『亭主元気で留守がいい』  
 
 バイト先の先輩主婦が時たま口にする。  
『八神さんちは新婚さんだからそんな事無いわよね?いいなぁ、あたしもそんな頃に戻りたい。その前に  
 八神さんの歳に戻りたい!』  
 まぁ、彼女がそんな事を言うのは大抵がつまらぬ夫婦喧嘩の後だったりするので、香子も話半分に  
聞いているのだが、今日はその言葉がやけに耳に沁みる。  
 
「確かに当たってなくもないかなぁ……」  
 帰りに行きつけのスーパーに立ち寄って買い物をするのはいつもの事だが、今日はカゴの中身がいつもと違う。  
 保存のきくものや特価品に混じって、普段は買わない出来合いのお弁当(ちゃっかり値引きシール付き)や、  
朝にでも食べるつもりの菓子パンやちょっとしたお菓子等が入っている。  
 
 夫のイチが早朝から上司と出張に出掛け、遠方だけに帰りは明日になるという。なので今夜は香子  
一人きりの夜を過ごすというわけなのだ。  
 楽と言えば楽だ。  
 イチの帰りを気にしなくてもいいから、ゆっくり本や服など見に寄り道できる。  
 夕飯は自分一人だから、たまにと言い訳して適当に済ませられる。好きな映画が堪能できて、洗濯物も  
少ないから慌ててやらなくていい。部屋も散らからない。  
 羽を伸ばしてダラダラしよう!  
 
 それなのに。  
 
 夜の9時を廻ったばかりという時間には、さっさと布団に入ってしまった。これからテレビで楽しみに  
していた映画がやるというのに、だ。イチがいたらなかなか観られない。  
「なんか、寒っ!」  
 ダブルの布団の片方のぽつんと空いた枕を眺めて、着信の無い携帯を手に毛布の中に縮こまる。今日は  
冷えるかもしれないとニュースで言っていたっけ。  
 だが、きっとそれだけではないのだろう。  
 いつもなら鬱陶しい位触れてくるあの温もりが、今夜は側に居ないのだ。  
 
「イチ君……おやすみ」  
 
 枕の上に揃えてあった彼の脱け殻を胸に抱いて、香子はぎゅっと目を閉じた。  
 
* * *  
 
 サアー……  
 
 キッチンの方から洩れてくる明かりと水の流れる音に、寝返りを打って目が覚めた。  
「えっ……?」  
 時計の針はもうすぐ0時という位置を指していた。  
 こんな時間に!?  
 携帯は鳴った跡がない。  
 香子は胸元に抱き締めたものをそのままにそっと襖を開けた。  
 明かりのついたキッチンの椅子に見慣れたコートが掛けられており、テーブルの上に小さな菓子折があった。  
 風呂のドアが開閉する音がして、ビクッと肩を竦める。  
「……うそ」  
 恐る恐る振り向いた先には、濡れた体から湯気を立てているイチの姿があった。  
「……なんで?帰るの……って」  
「うん。明日だったんだけどさ、今日中に片付いたんで、最終に間に合うだろうから急いで帰ってきた」  
「そうなんだ……」  
「で、それ貸して?」  
「……?……あっ!!」  
 裸のイチが苦笑いしながら指差し、香子は慌てて胸に抱いていたそれを手渡す。  
「イチ君……お帰りなさい」  
「ただいま、香子」  
 パジャマを受け取りながら、愛しい妻にキスをした。  
 
