、触手があっさり離れて行った。  
お預けを食らい、物欲しげな吐息を漏らす。  
「あ……あぁ……そんな……ああ……」  
 体の疼きを残したまま遠ざかる触手を見つめる少女の瞳が暗く澱む。  
なぜだ!なぜいつも邪魔をする!私は……私は、こんなにもお前のことを……  
 
―――これは、媚薬なんかじゃありません―――  
 
「えっ―――?」  
 妹の声で沈みかけた意識が表層まで浮上した。今、こいつはなんと言ったのだろう?  
妹はにこにこ微笑んで少女を見つめている。  
「くすっ……これはただの精液ですよ?媚薬効果なんかありません♪」  
「ば、馬鹿なっ!!そんなことあるはずない!だって匂いが……味が……」  
 あんなに美味しいのにという言葉を、すんでのところで飲み込む。  
「普通ですね。まあ、私は淫乱じゃありませんから細かい違いなんて分かりませんけど♪」  
「おのれ謀るか!?ただの精液で、こんな風になる……わ、け……」  
 勢いよく飛び出した少女の言葉が次第に消え入りそうになる。黒い疑念が少女の心を覆い尽くす。  
「ふふふ……気付きました?もし媚薬なら、なぜ私は何ともないんでしょうね?」  
「それ……は……ぐう……」  
 少女の頬が朱に染まる。その通りだ……もはや、ぐうの音しか出ない。黙り込んでしまった少女に妹が追い討ちをかける。  
「まあ、しかたないですよねぇ?淫乱にとって精液は媚薬と同じですものね♪  
お腹をぱんぱんにするまで飲むほど精液好きなんですからしかたありませんよね♪」  
「くぅ……」  
 俯いて恥らう少女の姿に興奮したのか、なんとなく妹の頬も紅い。  
嗜虐心に任せて獲物を嬲る―――ロッドで面白半分に、カエルの様に膨れた少女の腹を突っついた。  
「な、何を……ぁ゛っ……♥やめ……ぅ゛っ……♥き、気持ち……ぉ゛っ……♥」  
「あはははははは♪面白〜い!圧す場所で音が違うなんて、まるで楽器みたい♪  
じゃあ……思いっきり、ぶっ叩いたらどうなるのかなぁ〜?」  
 妹のふざけた口調が胃の腑から立ち昇る不快感に拍車をかける。内容が頭の中に入ってこない。  
「…………ぇ?」  
 少女の中で本能が警鐘を鳴らす。濁った思考が焦点を結ばず、色んな感情が浮かんでは弾けた。  
蒼ざめた少女の額に脂汗が伝う。やめろと叫ぶ制止の声は間に合わなかった。  
 
 妹のフルスイングは狙い違わず姉の孕み腹へ吸い込まれる。  
「そぅ〜〜れっ!!!」  
 
「うぐぅっ―――!!!!」  
 ぱっつんぱっつんの薄布に包まれた腹の表面が波打つ。胃を隙間なく満たす液体が不穏にうねる。もう、我慢できない……  
「ぅ……うぅ……ううぅ……」  
「あっはっはっはっは♪お腹がゴム鞠みたいに跳ねましたよ?笑えますね〜♪  
ははっ♪本当に人間なんですかぁ?さあ!もう一回……ん?………………え゛?」  
「うっぷ……うげぇぇええぇ〜!!」  
 凄まじい勢いで白濁液が逆流してくる。少女は口の端を引き締めて対抗したが、留める事ができたのは一瞬だった。下品な嗚咽。  
ダムが決壊し、胃液に含まれるペプシンの効果で多少さらさらになった精液が、白い滝となって降り注ぐ。  
女として、人として、失格にも程があるリバースは、腹を完全に空にするまで続いた。  
「え゛ほっ!え゛ほっ!はぁ……はぁ……すっきりしたぁ〜♪」  
 顔は精液と汗で塗れ見苦しいものであったが、表情は実に晴れやかだった。  
ずっと不快だった―――意識が朦朧としていたのは、なにも快楽の為だけではなかったのだ。  
少女はただただ、酒を呑み過ぎて、あえなく戻した直後のような何ともいえない幸福感に酔いしれていた。  
 もちろん、足元から立ち昇るどす黒いオーラに気付く由もない。  
「ずっと気持ち悪かったからな……はぁ、助かった。礼を……む?」  
 どこからか、『ゴゴゴゴゴ……』という低い地響きが聞こえてくる気がするようなしないような。  
腕を拘束されているので、涙を拭うことができずぼやけたままだった視界が、ゆっくりゆっくりクリアになってくる。  
 
 姉が盛大に吐き出した精液塗れの妹。  
 
「あっ…………」  
 
―――こ れ は ま ず い―――  
 
 小さな肩が小刻みに震えている。とりあえず何か声をかけねば、と慌てふためいた少女の口から飛び出たのは、  
少女自身が無かった事にしたくなるほど間の抜けたものだった。  
「わ、悪くない……ぞ?妙に艶っぽくて……」  
 
 ぴきっ!  
 
 妹の肩が、びくっと大きく震える。ぴりぴりした殺気が少女の肌を伝う。  
なんとかせねばと焦る少女は、墓穴の奥底でさらに墓穴を掘った。  
「ほ、ほら!お前の服は白いし!肌も白いし!精液も白い!白の三乗だっ!!」  
 
 びきっ!!  
 
