―――第一発言者は退屈であった―――  
 
 巨大な植物型触手が欠伸をした。原則として触手に貴賎の差は無い。だが、いかなる集団であろうとそれが集団である以上、“頭”を欲する。  
王冠こそ無いが、彼は事実上の王であった。大きな溜息をひとつ、  
―――くだらぬ。全く、くだらぬ。  
 議場で触手たちが、戦う女性のコスチュームを、どこまで脱がせるのが適切か?について喧々諤々やっていた。  
ある者が比率で定義するべきだと言い、数字についての議論が始まる。  
「30%でどうか?」「少なすぎる70%だ。」「いっそのこと上半身と下半身で比率を変えてはどうか?」  
 すると、ひねくれ者が話を混ぜっ返す。  
「いや比率云々など瑣末な問題で、場所が肝心だ。諸君!私は局部の布だけを、取り去るべきだと考える!!」  
 別の者が、反論する。  
「馬鹿を言うな!秘すべき場所を秘さずして、何がコスチュームか!?諸君!私は局部の布は存続すべきだと考える!!」  
 多少ずらす事はあっても、コスチュームは完全なままにするべきだ!などと、強硬に主張するグループもあった。  
元々、秩序などとは程遠い場であったが、ますます混沌の度を深める。  
―――よくもまあ、飽きぬものだな。  
 彼は密かに苦笑する。悠久の流れの中で、何度このやり取りを見てきたことか。この不毛さは宗教学者の討論に通ずるものがある。  
放っておけば、天使たちが七つのラッパを吹き終えるまで続ける事だろう。大きな欠伸がひとつ、  
「ここは、第一発言者に裁定を求めては如何か?」  
 出そうになったところで、突然矛先が向けられたことに驚き、飲み下した。数百の視線が彼の方へと向けられる。  
どうやら、何かしらの結論を出すつもりはあるようだ。だが今の彼には、底の無い泥沼で素潜りを愉しむ余裕は無い。  
何かしら上手い逃げ道はないかと、しばし逡巡する。  
 どちらか一方の肩を持って、他の者から反感を買うのも面倒だ。かといって、どっちつかずの煮え切らない態度を示して、  
その結果、延々と会議を踊らされては堪らない。こちらは、そろそろ外に出て、日に当たらなければならぬというに。  
 全く……第一発言者などと仰々しく呼ばれてはいるが、組織の土台を支える為に捧げられた人柱に過ぎない。  
巣穴の安全確保、物資の調達、新参の教育、喧嘩の仲裁、どいつもこいつも下らん雑用ばかり、この老体に押し付けよる。  
 故郷の山奥で、ひとり気ままに暮らしていた頃が懐かしい。日がな一日、本を読んでは、植物の世話をし観察する。  
植物を摂りこんだのは単に寿命を延ばす為であったが、とっくの昔に、彼の生活の一部と成り果てていた。  
時折、山に迷い込む女を囲うだけで、積極的に襲う事もなく、気が向けば人里へ帰してやったりもした。  
地元のやくざ者に雇われたバチカンの坊主どもは鬱陶しかったが、山での生活は少なくとも退屈ではなかった。  
―――ふむ……どうしたものかな。  
 火山活動が活発化したのを機に、触手の天国として名高いこの地へとやってきたはいいが、『一番年長だから』とわけのわからぬ口実で、  
気がつけば何時の間にやら面倒な役回りを押し付けられてしまっていた。  
始めの頃こそ、触手だけの集団という物珍しさもあって、同胞の為にと張り切って議場を建設してみたはいいものの、  
今では完全に雑談場と化していた。まあ、自分の懐古趣味を存分に発揮させる場を得て、そこそこ楽しめた事は否定しないが……  
自己中心的な同胞達の行動には、ほとほと手を焼かされる。放り投げて、とっとと逃げてしまおうかとも思うが、それは彼の性分が許さない。  
生活を苦にし、死ぬ為に山へと登ってきた女性を諭し、最新の農法を叩き込んだ上で里へと帰した事もある。妙に面倒見が良いのだ。  
 そう、なぜ彼がこんな面倒な事を、ぼやきつつもやっているかというと、結局の所、性格の問題なのである。  
三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。彼の場合、桁が一つ違うのだから筋金入りだ。  
大昔から、曲がった事が大嫌いだった。だが、その一方で彼は他者の過ちに対して優しかった。  
 