 
「あー美味い。なんかこういう時間に食う飯って美味いよな」  
「そんな……向こうで美味しいものご馳走になったって言ってたじゃない」  
「ばーか、それはそれ。家で嫁の出してくれる飯に適うもんは無い」  
「そうなのぉ?……あ、このサブレおいし」  
 夜食に出した単なるお茶漬け、それも ふりかけに残り物の漬け物や梅干し程度のものを食べながら  
寛ぐイチに付き合って、香子も土産のお菓子をつまんでいる。  
「だろ?試食して美味かったから。そういうのもご馳走のうちなの」  
 空になった茶碗を寄せて自分もお菓子をつまむ。  
「そういう?」  
「そ。たわいのない手土産でも嬉しそうに食べてくれて、お帰りなさいって笑って迎えてくれてさ……。  
 その顔が見たくて帰ってきたんだから。お陰で月曜の代休は無くなったけど、土日一緒に寝坊できる  
 からいいや」  
「無理しちゃって……もう。それに良く言い過ぎだよ」  
「何が」  
 湯呑みをつつきながら俯く香子を、不思議そうに眺めて首を傾げた。  
 
「だって、私寝ちゃってたんだよ。せっかくイチ君が急いで帰ってきてくれたのに……知らなかった  
 とはいえ、さ。奥さんとしてどうなの?それって」  
「仕方無いじゃん。俺電話しなかったし」  
 とにかく早く帰りたくて、その時間すら惜しかった。  
「そうだけど。旦那さんが遅くまで働いてるのに」  
「早川んちはそうだぞ」  
「あそこは赤ちゃんいるじゃん!うちは違うでしょー」  
「あのなぁ」  
 どうしても『妻の役割』に拘りたいらしい香子を可愛いと感じながらも、その強情さに思わず苦笑い  
しながら頭を撫で回した。  
「お前、昔は俺が帰る前に寝てただろーが。それでも腹が立ったり、嫌な気になった事はないぞ?」  
「そりゃ……まだあの時は、イチ君は私の親代わりで」  
「それに、安心してくれてるって気がして、寝顔見るの好きだった。もちろん今も、な」  
「イチ君……もう、ちょっと頭、ぐしゃぐしゃになるぅ〜!!」  
「あ、わりぃ」  
 乱れた髪を梳き、香子の頬にそっとその手を添えると、ほのかに染まった肌を愛おしく撫でて目を細めた。  
 
 
* * *  
 
「でさ、香子さんや」  
「なに?」  
 寝床を整えて二人で布団の上に並んで座る。  
「何で、俺のパジャマ抱いてたわけ?」  
「!!……そ、それは」  
「それは?」  
 イチが帰宅した時、香子はその胸に彼のパジャマを抱きかかえるように背中を丸めて眠っていた。  
「それは、あの、えっと……笑わない?」  
「うん」  
 正座したままもじもじと膝の上の手を合わせて言葉を濁す。  
「香子?」  
 覗き込んでみれば、その顔は朱く染まって、唇はぼそぼそと聞き取れない程の声で震えていた。  
「どうした?なんか変な事聞いた?俺。笑わないから言ってみなって」  
「あ、うん、えとね……最初はね、一人暮らしだーとか、楽しちゃおとか実は結構手抜きできて喜んで  
 たりもしたんだけどね?」  
「……ふ〜ん」  
「あ、怒ってる?」  
「いや、別に。で?」  
 明らかに機嫌を損ねた気がする、と内心失敗したと思いながら、気を取り直して明るく努めることにした。  
 