 俯いたままの妹の体が一瞬、触手の王より大きくなったような気がした。  
 あ、あれ?私は何を言っているんだ?急いでフォローせねば!  
光の速さでフォローせねば!取り返しのつかぬ事になってしまう!  
 少女の悲痛な祈りを無視して、一触即発の空気にそぐわぬ能天気な野次が聞こえてきた。  
赤熱する高炉に流し込まれるニトログリセリン。  
 
「う〜ん……惜しい!超惜しい!」「そうだな。白いコスチュームに精液は映えない……」「いや、これはこれで悪くないぞ?」  
「どっちにしろお仲間だしなぁ〜どうでもいいや……」「ドウデモイイ。ドウデモイイ。」「おっぱい!おっぱい!」  
 
 おのれ!色道の風情を解せぬ俗物どもめが!  
卑怯でアワレで汚い触手―――バラバラにしても飽き足らぬ!  
この世界の理を教えてやろう!  
それは、私の妹は何をやっても世界一可愛いという事だ!!  
さすがに妹は格が違うという事だ!!  
「あんなの気にするんじゃないぞ!お前はエロい!可愛い!エロ可愛い!!エロと可愛さが両方備わり最強に見える!!」  
 
 ぶちっ!!!  
 
 おかしいな?周りが急に暗くなった気がする……太陽に雲が掛かったのだろうか?  
私の判断に間違いはない。今のフォローは秋葉原の職質並みに完璧だったはずだ。  
 なのに、なぜ、寒気が、するの、だろう?  
 
「んふ、ふふふ……うふふふふふふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……」  
 
 地を這うような低い笑い声が忍び寄る。あまりにキーが低すぎて少女は始め妹の声だと気付かなかった。  
背筋にぞくりと怖気が走る。わけもわからず鳥肌が立った。  
 妹がゆっくり顔を上げる。にこぉ〜♪と愛嬌たっぷりに笑っている妹を見て、  
姉はがくがく震えていた。  
 
―――あ……めちゃめちゃ怒ってる―――  
 
 髪から滴る精液を拭いもせず、微動だにしない妹。能面の様に固まった笑顔がこれほど怖いとは思わなかった。  
かちかち奥歯を鳴らしながらも、少女は勇気を振り絞って口を開く。  
「あの……その……なんだ……要するに、だ……お前、風呂入ったほうがいいぞ?」  
 
 ウルサイ ダマレ  
 
「はい。黙ります。」  
 全く抑揚のない平坦な重低音が飛びっきりの笑顔から発せられる様に、笑ってしまうほどの恐怖を覚える。  
手も足も動かせはしないのに、少女はなぜか自分が『気をつけ』の姿勢を取っているという奇妙な感覚に陥った。  
凍てつく冷気―――流石に触手たちも空気を読んだのか、議場は静寂に包まれている。  
針を落とせば響くとはよく言ったものだ。実際、床にぽたりと落ちて弾けた冷や汗の音が、やけに大きく聞こえる。  
 嫌な膠着状態を打ち破ったのは、やはり妹だった。  
「さて……」  
 小さく呟いたのを合図に妹の全身が眩しく輝き始める。少女は観念してはらはら涙を流した。。  
 
―――ああ、私、死ぬな―――  
 
 ふっ……思えば儚い人生であった。もし、『吐かない人生』であったのならば、幕引きはもう少し後だったろう。  
さようなら私。さようなら妹。さようなら友。さようなら治くん。さようなら東京ビッグサイト。  
こんな仕事をしているのだ。いつかは刀折れ、矢尽きる時も来よう。戦いの中でしか生きられぬ愚か者の宿命だ。  
それにしても『死因:妹の頭目掛けてリバース』とは、なんとも締まらぬ結末だった。  
ふふふ……まったく即死イベントとは、どこに転がっているかわからぬものだな。  
小さかった頃、「世界の半分をやろうか?」と問われて、即座にYesを選んだ時の事を思い出す。  
あの時は、開いた口が塞がらなかった……子供の純真を弄ぶなど、万死に値する。  
 むぅ……なぜ、昔の思い出ばかり浮かんでくるのだろう?。  
浮き浮きしながら新品の制服に袖を通す妹。その日の帰り道に転んで、えぐえぐ泣いていた。  
勉強を見てやる時の申し訳なさそうな表情の妹。考え込んでいる隙に髪型を弄って遊んだ。  
一緒に風呂に入って背中を流し合った日々。湯船に浸かる時の声がおじさんの様だと言われて、ちょっと傷ついた。  
プールサイドで縮こまって恥らう妹。前の晩、こっそり一回り小さい水着とすり替えておいた。  
どんより落ち込んで「私、太ったと思いますか?」とおずおず聞いてきた妹。食べてしまいたいほど可愛かった。  
そ知らぬ顔で、少し痩せたんじゃないか?と答えたら、顔を輝かせてそそくさと部屋に戻った妹。  
迂闊にもドアを開けたまま、鏡の前で腰をくねらせてポーズを取っていたから、迷わず録画しておいた。  
喜ぶ妹、怒る妹、哀しむ妹、楽しむ妹、あんな妹、こんな妹、最新作の精液塗れの妹、何もかもみな萌え……じゃなくて懐かしい。  
 ああそうか、初めて見るが、これが走馬灯というものなのか。  
テレビの改編期によくある手抜きの総集編っぽいが、いい編集だ、悪くない。  
できればブルーレイディスクに焼いて売り捌きたい。むしろ私が買う。買い占める。あんな法律の事など知らん。  
 色々思うところはあるが、愛する我が妹の手に掛かって逝けるなら本望というものだ―――まあ、多少匂うのは、この際我慢しよう。  
 おお、父よ我が霊を御手に委ねます。  
はぁ…………せめてハードディスクの中身は初期化しておきたかったよ。  
 少女が脳内でこの世に別れを告げている間に、妹はさっさと仕事を済ませていた。  
光の中から姿を現した妹は―――  
「あ、あれぇ?」  
 綺麗になっていた……と言っても醜美云々ではなく清潔にさっぱりとしていたのだ。  
つまり、妹は変身を一旦解除して汚れを消し飛ばしたというわけだ。  
少女の悲壮な覚悟は、予約購入するエロゲを決断する時の様に真剣なものだったが、同程度に不毛なものだった。  
少女は、そっと溜め息を吐く。  
「た、助かった……」  
「くすくす……いいえ……まだまだ、これからですよ……」  
 思わず口を吐いて出た独り言に突然言葉を返され、少女の肩がびくっと震える。  
本来なら集中していても聞き取れるかどうかという小さな声だったが、不思議と冷たく透き通った風を纏っていた。  
まるで首下にナイフを突き付けられている様な気分だ。悲鳴を堪えて恐る恐る顔を上げる。  
妹は少女に背を向け、触手の王に頭を垂れていた。低い轟音が空間を震わせる。  
「新たに加わりし者の告発を受け、裁判を執り行なう。  
この度は略式であるので、選出儀式無しにわしが裁判長を勤めるが、依存ある者は?」  
 普段ありえぬ協調性を示し、異議なしと声をそろえる触手たち。しばしの沈黙の後、妹は振り返り声を張り上げた。  
今度は打って変わって甲高い大音量が議場に木霊する。。  
「皆様方、長らくお待たせいたしました。全ての準備は、ここに整いました。これより審理に入ります!」  
 静まり返っていた議場が、轟々たる触手たちの歓喜に満たされる。妹は、しばらくざわめきが鎮まるのを待ってから続けた。  
「裁判長閣下、並びに陪臣の方々へ申し上げます。私がこの場を借りて、証明したい事実は三つございます。  
ひとつは、この者が淫乱であること。  
ひとつは、この者が我々触手に対し妄執を抱いていること。  
最後のひとつは、この者に第一発言者を殺害する気など始めからなかったこと……」  
 は?お前は何を言っているんだ?少女は唖然とした。  
「即ち、この者は自身の欲望を満たすべく、我々に囚われる事を意図して第一発言者の御身に凶刃を突き立てたのです。  
これは人の道に反するのみならず、太古より連綿と続く触手の伝統をも腐敗させる罪深き行為です。よって私は国法に従い……」  
 蚊帳の外に置かれたまま話を進められ、憤懣やるかたないといった風の少女。  
 