 公平と寛容、正義と赦し、冷徹さと柔軟さ。  
 原則として筋を通す事を好むが、なんでも杓子定規に物事を捉える堅物でもない。  
彼自身は全く思ってもいないのだが、彼の性格は実に統治者向きと言えた。  
「あー、わしとしては、諸君らには他に採決すべき重要な議案が多々あるように思われるのだが……」  
 感情を持たぬ触手には、皮肉など何の意味もなさない事は分かっているのだが、ついつい口を吐いて出てしまう。  
いくつか意見を絞り込み、決でも採ってお茶を濁そうとした、その時だった。  
 
彼の秘書へと華麗な転職を果たした少女の使い魔が、何かを感じ取り、そっと耳打ちする。  
―――やれやれ、やっとか。  
 彼は、にやりと笑い、議場を埋め尽くす触手たちに向けて、こう続けた。  
「諸君!どうやら、お転婆娘がご帰還あそばされたようだ。退屈な会議は、また後日ということで如何か?」  
 いいですとも!!と歓声が上がった。いがみ合っていた触手たちは即座に矛先を納め、獲物の姿を見ようと我先に扉へと殺到する。  
彼は議場が空になるのを待ってから、目を閉じ黙考する。  
―――さて、此度は如何に?  
 触手を狩ろうと勇んで乗り込む者共を返り討ちにし、仲間の一人だけを捕らえて、他の者は逃がす―――彼はこの遊びが気に入っていた。  
 元々、人に仇なす“化け物”を退治しようとやってきた正義感の強い者達だ。良く言えば素直、悪く言えば愚直。  
人情の機微を知り尽くした彼が、ほんの少し自尊心を煽ってやるだけで、十中八九、仲間を助けに戻ってきた。  
残りの二割ほどの卑怯者も、保険として密かに仕掛けた寄生型触手によって、半分が彼の手元に戻ってくる。  
最後の一割は、彼自身が出張って追い詰める。何れにせよ結果は同じ事、彼の慰み者となるのが運命なのだ。  
幾度も繰り返した遊びであったが、今回は少し勝手が違っていた。  
 あの娘は、自ら猶予を願い出、人質まで差し出した。にもかかわらず、娘は約束の刻限を過ぎてやってきた。  
彼は確かに『遅れて来れば許してやる。』とは言ったが、本当に遅れてやってきた馬鹿などこれまで居なかったのだ。  
 彼自身が生み出した寄生型触手には二つの指示を与えている。  
   
 ひとつは、周囲の人間に取り憑き、気付かれないよう少女を監視する事。  
 もうひとつは、如何なる手段を用いても、時間通りに少女を連れてくる事。  
 
 故に少女には、時間内にやってくるか、さもなくば触手を殺して逃げるか、の二つしか選択肢が存在しない。  
触手が殺されれば、生みの親たる彼には感じ取れるのだから、今回の場合、異常な“何か”が起きたのは明らかだ。  
 不意に彼は大昔の出来事を思い出し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、怖い顔をさらに歪ませる。  
 