「……でも、何かね、楽しいのは最初だけなんだよね。楽なんだけど、ご飯食べてもお腹が膨れるだけで  
 味なんかどうでもよかったり、テレビ観てても『みた?』って話振る相手がいないと何か面白みが無くて、  
 つまんないから寝よう、寝相なんか気にしなくていいんだーって思うのに、それだけで布団がね、  
 スッゴく広くて……」  
 つつ、と膝を擦り動かしてイチの前に近づけた香子の体を、膝を開いて挟み込むように受け入れる。  
「……スッゴく寂しくなっちゃった。イチ君の体温とか匂いが恋しくなっちゃって、だからせめて、  
 少しでもその気になれるかなぁって」  
「香子……」  
「暖かいなぁ。それに、この匂い好きなんだ」  
 胸元に頬を寄せ、すうっと息を吸い込む。  
「そうか?」  
「うん、なんか落ち着くみたい」  
「……でもなぁ」  
 きゅっとその体を包み込むように抱き締めて、悩ましげに息をつく。  
「そろそろおっさんの臭いしない?俺」  
「は!?」  
 うっとりと身を任せていたその顔を上げてイチの顔を見た。  
「何それえー……」  
 呆れたように咎めた口調で  
「ムードぶち壊し……」  
などと言いつつくんくんと鼻を擦りつける。  
「あっ、こら嗅ぐな!犬かお前は」  
「大丈夫だよ。何か男臭いっての?はわかるけど、私は好きだけどなぁ」  
「匂いだけ?中身は?」  
「……好き」  
 言った後、ぱっと俯けた香子の顔を顎を持ち上げ唇を寄せる。  
「帰ってきた甲斐があった♪」  
「もう……あ、でもイチ君一人じゃなかったんでしょ?いいの?」  
「ああ、まあ、いいんじゃない?実際仕事は片付いたんだし、無駄に費用遣わないに越した事はないから」  
「そうなんだ」  
 本当なら仕事を理由に『羽を伸ばし』たかった様子も覗かせた上司に、  
『八神君は新婚だから早く帰りたいんじゃないの?』  
と言われ、はいそうですと即答して、苦笑いする彼と二人帰りの新幹線に飛び乗った。  
 ――帰れるものなら帰りたい。  
 両手に土産袋を抱えていそいそと帰る後ろ姿は、何だかんだ言っても自分と同じ気持ちなんだろう、と  
思い出してはそれを幸せというんだろうと思う。  
 
「機嫌直った?」  
 イチの広い胸板に頭を寄せて目を閉じる。  
「別に怒ってなんかないし。あー……でも」  
「でも?」  
「夜更かしに付き合ってくれたら、もっと機嫌良くなるかなぁ?」  
「何それ……あっ」  
 香子のパジャマのボタンを一つ二つ素早く外すと、そこから滑り込ませた手が柔らかな胸の頂を探り当てる。  
「ん……疲れて、るん、じゃ……」  
「このままじゃ余計眠れないよ」  
 唇を啄みながらも、ごそごそと探る手は休む事なく、触れられる限りの肌を撫でては目的の場所をつつき起こす。  
「明日一緒に寝坊しよーぜ」  
 言い返される間を与えじと深く塞いだ唇からその声がため息に変わるのを確認すると、残りのボタンを  
外し、するりとはだけ露わになっていく首筋や肩に舌を這わせながら、ゆっくりと胸の肉を寄せ上げる。  
「んっ……ぁあ」  
 仰け反った躰を支えようとイチの背中にしっかりと腕を廻してしがみつくと、同じ様に腰に廻した腕で  
香子の躰を支え、ぴったりと引き寄せて耳の後ろに熱い息を吹きかけた。  
「ひゃあぁ……うぅんっ」  
「逃げんな」  
 竦めた首筋を追っかけるようにして吸い付き、捩った躰を逃がさぬようにしっかりと抱き締めて舐める。  
 じとじとと耳に響き届いてくる舌の滑りと吐く息の熱さに、半開きの口からは時折小さな呻きを伴った  
だけの荒い呼吸がなされるだけになっていく。  
「……ふっ」  
 抱き締められてほぼ裸に近いはだけた剥き出しの胸が、イチのパジャマの生地に擦れて潰れて揺れる。  
それだけの刺激にじわじわとさすられたように小さな突起が堅くつぼんで、柔らかな布地の皺にさえ  
その動きに翻弄されてジンとする刺激が胸の芯まで届き、喉を鳴らした。  
 