ついに堪忍袋の緒が切れたのか、妹の口上を遮り大声で怒鳴った。  
「おい!何を有ること無いこと勝手に言っておるのだ!?欲望?淫乱?わざと囚われただと?馬鹿も休み休み……ぐぁっ!?」  
 全身を襲う激痛で少女の言葉が強制的に中断される。両手両足を拘束していた触手が締め付けを強化し、外へ向けて引っ張ったのだ。  
足が開かれ大の字の状態で固定される。全ての間接が脱臼しかねない程の剛力に少女は悶絶した。  
魔力を失った今の少女はしょせん並の人間でしかない。僅かな抵抗も許されず無様に絶叫するのみ。  
「いぎぃぃいい〜!!や、やめ……あっがぁぁああ〜!!」  
 どことなく色を含んだ悲鳴をバックに、朗々と告発は続く。しかし痛みが激しくて、少女の耳には妹の声が途切れ途切れにしか聞こえない。  
「……よって……が妥当と判断し……また……であるといえましょう……故に私は……」  
 その間、たっぷりと悲鳴を搾り取られた少女は気絶することもできず、ぐったりうなだれた。  
「……罪の適用を求めます。以上です。」  
「ふむ……まず、被告に告げる。この場では不規則発言は認めない。厳正に対処するからそのつもりで……」  
「ふ、ふざけ……あぁっ!!」  
 ぎりっ……再び触手が四肢を強く引き始める。哀れな女囚には口で抵抗する自由すら許されていなかった。  
「くっ!わかっ……た……従う……」  
 茶番劇だ……裁判長が触手なら陪審員も触手、検事は触手ではないが少女を憎む妹であり、当然のように弁護士は居ない。  
これは裁判とは名ばかりの自分を辱め嬲る為の時間なのだと改めて認識させられた。屈辱を噛み締める少女に、王が問いかける。  
「よろしい。では、問おう。被告は告発内容を認め、罰を受けるか?」  
「罰?罰だと……?世迷言を!私は魔法少女だ!魔法少女は人に仇成す魔物を殺す為の存在だ!!」  
「なるほど。この者の申し立ては全て不当だと?」  
「言うまでもない事だ!たとえ魔力を失い、手を失い、足を失っても、貴様らだけは殺してみせる!」  
 どうせ、何もせずとも弄ばれることに変わりはない。ならば、せいぜい足掻いて連中を掻き回してやろう。この生き地獄で暴れてやろう。  
どうせ一度は捨てた命なのだ。万に一つ、何かの拍子に瓢箪から駒が飛び出さぬとも限らぬ―――  
半ば達観した様子の少女ではあったが、最期まで希望を捨てるつもりはなかった。  
「なかなか威勢のよいことだ……では、論証を始めよ。」  
「はい。まずは皆様、これをご覧ください。」  
 妹がロッドを掲げる。やはりそう来たか……少女は悔しげに臍を噛む。ここに来て、嫌な予感は的中した。  
わざわざ危険を冒してまで、敵の魔道具を持ち歩く理由など、そうは無い。  
ロッドから放たれた光線は大理石の壁に像を結び、内部に保存されている記憶を映し出した。  
スクリーンの上で少女が戦っていた。触手はもちろん、サイクロプスや大蜘蛛、オークにゴブリンにスライムに……  
少女が経験してきた、ありとあらゆる戦闘の記録が再生される。おおっと触手たちの間から歓声が上がった。  
華麗なコスチュームに身を包み、醜悪な怪物を蹴散らすその姿は、同じ立場の怪物の目から見ても美しく感じられたようだ。  
「ご覧の通り、これは被告の持ち物です。このロッドを証拠物件のひとつとしたいのですが……」  
「許可しよう。」  
「ありがとうございます。では、さっそく……」  
かくして恥辱の上映会が始まった。怪物に無様に敗北しぼろぼろになった少女が、スライムにコスチュームを溶かされて赤面し、  
触手に乳首を舐められて潮を吹き、サイクロプスに秘裂を裂かれて泣き叫び、ゴブリンに不浄の穴を責められて悶絶し、  
大蜘蛛に磔にされて恐怖に怯え、オークに精液塗れにされて陶然とした表情を浮かべ―――ありとあらゆる過去の陵辱が再現される。  
 憎い姉を思う存分辱めることができて、妹はさぞや満足かと思いきや、どういうわけか不満顔であった。  
なぜならば、赤面して屈辱に顔を歪める筈であった当の少女が、自分の痴態を豪胆に真っ直ぐ見つめてポーカーフェイスを貫いているからだ。  
妹はあからさまに蔑みの表情を作り、少女を詰った。  
「ふん!流石に淫乱は違いますねぇ!こんな所見られて恥ずかしいとも思わないんですから!」  
「妹よ、淫乱であるとはどのような人間を指すのか?」  
へ?と間抜けな声を漏らす妹。いきなり変な質問を投げかけられて、意表を突かれたのだろう。  
「被告のように色事しか頭に無い人の事ですが、何か?恥を恥とも知らず、常に恥ずかしい事をされることを望む、まさに被告の事です。」  
「なるほど、そうか。ところで普通の女性は触手に犯されることを望むだろうか?」  
 