―――ともすれば、二千五百年来の胸の痞えに、ケリをつけられるやもしれぬ。  
 
 どすんと豪奢な机を叩く音だけが響いた。  
 
『この章では、他の章と趣を変えて触手の社会利用の可能性について論じる。  
現代に於いては、神秘学全般が日陰に追いやられているため、表の世界では触手も“存在しない”ことになっている。  
また、我々神秘学の世界でも狡猾な触手は害獣であり、一部のおとなしい種族が、魔法薬または生贄用として飼育されているのみである。  
なぜ、ここまで家畜化が困難なのかといえば、触手の組織化がほぼ不可能な点にある。そして、それは触手の合理的思考に起因するのだ。  
 触手とは効率でしか物事を考えない理性の塊だ。故に、如何なる場合においても自身の利得が最大になるように行動してしまう。  
それは詰まる所、利己的であるということなのだが、このような行動原理は組織全体にとって害であるのみならず、  
結果として自身にとっても不利益に繋がるのだ。このことを、ゲーム理論を用いて簡単に示そう。(詳しくは[MN]を参照せよ。)  
 今、我々の手元に“協力”と“裏切り”のカードが複数あるとする。相手と自分が同時にカードを出すゲームを10回行い、ポイントを競う。  
自分と相手が共に“協力”のカードを出したら、それぞれに5ポイント。  
自分が“協力”で相手が“裏切り”なら、自分が1ポイントで相手は10ポイント。  
共に“裏切り”ならば、2ポイントずつ得るものとする。  
 さて、一対一の場合、最強の戦術が“常に裏切り”である事は言うまでもない。これを便宜上“裏切り戦術”と呼ぶ。  
(触手が通常取る戦術である。)  
ところが、プレイヤーが多数関わる場合に於いては、結果が異なってくる。この場合の最善の選択は“しっぺ返し”戦術と呼ばれるものだ。  
まず、初手に協力カードを出し、次からは直前の相手の手札と同じ物を出し続ける。  
 例を挙げよう、しっぺ返し戦術同士では、最初から最後まで互いに協力カードを出し続ける。  
しっぺ返し戦術と裏切り戦術の対戦では、初手に協力と裏切り、それからはどちらも裏切りカードを切り続ける。  
すなわち、一対一では確実に裏切り戦術が勝ちを収めるのである。  
 では、多数のしっぺ返し戦術プレイヤーの中に、少数の裏切り戦術プレイヤーを放り込んでみよう。  
それぞれのプレイヤーに10回程度ゲームを楽しんでもらう。相手は重複しても構わない。  
すると、裏切り戦術は、一対一では勝つのだが、総得点では多数を占めるしっぺ返し戦術に負けてしまうのだ。  
 これは、組織対組織でも同じ事で、構成員全てが裏切り戦術を取る場合、組織全体の得点も最低になってしまう。  
目の前のゲームに於いて最善の戦術を選択しているにもかかわらず、得られる物が最悪の結果であることが面白い。  
 完全に理性的な行動は、不合理な結果しか生み出さないとでも言えようか?触手組織化のハードルは非常に高く、  
全ての構成員が自身の利益のみを追求する以上、組織化が意味を成すには“常に協力”の札を出す「奉仕者(*1)」の存在が必要条件となる。  
 故に、歴史上、触手のみで構成された組織というものは、数えるほどしか例が無い。  
そもそも、触手自身が組織を作る必要性を感じることが稀なのだ。  
 通常の生物であれば、遺伝子を次代へと伝える為に、群れを形成し、場合によっては自分の身を犠牲にする事もある。  
(蜂や蟻のワーカーは、その著しい例である。(*2)[WH]によれば、彼らは最も効率的に遺伝子を残す為に、生殖すら放棄する。)  
 ところが、触手にとって交尾は、あくまで快楽を得るための手段に過ぎず、わざわざ群れを作って子を守り育てる意味がないと言うわけだ。  
(これ程、繁殖意欲と無縁にもかかわらず、個体数が増える一方であることは、如何に触手による被害が甚大であるかを物語る。)  
 結果、ほとんどの場合において、触手以外の者、即ち人間や、魔族や、神などが何らかの目的を持って触手たちを束ねるのである。  
 これは触手を味方とするには、触手と議論で対等に渡り合える知性か、もしくは有無を言わさぬカリスマがなくてはならない事を意味する。  
そもそも、それだけの能力があれば、触手などより有用な魔物を使役できることは言うまでもない。  
現状、何らかの技術革新でも起きない限り、投下する労力に対して、得られる利益が釣り合わないのである。  
 しかし古代に於いて、触手と人は共にあったのだ……  
 
・訳注  
 
*1:具体的には、集団の指導者や、捕獲された女性たちが、それにあたる。  
   彼ら(彼女ら)は触手に尽くす事によって、何らかの利益(広義には快楽も含む)を確保しているのである。  
 
*2:仮にワーカーが子を成した場合、母との遺伝特性は半分一致する。ところが、蜂や蟻のオスは一倍体なので、  
   ワーカーの親である女王から生まれる姉妹とは、遺伝子の四分の三が一致するのである。つまり、姉妹より子の方が他人なのだ。』  
 
―――魔法学院図書館蔵書「触手概論(第五章:触手の飼育――人類と触手との共存へ向けて)」より  
 
 
 
