「誰だよそれ」  
「いや、私が聞いてるんだけど?」  
「だって知らないもん。お前の友達か?」  
 何度聞いても知らないの一点張りである。  
「ほんっとーにとぼけてるんじゃないの?」  
「うわ、疑うの!?いーよわかったよ!早川に聞いてみる」  
 頭をぽりぽり掻き悩みながら携帯を弄りだすところをみると、どうも本当に知らないようだ。  
「もういいよ。ほんっとーに知らないのね!?」  
「知らないってば!あーもしもし早川?お前ユカリって女知……うおいっ!!」  
「あの、ごめんなさい、ほんっとーに知りません?」  
 イチから携帯を引ったくると自ら早川を問い詰めた。  
『本当に知らん。……何だ、八神が何かやらかしたのか?』  
「いえ、それを確かめようと」  
『それなら心配いらん』  
 何故ですか、と速攻で返ってきた答えにまた速攻で返す。  
『そいつはヘタレてるかもしれんが信念は曲げない奴だ。だから絶対それは無い。俺が保証する』  
 きっぱりと言い放つ早川の自信有り気な言葉に納得せざるを得ないような気がして、香子は静かに携帯を切った。  
 
「早川何だってー?」  
「知らないって」  
「だろ?ていうか誰だマジで。お前どこで聞いたのそんな女」  
 香子は脱衣所の出来事を話した。  
「彼女ねえ……。その娘ら多分うちの隣の部署だと思うんだけど覚えないなぁ?そんな名前の女子社員  
 いたっけな……?明日島田さんに聞くわ」  
 その名前に香子は「あっ」と思った。  
 その場を去るとき誰かに挨拶された気がするのだが、気が動転していて顔もろくに見ず出て行ってしまった。  
 明日ちゃんと謝っておこう、などと考えていると、イチの腕が伸びてきて胡座の上に乗せられた。  
「つーかさ、お前ひょっとして俺が浮気してると思ってんの?疑ってるわけか、自分の亭主を」  
「違うの?」  
「違いますー!っていうかまだ新婚だぞ!?これからって時にそんなあほな事するか!!」  
「だって」  
「だってじゃない!俺は浮気なんか絶対しない。しないったらしない!!」  
「そ、そんなのわかんないじゃん。人の気持ちなんか変わっちゃうんでしょ?イチ君が言ったんだよ」  
「それは……」  
 言ったけど、と一瞬言葉を詰まらせた。  
 
 だが絶対やらないと頑なに言い張るイチに香子も意地になって食い下がる。  
「どうしてそんなに言い切れるの?」  
 何度も態度を崩さず答えるイチの気持ちを信じたい気持ちもあったが、だからといって言葉通り受け  
取ってしまうのはやはり恐いのだ。  
「それは」  
「それは?」  
 
「……一度やった事があるからだ」  
 
 自分を抱くイチの手を見つめながら香子は表情を固めた。  
「これを話したら、お前俺の事嫌いになるかもしれない」  
「どう……いう事?」  
 一度裏切りを犯した事があるのだ。いつ?何故?――誰を?  
「お前が俺を百パーセント信じられないなら仕方がない。でも俺は信じて欲しい。だから、聞いて欲しい。  
 お前は……嫌かもしれないけど」  
 複雑な気持ちを渦巻かせながら、それでもそれを知らなければならないような気がして、香子はイチの  
腕をだくように自らの手を重ねる。  
 
