第六章『宴』前編
『近年の著しい科学技術の発展が、我々の世界、即ち神秘学に大きな影響を与えている。
歴史上、神秘学と科学とは、互いに影響を及ぼしあい、共に発展してきた。
実際、古代ギリシャのピタゴラス学派の学徒にとって、数秘術と数学は同一の存在であったし、
近代に於ける原子説の台頭、いわゆる「ドルトンの背信」によって袂を別つまで、錬金術と化学は蜜月の関係にあった。
実例をいくつか挙げよう。化学の産物であるフッ化水素が、錬金術に於ける万能溶剤の主成分であることは良く知られている。
また、かのニュートンは錬金術の類い稀なる探求者であり、同時に神の忠実な僕であった。
事実、彼の論文は、大半が錬金術と神学に関する物で占められている。
科学と神秘学は並び立つ巨塔であったのだ。ところが近代を境にして、勢力図が一変する。
印刷技術の発展が書籍の普及を可能にし、大衆は容易に知識を得る手段を手にした。
科学の強みは誰にでも扱えるという汎用性と、同じ手順なら同じ結果を得られるという再現性にある。
関わる人間が多ければ多いだけ、知識は幾何級数的に増大する。
対して神秘学は知識を秘匿し、代々成果を受け継ぐことで洗練され、力をつけた学問である。
故に、いくら裾野が広がろうが、知識は算術級数的にしか増大しない。時代は明らかに科学の肩を持ったのだ。
科学はそんな不出来な兄弟を疎ましく思ったのか、次第に神秘学と距離を取り始めた。
科学者達は神秘学に関わる者をあからさまに侮蔑するようになったし、
我々は美学の無い卑俗な存在であると決め付け、科学の成果を頑迷に拒み続けた。
しかし、それでも科学、神秘学、両者の交流は地下で脈々と受け継がれてきたのである。
簡単に科学側の神秘学に対する貢献をいくつか挙げてみよう。
・バイオリズム理論(*1)による占星術の理論的裏づけ(論文[U]を参照。)
・精密な秤を用いた霊魂の存在証明(論文[ST]p.112)
・カメラ、サーモグラフィ等を用いた、対邪霊戦術の確立([Ir]pp.34-98に目を通せ。)
・観測機器等のツールの提供
・磁気テープを用いた呪霊の増殖法(論文[V]を参照。)
現代に於いて、科学の成果無しに神秘学の研究を行うことは、極めて困難であることが分かるだろう。
もちろん、神秘学も与えられるばかりではない。現代社会に於いて、むしろ神秘学の需要は高まっている。
超心理学、ナチスによる黒魔術の軍事転用、ダウジングを用いた鉱脈等の捜索、霊媒師による犯罪捜査、占星術を用いた政治決断……
どれも、科学だけでは解決が難しい問題である。神秘学が科学を欲するのと同時に、科学も神秘学を欲しているのだ。
さて、この章では科学的手法を用いた、最新の結果について触れることとしよう。
Bandelらの研究結果により魔力の反応量と体温の上昇は、ほぼ比例関係にあることがわかっている。([Ba]p.632)
触手は動力源の全てを魔力に頼っているため、サーモグラフィを用いることにより精密な観測が可能なのである。
まず、図A-1を見よ。これは教会所属のエクソシスト(Aとする。)を触手が捕食している場面の温度分布である。
対して図A-2は同触手がAの一卵性双生児(Bとする。魔力適正は無い。)を捕食している場面である。
明らかにA-1の方が温度が高いことが見て取れる。これは触手がBよりもAの方に興奮していることを示している。
実は、触手には大きな危険を冒してでも、戦闘能力のある女性を襲う習性があることが、古くから知られている。
この結果は、その不可思議な習性を解明する材料を与えているのだ。
ここで賢明な読者は、「触手は理性と狂気のあやかしであり、本来感情を持ち得ない」という事実との矛盾を感じるであろう。
触手は生まれた瞬間から魔力を消費し続け、尽きれば死ぬ。寿命が厳密に指定されているのである。
効率を優先するならば、市井の女性を襲い退魔騎士なりシスターなりの服装を着せれば済む話だ。
しかし、例に挙げた触手は同じ行為にもかかわらずAとの交尾に、より多くの魔力を費やしている。なぜか?