 白い朝靄が黒い森を優しく抱擁し、生まれたての朝日が紫色の産声を上げる。  
「ん、ふ、ぁ……」  
 蝙蝠たちは狩りを中断し、巣穴へと帰っていく。  
「ひうぅっ……くぅん……」  
 森に棲む鳥たちが囀りを始めた。  
「んぁ、んんん!あふぅ……」  
 一陣の風が木の葉をざわめかせる。  
「みゅうぅ……んはっ、く、ぅ……」  
 深い靄が一瞬晴れた。  
「ぇひゃっ、きゃうっ!]  
 幻想に彩られた獣道を純白の衣を纏った妖精が歩いている。  
「んうぅ……んひっ、あぁん!」  
 御伽噺の住人たる妖精には似つかわしくない連れが一匹。  
「も、もう、だめ……くあぁっ!」  
 黒い牝犬が引き立てられる様にして、地を四足で這う。  
「お願い……だ……んんっ……す、少し、休ませ……うあぁ……」  
 妖精の手から生えた紐は三股に分かれ、哀れな飼い犬の胸と股間に繋がっていた。  
「げ、限界……ああ……足に……ち、ちから……が……」  
 精根尽き果てた牝犬が、だらしなく地に伏せる。  
「ふぇ!?くあああああ!!や、やめっ……や……あっひいぃぃいい!!」  
 飼い主は、そんなことお構い無しに、すたすた歩いた。  
「と、取れちゃうっ!取れちゃうぅぅうう!!」  
 淫乱な牝犬は、恥ずかしい部分を見せ付ける様に前に突き出したまま、ずるずる引き摺られる。  
「きゅうぅぅうう……あ、歩きます……歩きますからぁ……ひっく……ひ、酷い事は、もうやめてぇ……」  
 妖精の耳には、泣いて懇願する飼い犬の声は届かなかったようだ。  
「うああああああああ!!」  
 先を急ぐかのごとく、決して歩みを止めようとしない。  
「くひぃ……がああ!えひゃうぅぅうう!!」」  
 小石を顔に受け、湿った土が口内を汚し、全身を粗い地面でやすり掛けされ、泥まみれになった。  
「ああっ!くぅ……あ、あと少し……んはぁっ―――♥」  
 必死に体勢を立て直そうとして失敗する度、敏感な場所に余計な負荷が掛かる。  
「イっ……いや……いやぁ……イクっ!イクぅ……」  
 抵抗を止め、だらりと四肢を投げ出した負け犬の瞳には、悦びの色があった。  
「あはっ♥あはははははは……」  
 妖精が、びくっと肩を震わせた。飼い犬の狂った嬌声から逃げるように、足を速める。  
「あぁっ!?ふああああああ……」  
 モノであるかの様な、ぞんざいな扱いに身悶えながらも、牝犬は―――少女は歓喜していた。  
 
―――なぜなら、それは少女が正気に戻ってから初めて見せた、愛する妹の反応だったから―――  
 
 少女にはオークに犯された後の記憶がなかった。気がついた時には、こうして犬のように這わされていた。  
最初、自分の身に何が起こっているのかさっぱりわからなかった。まず感じられたのは、酒をしこたま呑んだ次の朝みたいな酷い頭痛、  
次いで、局部に走る甘い愉悦だった。背を向ける妹に少女は問いかけた。  
『怪我はないか?』『皆は無事なのか?』『化け物どもはどうなった?』『なぜ……私にこんな事をするんだ?』と。  
 妹は一言も発さず、淡々と山道を歩いた。妹のただならぬ様子に、少女は恐怖した。  
嫌われるのも、憎まれるのも構わない。だが、無視される……愛する者に拒絶される事だけは耐えられない。  
少女は何かに急き立てられる様に、道中言葉を発し続けた。しかし姉の思い空しく、妹が問いに答える事は無かったのだった。  
「おぉお……あぅあぅあぁあ〜……」  
 
