* * *
* * *
せっかくだから少し休もうとベッドに並んで横になる。
「病院いつにする?俺も行こうか。最近はそういうの多いんだろ」
「えー……恥ずかしいなあ。仕事大丈夫?」
「うん、まあ無理はしないから。できればって事にしとくよ」
「本当ね?ちゃんと頑張って貰わなきゃ困るんだからね、これからも」
「わかってるよ」
苦笑いしながら、腕枕して抱き寄せた。そのままお腹に手を回して撫でてみる。これまではどちらかというと遠慮の
色が強く表れてか、いまのように発破をかけるような発言は聞いた覚えがない気がする。それを少し嬉しいと思う自分は
変だろうか?と考える。
イチは以前香子に『男は守る者があれば強くなれるのだ』と言った事を思い出していた。これまで自分は唯一の家族で
あった彼女を育てるために頑張ってきたつもりだ。勿論自身の生き甲斐の一つでもあり、自信や信用も地道に築いてきた。
それに守るべき者が新たに加わるのだ。こんな喜ばしいことはない。その為ならいくらだって頑張れるだろう。
だからもっと頼って欲しいと思う。
「火曜日に病院行こうかな。月曜日は混むだろうし、バイトあるし」
「そうだ!お前」
「うん、わかってる。そろそろ話するつもりだったし……」
「そうか。ならいいけど。重い物とか絶対ダメだからな!メタボ店長に持って貰いなさい」
「ちょ、酷……ぷぷっ。でも何だか淋しいなあ。結構楽しかったんだけどな」
バイトとはいえ初めての職場だ。越してきてすぐ主婦になった香子にとって世間との接点を持てる唯一の場所だった筈だ。
子供が出来たことによってそれが奪われ、家庭という檻にに縛り付けてしまう事になる。そして自分にも。
「ごめんな」
「なんで?大変なのはイチ君も同じでしょ。これから我慢して貰わなきゃいけなくなること沢山出てくるだろうし」
「そうなんだけどさ……」
ほんの少しの罪悪感を感じつつもどこか安心している自分に戸惑う。そんな気持ちに被さる新たな罪悪感。
「我慢、か……」
ある意味お互い様だがな、と自分のズボンにこっそり目をやる。
いわゆる月の予定日あたりから始まって、それが終わったであろう頃から香子に触れていなかった。
「……黙っててごめんなさい」
遅れていたものに不安を感じ自分で調べ結果確信を得てからは、それが間違いないという報告をする前に、あれこれと
できる事を考えた。
まず、動けなくなる前にできる事をやっておきたい。それから万が一の事を考え適当な言い訳を連ねたり、先に寝て
しまうなどしてイチとのそういう行為を避けた。
下手に期待や心配をさせまいと頭を巡らせ過ぎて、却っていらぬ誤解を招いてしまったのは反省している。
「まあ、仕方ないよな。でも、まああの、うん、場所も場所だし……」
「ん……」
「……ちょっと勿体ないかな。はは」
「……」
ごそごそと、そのあたりをばつが悪そうに弄る。耳まで赤くして困ったイチの横顔を眺めながら、思い切ったように
香子は自分の手をそこに伸ばした。
「私のせいだね。ごめん。なんか怖くて」
「無茶しちゃいけないから仕方ないな」
「我慢できる?」
「うーん……」
「……してあげようか?」
「えっ……じゃ、ちょっとだけ触ってくれる?」
「うん」
横になったままジッパーを下ろす。しっかりと盛り上がった下着があからさまなのに顔を見合わせて赤くなる。
「溜まってるから」
「覚悟してます」
腰を浮かせ下着を香子の手で下ろしてもらう。しっかり臨戦態勢にあるそれを指先で包むと、先から既に染み出て
いるものでしっとりと濡れてくる。
「動かす……よ」
「うん」
ゆっくり撫でるように指を動かしながら上下すると、始めこそ多少の引っ掛かりがあったものの徐々に湿り気のある
音をたてはじめる。
「このまま最後までいっていい?」
「ん……いいよ。ちょっと待ってね」
イチの脚の間に体を移動させ、俯くと髪を耳にかけ顔をそろそろとそれに近づける。
「え……それは……」
「もうすぐ頼まれても出来なくなるかもしれないし」
確かにそうだが、と思い悩んでいる隙に温かい唇と柔らかな舌の感触に包まれている下半身。そこだけを露出して