 その温もりを確認すると、イチは香子の耳元でぽつりぽつりと話し始めた。  
 
 
 交際していた彼女に二股を掛けられた挙げ句振られ、傷心のうちにひょんな事から出会った女性に  
一目惚れしてしまった。  
 だが彼女には子供がいた。  
 若い彼はそれも含めて愛すると誠意を表すために母親まで巻き込んで結婚を前提に申し入れるが、  
何度もそれを断られる。  
 前の失恋に続く恋愛の痛手にやけになった彼は、友人にそそのかされ酔った勢いで別の女性を求めた。  
 ――といってもいわゆる風俗だったのだが――それでも我に返ってからは、元々生真面目な彼は恋する  
女性を裏切ってしまった、顔向けが出来ないと思い悩んだ。  
 だが、その直後彼女が彼の申し出を受け入れる気になったのだ。  
 喜びと同時に二度と馬鹿な真似はすまいと心に誓ったのも束の間、僅か数日後予期せぬ事態が起こった。  
 彼女が事故で亡くなったのだ。  
 その時、遺された彼女の子供を自分が引き取る事を何の迷いも無く決めた。  
 今となっては、それは彼女が自分に愛する者の運命を託したのではないかと思えるのだ。  
 
 絶対に守り抜く。  
 その誓いは形を変え、彼の心を変えてしまったが、今もずっと守られているのだ。  
 
 少しの間重い沈黙が続いた。  
「……それって」  
「うん、そうだ」  
 裏切った女性は、引き取ったその子供は……。  
「結局俺の一方的なもんだったのかなとも思う時もある。けど後悔はしていない。ただ……その事だけは  
 今でも自分を許せない。だから絶対もうしないって決めた。惚れた女に悲しい想いさせて傷付けて、  
 自分も傷付いて、幸せになんてできるわけないじゃんか。……愛してるんだ、お前を。俺の手で幸せに  
 したいと思ってる。だから死んでも裏切らない。……軽蔑されたって仕方無いけど」  
「……しないよ。平気かって言われりゃ微妙だけど。ちゃんと話してくれたから、イチ君が苦しんで  
 きた事、ちゃんと受け止める。だから……」  
「香子」  
 ありがとう、と膝の上の躰を強く抱き締める。  
「明日マジで島田さんに聞いてみよう。あ、友達って早川じゃないから。もうそん時マナちゃんいたし」  
 早川もその頃のイチの痛みを解っていたのだろう。  
 『保証する』と言ったその言葉の重みを含めて、香子は全てを信じようと思った。  
 
「ところで香子。その格好はかなり目の毒なんだが」  
 言われて香子はショーツ一枚でイチの膝に乗っかって抱き付いている自分の状況に気付き、慌てて  
離れようとして逆にしがみつかれた。  
「はーなーしーて!ちょ、浴衣取るから」  
「だめー。さっきの続きをします」  
「えええ!?」  
「……と言いたい所だがゴム無いんだよ」  
 残念、と名残惜しそうに乳首を探る手を香子の手が咎める。  
「もう!……でも、イチ君が欲しいなら私は……」  
「まだいいよ。どっちでも」  
「本当にいいと思ってた。そうなったらイチ君は離れていかないかも、って。……でもダメだよね、そんなの」  
「そんな事考えてたのか?だめだよ。そんな気持ちなら、産まれて来る子供が可哀想だよ」  
「……ごめんなさい。き、らいに……」  
「ならない。ならないけど」  
「けど?」  
「やっぱりお仕置きが必要かな?」  
 
