* * *
寝起きの目に映る鏡の中の面は酷い。まるで凶悪犯のような顔色に嫌んなる。
「ぱーぱ」
やっと意味のある単語を発するようになった娘の声には、その顔も綻ばずにはいられんのだが。
「なんだ?みつ……」
…………。
一瞬にして幻と化す。
つうか速ぇ。なんだその変わり様は。
ああ、べそをかく声が聞こえてきやがる。それと、宥めるあいつの声も。
「だいじょーぶ。こわくない、こわくない。ほら、ママといっしょにパパのとこいこうね」
仕方ねえ、とっとと始めっか。
「ほら、パパおはようは?」
あいつの腕の中、背を向けたまま抱っこされていた体は、ちらちら振り向いては俺を確かめると安心して手を伸ばしてくる。
「えへー」
ぴたぴたと頬に触れてくる小さな手のひらに時には痛みを訴えつつも笑みがこぼれずにはいられない。
「いてえよ美月」
それでもその攻撃は容赦ない。
そればかりか。
「パパっ子だからいいじゃん」
すりすりとすり寄せてくる柔らかなほっぺたには適わないという、甘いな俺。腑抜けかよ、ちくしょう。
「やっぱ原因はそれね」
洗面所の入り口でくすくすと笑いながらそれを眺めてやがる。助けろよ、お前。
「子供には刺激が強いかも」
俺の腕からひょいと抱き上げて床に下ろされると、今度はリビングに一直線か。忙しいやつめ。
「あたしは、好きなんだけどなぁ」
「……中身がか?それともこれがか?」
土日はほぼほったらかし状態の無精髭の剃りあとを頬を挟んで撫でてくる手に、俺の手を重ねながら聞いた。
「それ質問するまでもなくない?」
まだすっぴんの唇に吸い付いてやる。黙れ。
「週末の狼も娘には弱い、か」
「……なんなら今夜も吼えてやろうか」
「……ばか!」
真っ赤になりながら上目遣いに睨む顔をぐいと引き寄せまた奪う。
「パァパ……」
とてとてとした足音とともに近づいてくるのに合わせてぱっと離れた。
「出勤までは美月との時間。でも寝る前はあたしの。……吼える前に喰ってやるから」
ふふん、と鼻息荒く勝利宣言かよ。
「……ようし、美月。ご飯食べよう」
「きゃー♪」
喰われてたまるか。
――勝つのは、俺だ。
「終わり」