 何を馬鹿なという様子の妹に対して、少女は真顔だった。  
「恥ずべき行為です、当たり前じゃないですか?当然、望まないに決まっています。淫乱の価値観と一緒にしないでください!」  
「ほう……価値観が違うと。では、普通の人なら恥と感じて望まぬ事を望むのが、お前の言う淫乱なのだな?」  
 妹は苛立たしげに眉をひそめる。  
「はぁ?他に意味の違う淫乱があるんですか?さっきから私を馬鹿にしてるんですか?」  
「さて妹よ、もう一つ答えてもらいたい。それはお前が私をここに引っ張り出した理由に大きく関わる事についてだ。  
さて……確かに私は触手に敗れ捕囚の辱めを受ける事もあるが、それは故意になのか、それともその積もりなしになのか?」  
 大真面目な口調―――その表情からは、全く考えが読めない。  
「故意に、と敢えて私は主張する。はいはい、これでいいですか?」  
 馬鹿にしたように、姉の堅い口調を真似する妹。少女はおどけた口調で言った。  
「驚いたな、我が妹よ。お前はそんなに若くて年上の私に物を教えてくれるほど賢明なのに、こんな単純な矛盾に気付かないとは!」  
「な、何がです!?」  
 突然の姉の変容に毒気を抜かれた妹は、素で返事をしてしまう。少女はにやにや笑いながら続けた。  
「まず排中律によって、私が『触手に犯される』事について、『恥ずかしく感じる』か、または『恥ずかしく感じない』かのいずれかだ。  
もし、お前の言うところの『淫乱』である私が、恥ずかしく感じるのであれば、『淫乱』と価値観の違う普通の人は、  
恥ずかしく感じないと言う事になる。となるとだ、これは普通の人が『触手に犯される』ことを恥と思い望まないという事実に反する。  
ところが一方、もし私が恥ずかしく感じないのであれば、『恥ずかしい事をされる事を望む』のが『淫乱』であるとお前は言っていたのだから、  
私が触手に捕まり犯されたのは望んだことではないという事になる。これは、私が『故意』に捕まったという主張に反する。」  
 妹は間抜けにぽかんと口を開けて絶句していたが、姉の口車に乗せられてはならじとばかりに言い返した。  
「な、何を言って……被告は淫乱だから恥ずかしい事をされるのが好きで、だから、触手にわざと捕まって……え〜と、  
普通は淫乱とは逆だから、恥ずかしくないと感じて、触手を捕まえて犯して……あ、あれ?」  
 混乱している―――注意深く聞けば、単なる詭弁だという事に気付いただろうが……  
姉は磔のまま踏ん反り返って、勝ち誇った。  
「従ってお前は両者いずれの場合においても嘘を吐いている事になるぞ?故に、私は淫乱でないか、若しくは故意ではなかったという事だな!」  
「くっ!いつもいつも私を馬鹿にして!そういうところが大嫌いなんですっ!」  
 悔しげに歯噛みする妹を見て少女は不適に笑う。体が自由にならないからと言って、なにも触手どもの狙い通りに踊ってやる義理などない。  
ならば、せいぜい場を掻き回してやれと、思いつきで滅茶苦茶な事をしゃべってみたが、予想以上の効果だった。  
しめしめ……この調子で遊んでやろう。上手くすれば魔力が回復するまでの時間を稼げるやも知れぬと、少女が皮算用を始めたその時だった。  
「なんです!?その顔は!?ふんっ!いい気でいられるのも、ここまでだって教えてあげますよ!」  
 妹が軽くロッドを振ると映像が切り替わる。激しい戦いと陰惨な陵辱の場面から、静止した場面……どこかの部屋だろうか。  
漫画や雑誌、ビールの空き缶、空になったコンビニ弁当や菓子袋、脱ぎ散らかした下着に皺だらけのブラウス、埃を被った小さな鏡台、  
壁には歪んだポスター、無骨な事務机、その上には高そうなパソコンと二頭身の可愛いフィギュアが、ちょこんと乗っかっている。  
自堕落という表現を地でいくような女性の部屋―――  
「んなっ!?」  
 少女の目が驚愕に大きく見開かれる。あれ?どこか見覚えが……というか自分の部屋だ!  
てっきりムキになって反論してくるものだとばかり考えていたのだが、完全に想定外だった。  
まさかこんな搦め手で来るとは……汚いなさすが妹きたない。  
 