 ニヤリとするイチの表情に何となく嫌な予感がした。  
 
 香子を押し倒して帯を拾うと、あっという間に両手首を縛り頭の上に上げた。  
「え……えええっ!?うそっ」  
「さっきいいっていったじゃん」  
「そんなぁ……」  
 膝を大きく曲げ割って入り込むと、イチも着ていた浴衣を脱ぎ捨てる。  
「酔ってるから、なんてね。あー、俺やっぱり変態かもな。ロリコン確定だしさ」  
「え、そんな」  
「だって俺、中学生に惚れてたんだぜ」  
「はあぁ!?」  
 頭上にある腕を片手で押さえると、もう片方の手で体を支えながら香子を見下ろす。  
「母さんが死んだとき、お前、葬式が終わった後ずっと俺の手握って側にいてくれた。『私がいるから』って  
 真っ赤な目してさ。あん時『ああ、俺は一人じゃないんだ』って凄く心強かった。同時に絶対こいつを  
 不幸にしたくないと思ったよ。だから諦めようともした」  
 自分を手離そうとした時の『他人に受け入れられなければ不幸になるのは避けられない』と言った  
イチの気持ちが今の香子には痛いほどわかった。  
「その前はまさかのランドセルだし、高校の時は完全に惚れてた。だから正確には解んないけど、多分  
 自覚したその頃より前には好きだったのかもな、お前の事」  
 僅か13、4の女の子に惹かれていた自分を抑えるために、どれだけ苦しんできたのか。それは香子  
には知る由もない。  
「あーあ、育ててモノにした大事な嫁にソフトSMやらせてる俺は、やっぱり立派な変態だよ……」  
「じゃあやめ」  
「やだ。こんなの香子にしかしないもん」  
「もん、じゃない!」  
 じたばたともがいてみたところで、香子の力じゃどうにもならない。  
 せっかくの愛の告白もこれじゃあ感激するどころじゃない、と真っ赤に頬を膨らませた。  
「じゃ、何してほしい?」  
「は?」  
「このままじゃつまんないだろ?だから香子の言う事聞いてあげよう。どうしたい?」  
「じゃ解いて」  
「それはだめ」  
「即答!?」  
「俺を疑った罰ですよ奥さん」  
 くーっと歯を食いしばって睨む香子を愉しげに見下ろして笑っている。  
 どうしてこの男はこういう時だけ強気なんだろう。  
 
「イジメっ子!!」  
「なんだ?イジメられっ子」  
 何を言ってもへらへらと笑っているイチが無性に憎らしい。絶対何も言うもんかと口をへの字にして  
そっぽを向いた。  
「……」  
 少しの間があって、突然胸の先にびりっと電気の流れたような衝撃が走った。  
「やっ!?」  
 イチの長い指の先でこりこりと摘まれ弄られた胸の先端が、勝手に尖ってつんと飛び出してゆく。  
「……っあ、なにし」  
「いや、言わないから勝手にやらせて貰ってるけど?お構いなく」  
「そん……なああっ!!」  
 親指と中指で挟んだ桃色の乳首の先を、人差し指で撫でて転がす。  
「ん」  
 押さえられた両腕ではそれをはねのける事も叶わず、きゅうと胸の中に押し込まれるように圧されると  
背中を反らして身悶えしてしまう。  
「や……やあ……あ」  
 ぴく、ぴく、と白く柔らかな肌を、単調なそれだけの動きで面白い程小刻みに震えさせる様を見て、  
イチは一見眉一つ動かさず香子を眺めているように感じられた。  
 実際はカラカラに渇いた喉を潤すのも忘れて、熱くなるばかりの溜め息を洩らしていたのだが――  
香子には自分の一点に与えられる刺激に堪える事で精一杯だったのだ。  
「イチく、ん。ねぇ」  
「ん?」  
「解いて……」  
「聞こえない」  
「やだ……お願い。じゃせめて暗くし」  
「却下」  
 何を言ってもしらっとかわされてしまって、さすがに香子もカチンときた。  
 こうしていても弄り倒される胸の感覚に躰が跳ねて、喉から声が押し出される。嫌よ嫌よも何とやら、  
言葉と反応が噛み合っていない現状に苛立ちが募る。  
「だったら、やめ、てよぉ……もうやだ……」  
「嘘だね」  
 縋るような気持ちで請うた願いも虚しくイチは一蹴し、いきなり屈むと、痛々しい程朱く張り詰めた  
胸の蕾にぺたりと広く舌を押し当てた。  
「うっ、うあっ……ああっ!!」  
 度重なるイチの言葉の仕打ちにどうしようもない屈辱感を感じて、背中を仰け反らせたまま涙を流した。  
 