「イチ……く、ん」  
「ん?」  
「私だけなんてやだ、ずるい……」  
 そう言って恐々とイチのパジャマのボタンに手を掛ける。  
 香子から体を離し、両手を垂らして広げ『待ち』の姿勢になると、一つひとつボタンを外されて外気に  
晒される肌に少しだけ鳥肌が立った。  
「寒い……?」  
「ちょっと、な。お前も」  
 肘に引っかかっていただけの袖を引き抜き香子も上着を脱がせ布団の上に押し倒す。  
「一緒にあったまろうぜ。すぐに暑くなるから」  
「んー……もう、バカ」  
「バカだもん俺。本物の嫁バカ」  
 キスしながら体を浮かし、器用に香子のズボンを脱がせていくと自分も横になり  
「脱がせて」  
と香子の手を取りウエストのゴムを握らせる。  
「う、うん」  
 腰を浮かせて脱がせ易く動くと、香子が脱がせたズボンを畳んで側に置くのを眺めながら、自分も脱ぎ  
捨ててあった上着を足でちょいと端に寄せる。  
「あっ、こら!」  
「またすぐ着るから」  
「行儀悪い」  
 ぺちんと咎めるように叩かれた脚で、器用に香子の体を挟み込む。  
「逃がさん!」  
「いやあぁっ!?」  
 じたばたと逃げようともがく香子の腕を取り、自分の体の上に倒れ込ませてぎゅうと包み込む。  
「近所迷惑!……それにやだ、こんな格好で何すんのよっ!!」  
「大人のプロレスごっこ?」  
 パンツ一枚でふざけている互いの有り様に赤面する。そんな香子を見て笑いを堪え切れずに腹を抱えて  
ニヤけながら、お尻を撫で回し下着の端を引っ張り下ろそうとするイチの手を睨みながら軽くつねる。  
「イテッ!」  
「おいたばっかりするからです。もう、ほんっと子供だよね?幾つだと思ってんの!?」  
「3歳プラス26」  
「……もういい」  
「あ、呆れてる?だったら大人モードに切り換えようか」  
 よっ、と脚の力を弛めると香子の体を持ち上げ、滑り込ませた手で胸をすっと撫で上げる。  
「子供はこんな事しないだろ?」  
 指先で突起を摘むと背中を反らして小さく呻いた。  
 
 イチの上にのしかかるようにして腕を伸ばし、胸や背中を撫でられながら、その顔を見上げられる  
恥ずかしさに身を捩って目を瞑る。  
「しんどいだろ?膝立てて」  
 中途半端に支えていた躰をそうする事で立て直し、そのために普段は味わいにくい小ぶりな膨らみが  
重みを増して震える様を、下から支える手があれこれと愉しげに弄っては悶えさす。  
「んー何か襲われてる気分、俺」  
「どこがっ……あっ」  
 両手で包みながら、ふにふにと揉み動かした柔らかな丸い膨らみの中心を長い指の先でついついと  
押し転がされて、猫が伸びをするように体を伸ばして声を押し殺した。  
「んふぅ……」  
「出せばいいのに」  
 通常よりも豊かに感じる感触を存分に味わおうと体をずらせて潜らせ、舌を伸ばして尖ったものを  
転がしてみる。  
「……やぁっ、ぁん」  
 肘で支えながら、震える躰をゆっくりとイチの唇の動きに合わせて下ろしていくと、香子の胸を両手で  
押し上げながらイチの舌が吸い付き舐めた跡が濡れて、外気にひんやり触れる。  
「濡れちゃったな」  
 含んだものから唇と離すとほんの少しだけ引いた糸が切れた。  
「……他の所は?」  
「他って……やぁん」  
 イチの伸ばした手がすっと下着の中に滑り込み、開かれ跨った両脚の中心をなぞると、ぬるぬると  
温かな雫が指に絡みついて、くちゅり、と音を立てた。  
「あ……ぁ」  
 ほんの僅かな大きさしかない筈のその音がしんとした部屋には嫌という程響く。  
「意識してるからだよ」  
 イチの首筋にしがみつき埋めてきた香子の頬に口付けし、耳元で囁きながら耳たぶを軽く噛んでみると、  
小さく唸って身震いをする。  
 秘裂を撫でる指先の動きに腰を合わせてゆらゆらと揺れる。それに従っているかのように擦り当てて  
いたイチの指先がぴたりと動きを止めた。  
「え……や」  
 同じくして香子が震える膝を残してそれを止めると、一時の間を置いてまた再び潤った辺りをするんと  
滑る。だが、香子がそれに合わせて強請るように腰をずらせばそれを阻止するかの如くぴたりと止めてしまう。  
 
