● 宇宙刑事、訓練中!? ● Report 1
「ひ…あぁ……ん、…ぅ……」
まだ未成熟な柔肌に、ぬらりとした幾本もの触手が絡みつく。
僅かに抵抗の素振りを見せたものの、その声は今にも消え入りそうで、掠れてきっていた。
狂ったように叫ぶのも、泣いて許しを乞うことも無駄であると悟った少女は、瞳に暗い影を落とし、
全方向から押し寄せる暴力に打ちのめされていた。
少女を絡めとっている触手はその一本一本を糸を手繰るように操り、無防備な細身の体躯への侵略を続けている。
「―――――っっ」
すんなりと膣内への侵入を果たした触手達は、我先にとその最奥へ己自身を突き込む。
あまりの衝撃に少女の身体だ激しく跳ねたものの、周囲の触手達が四肢を束縛したまま放そうとはしなかった。
やがて触手たちは一斉に熱を帯びた白濁をぶちまけ、すっかり弛緩した腿を、そして秘所を汚していく。
この惨劇が始められてから既に三日三晩、少女は一度たりとも休む暇を与えられず犯され続けている。
限界を超えた身体はあちこちが既に彼女の意識を離れ、粉々に打ち砕かれた精神も、ついに戻ってくる事は無かった。
ここに連れて来られる前、自分は何をしていたのか。誰と会話をしていたのか。それどころか、自分が何であるのかさえ、
もう彼女は忘れてしまっていた。
剛直に貫かれても得られる悦びは無く。伴う痛みさえ感じることができない、ただの人の形をしたモノ。
啼かず、動かず、喚きもしない。壊れてしまった玩具は、もはや必要無いとでも言うのだろうか。
乱暴に振るわれた数本の触手から少女の体は投げ出され、糸の切れたマリオネットのように動かなくなった。
明かりが灯っていないこの部屋の隅では、少女と同様に玩具として扱われ、『壊れたので棄てられた』女たちが放置されている。
すると、いままで各々が意思を持っているかのように蠢いていた触手たちが動きを止め、一箇所へ集った。
一見すると蛇か何かが絡み合った毬のような形をしたソレは、声にならない息を漏らしながら、部屋に唯一ある窓を見上げる。
時刻は、深夜から明け方へと移り変わろうとしていた。黒一色だった空に白い筋が入り、次第に夜を裂いていく。
夜が明けることが気に入らないのか、ソレはシュルシュルと不気味な音を立てると、日の当たらない暗闇の中へ飛び込んだ。
銀河連邦警察―――。
バード星に本拠地を置き、この広大な宇宙に生きる人々の安全を守るべく
数多の惑星に蔓延る凶悪犯罪者達を取り締まる【銀河の正義】の象徴。
しかしながら、いまだ外宇宙へとその目と足を伸ばしていない辺境の幼い星、地球においては
彼らの存在は認知されておらず、それ故に多くの宇宙犯罪の温床となっていた。
そのため、多くの若き宇宙刑事達がこの惑星に派遣され、人知れず過酷な任務をこなし、成長していった。
いつしか銀河連邦警察本部からも、有望な新人達の登竜門として認識されているこの惑星に、
二人の宇宙刑事訓練生が派遣される所から、この物語は幕を開ける……。
綾辻 郁(あやつじ いく)。
それは、彼女が地球で名乗る名前として銀河連邦警察が用意したものだ。
出発前に与えられた地球での任務や生活に必要となる資格や書類には、全てこの名前が使われている。
地球の言語体系の名前は、彼女の故郷であるバード星では馴染みの薄いものだ。
しかし彼女には、むしろ慣れ親しんだものだといえる。
彼女の祖母が地球人だったからだ。
宇宙刑事として地球に派遣された祖父と偶然出会い、恋に落ちたという話を何度も聞かされて育った彼女は、
地球という惑星に並々ならぬ興味と関心を抱くようになっていた。
正直な話、宇宙刑事を志した理由は『地球をこの目で見たい』という願望の方が大きい。
未だ外宇宙への進出を果たしていない、地球のような惑星への渡航、そこに住む人々との接触は、原則として禁止されている。
銀河連邦警察の目を逃れて辺境に本拠地を置く傾向にある宇宙犯罪者達を検挙する、という名目を持った
宇宙刑事は、公的に地球のような惑星への渡航を許される、数少ないケースの一つである。
しかしそのような任務は宇宙刑事の中でも選りすぐりのエリートか将来が期待される有能な新人が任ぜられるのが常で、