『らんらんるー♪らんらんるー♪めれとす♪りゅ〜こん♪あにゅ〜とす〜♪』  
 
 間抜けな鼻歌だ……録音された自分の声に違和感を感じるのは、骨伝導で鼓膜が震えた音を普段聞いているからだそうだが、  
これは誰が聞いても間抜けだろうな。ははは……人の目が無いと、私はついやっちゃうんだ。  
『おいしー♪おいしー♪どくにんじ〜ん♪いたいよ♪ぽんぽん♪ぽんぽんいたい〜♪  
はっはっは!ついにねんがんのアペンドディスクをてにいれたぞ!!』  
 
 少女がフィギュアスケートの選手のように、くるくる回転しながらフェードインしてきた。  
 
床に散らばるゴミを派手に蹴散らして机の前まで来ると、片足を高く上げてポーズを決める。  
スカートの中身を全開にしたまま優雅に腕を伸ばし、ぽちっとパソコンの電源を入れた。  
「待て!ちょっと待て!」  
「なんですか?被告?」  
 スクリーン上の少女は恥ずかしいポーズのまま一時停止された。スクリーン前の少女は涙目で真っ赤になっている。  
本物のスケート選手に勝るとも劣らぬプロポーションの少女が、薄汚い部屋で踊っている様はシュールとしか言いようが無い。  
「何のつもりだ?いじめか?嫌がらせか?両方か?」  
「は?何のことでしょうか?わけのわからない事を言う人はほっといて、先に進めましょう♪」  
「ちょっっ!おまっっ!」  
 そして時は動き出す。だらだら変な汗を流す少女を尻目に、羞恥の上映会は再開された。  
パソコンが起動するまでの間、手持ち無沙汰だったのか、少女は奇声を上げて無意味な演武を開始する。  
『てぇい!えやっ!ほぁっ!はちゃあ〜!!』  
 鋭い拳を撃ち、強烈な蹴りを放つ―――常人ならば目で追うのがやっとの速度だが、超絶技巧の寸止めで部屋の物には傷ひとつない。  
無駄な技術を駆使して無駄な体力を使う少女は、パソコンの起動音を合図に椅子に飛び乗った。  
『我々は三カ月待った!!』  
 少女はもどかしげにディスクをセットすると、ヘッドホンを着ける。マウスのクリック音と少女の鼻息だけが辺りに響いた。  
少女の頭で画面は見えないが、いかがわしいゲームをプレイしている事は間違いない。なんとなれば―――椅子がぎしぎし揺れているのだから。  
 
「ああ、なるほど、こういうことか……」「コレは恥ずかしい!恥ずかしすぎる!」「いや、恥ずかしいというよりイタイだろ、コレ……」  
「もし俺だったら、三年は行方をくらますな……」「イタイ……ハズカシイ……ワルクナイ……」「おっぱい!おっぱい!」  
 
『はぁはぁ……はぁはぁ……はぁはぁ……』  
 荒い息と同調して、クリック音のペースが速くなる。現実の少女の心臓も、早鐘のように高鳴った。  
「はい、この通り♪被告は一日に少なくとも10回はオナニーするそうです♪」  
「おい、やめろ!馬鹿っ!やめろっ!お前、本当にやめろ!……というか私がやめろ!人間をやめろ!」  
 少女の悲痛な願いが天に通じたのか、スクリーンの少女は本当に動きを止めていた。  
立ち上がり、なぜかしげしげとディスプレイを覗き込んでいる。スカートが捲れあがっているので、本来なら下着が丸見えなのだが、  
ちょうど背もたれが邪魔になってこの視点からは見えない。ちっ!ちっ!という苛立たしげな舌打ちが議場に広がった。  
『むぅ〜?テキスト……削られてないか……?』  
 少女が怪訝そうな声で呟く。なにやら、ゲームに不満があるらしい。クリックのカチカチうるさい音が、次第に大きく乱暴になっていく。  
『む!むむむむ……むむむむむむむ!!』  
 まるで拾い食いして腹を下した子供のごとき珍妙な唸り声を上げ―――  
『なんじゃこりゃあぁぁああ〜!!!』  
 ヘッドホンを放り投げて叫んだ。どうやらゲームは地雷だったらしい―――とその時。  
 こんこん  
 
 突然、ノックの音がした。少女は慌てふためき、ディスプレイの電源を消そうとして―――  
『わっ!はわわわわわわわっっ!!』  
 ヘッドホンのコードが腕に絡まってプラグが抜けてしまった。スピーカーが大音量であられもない喘ぎ声を垂れ流す。  
少女はしばらくの間、ムンクの絵そのままに固まっていたが、再度のノックに我を取り戻し音量を急いで絞った。  
ほっと溜め息をひとつして、ドアの方へ向かおうと体を捻った瞬間―――  
『ああ!わかったわかった!すぐに……がっ!!』  
 足の小指を机の脚にぶつけてしまった。短い悲鳴を上げたが、大した事はなかったようだ。  
そのまま何事もなかったかのように少女はドアを開ける。  
『やあ、こんにちは。何か私に用かな?』  
 少女は満面の笑みで快活に語りかけた。さり気なく、部屋の中を覗けないように位置取っている点は見逃せない。  
『は、はい、あの……寮長先生がお呼びです……』  
 どことなく気弱そうな女子の声―――妹だ。  
『そうかっ!知らせてくれてありがとう、妹よ!』  
『それで……あの……さっきの……』  
『ん?何かな?』  
 