「や、ぁ。なんでぇ……?」  
 先ほどから下着の中で蠢く指は、肝心な場所を避けてじわじわとその周りに蜜の潤いだけを造り上げ、  
香子からわかりきった快感を遠ざけてどこかへ持って行ってしまう。  
「どうした?」  
「……ん」  
 片手は下着に突っ込まれたまま、空いた手で胸を弄られるという状況の中で、じりじりとじれったい疼きが  
香子の躰の芯から湧き上がる。  
「言わなきゃわかんないよ?」  
 そう言いながら意地悪く口の端を歪めたイチの指が、一瞬だけ秘裂の先にある突起を掠めた。  
「ぁ……」  
 僅かに身を捩り、ごく小さな声が漏れた唇を胸から離した手が触れ指先でなぞる。  
「ちゃんとおねだりして。そしたらちゃんとイカせてあげる」  
「ん……ぁぁ……」  
 つん、と軽くつつくとまた秘裂をぐちゅぐちゅと音を立てて、ばらばらに動く指で掻き回し始めた。  
「ひゃあんっ!?」  
「言って、ほら」  
 痛い位主張する乳首を擦られ、入り口をつつく指にも腰が浮いて息が乱れる。  
「……ふぁ……ぁ……」  
 薄笑いを浮かべて自分を見上げるイチと合わせてしまった視線を逸らそうとして捻った首は、いきなり  
入り込んだ中指のうねりに反り返り、苦しげにその白い喉を鳴らした。  
「ほら、言えってば」  
「い……や、んっ」  
 小刻みに震えるお尻を片方の手が抑え、その下の薄布の中では胸同様ぷつっと尖った先端の周りを  
焦らすように撫でていたぶっていた。  
「お願い、香子」  
 柔らかな声に弱みを突かれ、その言葉にぎゅっと瞑っていた目を恐々と開いて見下ろせば、傾げた  
イチのふにゃっとした人懐こい微笑に思わず口元を弛ませる。  
「……しなきゃ、ダメ?」  
「うん。だから、言って?」  
 丸みを撫でていた手が下着の脇を線に沿って太ももまでさわさわと触れ、ぴくんと跳ねた拍子に中の  
指にそこが押し当てられる。  
「ひゃうっ!?」  
 一瞬だけの指先でのノックするような微かな刺激に、お尻の肉がぷるんと揺れる。  
「ね?お願いして」  
「……っ」  
 ふうと深く息を吐いて唇を噛んだ。  
 