「もうやだあ!やめて!!イチ君のばか、ばかーっ!!」  
 ちう、と乳首を吸いながら上目遣いに香子の泣き顔を眺め、黙ってそれを続けながら太ももをさする。  
「やめてってば!触んないで……イチ君なんか嫌い!大っ嫌い!!」  
 ぴた、と動きが止まり、唇が離れ濡れた胸が露わになった。  
 イチはそのまま体を起こすと、押さえていた香子の両腕から手を離しベッドの端に腰掛けた。  
「イチ君?」  
「やめたよ」  
「え……」  
「やめろっつったじゃん。だからやめた。嫌いなんだろ俺の事。だから触んない」  
 何を今更、と呆れ返って声も出なくなった。ただ怒りに任せて口をぱくぱくさせている香子をチラリと  
肩越しに振り返り、意地悪く呟く。  
「言っとくけど解かないよ。触んないで欲しいんだろ?」  
「うっ……」  
 完全に拗ねている。酒が入ると幼児返りする傾向が普段より強いのだが、これは酷い……。  
 香子は煌々と照らされる灯りの下に、あられもない格好で放置される羽目になった。  
 
 ふてくされる三十路前男を『勝手にしろ』と無視を決め込み、香子もだんまりを決め込んだ。  
 だが、胸の前に持ってきた両腕は相変わらず自由はきかず、置かれている状況に段々不安になってきた。  
 裸でいるのも何かと心細い上に、さっきまで側にあった下手すれば鬱陶しい程の温もりが今は遥か  
遠くに感じるのだ。  
「イチ君……」  
 恐々掛けた声にイチは肩を震わせ、チラリと見返しまた俯いてしまう。  
「何よ。怒りたいのは私の方じゃん!」  
「怒ってない」  
「んじゃ何」  
「……嫌いって」  
「は?」  
「香子俺の事嫌いだってゆった〜」  
 言ってがくーっと脱力して背中からベッドに倒れ込む。  
 足下に転がるでかい図体を見て香子もまた脱力して溜め息をついた。  
「あのね……何その言い方。泣きたいのはこっちなんですけど?なーんですぐそうなるかなぁ!?だから  
 酔っぱなイチ君はや・な・の!!……こんな事しなけりゃ嫌いだなんて言いませんー」  
「ほんとにぃー?」  
 いい大人が叱られた幼児みたいに上目遣いで見つめてくる。それに頭痛を覚えそうになりながらも  
なんとか我慢した。  
 
「わかったら解いてよう……」  
「それはやだあー」  
「何でっ!」  
「だってエッチな香子が見たいんだもん。いっつも好きにさしてくれるけど、たまにはお前の好きに  
 してみたいつうかさ〜」  
 要は香子に主導権を握らせたかったわけだ。そうやって虐めて辱めて、自分から求めさせてみたかったのだ。  
「だったら言うこと聞いて。解いて。こんなのやだ」  
「えー」  
「だってこれじゃイチ君に触れない。そんなの寂しい」  
 イチが起き上がって香子の腕を取る。  
「思いっきりしがみつきたい。抱き締められたい。ぎゅーってして、そんでキスして……それから」  
 帯が解かれ、香子の上にのしかかるように抱き締める。そのイチの背中に自由になった両腕が廻される。  
 自分がこれほどまでに誰かに求められた事があっただろうか、と胸が熱くなる。  
「ごめんね香子」  
 軽く触れるだけのキスを交わす。  
「イチ君のしたいようにして。そうやって愛して……」  
 それに唇を重ねて応える。何度も、何度も。  
「電気は」  
「それはやだ。嫁の裸見えないーたまには見たいー」  
「駄々っ子か!……んっ」  
「あーそうですよ」  
 首筋を舌でなぞりながら尖りきった胸の先を指でころころと転がす。  
「は……あんっ……」  
「恥ずかしい方が気持ち良いんだよ」  
 舌を胸元まで下ろして這わせながら、片手を下着の中に滑り込ませる。  
 つるっと滑らかに湿りを帯びた秘所へ指が吸い込まれていき、簡単に窪みの中へ沈んでいった。  
「ほら、こんなにすぐ入ってく」  
「う……そ。んっ……」  
 つぷ、と驚く程簡単に何の違和感も無く長い中指がくわえ込まれてゆく。  
「見ていい?」  
「あ……あ……」  
 返事にならない声を聴きながら、差し込んだ指はそのままに空いた手で下着を捲りにかかる。  
「便利だなこれは」  
 両端が紐になった薄く白い布切れは儚くその形を崩してしまった。  
 はらりと剥ぎ取られた後には、ジワジワと滲み出る雫を纏った指がせわしなく律動を繰り返す様が  
開かされた白い両脚の中心に浮かび上がっていた。  
「ひぁ」  
「いやらしくて可愛いね」  
 く、と噛まれた耳朶に首を竦めて悲鳴をあげる。  
 