 少女が全く表情を変えず明るい声で問いかける様は、なぜか非常に不気味だった。ならば実際に相対している妹の恐怖はいかばかりか?  
 似た者姉妹だな……という声がどこからともなく上がった。  
 
『その……変な声が……』  
『んん?よく聞こえないなっ!何かな?』  
『だから……声……』  
『声?何も異常はないぞっ?声帯は今日も快調だっ!オペラだって歌ってみせるっ!』  
『………………いえ……何でもありません。失礼しました……』  
『うんっ!!また後でっ!!』  
 
 ぱたん……とドアが閉まった。少女は遠ざかっていく妹の足音が、完全に聞こえなくなるまでじっくり待って―――  
『くぅううぅ〜〜……ううぅ〜〜……』  
 足を抱えてゴミだらけの床を、ごろごろ転がった。どうやら、ずっと痛みを我慢していたらしい。なんだかとても切ない光景だ。  
 
 ごんっ!  
 
 今度は壁に思いっきり頭をぶつけた。少女は呻き声すら上げず、ただ頭を抱えて蹲っている。  
自分の部屋で、独りのたうち回っている哀れな姿は見る者の涙を誘う。  
 
「ああ……あるな。凄く悲しくなるよな……」「自分が情けなくて泣けてくるんだよな……」「自分が恥ずかしくなってくる……」  
「なんて残酷な映像なんだ!俺たちにはこんな非道な真似、出来ないぜ!」「アルアル、アルアル……」「おっぱい!おっぱい!」  
 
 少女はすっくと立ちあがり手の甲で涙を拭うと、しょんぼり肩を落として呟いた。  
『はぁ……しかたない。こうなったら、いつもので……』  
 そのまま少女はスカートのホックに手を掛け―――  
 
「待て!待って!待ってくれぇ!……い、い、異議あり!異議ありっ!!」  
「異議を認める。」  
 不満顔の妹は、ちっと舌打ちして映像を止めた。切羽詰った表情の姉は、こほんと咳払いして口を開く。  
 
「よろしい。妹よ、では私はこれから弁明を行わねばならぬ。  
そうしてお前がにわかに私に対して抱いている所の疑惑をお前から除き去る事を試みなければならぬ。  
そうして私は我が弁明によって何らか相当の効果を収めん事を希望する者である。しかし私は、これは難事であると思う。  
私はけっしてこのロッドの性質を誤測するものではない。いずれにもあれ、事実をして神の御意のままに成り行かしめよ。  
とにかく私は良心に従い、そうして弁明しなければならない。私たちはまず出発点に帰り、  
そうして私に対する誤解を喚起せる罪状は何であるかを問うことにしよう。それではお前が私を誹謗するところは何であるか。  
 私たちはまず、お前を普通の告発者とみなして、訴状を読み上げなければならぬ。  
曰く、『私は淫乱であり、一日に少なくとも10回自慰をする。』とのことであるが、これは明らかに事実に反する。  
10以上という数字はあくまで平均すればという意味であり、当然10を下回る日も存在するのである。  
さらに、この数字は健康的な女性であれば、さほど多いものではなく、じゅうぶん標準の範囲内に含まれるといえるだろう。  
むしろ10発程度なら誤射かもしれない。  
 次に『私が触手に執着している。』とのことであるが、これも事実に反する。  
確かに私が買うゲームには触手が多く登場する。しかしこれは魔法少女モノと分類されるゲーム全般に見られる傾向であり、  
私が触手に執心しているという批判は、刺身のパックを買う者を指して、刺身のつまが好物なのだと決め付けるようなものなのである。  
確かに我が国に於いて、触手エロ、いわゆるテンタクルモノの歴史は古く、葛飾北斎の『蛸と海女』は広く知られる所である。  
よって触手は成人向け漫画・アダルトアニメ・アダルトゲームにおいて定番の描写の一つであるので、  
この辺の事情に詳しくないお前が、私のことを触手好きと誤解しても無理はなく、恥じ入る必要などない。  
だが、真実は明らかにせねばならない。私はあくまで、これらのゲームを通じて触手を含めた怪物たちに対抗する戦術を研究していたのであり、  
全く邪な情念など存在しないのである。また、近年のゲーム業界の自主規制により、陵辱モノは絶滅の危機に瀕しており、  
近い将来、私の蒐集した資料には非常に貴重な付加価値が……」  
 
「さて、皆さん♪続きを見ていきましょうか♪」  
「無視かぁっ!!!」  
 残念な事に、少女の一世一代の弁明は妹に何の感銘も与えなかったようだ。スクリーン上の少女が活動を始めた。  
スカートがはらりと落ち、デフォルメされたクマがプリントされた可愛い下着が衆目に曝される。正直、誰の目から見ても似合っていない。  
少女はいそいそと椅子に座ると、マウスを操作して隠しフォルダを開いた。カーソルが踊る。  
『これか?これか?こっちの方がいいか?』  
 矢継ぎ早にファイルがいくつか開かれた。少女はにやけて、和むなぁ、可愛いなぁ、などとぶつぶつ呟いている。  
 