 もはや人語を忘れ、獣の雄叫びを上げることしかできない少女の目に、幾本もの石の柱が映りこんできた。  
それは巨大な建物の一部だった。要所にコンクリートを用いた実用性第一のデザインでありながら、  
さりげなく古代ギリシャ風の華美な彫刻を施し、見るものを飽きさせない。  
建築家の類い稀なセンスをうかがわせるこの議場を、少女が目にするのはこれで二度目だった。  
前回はひとりでこっそり侵入したが、今回はふたりで堂々と正面からだ。ご丁寧にも、嬉しくない出迎えのおまけ付で。  
 妹が触手の群れの前で、歩みを止める。足元にはぼろ雑巾と化した少女が、力なく倒れ臥していた。  
スカートをつまみ左足を後ろに引き, 上体をかがめて優雅に一礼する。触手たちはモーゼに割られた海のように左右に分かれ、少女たちに道を譲った。  
妹は無言のまま、姉に繋がる触手を無造作に引き上げる。  
「いっぎいぃぃいい〜!!」  
 少女は目を白黒させ立ち上がった。いや、“立ち上がった”とは正しい表現ではない。  
爪先こそ石畳に接してはいるが、足は力なく痙攣するのみで、三つの肉突起だけを支えに無理矢理立たされている状態だ。  
限界まで伸ばされた乳首とクリトリスが警告を発するように赤く充血する。全身を弓なりにしならせ、少女は半ば宙に浮きながら潮を吹いた。  
「あ、あぎ……ぐああああああ……」  
 ブーツの先が弱弱しく床を蹴り、少しでも敏感な場所への負担を減らそうと、無駄な足掻きを繰り返す。  
 妹は哀しく踊るマリオネットに目もくれず、しゃなりしゃなりと歩を進めた。垂直方向に加え、水平のベクトルが少女の局部を襲う。  
薄暗い回廊に苦痛混じりの喘ぎ声が響いた。  
「ひんっ!ひぃんっ!あみゅぅ……」  
 少女を苦しみは妹の枷だけではない。狭い通路の両側に犇く触手たちが、面白半分に少女たちの体を撫で回す。  
苛烈な責めと、むず痒い愛撫の落差に酔ったのか、少女の声が甘さを増した。  
「あふぅ……んひぃ……はふ……」  
 妹は表情ひとつ変えず、快楽を貪る雌豚に罰を与える。ぴんと張った触手を思いっきり前に引っ張った。  
「がっ!?ぁ、あっはぁぁああ〜!!ふひぃぃいいっ♥」  
 自分の身に何が起こったのか認識できない。下半身で激感が爆ぜ、秘所が重い衝撃を受けた。  
続いて、胸に走る電撃が脳めがけて放たれ、自律神経を麻痺させる。  
 
 ぱっしゃあぁぁああ〜  
 
「ひああああああああ!!」  
 尿道口が機能不全を起こし、盛大に黄色い液体を撒き散らした。尿と同量の愛液が床を濡らし、濃い牝の匂いが狭い通路の中で広がる。  
少女にはどうする事もできなかった。耐えようとする意思すら生まれなかった。ただただ開放感に身を任せ、赤子のように垂れ流す。  
「あっはぁ〜♥い、いいよぉ〜♥」  
 少女は天にも昇る法悦に夢中になる。だが、触手による淫部への虐待を忘れる事ができたのは一瞬だった。  
反響する姉の嬌声に、妹が眉をひそめる。誰にも聞こえないほどの小さな声で、うるさいと呟くと、触手が一本少女の口に伸びてきた。  
「んむぅ!?むぅぅうう〜!!」  
 主の意を受け、耳障りな声を止めるべく触手が少女の口を塞ぐ。  
喉の奥まで一息に挿入され、吐き気を覚えた。気道も狭まり、ひゅうひゅう苦しい呼吸を強いられる。  
「ぐ、げほっ!んんんんんっ!ぁむ、うむぅ〜!ごぼぉ……んっふぅぅうう!!」  
―――く、苦し……い。で、でも……これ……気持ち……  
 死に至る拷問にすらマゾヒスティックな愉悦を感じてしまう淫らな体にとって、何よりも辛いのが、快楽を声に出して発散できない事だった。  
声の代わりに、触手と唇の隙間からだらしなく溢れるのは、粘つく涎だけ。無言のまま幾度も極めさせられ、少女は滂沱の涙を流す。  
皮肉な事に、泥塗れだった少女の体は、自身の恥ずかしい分泌液と、触手たちの全身を舐め回すかのような淫虐の結果として清められた。  
しかし、綺麗になったのは外見だけに過ぎない。触手たちの媚薬効果のある粘液がコスチュームの魔法障壁を透過し、直接皮膚に擦り込まれた。  
もちろん禁呪の副作用は続いている。体内でどす黒い情欲の炎が猛り、さらに敏感になった肌がぴりぴりした。  
 獲物の苦しみは、陵辱者の楽しみ。これまでとは比較にならない恐ろしい数の触手が殺到し、少女の意識は肉紐の津波に流された。  
「んんんんんっ!!げぼ……むうぅぅううっ〜!!がぅっ!んっはぁ〜♥……イ゛っ!!イ゛イ゛っ―――!!!」  
―――い、息が……できな……い。苦しいのに、イ、イクの止まらな……こん、なの……おかし……ま、またイっクぅ……  
 