それは、触手の成り立ちに大きな関わりがあるのである。
話は神代の頃に遡る。次章で詳しく述べるが元始の触手は(*2)狂乱と陶酔の神ディオニューソス(ΔΙΟΝΥΣΟΣ)より
生み出されたと神話は伝えている。触手はディオニューソスに仕える巫女たちに使役されていたのである。
また、ディオニューソスの兄弟神が、戦いの女神アテーナー(Αθηνα)であることも指摘して置かなければなるまい。
古の記憶が触手に深く刻み込まれ、ある種の信仰を形作っているのである。
その信仰心が触手の性的嗜好を規定し、戦う女性や魔力を持つ女性に対する強い執着となって発現するのであろう。
触手は「戦う女性との性交渉に於いて、最も大きな満足が得られる。」というルールの下で、合理的な判断を下しているのだ。
読者は、信仰の対象を穢す行為が、なぜ信仰心の存在を示すことになるのか疑問に思うかもしれない。
しかし、これはなんら矛盾しない行動なのである。
精神医学の分野に(*3)ヒエロフィリア(Hierophilia)という用語がある。
これは、信仰の対象に深い欲情を抱いてしまうという(*4)性的倒錯(Paraphilia)の一つである。
具体的な行動として、軽い症状の者は十字架やマリア像を用いて自慰を行う。
重病患者の中には、神父や信徒が祈る最中にイエスに懺悔しながら性行為を行う剛の者も居るという。
一般に信仰が深ければ深いほど、得られる快感は大きくなるとされる。
逆に、聖なるものを穢すことで大きな快感を得られるという事は、強い信仰心の存在を意味しているのだ。
「宗教は蛍のようなもので、光るためには暗闇を必要とする。」
とショウペンハウエルは言う。光が闇を必要とするのと同時に、闇も深みを増すために光を必要とするのである。
・訳注
*1:月の満ち欠けが人間の精神に影響を与えると言う説。満月の夜の殺人事件発生数が有意に多い事実によって実証された。
一部で統計誤差であるとの声もある。
*2:本邦では、酒の神バッカス(Bacchus)の名の方が通りがよいであろう。
*3:ギリシャ語の『Hieros』は英語における『Sacred』『Holy』という意味。
*4:『Philia』は愛を意味し、『Para』は横、脇を意味するギリシア語の前置詞であり、「横に逸れた愛」というような意味である。
精神に何らかの葛藤や矛盾を持つ人間の内面が、特殊な性的嗜好の形を取って表に現れる事を指す。』
―――魔法学院図書館蔵書「触手概論(第三章:触手研究に於ける科学的手法)」より
少女は夢を見ていた。いや、見せられていたと言った方が正解だろう。
―――たくさんの顔が見える。逆さまの顔だ。
ここは……教室か?私を取り囲むかのように段々状に配置された席から、視線を感じる。
私は幾人かに見覚えがあることに気づいた。ああ、あの娘は私が中等部の学生だったころ家によく来ていた。
妹と一緒に、ままごとをしていたのを覚えている。あっちの娘は妹の隣室の子だ。いつも明るく挨拶してくれる。
―――ああ、みんな嗤っている。
視界の隅には二本の柱が映っている。それは紅潮した太ももだ。上の方には、びちゃびちゃの下着が苦しそうに引き伸ばされていた。
物欲しそうに蠢くクレヴァスと、凶悪な太さのバイブが見える。残った隙間をたくさんの顔が埋め尽くしているのだ。
おそらく、私は四つん這いの姿勢で尻をみんなの方に突き出し、股座から顔を覗かせているのだろうな。
強烈な振動で、全身がぷるぷる震えている。限界が近いのだろう、クリトリスの皮がひとりでに剥けている。
突如、振動が激しくなり、視界がぐるんと回った。絶頂を迎えて背筋が反り返ったのだろう。
淫乱な私にはよくわかる。
涙でぼやける視界に、下卑た笑みを浮かべる妹の指導教官の顔が入り込む。次第に瞼が閉じられ、暗転した。
―――再び視界が広がる。
始めに感じたのは薄暗いということだった。今度はどこかの地下室だろうか?石造りの壁に小さなランプがいくつかへばり付いている。
床には見た事もない道具がたくさん転がっていた。形から察するに、ろくな物ではないだろう。ああ、あのバイブには見覚えがある。
この部屋は、たくさん陰惨な光景を見続けてきたのだろう。空気が重く澱んでいる。
正面には重そうな鉄の扉がある。表面に浮かんだ錆びは、まるで血がこびり付いたかのようだ。
ゆっくりと開いて、あいつが姿を現した。にやにや嗤いながら、口を動かす。何か話しかけてきているようだが、聞こえない。
真っ赤なルージュが引かれた唇がのたうつ様は、毒々しい芋虫を思わせる。
その時、私の意志とは無関係に視線が泳いだ。教師の手には、巨大な注射器が握られている。中身はモスグリーンの液体だ。
教師が私の鼻先に、そいつを突きつけると、中の液体が生きているかのようにざわめいた。間違いない……スライムだ。
教師が視界から消える。視界が不安定に、ぐらぐら、と揺らぐ。どうやら私は天井から吊るされているようだ。
石の天井から伸びる鎖が両手に巻き付いている。華奢な手首が鎖に抉られ、血が滲む様を見て、スティグマータを連想した。
後ろでは、犬畜生すら忌避する外道が行われている事だろう。なんて……ひどい。
作業が終わったのか、教師が空の注射器を持ったまま現れる。そのひとでなしは、目元の小皺が目立つ顔をさらに歪めて嗤った。
もう片方の手には、縞柄の下着が握られている。見覚えがある……我が妹の物だ。
―――ああ、これはお前の記憶なのか。
取り憑いた触手は夢を見せると言う。これがそれなのだろう……触手と同化した愛する妹の体験というわけだ。
だが、なぜだ?触手は人が見たいと望んだ夢を見せるのではなかったか?