 指を抜くと香子の腰を掴んで躰を起こし、自分の上に乗せて横になった。  
 自分が上になるのかと覚悟を決めた所で  
「間違えた。反対だ。香子、あっち向いて」  
と言われ、ぼーっとしながらイチの足下を向いてその上に跨ったところで我に返った。  
「ありゃ?」  
「じゃ、お願い」  
 気が付けば四つん這いで男の上に跨る自分がいる。しかも目の前には下着を下ろして剥き出しになったアレ。  
 いくら疎い香子でもこれが何を意味するか位は解る。チラッと振り向いてみればお願い顔のイチと  
目が合って、断りきれない自分の甘さに情けなく唇を尖らせる。  
「……ひゃっ!?」  
「早くー……俺もう待てないぞ」  
 突き出たお尻を撫でられたかと思うと、突然クリトリスを摘まれる。  
「あ……ん」  
「狡いぞ、お前」  
 ぬるぬると溢れる愛液を指で掬い塗り付けて転がす。  
「は……んっ」  
 自分の下半身に意識が持って行かれてしまいそうになるのを必死に堪えながら、ピクンと波打つイチの  
それに舌を滑らせる。  
 つうと流れる自分の唾液と先端から滲み出る雫の混ざり合いを味わいながら、ひたすら奥までくわえ込んで  
舐め尽くそうとする。  
「お前上手くなったなぁ……」  
 根元を包んでゆっくり擦りながら唇を離す。  
「えっと……気持ち良い?」  
「ああ、いいね」  
 はあ、と低く呻くような声を漏らすと香子のお尻を掴んで引き寄せる。  
「え……やあっ!?」  
 改めて自分の姿を省みれば、明るい部屋でもろに全てを晒してしまっている事実に愕然とした。  
「よーく見えるよ。香子の大事な所」  
「やだあ!!」  
 真っ赤な顔で首を振る。だがそれと同時に熱い柔らかな舌がじゅるりと音を立ててそこに滑り込んだ。  
「……あ……あ……っ」  
 立てた膝はがくがくと震え、背中を走るじんとした衝撃に「くう」と喉を鳴らして仰け反った。  
 ぼんやりとした視界に映るイチのモノを掴まるようにまた手のひらで包み、ただ夢中で舐め尽くした。  
 