「お、お願い……」  
「何が?」  
「えっ?何って」  
「何をお願いされてるのかわかんないぞ。だからちゃんと言ってみ?」  
「え……やっ!?」  
 つんつんとまたイチの指がぬるぬるに蜜を浴びた突起をつついて止まる。  
「ふ……っ」  
「そういうのはダーメ」  
 待ちきれなくなって浮かした腰を心持ち引いた香子のお尻を、撫でていた方の手が軽くぺちりと諌める。  
「だって……やぁぁん、イチくぅ……」  
「うん」  
「お、お願……さ、触っ……」  
「何を?」  
「え……何って……ん」  
「何をどうして欲しいのか言わなくちゃ。じゃなきゃこのまま干からびちゃうよ」  
 イチの視線を目で追うと、香子の下にある男性特有の膨らみに向けられ、その後下着の中にもろに  
突っ込まれた手から香子の朱く潤んだ瞳と頬に戻る。  
「いい子だから、な?」  
 少しの沈黙の後  
「えと、あの、私の…………って」  
「ん?何だって」  
「だからぁ!!」  
 ぼそぼそと消え入りそうな声で呟くが、肝心な部分がイチの耳には届かない。  
 何度目かのやり取りに、とうとう恥ずかしさと情けなさから泣き出してしまった。  
「ふ……っ、う、うぇっ……ひっ……」  
「あぁ!?わ、嘘、ごめんごめん!香子、泣くなっ」  
 イチの『お願いポーズ』に香子が弱いのと同じ様に、イチも香子の涙には滅法弱いのだ。  
 時々こんな風に大人のいじめっ子が顔を出す事がある。香子の可愛い困った顔を見たくて、ついつい  
甘えが過ぎてしまう困った男なのだ。  
「イチ君のバカ、どスケベ、ヘタレ、エロ親父っ……」  
「あ〜、それはその通りだからなぁ……すまん!もうやめとくからさぁ……」  
「……やめるの?」  
「へ?」  
 自分の下着から抜かれ、濡れそぼるイチの指先を見下ろしながらぼそっと漏らして鼻を啜る香子の  
問い掛けに、逆に戸惑った様子で見上げながら間の抜けた声で返す。  
「いや、止めた方がいいのかと……」  
「……また意地悪するのぉ!?」  
「いやそうじゃな……えぇ!?んぐっ」  
 イチの胸の上に倒れ込むと、耳元に顔を埋めてしがみついていく。  
 
 耳元に唇をつけ、ごくごく小さな声でぼそぼそと呟く。  
「えっ?香子今何て……」  
「!!……だからぁ……」  
 再度同じ言葉を口にしてぱっと離した真っ赤な顔を見上げながら、きょとんとした目を徐々に細めると、  
「おいで」  
と両手を広げて香子の体を受け止めた。  
「よく言えました。良い子だ」  
 香子の首筋に絡んだ髪をほぐし、そこに触れた唇をゆっくりと彼女のそれに重ねて啄む。  
「んん……」  
 抱き合った体を捻り体勢を逆転させて香子を組み敷くと下着を下ろし、いきなり両膝の裏に嵌めた手に  
力を込めて脚をぐいと大きく開き、顔を近付けた。  
「きゃあぁぁ!!何するの!?」  
 慌てて閉じようともがくも虚しく、曲げて押し上げられた両脚の付け根の中心は普段より高い位置に  
姿を晒された。  
「や……話が違うっ!!」  
「どこが?」  
「−―!!」  
 ふっと熱い息を吹きかけられて、ぶるっと身を震わせる。  
「――を触って欲しいって言ったじゃんか」  
「いっ……たけどぉっ」  
「指でとは聞いてない」  
「何それ……やあぁぁぁっ!!」  
 指先で秘裂を押し広げ、そこに覗かせる小さな粒を舌先でつつっとつつき、唇を当てて吸い付いた。  
「……ひぁぁぁっ!?あんっ……あっ……ふぁぁっ……」  
 吸い上げてはチュクチュクと固く尖らせた舌先で圧す。  
「……は……あぁぁ……やぁん……だ……めぇ、んんー」  
 爪先が徐々にぴんと伸び、太ももがぷるぷると震えてくるに合わせてあがる声は甲高く甘さを増してゆく。  
 唇を離してとろりと溢れてくる蜜を掬い、指で赤く覗いたそれに塗り込め円を描くように転がす。  
「きゃぁ!?あぁ!……んあっ……」  
 再び舌を伸ばし、じわりと流れる雫を音を立てて啜り、先程よりも強い力でヒクつくものを舐めあげた。  
「……!!――い、いや、あっ、ふ、い、イく、イ、く、イ、イくぅぅぅっ――!?」  
「うわっ」  
 ビクンと大きく跳ねて浮かせたお尻に驚いてイチが顔を上げると、半開きの唇を震わせて仰け反る  
白い裸体が目に映る。  
 その痺れが落ち着いていくのを眺めながら、舌なめずりして微笑を浮かべた。  
 