今、私が見ているのは学院のプールだ。俯き、視線が下を向く。
もじもじと内股になった足、付け根を覆い隠す手、胸を衆目から隠すべく回された白い腕が艶かしい。
恐らくサイズが一回り小さい上に、裏地が剥がされているのだ。白い水着に肌が透けて見える。
また映像が切り変わった。今度は体育館のようだ……平均台が目の前にある。
手を着き足を高く上げた時に、レオタードの尻の部分が膨らみ振動しているのが見えた。悪趣味なあいつの仕業だろう。
映像が小刻みに揺らぎながら風景がぐるぐる回る。妹は刺激に耐えながら、健気にも演技しているのだ。
ああ……動きが止まる。視界が一際大きく揺れると、今度は平均台が迫ってきた。
バランスを崩して、股間を打ち付けてしまったんだな……天井の照明が一瞬見えて、ブラックアウトした。
―――もうやめてくれ!なぜ、こんな……嫌なものばかり……
妹の横顔が見える。口許は裂け、片目が青く腫れ上がっている。妹は傷だらけの手を顔に当て何事か呟くと掌が光を放ち、
たちまち傷が癒えていった。顔が苦痛に歪み、壁に寄りかかりながらしゃがみこむ。足を折り曲げた姿勢のままスカートを捲り挙げた。
露になった、むちむちした太ももの表面は、火傷か酸によって爛れていた。妹は口許をぎゅっと引き締めて太腿に手を当てる。
唇に引っ掛かった碧の髪に涎が伝う。顔の時と同様に治療を済ませると、妹はがくりとうなだれた。
―――ああ、これ……は……
ここは妹の部屋だ。明かりは点いていないが、窓から蒼い月光が差し込んで、壁に貼ってある写真が見える。
妹が高等部に進学した日、二人で撮った写真だ。大きく引き伸ばしてある。
影が写真の半分を覆い、妹の姿だけが、ぼうっと浮かび上がっていた。視線が落ちて股間が映る。
細長い指が縞模様の下着を押しのけ、秘所をめちゃめちゃに犯していた。
はしたなく果てて、シーツにしみが広がる。もう片方の手が穢れたシーツをぎゅっと握り締めた。
―――そ、そん……な……
どこからともなく、姉さん、姉さん、と私を呼ぶ声が聞こえてくる。いやだ、放って置いてくれ!
―――姉さん。
視界がだんだん明るくなってくる。やめろ……もう、何も見たくないんだ!
―――姉さん。
いやだ、いやだ、いやだ、いやだ……こんなの見たくなかった!知りたくなどなかった!!
こんな思いをするなら、いっそ死んでしまいたい……早く楽になりたい……
「あっ!姉さん?やっと目が覚めましたか?」
少女の目に妹の無邪気な笑顔が飛び込んでくる。色んな場面が思い起こされ、頬が赤らんでしまう。
少女は恥じて、思わず目を逸らした。
「ふふっ♪上手く融合出来たみたいですね……ソレ♪」
妹は無遠慮に、少女の体を舐めまわす様な眼差しを向けた。視線の動きがある一点で止まる。
少女は恐る恐る股間に目をやった。
「あ……あぁ……」
小さな鰻程度の大きさだった触手は姿を消している。しかし、元々大きかった少女のクリトリスは異変を来たしていた。
小児の陰茎ほどに肥大化した淫核が、窮屈そうにコスチュームを押し上げている。明らかに触手の影響だ。
「あはは♪いじりすぎて、馬鹿でかかった姉さんのクリトリス……ちっちゃい男の子みたいになっちゃいましたね♪」
実の姉妹に、まじまじとあそこを見つめられ、少女が羞恥で身動ぎする。視姦からなんとか逃れようと、ブーツが力なく地面を蹴った。
その瞬間、全身を電流が這いずり回る。
「み、見る……な!……んっはぁ……んっひぃぃいい!!」
姿勢を変えようとしただけで、イきそうになった。―――やはり、私の体は先程までと同じく、おかしいままなのか?