 互いにただ貪り合う水音だけがしんとした部屋に響き渡る。  
「は……香子……いつもより凄い?」  
「……ん……ふ……っ」  
 ぷは、と口一杯に膨れ上がっていたモノを舌で押し出し、顎まで濡れた顔を手の甲で拭う香子の恍惚と  
した女の顔にイチは舌を止め唾液を飲み込んだ。  
「エロくなったな……お前」  
「誰のせいよ、ばか」  
 潤んだ瞳にまたぞくぞくしながら向きを変えて再度跨らせ、  
「な……今大丈夫なら、してもいいかな?」  
と許しを請う。もう我慢がきかない。  
「多分大丈夫。もし……しても私は」  
「うん。わかってる」  
 香子のそれにあわせて二、三度擦り付けると一気に押し上げてお尻を掴んだ。  
「ああっ!!……っくう」  
「香子……いいよ」  
 呻きながら絡み付くような熱く濡れた粘膜の潤みを味わおうと腰をぐいぐいと震わせる。  
「夫婦だもんな俺達……」  
「ん……あ……っ、イチ君、や、おっきいよ。あ、あ、ああっ!!」  
「香子、見て」  
 揺さぶられながら見下すそこは、互いのそこを覆う茂みが絡まり合って何とも言い難い姿を晒している。  
 香子の白く丸い柔らかなお尻を伝い、イチのそれと混ざり合って溢れる雫がシーツを濡らす。  
「はあっ……はあ……」  
 クチャクチャと湿ったのと肌同士のぶつかるパンという渇いた音が、非日常的なこの場に於いて自分達が  
世界から隔離されてしまったかのような感覚を造り出す。  
 ふたりきり。  
 ここにあるのは互いだけを求め合う、ただそれだけの存在と時間。  
「香子、いい?出したい。イキたい……」  
「ん……あ、いいよ。出して……出してぇ、あ、やああんっ」  
「う、いいよ。イく、イくぞ、香……っ!!」  
 ぶるんと大きく震えて彼女の中で一層いきり立つと、同時にじゅわっと熱い飛沫を体内に放り出す。  
「熱……いよぉ」  
 じわっと目尻に涙が滲み出る。  
「イチ君……大好き」  
「俺も。好きだよ、香子」  
 差し出したイチの手のひらに自らの指を絡ませながら、香子は流れる白濁をぼんやりと眺めた。  
 
 シャワーを浴びて乱れたベッドを整えていると、ぐうとお腹が鳴る音がした。  
 思わず赤面した香子に  
「さっき売店で買ってきた」  
とイチは部屋にあったお湯を入れてカップ麺を出してやった。  
「飯、持ってきてやれなかったから。こんなんしかなかった」  
「……ごめんね」  
 いただきます、と啜り始めた香子を見て、自分も腹が減ったとイチも余分に買ってきたカップ麺を出す。  
 二人で夜中に何してるんだろう、と何だか可笑しくなって、くすくす笑いながらそれらを食べていた。  
「なあ香子」  
「なに?」  
「お前はいい嫁さんだよ」  
 箸を止めてイチの顔を見る。  
「お前は自分がいるから俺が苦労してきたと思ってるだろ?でも逆だよ。香子がいなかったら今の  
 俺はいないと思う」  
「そんな……だって、イチ君ずっと生活に追われてきたじゃない。私がいたからやりたい事もろくに……」  
 一流の建築士になりたい、それがイチの目標だった。だが、生活に追われてそれが疎かになっているの  
ではと香子は常々気にしていた。  
「それは心配ない。今の会社では前よりやりたい仕事が出来てるしちゃんと頑張れてる。それにお前が  
 いたから逆に頑張ろうって気になれたんだ。一人だったらきっといい加減にやって来た事沢山あったと  
 思う。香子がいてくれたからここまで来れたんだよ俺は」  
 確かに一時は苦労はした。だからこそ踏ん張れた。二人で頑張らなくてはどうしようも無かったのだから。  
「男はな、守るものがあればずっと強くなれるもんなんだよ。お前をひよこなんて言った事あったけど、  
 ひよこどころか卵だ。金の卵だよ。支えてきてくれたからこそ、俺は逆に仕事をちゃんとこなして  
 来れたんだ。だからお前は最高の女房だよ」  
 
 一人じゃないから。  
 二人だったから頑張れた。生きてこられた。  
 
「幸せにするから、これからもずっとついてきて。だから、俺を信じて」  
 
 温かな湯気の向こうで笑う顔に、香子は泣きながら精一杯の笑顔を返した。  
 
* * *  
 
「あ、また野菜が少ない」  
 翌朝の朝食バイキングの席で香子の厳しいチェックが入りびびるイチ。  
「えーそうか?いーじゃん面倒くせー」  
「だめ!お腹出たらどーすんの!?」  
「何だよ。お前そんなの関係ないんじゃなか」  
「ハゲは仕方ないけどメタボは病気!だから防げる物は防がなきゃだめなの!!」  
 声を殺して笑う早川の側で拗ねるイチを席に残しサラダバーに立つ。  
「っとに何であんなに子供なんだか」  
 結婚してからそういう面が顕著に表れてきたようで頭が痛い。甘えられるのは嬉しいが、本当に自分が  
いなければどうなるのかと心配になってしまう。  
「八神さんの奥さん」  
 掛けられた声に振り向けば島田女史のにこやかな顔があった。  
「あ、昨日は……すいませんでした」  
 挨拶をろくに交わせなかった無礼を謝ると、体調はどうかと尋ねられ、その場は何とか和やかさを  
保つ事が出来た。  
 落ち着いた所で、香子はどうにも気になっているあのことを思い切って問うことにした。  
 