 露出している細い腕や、引き締まった太もも、上気する顔は当然、魔力を帯びた触手は容易くコスチュームの内側へと入り込んでくる。  
前と後ろの割れ目と、柔らかい二つの小山が餌食となった。極薄の生地の下で触手が、うぞうぞとのた打ち回る。  
焦らすつもりなのか、挿入こそされないものの、直に素肌を愛撫される刺激は強烈だった。昨晩のゴブリンたちによる輪姦とは次元が違う。  
本能のなせる業か?意地の悪い事に、触手たちの全ての行動が、自らの欲望を満たすのみならず、女の性感を高める効果を伴っていた。  
―――なん、だ……こ……れ?か、からだ……へん……  
 全身をゆったりマッサージされ体温が上昇する。胸を緩急をつけて揉みしだかれ、心地よい乳悦が、じわじわ込み上げる。  
妹の触手に味わわされ続けている乳首の激感と相まって、絶頂が途切れない。  
「あ゛む゛う゛ぅ〜!イ゛、イ゛グ……ごほっ!ごほぉっ!!ぁ、ぎ……んんんっ♥!」  
 一方で、秘唇には時折軽く触手を食い込ませるだけで、生殺しのまま放って置かれている。  
完全に無視されているわけではないので、気を抜くことが許されない。  
もどかしい快感が持続し、少女は思う存分、自身の手で、あそこを掻き回したいという衝動に駆られてしまう。  
ずっと肉穴を犯され続けている方が、よっぽど組し易かった。  
「んっ♥!んぅっ♥!!ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛〜♥!」  
―――ああぁ……し、死ぬ……狂う……イき殺されるぅ……うぁ……  
 たった数分が何十時間にも感じられる快楽地獄に突き落とされ、悶え苦しむ少女に文字通り一筋の光明が射した。  
長い触手回廊を抜け、ようやく広間へと辿り着いたのだ。少女は自由になった両手で、口を塞いでいた触手を引き抜いた。  
「んぁっ!!げほっ!けほっ!けほ、けほっ!!はぁ……はぁ……はぁ……」  
 肩を大きく上下させ、必死に酸素を貪る。幸いな事に、なぜか妹は足を止めていた。  
人心地ついて、少女にやっと周囲を見回す余裕が出来る。  
 重厚な扉の正面に鎮座するのは大きな噴水だ。  
それを取り囲むように石像がいくつか安置され、天井窓から降り注ぐ自然光に照らし出されていた。  
配置を計算し尽くしているのだろう、白い大理石に反射された光が部屋の中心を占める噴水に集中し、細かな水滴がきらきら輝く。  
神秘的とも呼べる光景だったが、神々を象った石像は普通と少し違っていた。  
 
 凛々しい戦の女神アテナが触手に四肢を拘束され、悔しげに唇を結ぶ。  
 優美な愛の女神アフロディーテは巨大な貝に下半身を飲まれ、恍惚の表情を浮かべていた。  
 愛らしい月の女神アルテミスが無数のナメクジに全身を蹂躙され、虚ろな眼で空を見つめる。  
 妖艶な豊饒の女神デメテルに至っては腹を醜く膨らませ、満面の笑顔で産卵していた。  
 
 他の石像も、悉く神々を冒涜するものであったが、どことなく製作者の敬愛や畏怖を感じさせる不思議な魅力に満ちている。  
少女は見惚れて、自身の境遇を一時的に意識外へと追いやっていた。そんな時、  
 