少女は自らの惨状を、改めて認識する。そんな少女に妹は残酷な命令を下す。
「さあ、立ってみましょう、姉さん!」
少女の顔が恐怖で引き攣る。足をちょっと動かしただけでこの有様なのだ。全身を使った運動など、想像するだけで恐ろしい。
「そ、そんなの……くふぅ♥……無理……だ……なっ!?ひゃぅっ!!」
腕が少女の意思とは関係なく、地面を突き、上半身をコンクリートの寝床から引き剥がした。
胴体と交差する二の腕が、コスチューム越しに勃起乳首を押し潰す。
「くっひぃぃいい!!な、なんで……なんで、勝手に……ぃ……」
片膝が立てられ、尻が浮く。二の腕を雑巾がけさせられた胸がようやく解放されようとしていた。
圧力を跳ね返し、ぴんっ、と誇らしげに少女の乳首が空を穿つ。
「・・・・・・っ!!!」
衝撃に少女は声も出せない。妹は優しい口調で少女に追い討ちをかける。
「大丈夫ですよ♪その子が手伝ってくれますから。はいっ♪」
ぱんっ、と勢いよく手を打ち鳴らすと、少女はぎこちなく立ち上がった。
「あぁぁ……」
半開きの口から涎を、だらだら、と垂れ流したまま、虚ろな眼で少女は自分の支配下に無い足を見る。
その時、体操選手の様に引き締まった足が足踏みを始めた。両の足から最も近い場所を占めている弱点が振動に悲鳴を上げる。
「す、擦れ…・・・くふぅ♥やめ……やめろぉ♥……んはぁ♥」
少女は立った姿勢のまま、何度も極めさせられた。腰などとっくに抜けているが、へたり込むことすら許されない。
「よくできました。次は、歩いてみましょうね♪」
慣らし運転を終えて、少女が静かに歩き出す。上半身と下半身の動きが、ちぐはぐなせいか、
どことなく自動車メーカーの初期型二足歩行ロボットを思わせる。
「ひ、ひぁっ!か、勝手に……ひぃん!動かすな……ぁ……あひぃん!こんなの……無理ぃ♥……はぁん!」
一歩踏み出す毎に、ぷしゅっ、ぷしゅっ、と潮を吹く様は、まるで蒸気機関車のようだ。姉の滑稽な姿に、妹は思わず吹きだした。
「あはははは♪姉さん、おもしろ〜い!なんですか?その踊りは?くふ♪ふふふふふ……」
演技などではない、心の底からの嘲笑が、少女の傷ついた心を引き裂く。悦楽による滂沱の涙に、悔しさが混じりこむ。
だが、どんなに我が身を嘆こうとも、少女の滝の如く流れる愛液を止める術は無い。
少女は、妹の笑いの発作が治まるまで、ずっと奇妙な舞踏を演じさせられた。
笑い疲れた妹は、直立させられたままの姉に問い掛ける。
「あ〜おかしかった♪どうやったら歩くだけでイけるような淫乱になれるんですか?姉さん♪」
あからさまに馬鹿にした口調に、少女の頭に血が逆流する。少女は憤怒を言葉に変換して吐き出した。
「ふ、ふざけるな!これは……お前の術のせいで……ぇ……」
妹は肩を竦めて、姉の反論を鼻先で嗤い飛ばす。
「せっかく助けてあげたのに……ご自分の体のだらしなさを棚に上げて、術のせいにするつもりですか?