「あの島田さん、でしたよね?……ユカリさんてどなたなんでしょうか」  
「はい?ユカリさん……誰だっけ」  
「実は社員の方達が話してるのを聞いてしまって。イ……主人がその、親しいとか何とか」  
 それを聞いて暫くうーんと唸っていたが、急にはっとして  
「ああ!わかった」  
とポンと手を叩いて頷いた。  
「あの、奥さん。八神さん、女子社員から何て呼ばれてるか知ってます?」  
 言いにくそうに声と体を小さくする彼女に事も無げに  
「ああ、あれですか?……“光源氏”」  
と言い放つとほっとしたように  
「そう、それそれ!」  
と頷いた。その後気を悪くしたらと気を遣われたが、平気ですと返すと幾分か気が楽になったようで  
笑顔を交えながら話し始めてきた。  
「なら話は早いわ。光源氏の育てた妻の名は?」  
「え……えっと“若紫”、ていうか“紫の上”ですよね?」  
「正解です」  
 
 はあ、と香子が意味が解らないままいるのを見ると、島田女史はぷっと吹き出した。  
「あ、ごめんなさい。やっぱり奥さん可愛いわー。あの、紫って他に何て呼ぶか知ってます?」  
「紫が?むらさき、し……」  
「シソの葉を“ゆかり”っていったりしません?」  
 目の前でパチンとシャボン玉が弾けたようにハッとした。  
「そ、つまり、奥さんアナタの事なんですよ」  
 妻を育てた光源氏。育てられた妻の紫。  
「八神さんてお家じゃどうなんですか?」  
「どうって……」  
 寝癖だらけで伸びたTシャツは平気で着るし、甘えん坊だし、スケベでヘタレだ。――とは言えない。  
「会社では一目置かれてる存在なんですよね。一見大人しいし、柔らかで温和な感じなのに、仕事人間と  
 言うか常に緊張感の漂うまさに“仕事の鬼”って感じ」  
 嘘だあ!?  
 誰それ?と問いたくなるのを我慢して、自分の知らないイチの顔を語る彼女の話に釘付けになっていた。  
「それが奥さんの事になると終始デレデ……ごほん!にこやかなんで、一体普段どうなんだろって話  
 だと思いますよ?仕事だとあれだけがらりと切り替えられるんだから、よっぽどいい奥さんなんだ  
 なーって噂してるんですよ、いつも」  
 なんだそりゃ、と脱力しかけた。“彼女”と言うのも自分がイチを“彼”と呼ぶようなもんだったのだろう。  
つまりは隠語、解れば実に単純な話だ。  
 
 島田女史と別れてテーブルに戻ると  
「何話してたの?」  
と待ちくたびれて空腹に耐えられない大きな子供が待っていた。  
「内緒。これ食べたら教えてあげる」  
「多い!これはおま……」  
「だめです。ユカリさんの正体、知りたくない?」  
 山のようなサラダの皿を見てぐっと喉を詰まらせる。  
 そんなイチを見て  
「女房心配する程……か?」  
と薄ら笑いを浮かべる早川とそれを見て微笑むその妻がいた。  
 
 
 八神伊知朗 今年29歳の実はデキる(!)ヘタレ会社員 弱点は酒と嫁?  
 八神香子 10歳年下の妻 (なのに精神的姐さん女房?)  
 
 ――つまりは、浮気の出来ない光源氏と気の短い紫夫婦ののろけ話である。  
 
「終」  
 
 

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