彼女のようにアカデミーを卒業したばかりの新米がこうして辺境へ派遣されることは、極めて珍しい事だった。
ただ当事者の彼女自身は、そのような自覚など殆ど無く、ただ祖母の故郷の土を踏めることを楽しみにしているほどだ。
「『地球は青かった』……ユーリイ・アレクセーエヴィチ・ガガーリン! うわ、ホントに青いんだぁ……」
「事前に渡された資料にも記載されていたはずだけど? それも写真付きで」
超次元戦闘母艦『アルター』。その待機室に設置されたモニターに張り付いて目を輝かせていた郁に冷ややかに声をかけたのは、
同じく宇宙刑事訓練生として地球への派遣されてきた日比谷 ルイ(ひびや るい)だ。
郁とはアカデミー時代の同期で、男性が多い生徒の中でも常にトップの成績を修め、
人並み外れた風貌と実力から、尊敬とからかいと嫉妬を込めて【クィーン】と呼ばれた筋金入りのエリート訓練生である。
その高名たるや、家柄や家系というものに疎い郁の耳にも『彼女の親族は皆、銀河連邦警察で重要なポストについている』といった情報が入るほどだ。
「でも、写真で見るよりずっと綺麗だと思わない? ……ほ、ほら。この北アメリカ大陸とか」
「別に。それにそろそろ到着よ。貴女もさっさとシートに戻りなさい」
そう言うとルイは自分のシートに身を委ね、瞳を閉じた。――― これ以上寄るな、話すな、関わるなという意思表示。
バード星を発ってからというもの、ずっとこの調子である。
郁が食事に誘っても、地球の話をしようとしてもハッキリと拒絶されてしまう。
ルイの気位の高さは承知していたものの、ここまで明確に嫌悪される理由について、郁自身には思い当たる節がまるで無い。
結局、彼女は相棒となる存在を理解できないまま、全くといっていいほど歩み寄れずにいた。
……なので郁は早足気味にブリッジへ向かい、この数日間で随分と歩み寄れた三人目のパートナーと話すことにした。
「Me-GU、調子はどう?」
「異常ありません。予定では32分後に衛星軌道に到達。『アルター』を停艦、隠匿し『アルタートップ』にて地球に降下します」
ブリッジ中央のコンソールに埋もれるように座っていた小柄な少女が、無機質に答えた。
Me-GUは、これから地球で行われる実地研修という名の事実上の初任務を遂行するにあたり二人が本部から与えられた拠点であり、
同時に最大の戦力でもある『アルター』の制御と管理を一手に担う、多目的支援型アンドロイドである。
艦内の清掃から宇宙犯罪者との戦闘までこなす彼女と、郁は旅の間の艦と彼女自身の整備を手伝う内にすっかり打ち解けていた。
もっとも、Me-GU自身はそんなことを口にしないため、郁の主観だけの話ではあるのだが。
「そっか……Me-GUに任せておけば地球まで安心安全、と。でも、Me-GUもこれが初めての任務だよね? 不安とか、無い?」
「はい。確かにこれが稼動後、初の任務になります。が、」
「……が?」
「『不安』が意味する精神状態は理解しかねます。セオリー通りに行動すれば大抵の問題は回避可能です」
「セオリー通り……。うへ、そーいうの一番苦手かも」
「―――。郁は、セオリーやプランに従わずに行動するのですか?」
「いっつも考え無しってわけじゃ無いけどね。近接戦とかやってると、一瞬の駆け引きが重要な場面ってよくあるし。勘だね、勘」
「『勘』の定義を教えていただけますか」
「定義、って言われても……口で説明するのは難しいんだって。ピーンとくるっていうか……ビビッとくるっていうか……」
「……。興味深いです」
「そう? 皆そんなものだと思うんだけどなー……」
「興味深いです」
対照的な三人を乗せて、巨大な艦は青く輝く惑星へゆっくりと進んでゆく。
しかし、彼女たちはこの惑星を包む大きな闇に、まだ気づいてはいなかったのだった……。
『セーフハウスには無事、到着したようだね。二人ともお疲れ様。……あぁ、でも本当に大変なのはこれからだね』
「はい! 気合入れて頑張ります!」「いえ。お気遣い感謝致します、監督官殿」
無造作に荷物が積まれただけの部屋。男性の声で語るMe-GUに、郁とルイは敬礼の形をとったまま返答した。