私も今朝初めて使いましたけど、なんともありませんよ?」
「なっ!!」
―――少女が絶句する。それは、妹の反駁に窮したからではない。
禁呪の副作用は人間だろうと魔物だろうと基本的には変わらない。
生命活動の根源に干渉する術なのだから、生物である限り、その呪縛からは逃れられない。触手もまた然り……だ。
我が妹は昔から魔法理論が苦手だった。なるほど、治癒呪文だけは大したものだ。詠唱技術だけなら教官にも匹敵する。
しかし、それは対処療法的に難解な魔導書を齧り読みしたものだ。体系付けて学んだ知識ではない。
妹は馬鹿ではない。むしろ頭が良過ぎる方だ。だから反って、腰を据えて学ぶということが出来ないのだ。
故に、妹は自分が如何に異常な状態にあるか気付くことすらない。初学者が陥りがちな袋小路……
何事も、基礎無くして本質的な理解に到達することなど、出来はしないのだ。
―――だが、少女にはそれが備わっていた。少女の頭脳が目まぐるしく回転を始める。
触手がなんらかの役割を果たしているのは間違いない。一見、私の体には外見上、殆ど何の変化もないように見える。
もちろん、全身が性感帯なのも触手に憑かれる前と同じだ。
だが、先程まで私は異常感覚に呑まれ、考えることすらできなかったのだ。これは禁呪の副作用が明らかに弱まっていることを指す。
触手の本来の“在り方”から考えて、女である私に味方して性感を抑えるなどありえない。
これは、触手にとってもイレギュラーな事態なのだ。
禁呪と触手の同居……身体的には私たちは同じはず。私たちの状況に何か違いがあるはずだ。
それが鍵だ。考えろ。もしかしたら、妹を救えるかもしれない……
―――少女の沈黙を敗北だと解釈したのか、妹がさらに姉を詰る。
「改めて見ると、凄い格好ですよね、姉さん♪年甲斐もなく……」
少女は思わず怒鳴った。
「五月蝿い!黙れ!!」
ええい、挑発に乗るな!考えるんだ!違い……違いは何だ?
「大体、さっきのあの下着はなんですか?いい歳をしてアニメ柄ですか?」
「くっ!!」
無視だ無視。まず、状況を整理してみよう。初めに私の中に隠れていた触手が……
「自分が魔法少女なのに、魔法少女のアニメを集める意味ってあるんですか?」
「……」
人の趣味をとやかく言うな!という言葉を、なんとか飲み込んだ。危ないところだった。
どこまで考えたっけ?えーと、私の中から抜け出た触手が妹に憑いて……
「それに、同じ物を2個も3個も買うなんて……私には理解できません……」
「…………」
ほっとけ、私の金だ。それから魔力を妹の体に通して、触手を追い出したんだ。
でも、触手本体の意思は妹に呑まれていて、そいつは既に“株”でしかなかった……
「学院では荷物を受け取れないからって、実家に送るのってどうなんですか?毎回受け取りに行く私の身にもなって欲しいです。」
「………………」
こんなに、ずけずけ、ものを言う奴だったか?否、断じて否!
触手は明らかに悪影響を与えている。神よ!私は触手を滅ぼすべきだと考える!!
「それから、寮なのに大音量でアニメ観るなんて、昼間でも非常識すぎます!」
「……………………ごめんなさい。」
はっ!しまった……つい素で返事を……も、もう何を言われても反応せぬぞ!
あ〜あ〜聞こえない〜聞こえない〜
―――少女は目を閉じて、ぷいっ、とそっぽを向いた。
「ふ〜ん……そういう態度を取りますか……ところで、この週末に実家で、これを受け取って来たんですけど……」
少女は片目だけ、うっすらと開けてみた。妹の手には、いつの間にやら箱が握られている。
「ぬっ!?」
そ、それは……私が予約していたフィギュア付き初回限定版の……
「姉さんのじゃないんですか?返事しないと壊しちゃいますよ?」
卑怯なっ!!人質を取るなど、魔法少女の風上にも置けぬ!
「姉さんのじゃないんですね?じゃあ、やっちゃいますよ?えい♪」
くしゃ、という箱が潰れた音がした。少女は目を堅く瞑って涙を堪える。
「ああ、そうだ!姉さんの大事にしてるリスのぬいぐるみ、そのまま洗濯機に入れちゃって……」
少女のこめかみが一瞬、ぴくり、と動いた。
「目が片方無くなっちゃって、他のぬいぐるみので誤魔化してたんですけど……許してくれますよね?」
少女は妹から見える側では青筋を立て、反対側の目から一筋の涙を流すという器用な真似をしてみせた。
―――ああ、治くん……
妹はその後も苛烈な口撃を続ける。姉としてのプライドは陥落寸前だったが、治くんの犠牲を思えば何程の事もなかった。
少女は治くんに誓う―――我が愚妹よ!今後お前とは、いっさい口などきいてやらぬ!!