「香子ちゃん。香子。おーい」  
 ぺちぺちと軽く頬を張ると、焦点のぼやけた瞳が徐々にはっきりと開き、当てられた手を自らの手で  
掴み抑えた香子が睨む。  
「……変態」  
「あ、そういう事言う?こんなになるまでヨガってイっちゃったくせしてそういう事言う?」  
 差し込んだ両脚の間の指を遠慮なく動かし、わざと乱暴に掻き回し音を立てさせる。  
「ほらな?まだこんなにびちゃびちゃにしといてよく言うよ」  
「ひゃあん!?」  
 まだヒクつき敏感さを増しているその部分をぐりぐりと弄られ、嫌でも躰が跳ねる。  
「いやぁん!だめ、もうやぁだ!!や……んやぁっ」  
 開いた脚の踵がシーツが避けそうな勢いで突っ張る。  
「あああっ!だめ、イッた、イっちゃったからやだ。もうやぁだぁ!!」  
 同時に胸の頂をくわえてなぶる小憎い男の頭をぐしゃぐしゃと掻きむしり、小突いて叫んで抗議する。  
「てっ!?もうダメなの?」  
「だめ……本当に……むりぃ」  
 弱々しく呟く香子の唇を苦笑いしながらこする。  
「あーあ。涎垂らして」  
「う……」  
「はいはい。泣かないの」  
 へにゃっと下げた眉尻に笑ってキスすると、下着を脱いで香子をひっくり返した。  
「……していい?」  
「ん……」  
「もっと開いて……そ、よく見える」  
「ん……いやん」  
 くったりと力の抜けた躰を支えられながら、怒る気にもなれずイチのするがままになる。  
 二、三度擦り付けられたモノが中に入り込むと、圧迫される感覚に喉の奥から呻き声がもれた。  
「くぅ……あっ」  
「今日はナマだから。いい?」  
「えっ!?……そん……今更……」  
 んもう、と普段より舌っ足らずな声に責められても、動き始めた下半身は既に別物である。  
「いやぁん……ひぁ……ぁ……ぁ……あぁぁ」  
 じゅくじゅくっと突き引きする度に滴る互いの粘液の奏でる音が、言葉を失くした吐息だけのやり取りに  
重なって少しずつ大きく速くなっていく。  
「やぁ、また、またイく、イくぅ――イく、っ、あっ!?」  
「うわ、嘘俺まだ……んんっ、くうっ!!」  
 きゅうきゅうと締め付け絡み付く様な香子の胎内に絞り上げられ、堪える気力も叶わず精を放ってしまった。  
 
「……うわぁ、出てる、出てるよ」  
 ビクンと波打つ自分の分身が一滴残さず出し切るまでと、ぴたりと密着している柔らかなお尻の肉を  
眺め味わいながら引き寄せて撫でる。  
「はぁ……解る?香子。すんごい気持ちいいの。みんな出た……」  
「ほんと?でもよくわかんな……あっ」  
 イチが長い手を伸ばしてティッシュを箱ごと掴み、大量に重ねあててからモノを引き抜く。  
 ドロドロと抜かれた後から溢れてくる。それは香子の内股を伝って膝まで垂れた。  
「いやぁ〜!?」  
 動くに動けずに四つん這いのまま不安げに振り返る弱々しく浮かべた表情を見て、  
「うわぁ……エロっ」  
とまじまじとにやけながら舐めるように眺めていた。  
「ちょっと!?見てないで何とかしてよ……助けてぇ」  
「いや、せっかくだからもう少し。いい眺めだ、うん」  
「この……ド変態!!」  
 