 ずるるるる……ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ  
   
 背後から何かを啜るような音が聞こえてくる……なんだろう?  
とろんと蕩けた目を向けると、そこには少女が生み出した水溜りに群がる触手たちの姿があった。  
―――そん、な……わ、私の……飲まれ……て?  
 自身の成した、浅ましき所業を眼前に突きつけられ、恥辱に頬が朱に染まる。  
ところが……少女の、女として、人としての尊厳を否定する光景なのに、どうしても目を背ける事ができない。  
「い、いや……やめ……やめろっ!ああ……そ、そんな音……やめてくれ!!」  
 少女の表層が、深層に眠る願望を理解できず苦悩する。しかし、内面の懊悩とは裏腹に、少女の口許は怪しい笑みを湛えていた。  
その慈愛に満ちた表情はまるで、腹を空かせて、一心不乱に乳を吸う我が子を見守る母のようだ―――ずくんと子宮が大きく震える。  
「あっ♥な、なんだ……?これっ!?きゅうぅうう〜♥!」  
―――む、胸が……むずむずする……あ、あそこ……も、疼いて……るぅ……  
 心だけでなく、体まで少女を裏切った。粘液の催淫効果や、禁呪の副作用だけでは説明できない魔悦に、少女は戸惑う。  
何か重要な事を忘れているような気がしてならない。少女が残された僅かな精神力を集中させた、その時だった。  
「くっひいいぃぃ〜!?あぐううううう!!」  
 完全な不意打ち―――妹が再び足を進め始めたのだ。  
いつの間にか、三メートルにも及ぼうかという石造りの扉が開かれていた。  
何が起こったのか認識できず、少女は自分が絶頂したことすら気付かない。  
 
イきっぱなしの少女に成す術など無く、そのまま巨獣の顎門にも似た扉の奥へと吸い込まれていく。  
 姉妹の長い旅路の終着駅は、広大な評議場だった。  
パンテオンを思わせる球形の高い天井の頂点をくり貫いた採光窓から、神々しく天の恩寵が降り注ぐ。  
鮮血を垂らしたような紅いカーペットや、鏡かと見紛う程に磨き上げられた大理石の壁、  
そして扇状に配置された重厚な黒曜石の机に犇く闇の住人たち。  
それら全てが渾然一体となって、現世では決して見ることの叶わない冥界が、ここに現出した。  
 畏怖すべき光景に少女たちは目を見開く―――が、背筋が震えるほどの戦慄を覚えたのは一瞬だけだった。  
待ちわびた生贄の登場に、触手たちがざわめく。  
 
「来たぞ!!」「やっぱり、いい女だ〜」「あいつ、いい体、手に入れたなぁ……」「美味しそう!」「ヒサビサ ノ ジョウモノ……」  
「凄いな……あの女、イきながら歩いてるぜっ!」「早く、孕ませたいよー」「お・か・せ!お・か・せ!」「あ!?ぱんつみえたっ!!」  
 
 荘厳な場にそぐわない、あまりに低俗な歓声に呆れているのか、心なし妹の顔も引き攣っている。  
本来ならば厳粛な空気に包まれてしかるべき空間であるにもかかわらず、当の主たちがこの有様では、宝の持ち腐れと言うもの。  
おそらく、デザインした建築家は嘆きの涙を流している事だろう……凝った内装が全て台無しだった。  
 馬鹿馬鹿しい声を無視して、妹は扇の要へ淡々と歩を進める。  
そこは最も位の高い者に許された場所―――巨大な植物型触手が鎮座していた。  
 妹が姉の戒めを解く。少女は支えを失い、力なく冷たい石の床にへたり込んだ。  
「ふあっ!?んっく―――っ!!あっふぅ〜♥ひぁ……♥」  
 尻餅をついた衝撃だけで、既に出来上がっている体は絶頂を迎えてしまう。閉じる事を忘れた、だらしない口から甘い吐息が漏れた。  
少女は、濡れそぼった股間を見せ付けるようにMの字に足を開いたまま、虚ろな眼で前方を眺める。  
そこには触手の王と、片膝を着いて跪く妹の姿があった。  
そのか細い体のどこに、ここまでの胆力があるのかと訝しむ程の大音声を張り上げる。  
妹の口から紡がれたのは、本来なら知る由もない、太古に失われた言語だった。  
Pater!  
父よ!  
Serva me, servabo te.  
我を救い給え。さすれば、我も御身をお救い申し上げる。  
 
 言の葉が魔力を帯び、言霊となって触手たちの奥底に眠る本能を揺り動かす。  
古の契約は、数千年の時を経ても尚、変わることなく正常に機能した。  
触手たちのざわめきが一掃され、場内が静まり返る。針を落とす音すら響くとは、このことだろう。  
植物型が、どこにあるのか分からない重い口を開いた。地の底から這い出るような低い音が空気を静かに震わせる。  
 