姉が完全無視を決め込むのを見て取ると妹は、やおら顎に拳を当てて考え始めた。
「むぅ〜う〜む……」
姉妹は共に黙考する。ぱっ、と目を見開くと、妹は蟲惑的な笑みを浮かべて呟いた。
「そうだ!姉さん、良いこと思いつきました!」
少女は薄目を開けて、妹の様子を窺う―――あの顔は……妹が幼い頃、時折見せた表情だ。
妹の言う“良いこと”とは、大抵の場合、碌な事にならなかった覚えがある。
「姉さん、質問です。今日は何曜日ですか?」
なんのつもりだ?なんだか嫌な予感がするが……とりあえず、考えを進めよう。
私が出かけた後、妹はあのろくでなしに憑かせていた“株”を回収した。これは、身体能力の強化の為だ。
その後、学園の警備から逃げようとして怪我をし、禁呪に手を出した……
―――少女の思考は、そこで強制的に打ち切られた。
「ぶっぶ〜♪姉さん、時間切れ〜罰ゲームで〜す♪」
妹が、ぴんっ、と人差し指を立てる。
「な、なに!?なんだ!?きゃうっ!あひぃぃいい!!」
突然、股間に電撃が走った。あられもない嬌声を上げ、慌てて少女が目を遣る。
あそこでは、蒸れたコスチュームの裏で触手と融合したクリトリスが、ぶるぶる、震えていた。
「答えないと止まりませんよ?今日は何曜日ですか?」
ざらざらしたコスチュームで、やすり掛けされて簡単に極めさせられてしまう。
「し、振動……振動やめ……うあぁぁあ……き……きん……んぁ……金曜日……だ……」
クリトリスの震えが止まり、少女の秘所が平穏を取り戻す。少女は涙目で妹を睨みつけた。
―――よ、ようやく収まってくれた。どこまでも私の邪魔を……だ、だが適当に受け答えさえしていれば、どうとでもなる。
考えを続けないといけない。株と本体との違いは……
「この物欲しそうに、くぱくぱしてる場所は何ですか?姉さん♪」
妹の片腕が触手に変化し、少女の股間をコスチュームの上から弄った。
「あぁん♥そ、そこ……はぁ……だ、だめぇ♥だめだ……んんんっ!!ぶ、ぶるぶるさせるのも……らめぇ♥」
溢れる蜜が妹の触手を濡らす。妹が目を細めた。
「へーえ?『だめ』っていう所なんですか?初めて知りました♪ちゃんと答えないと『だめ』ですよ?」
薄い生地を通して、触手のでこぼこが秘唇に食い込まされるのが感じられた。少女の秘所から飛沫が上がる。
―――ど、どっちにしろ嬲る腹積もりではないのか!?だが……このままじゃ……何も考えられないから……
「は……ひぃ……んっくぅ♥……そ、そこは……くぁ……じょ……女性器……だ……」
やっと豆の振動から解放された。少女が小さな肩を揺らして息をする。妹は不満げに鼻を鳴らした。
「ふん……まあ、いいでしょう。では、このひどい匂いがする、べたべたした液体は何ですか?」
妹の触手が少女の面前に突きつけられる。先端から粘性の高い液体が、糸を引いて地面に垂れた。
少女の鼻腔が、つん、とした匂いを脳に信号として伝える。少女は自分の匂いを嗅いで発情していた。
―――に、匂いが……匂いで頭の中が……か、考えないといけないのにぃ……
「あ、汗……だ……ひゃう!!ま、また!?ふあぁぁああ♥」
勃起しっぱなしの淫核が再び暴れ出し、少女を嬲る。直立の姿勢のまま微動だにせず、少女は幾度も果てた。
―――そ、そんな……ちゃんと返事したのに、ひどいぃぃいい!
「姉さん、一週間に何回オナニーしてますか?」
んなっ!?なんてことを……ま、まあ適当にやりすごせばいいだけの話だ。そんなことより、考えを……
「んっくぅ……んぁ♥……し、してない!あひっ!!ひゃぁぁあん♥な、なんでぇぇええ!?」
少女のクリトリスの振動が強まる―――ま、まさか……これって……
「姉さん……嘘をつきましたね?その子は姉さんと一体化してるんですよ?全部、まるっとお見通しです♪」
人の脳は、嘘を吐くと、まず不安や衝動を司る部位への血流が増す。
次いで、辻褄を合わせるためにストーリーを創り、脳全体の血流量が増大する。
触手は、その変化率を監視し、数値化してクリトリスの振動として表現している。
脳の一部を支配下に置き、運動機能をほぼ掌握している触手にとっては、児戯に等しい。
―――少女の困惑を見て取って、妹がくすくす笑い出す。
「そ、そんなぁ……くぁ!……ま、毎日……ひゃん♥毎日……じゅ、十回以上……うぁぁああ!し、してる!!」
姉の恥ずかしい告白に、些か驚いたようだ。妹は目を丸くして、思わず「不潔……」と小さく呟いた。
「そ、そうですか……日に十回も……へぇ……に、二桁……ですか……二桁って……へぇ……」
静止している少女の淫核が、それが真実だと裏付けている。妹が耳まで真っ赤になった。
当然、少女も赤面している。妹がいちいち、二桁、二桁と繰り返す度にどんどん赤色が濃くなっていった。
―――か、考えるんだ……こ、こんなこと気にしちゃだめだ!