 
 ――数分後、頬にちょっとした赤みを帯びて土下座せんばかりの勢いで謝り倒す夫と仁王立ちの妻の姿が。  
 だが、この家庭では稀に見られる日常の一部である。  
 
 
* * *  
 
『起きて、朝だよ。起きなきゃ遅刻しちゃうよ!』  
 
 制服姿の女の子が俺を揺すり動かして起こしに来る。  
 ――ああ、なんだ、香子じゃないか。高校生の香子。  
 背伸びして掛けてある俺のワイシャツは、いつもアイロンを掛けておいてくれてあったっけ。  
 爪先立ちのぴんと伸びた黒いハイソの脚を見上げれば、白い太ももがミニスカートの裾から覗いて  
目のやり場に困るんだ、いつも。  
 
『イチ君?どうかした?』  
 起き上がって彼女を無言で見つめれば、まるで警戒心の無い顔をして俺のことを覗き込んでくる。  
 我慢にもいい加減限界というものがある。  
『何?――きゃっ!!』  
 強く掴んだ腕を引き寄せて胸の中に抱き締める。甘い、いい匂い。それがますます俺を苦しめる。  
 そのまま勢いよく布団の上に押し倒し、スカートを捲る。  
『イチ君いや!どうして!?……やあぁっ!!』  
 構わず俺は、ブラウスを左右に引きちぎった――。  
 
* * *  
 
「……夢か……」  
 軽く寝汗をかいて目が覚めると、時計は朝の7時を指そうとしていた。  
 側には香子がすうすうと穏やかな寝顔でぴったりと寄り添っている。  
 ほのかに香るのは、髪から感じるシャンプーのものだろうか。  
「何やってんだ、俺は」  
 気怠い気分をため息に込めて大きく静かに息を吐く。  
 
 香子と世間的には『あに・いもうと』、実質保護者として暮らしてきた数年間。特に彼女が高校に  
進学してからは、ぶつけられない想いを悶々と持て余して過ごしていた。  
 何度となく今見た夢のような衝動に駆られながらも、それを抑え、襖一枚隔てた場所で自慰に耽った。  
 深夜に及ぶ帰宅に身も心も疲れ果てていた日も、今のような安心しきった寝顔を眺める事で、それを  
含めた様々なものを耐え頑張る事ができたのだ。  
 これを守る為に、自分は強くなりたいと今でも切に思う。  
 そして何があってもここに帰って来るのだとも。  
 一緒になるまで転勤により離れて暮らした一年間、待っていてくれる人のある有り難さが嫌という程身に染みた。  
 香子は単なるふりかけ茶漬けだと言ったけど、一緒に食卓についてくれる笑顔があればそれで幸せだ。  
「ん……」  
 身動きし、香子が目を覚ました。  
「あ……起きてたの?おはよイチ君」  
「うん、おはよ」  
 すぐ側にある唇に吸い寄せられて軽く触れ合う。  
「まだちょっと眠……でも起きよっか。ご飯何がいい?」  
「もう起きてる」  
「は?」  
「だからもう起きてるから」  
「?……あっ!」  
 ふざけて押し付けられた下半身の堅さに気付いて腰を引く。  
「責任とって、奥さん」  
「知らない!」  
「朝昼兼用でいいじゃんたまには。外食べ行こう?奢るから」  
「えー……録画観たかったのに……あっ、やだ」  
「じゃあ一緒に観よう」  
「え……大丈夫?……やんっ」  
「うんうん、だから……な?」  
「ちょっとそんなトコ……あぁんっ」  
 
 
 ――数時間後、イチはその言葉に深く後悔し、眠れぬ夜を過ごす事になる。  
 
「ぎゃあぁぁ!?血がっ、血、うわぁぁ!!」  
「……ただの映画じゃん、ヘタレなんだから」  
「うぅ……」  
 
 イチはホラー映画が嫌いだ。  
 
 
「終わり」  
 

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