「ふふふ……何を見てるんでしょうね?さあ、拡大してみましょう♪」  
「やめろ!後生だからやめろ!そんなこと誰も得をしないから!絶対不幸になるからっ!不幸の手紙65536通分だから!  
もし、屈斜路湖のクッシーが生き残りが自分しか居ないということに気付いたらどうする!?可哀相だろ?知らない方がいいこともあるんだ!  
この世には科学で説明できないこともあるんだ!あなたの知らない世界なんだ!ネットの海は広大なんだ!全てはプラズマで説明できるんだ!」  
 半分泣いている少女の訴えを無視して、ディスプレイが拡大される。そこに映し出されたものを見て、妹は絶句した。  
「な゛っ―――!!」  
 なぜなら、画面の中で自分自身があられもない格好をして恥ずかしいポーズを取っていたのだから。  
『う〜ん……どこもおかしくありません……よね……』  
 半裸の妹は呟いて鏡を覗き込んでいる。両手を頭の後ろで組んで胸を反らせたり、二の腕で胸を寄せてみたり、下から持ち上げてみたり……  
下には初々しく慣れない手つきでブラを着ける中学生の妹が。その横では、小学生の頃の妹が膝を擦り剥いて泣いている。  
他にもスクール水着の妹や体操着姿の妹、勉強中に居眠りして涎の池に突っ伏す妹、扇風機の前で、あ゛〜とやっている妹……  
どこからどうみても隠し撮りのオンパレード―――その名も『哲学としての魔法少女;あらゆる時代の発展の記録』フォルダ。  
『はぁはぁ……癒されるなぁ……萌えるなぁ……ふふっ♪妹萌えは人類が生み出した文化の極みだよ……  
あぁっ!そんなに大胆にっ!まるで、見せ付けるようにっ!せくしーにっ!……ふっふっふ……我が妹ながら末恐ろしい……』  
 シスコンだ……へんたいだ……という囁き声が触手たちの間から巻き起こる。姉も妹も顔面蒼白だった。  
姉の奥歯が、さっきからカチカチ鳴っている。妹のロッドを握る手は力が篭りすぎて、ぶるぶる痙攣している。  
グローブで隠れて見えないが、血の気を失った指先は真っ白になっていることだろう。  
 
 びしぃっ!!!  
 
 凄まじい量の負の魔力が辺りに充満し、大理石の壁にヒビが入る。魔王ルシフェルも裸足で逃げ出す凄まじいプレッシャー。  
 姉は、がくがく震えている。  
 妹は、わなわな震えている。  
「おい、被告。」  
「はい、私は被告です。」  
 やさぐれた妹の口調に、恐怖でおかしくなった少女は中一英語の例文みたいな文法で返答した。  
「説明しろ、被告。」  
「はい、被告はあなたに説明します。」  
 こほんと咳払いをひとつ。  
 
「我が妹よ。お前がロッドの映像からはたしていかなる印象を受けたか、それは私には分からない。  
が、ロッドの映像はとにかく私をして殆ど私自身をさえ忘れさせた程であった、それほどの説得力を以って映像は語ったのである。  
それにもかかわらずロッドは一言の真実をも語らなかったといってよかろう。少なくとも、幾分かの誤解をお前に与えたようだ。  
しかも解釈の困難な映像を見て、触手どもが吐いた多くの虚言のうちで、なかんずく私を驚かしたひとつの事がある。  
すなわち連中が私の事をシスコンと言ったことがそれである。なぜといえば、私が口を開いて自らシスコンでない事を示せば、  
奴らの戯言は立ち所に実証によって私の覆す所となるべきにもかかわらず、なおこの言を為して自ら恥じなかったという事は、  
彼らの最も無恥なる点と私には見えたからである。  
もとより連中とは別様の意味に置いて私は一種のシスコンであることを認めてもよい。  
 今から申す通り、触手どもはほとんど一語も真実を語らなかったと言ってもいい位であるが、  
これに反してお前は、私の口からは、全真相を聴くであろう。もとより、お前が私の口から聴くべきところは、  
神かけて、麗句と美辞とを以って飾られた巧妙な演説ではない。それは無技巧に漏らさるる言葉である。  
けだし私は私が語る所の正しきを信じている、従って我が実の妹といえどもそれ以外の事を期待してはいけない。  
 さて、その為にはまず『妹萌え』とは何か?という点についてはっきりさせておく必要があるだろう。  
『妹萌え』とは最も古くから知られる『萌え属性』の一種であり、漫画・アニメ・ゲーム等のメディアで広く扱われてきた。  
『萌え属性』とはこの場合、作品中に登場する様々な妹キャラから、  
『姉を慕い、甘える妹』『自分ひとりでは何もできない妹』『自分の事をお姉ちゃんと呼ぶ妹』  
等の萌えを喚起する本質的な部分を抜き出し、ラベリングした物と考えてよい。  
これら『妹としての属性』そのものが大いに保護欲をくすぐり、私をして「妹萌え!」と言わしめるのである。  
 言わば、ここで私が言う『妹』とは一種の記号であり、実在の妹、すなわちお前とは別の存在なのである。  
それに対し、『シスコン』とは実在の妹に対して劣情を覚える罪深い行為であり、私の『妹萌え』とは明らかに一線を画す。  
もちろん、これらの言葉の定義は一意的ではなく、私と触手どもそれぞれ解釈が違う事はいうまでもない。  
我々専門家にとっても、非常にデリケートな問題なのだ。故に一面的な情報に拠って結論を下す事は、全く以ってナンセンスな事なのである。  
然るに、『シスコン』だの『へんたい』だの『近親姦萌え』だのといったレッテル張りは完全に的外れ―――という訳でもない事も無い様な、  
気もするが、ここはあった事をマリアナ海溝に沈めてなかったことにしたいような、でも親しい人にはちょっとだけ開陳したいみたいな?  
 とにかく私の方があの触手どもよりは賢明である、なぜといえば、我々は、『シスコン』についても『妹萌え』についても  
何も知っていまいと思われるが、しかし、奴らは何も知らないのに、何かを知っていると信じており、  
これに反して私は、何も知りもしないが、知っているとも思っていないからで……」  
 