腕が触手化するのは理解できる。問題は……
「今、何問目?」
「知るかぁ!!!!ひゃぅぅううん♥やめろぉぉおお!ご……五問目……五問目だっ!!」
つい、いつもの癖で突っ込んでしまった……フェイントを混ぜるとは、こやつやりおる……
「ところで、姉さんの部屋を掃除した時に、こんな物を見つけたんですけど……これは何ですか?」
妹の手には、いつの間にか四角いパッケージが握られていた。
少女の顔から、さぁ〜っと血の気が引き、信号機のように赤から青に変わる。
学院に戻った日の光景が思い出された―――あの時は余裕がなくて気付かなかった……くそ、余計なことを……
「ゲーム……だ……」
妹がパッケージを興味深そうに見つめる。
「へぇ?『触手城と囚われし姫君(わたくしはぁ……どんな卑劣な責め苦にも耐えてみせますぅ)』って、どんなゲームなんですか?」
少女の唇が怒りで、わなわな震える。―――わ、わざわざ声に出してタイトル読み上げる必要がどこにある!!
「あ……アクションパートとシミュレーションパートに分かれている。アクションパートでは正確な操作はもちろんのこと、
得られるアイテムが限られているため、ゲーム全体を見通す広い視点がないとクリアできない。
シミュレーションパートでは、一度死亡したユニットは蘇生できないというシビアなゲーム性から、非常に高度な戦略が必要となる。
シナリオ陣には奇をてらわない堅実な文章で知られるライターで固め、キャラクターデザインはかの有名な……」
妹の視線が冷たい。少女の長口上を遮るように、低い声を被せてきた。妹が、なぜか怒っている。
「姉さん……そんなことを聞いてるんじゃありませんよね?」
嘘を吐いた訳ではないが、妹は不満顔だ。ちゃんと質問に答えているのに、なにが気に入らないんだ?
「決して……決して、やましい目的で買ったのでは……にゃ!?にゃぅぅうう!!え、エロです!エロ目的ですっ!!振動止めてぇ♥」
少女が告白した後も、妹の怒りを代弁するかのごとく、しばらく振動は止まらなかった。
妹は、ぽいっとパッケージを投げ捨てると虚空から新たに別の箱を取り出す。少女はいつの間にか正座させられていた。
―――か、隠し球とは卑劣な……アレは絶対見つからぬよう、厳重に保管してあったのにっ!!
「姉さん……このタイトルは何ですか?」
……こ、このような屈辱!そ、そうだっ!!
「さっきから気になってたんだが、お前、どこからそんなに沢山取り出してるんだ?」
「話を逸らそうとしても無駄です、姉さん。タイトルは?」
間髪入れず、妹が逃げ道を塞ぐ。進退窮まった少女は何を思ったのか、いきなり啖呵を切った。
「くっ!こ、殺せっ!!」
先程までとは立場が逆になった。今度は妹が少女の言葉を無視する。
「タイトルは!?」
姉は、サイクロプスに立ち向かった時以上の悲壮な決意を固めた。
「くっ!!せ……せ……せ……せ、『切ない妹は、お兄ちゃんに頭を撫でられただけで、子宮がきゅんきゅんしちゃうの♥』だ……」
今にも消え入りそうな、か細い声で少女が呟く。心臓を一突き……まさに致命傷だった。
少女の目から、ぽたぽた、と大粒の雫が零れる。姉としてのプライドが、がらがら音を立てて崩壊していく。
少女の太ももの間で、涙と愛液のカクテルが完成した。
「…………………………………………」
姉妹仲良く沈黙を続ける。さすがの妹も、大きい声でもう一度!とは言えなかったようだ。
少女は、なんだか色々失って、抜け殻のようになっていた。強い風が吹いたら飛んでいってしまいそうだ。
妹のほうはというと、こちらもなぜか色々ダメージを負ったらしく、表情に疲労の色が見える。
姉妹共々、内心で思うところは同じだった。『ダメだ、こいつ……早く何とかしないと……』と―――
げっそりとした顔のまま、妹が口を開く。
「日も落ちて来たし、そろそろ出発しましょうか?姉さん……」
少女とて異論はない。むしろ、この煉獄から抜け出せるのであれば、悪魔に魂を売り渡したって構わない。
「ああ……」
触手の遠隔操作で、少女が立ち上がる。
「これが最後の質問です、姉さん。先週、私の部屋に無断で入りましたね?」
少女の口が、ぽか〜ん、と半開きになった。