声の主はアカデミーでの教官でもあった宇宙刑事、ヴェイカー。まだ若いがこれまで幾つもの犯罪組織を壊滅させた実績を持ち、
かつては地球に配属された事もあるという。その経験から今回の訓練生の地球での実地研修の監督官を任じられていた。
二人にとっては師でもあり、最も身近な先輩でもある。
『本当は俺もついて行くべきなんだけど、近頃は本部の方も立て込んでてね。しばらくの間、Me-GUに補助してもらうことになる』
「了解です。監督官殿と合流するまでに、捜査の下準備は済ませておきます」
『ああ、頼むよ。でもルイ、仕事ばかりに精を出すんじゃなくて、ちゃんと羽も伸ばすんだぞ』
「は…?」
『しっかり休息も取れってこと。まぁ、そっちの方は郁に任せておこうかな』
「はいっ! お任せください!」
じゃあよろしく、と告げて、ヴェイカーは通信を終えた。
今度の新人―――綾辻 郁は重度の地球文化(特に日本)オタクである、という噂は、アカデミー時代の同期や先輩を通じて、
銀河連邦警察の中に身を置く者に知らない者はいないほど浸透していた。
「ふふん、せっかく地球……それも日本に来たことだし、行くべき場所は沢山あるよね!」
「それよりもやるべき仕事をこなしなさいな。私達は遊びに来たわけではないのよ?」
「わ、わかってるってば。……で、まずは何するんだっけ?」
「…………まぁ、いいわ。Me-GU、説明してあげて」
名を呼ばれ、本部との通信が切れてから二人の背後で黙々と荷物を片付けていたMe-GUが振りかえる。
彼女の身の丈の倍近い大きさの冷蔵庫を置くと、
「現在、我々全体に与えられている任務は16件。うち5件を郁に、11件をルイに担当してもらうことになっています」
「あ、あれ? 私の仕事、少なくない……?」
「いいえ。郁は地球での生活や地理について詳しいとのことですから、外回りの任務を主に担当してもらいます」
「では報告やデスクワークは私の担当ということね。Me-GU、必要な情報をまとめておくから、後で回して頂戴」
「承りました。ですがその前にお二人に優先して取り掛かってもらいたい任務があります」
「「何?」」
「引っ越しの作業を手伝ってください。私には本来、メード機能は搭載されておりませんので」
そして、時刻は深夜。
静まり返った夜道を、スーツ姿の女性が足早に歩いていく。
点在する街灯で視界は確保されているとはいえ、暗闇というのは人の心を不安にさせるものだ。
彼女が帰宅のためにわざわざ人通りの少ないこの道を選んだ理由は、彼女の抱える問題に比べれば些細なことであった。
部下が犯した手痛いミスによって、会社の業績が大きく傾きかけている。
もはや取り返しのつかない状況とまではいかないが、油断はできない状態だ。
そんな時に上司である自分が不安な顔を見せていては、士気に関わる。
表通りを歩けば部下と否応無しに部下に顔を合わせることになってしまうだろう。
少々遠回りになってしまうが、元々自宅まではそれほど遠くも無い。
家に帰ってシャワーでも浴びて、冷静に今後の事を考えよう。
不運が過ぎ去った後には、必ず好機もやってくる。きっと大丈夫だ。
そう考えると、自然と足取りも軽くなる。
だから、彼女はソレの接近に気づかなかった。
昼間は子供達が元気に走り回っていたであろう公園。そこへ差し掛かった時、目の前を急に何かが横切った。
「きゃっ……!? な、何……?」
たまらず尻餅をついた彼女は、目の前に現れた物体を前に、当惑した。
暗がりに浮かび上がる、ちょうど彼女の腕で一抱えほどの大きさの球体。
それが宙に浮き、彼女の前で静止している。
「……?」
何をするでもなく、浮遊したままの球体。
不信感を覚えながらも、彼女の手は自然とその球体に伸びていた。
関わらないほうがいい。今すぐ逃げ出さなければ。
頭では分かっていても、身体が言う事を聞かない。
いつの間にか、球体の中央に大きな目が見開かれていた。
いや、実際は最初から開いていたのかもしれない。
為す術無く、指先がそっとソレに触れた。
「ひっ…ぁ―――」
夜明けはまだ遠い。
そう、彼女は気づいていなかったのだ。
不運はまだ、始まったばかりであったと。