 ダ マ レ  
 
「はい。黙ります。」  
 かくして姉妹は考える事を止めた。  
 触手たちは珍しく空気を読んだ。読まざるをえなかった。  
 耐え難い沈黙が流れる。  
 
「…………………………」「…………………………」「…………………………」  
「…………………………」「…………………………」「ぉっ……………………」  
 
 嫌な均衡状態を破ることができたのは―――少女としては口惜しい事この上無いが―――触手の王の貫禄のお陰であった。  
王は月曜日の朝の気分並みに重い空気の中、コンクラーベの結果を告げる枢機卿を思わせる厳粛な口調で言う。  
 
「ふむ、よい趣味だ。ただの隠し撮りでは少々弱いが、実の姉が撮ったという所がそそるではないか。」  
 
「「ん゛な゛っ!!」」  
 
 少女のみならず触手たちも絶句した。重々しい声色と俗な内容、場合に寄ればそのギャップは笑いを誘ったかもしれない。  
だが、今のこの場はカンボジアの地雷原に匹敵する。空気が読めないにも程があると、誰もが思った。  
妹の肩が、ぴくりと動く―――案の定、核地雷が作動したのだ。  
 どんな僅かな刺激をも与えぬよう皆が息を殺す中、王はさほど気負う様子もなくあっさり口を開く。  
 からかう様に、おどける様に、重い声で。  
。  
 
「そこのお前……いや、被告よ。これが終わったら、わしにもコピーをよこせ。」  
 妹が、ゆらりと振り返った。ふらふら左右に揺れながら王の鎮座する議長席へ、かつーん、かつーんとヒールの歩みを響かせる。  
「くふ……くふふふふふふ……」  
 反響し、どこから発せられているのか知れぬ不気味な音に総毛立つ少女。議場に溢れる触手たちも不安げに萎れている。  
その空気が抜けるような音が笑みである事に気付いた時、少女の背筋は凍りついた。この笑い声を聞いたのは、これまでの生涯で二度だけ。  
一度は風呂で、もう一度はプールで私が妹に……いや、やめとこう。思い出すのもおぞましい。  
 妹は王の眼前でロッドを振り上げている。輝く宝玉が、ぎらぎら殺気を放つ。殺る気だ……本気で殺る気だ……  
少女は来る血の惨劇に備えて目を瞑った。触手たちは頑丈な机の下に隠れている。  
―――だから、その後の凶事に気付いた者は、誰一人としていなかったのだ。  
 
「躊躇うな。」  
 
 頭上からの低い囁きに、妹が動きを止めた。倦み疲れ、げっそりとやつれた顔を上げる。  
「やれやれ、一度誓いを立てたそなたは、既に我が眷属なのだぞ。なにを躊躇う必要がある?」  
「ふぇ?」  
 虚を突かれ、きょとんと首を傾げて泣き声の様な音を漏らした。その奇妙な音につられて少女が目を開ける。  
少女がこちらに気付いたのを見止めて、王は姉妹にだけ聞こえる小さな声で静かに語りかけた。  
魔が―――通り魔が妹の心の隙間を捉える。  
「人でなくなった者に、人としての情け容赦は許されぬ。さあ、断罪せよ……その者に本当に見せたい物は他にあるのだろう?」  
 容赦……?情け……?本当に見せたい物……?断罪……?  
こいつは何を寝ぼけた事を言っているんだろう?この見事なまでの虐殺っぷりが目に入らないのか。  
無視してもよかったが、この酷い現状を打破できればなんでもいいかと考え、とりあえず噛み付いた。  
「はっ!何を戯けたことをぬかすか!これ以上私のあんな事やこんな事を……  
もとい、乙女の秘め事を貴様らの慰みものにされて堪るものか!もしこのまま続けるというなら、いっそ……」  
「……そうですね。その通りです。」  
 妹の声があまりに小さかったので、もう少しで聞き逃す所だった。なぜかは分からぬがこれまでに数倍する悪寒が走る。  
何か変なスイッチが入ったのだろうか?妹は鈍く輝く目を据わらせてロッドを振った。  
「何を迷っていたのでしょうね……回りくどい真似をせず、初めからこうすればよかった……」  
 そこに映されたのは、白い泉に棲む黒い化生。  
 
『わ、私……知って……たんだ……』  
『私の、妹が……辛い目に、遭ってるのを……』  
『見たんだ……ぼろぼろの体で……廊下に蹲って、泣いてた……』  
『あの横顔が……瞼に焼きついて、離れなかった……凄く……凄く綺麗だったなぁ……あはっ、あはは……』  
『わ、私は……その記憶が薄れる前に……苦痛に歪む顔が消えてしまう前に……じ、自分を慰めようとして、あいつの部屋に入ったんだ……』  
 
―――な、に?―――  
 
『あはっ♪あいつの下着で、オナニーするの……癖になってるん……だ。あ、あいつのことなら、何でも知ってる。  
下着の色も、サイズも……あははっ♪あいつ、胸が先月より大きくなってた!あの衣装……気に入ってくれたかなぁ……』  
 
―――な、ん、だ?―――  
 
『何を使ってオナニーしてるのか、何時してるのか、どこでしてるのかも知ってる。だって、妹の部屋、あそこの匂いがするんだから。  
した後はいつも匂うんだ。わ、私、その匂いが大好きで、嗅ぐと気持ちよくなった。オナニーしちゃうんだ……あはははははは♪』  
 
―――なん、なんだ、これは?―――  
 
『私は妹を愛しているんだ。大好きなんだ。食べてしまいたいんだ。できる事なら、この手で抱き締めて、離してやらない。泣き叫ぶまで……』  
 
「……何か言いたい事、あります?」  
 妹がぼそっと呟く。  
 
―――それは……少女がこれまでに経験してきた陵辱が児戯に思えてくる程の……淫獄の幕開けを告げる声であった―――  
 
次回  
「少女の弁明」後編  
次々回  
“エンディング”  
 
 

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