「な、なぜ、お前がそれを知っている!?」
妹の鋭い目が光った。
「椅子の位置がずれていましたから、もしやと思い鎌をかけてみたんです……私の部屋で何をしていたんですか?」
い、言えない……それだけは、本当に死んでも言えない……
「そんなこと覚えてな……いっひぃぃいい!!」
少女が口にしたのは、触手の助けが無くとも簡単に見抜ける、子供のような嘘だった。
「んんんんん!し、知らない!んはぁ♥知らないったら知らないっ!!ひゃん!!もう……もうやめへぇ♥……」
絶頂を続けながらも、少女は頑迷に回答を拒み続けた。妹は処置なしと、大きな溜め息を吐いた。
「強情ですねぇ……正直に言わないのなら、その子はそのままですよ?姉さん……」
妹が姉に背を向けて、すたすた歩き始める。少女は淫核バイブに嬲られながら、罪人のように引き立てられて行った。
「待ってぇ……あぁん♥も、もっと……いやぁ……もっとゆっくり……みゃぅっ♥歩かせてぇ……」
―――ついに姉妹は街中までやって来た。
少女は露出狂まがいの格好で、公道を歩かせられていた。妹は変身を解き、制服を着ている。
姉妹の義理で、不可視の魔法を掛けて貰ってはいるが、不完全なものだ。
不可視といっても、目に見えなくなるのではない。そこに何も居ないと錯覚させるだけに過ぎない。
術を掛けられたものは、周りの人間の盲点と化すのだ。故に、ちょっとしたことで術は効力を無くしてしまう。
例えば、ショーウィンドウを見ている人が、ガラスに映った奇妙な服装の少女に気付き、振り返ったとする。
見間違えかな?と考えてショーウィンドウに視線を戻すと、そこにはやっぱり、変態じみた少女の姿があるのだ。
他にも、大きな声を出せば、衆目を集めてしまう。はしたない嬌声を上げれば、すぐに気付かれてしまうだろう。
「んっ!……くぅ!……ぁ♥……」
幸いにも雑踏の音で、少女の鼻声がかき消される。驚くべきことに、少女は未だ理性を保っていた。
自分だけならともかく、妹にまで恥をかかせてはならない。―――少女はイきながらも、必死に歯を食いしばる。
―――もちろん、並んで歩く妹は、ちゃっかり自分自身に完全な不可視魔法を掛けているのだが、少女に気付く余裕は無い。
路行く人を押しのけ、跳ねとばし、少女は黒い鯨のように潮を吹いた。
犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早くイった。
一団の観光旅行者と颯っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。
「いまごろは、私の旅仲間も、磔にかかっているよ。」
ああ、仲間、仲間のために私は、いまこんなに走っているのだ。
仲間を死なせてはならない。急げ、魔法少女。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。
風態なんかは、どうでもいい……などということは無いが、可能な限り死力を尽くすべきだ。
少女は、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から泡が噴き出た。
見える。はるか向うに小さく、松明の炎が見える。十字架の影は、松明の光を受けてゆらゆら揺れている。
「あれは……ゴブリン共の宴会のようですね……観光バスでも襲ったんでしょうか?たくさん人が磔になってますね♪」
少女は禁呪の影響で意識を失うことも出来ず、夢現の状態で妹の言葉に耳を傾けた。
「普段は、他の魔物のお零れを狙う寄生虫のような連中ですけど……あっ!あのでかいのはオークかな?」
少女の耳が、ぴくり、と動く。虚ろだった瞳が焦点を結ぶ。
「ああ、なるほど。リーダーがオークなんですね。正義の魔法少女として、どうしますか?姉さん♪」
その時、少女は全く別のことを考えていた。
『注意書き』
この物語はフィクションです。この物語はフィクションです。
人物名、団体名、その他固有名詞は、ある程度史実に則っていますが、本気にしてはいけません。
もちろん筆者の体験など、完全に無関係です。邪推は禁止です。
繰り返します、この物語はフィクションです。
『次回』
宴(後編)2〜3週間後投下予定