Omnia vincit Amor.  
愛の神は、全てを打ち負かすことができるという。  
Amor omnibus idem.  
愛は全ての生き物にとって等価値である。  
Odi et amo.  
余は憎悪し、そして愛そう。  
Tu fui, ego eris.  
かつて余は汝であった。汝も余となるであろう。  
 
 ただならぬ雰囲気に、虚空を見つめていた少女の目に光が宿る。  
―――こ、この儀式は、まさか……そんな……こと……  
 低い声が力を増し、群集に向かって投げかけられる。  
計算された音響効果に従い、音が幾度か反射し、天上からの神の啓示と成って全てを支配した。  
 
Patres conscripti!  
建国の父たちよ。 新たに加わった者たちよ!  
Date et dabitur vobis.  
与えよ、さらば与えられん。  
Da dextram misero.  
哀れな者に右手を差し出せ。  
 
 少女は悟った。妹の願いを。  
 少女の悲痛な思いが、絶叫という実体を伴って、細い喉から迸った。  
 
―――やめろ!!!―――  
 
 王の呼びかけに、触手たちが唱和する。  
地獄からでも優に天国へと届くであろう狂乱が、議場そのものを震わせ、少女の切なる訴えをかき消した。  
 
Amor animi arbitrio sumitur, non ponitur.  
我らは、愛することに決める。我らは、愛することを止めない。  
Ede! bibe! lude! post mortem nulla voluptas!!  
喰い尽くせ!飲み干せ!女を犯せ!死後に快楽はなし!!  
 
 女が魔道に身を堕とす事を望み、悪魔は狂喜し、その者をを同胞として迎え入れる……  
それは、伝説にのみ存在するワルプルギスの夜の再現だった。  
先刻の狂乱が、まるで幻であったかのような静寂の中、醜悪な植物型が厳かに宣告する。  
 
Pacta sunt servanda.  
合意は遵守されるべきである。  
Accipe quam primum: brevis est occasio lucri.  
出来る限り早く受け取るがいい。利益の機会は短いのだから。  
打ち拉がれるえど、所詮は儀式、何の拘束力もない。だが、宣誓で偽りを述べる事は原理上不可能だ。  
その意味する所は、妹の口から発せられる言葉は全て本心であると言う事。少女が焦るには理由がある。  
 妹が、ゆらりと立ち上がった。群集に向き直る。少女は愛する妹の表情を見て驚愕した。  
 
Ventis secundis, tene cursum.  
流れに身をまかせよ。  
Dabit deus his quoque finem. Forsan et haec olim meminisse iuvabit.  
いつか、人の身であったことを思い出すことすら、汝の喜びとなるだろう。  
 
 妹の顔は、歓喜とも嘆きとも取れる不可思議な愉悦を、満面に湛えている。少女は成す術なく、契約の締結を見送った。  
 
Omnes una manet nox.  
我々すべてを、同じ夜が待つ。  
Non sum qualis eram.  
我は以前の我ではない。  
Amicitiae nostrae memoriam spero sempiternam fore.  
我々の友情の記憶が、永久なることを望まん。  
 
 こうして妹は、狂気の具現たる触手の仲間入りを果たしたのだった。  
絶望感に打ち拉がれる少女を尻目に、新参者が口を開く。  
「僭越ながら、申し上げたき、議がございます。」  
 王は“我が子”の自己主張に仄かな違和感を覚えつつ、許可を出した。  
「……よい。許す。」  
 妹の言葉は、その場の誰にも予想のつかないものだった。  
「我が愚姉は、正式な裁きを受けられたわけではありません。」  
 こいつは何を言い出すのかと、触手たちが困惑の度を深める。  
「あの者は、御身を害する為に、あの様な浅はかな行動を取ったわけではございませぬ。私は裁判の開催を求めます。」  
 妹は凄烈な笑みを湛えて、言葉を続けた。  
「我が愚姉は、底抜けの淫乱でございますから、全ては自身が浅ましく快楽を貪る為の手段であったに相違ありません!」  
 にっこり嗤って、少女の瞳を真正面から見据えた。  
 
『次回』  
「少女の弁明」前編  
(どき♥どき♥ まじょさいばん)  
 
 

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