“ただ気持ちいいと思う行為”に耽っていく自分の姿が映る天井をぼんやり眺める。
上下する度にさらさらと揺れて肌に触れ被さる髪がくすぐったくて、下半身を寝ながら見下ろすように目を細めると、
そっと頭を撫でてやる。
「ん……む……」
「無理しなくていいよ」
イチの呼びかけに口からアレを抜くとはーっと息を吐き、腕を伸ばして体を起こす。
その頬に触れつつ傍に来るように促すと、香子が脇へ寄り添ってきたと同時に下着だけをずり上げ、またさっさと彼女を
胸の中に納めた。
「まだ途中だよ?」
「休憩休憩。ていうか酸欠は良くないぞ?血圧上がっちゃうから」
「そっか……でも少しくらい大丈夫だよ」
「本当か?」
「それだけ?遠慮しなくていいよ。辛かったら言うから」
「うん……まあ、それもあるんだけど、本音いうとちょっとだけ欲が出ちゃったってのもあるんだよね」
ゆっくりと唇を重ねると、鎖骨を指でつっと撫でる。
ぴくっと跳ねた肩を露わにし唇を押し当てる。
「イチ……く」
「ちょっとだけ」
横向だった体をゆっくり仰向けに倒すと、それにまたゆっくりと体重をかけ、香子の上に被さるように体勢を変える。
「……いや?」
「ん……ううん……でも……」
「俺だけが気持ちいいのはなんかダメだわ。損した気分になる」
すぐ届くところにある愛しさの塊は、ただ見ているだけで満足出来なくなり、触れられれば捕まえてしまいたくなり、
そして今度はそのまま自分だけのものとして閉じ込めてしまいたくなる。
そんな気持ちを分け合いたいと思ってしまうのは、所詮は自己満足な独占欲という名の愛なのかもしれない。
だがそれをわかった上で自分を受け入れてくれる彼女を、やはり失いたくないと思う。
「俺は欲張りだからさ。一緒に気持ち良くなりたいの。あと……そういう顔見るの好きだから」
「ばかっ」
「うん」
こうなると何を言っても同じだ。それをわかっている香子はただ彼の欲情に身を任せる。
香子は天井を見上げて寝転ぶと、同じ顔で見下ろす鏡の中の自分と目があって、慌てて顔を覆った。
「目、瞑ってていいよ」
くすっと笑ってバスローブの紐を解いていくイチに小さく頷くと、きゅっと瞼を閉じて両手の力を抜いた。
その様子に、初めて彼女をオンナにした日の事を思い出す。湧き上がる愛おしさに堪えきれず、少々焦って乱暴に剥いだ
着衣を放り投げ、躰の上に慎重に跨がる事は忘れず被さり口づけをする。
唇に軽く触れると、頬、額、耳元に半開きの唇から零れる息を吹きかけつつ、また唇に戻し今度はそっと舌を差し込む。
初めは戸惑ってただ必死についていくだけだった行為も、今はすんなりと受け入れられる。
それを教えたのが自分であるという優越感と、そんな彼女を独占できる喜びに浸ると、思い切り抱き締めてしまいたい
気持ちに何とか歯止めをかけ、そっと触れては柔らかな温もりを大事に味わおうとする。
大事な宝物を抱えた身体である。いわば彼にとっての宝箱そのものの彼女は、更に壊れやすいタマゴのように思えた。
「優しくするから。もしだめだったら言って」
「うん……でも、へーき?」
「仕方ないだろ?」
自分自身は結局の所、すっきりさえすれば躰の疼きは鎮まるのだ。だが今はそれだけではなく、ただ愛し合いたいと
思う要求に素直になってしまっているだけたのだ。何が違うと言われても、多分上手くは説明がつかないのだろうが。
「まあ、とにかく方法はあるわけだからさ」
「まあね……」
無茶はすまいと思いつつ、普段より弱い力でゆっくりと肩のラインや腕を撫で、首筋から鎖骨に唇を滑らせる。
じれったい程の愛撫に身を捩っては声を漏らし始める彼女の肌に、ほんの少し力を加えて吸いつく。うっすら赤く残った
跡に満足げに口元を綻ばせる。
それを咎める瞳を一瞬だけ見せたものの、胸の膨らみのはじまりの位置にある跡からすぐ上の鎖骨に指先を触れてやった
だけで、ふっと切なげな息遣いをする。
「や……だめっ」
「えっ?」
ぱっと指を離すと、香子もまたはっとした様子でイチを見上げた。
「どうした?」
「ん……なんでもない……ごめん」
「ならいいけど」
ほんの少し困惑した様子に首を傾げつつ、イチは自分だけがまだがっちり服を着込んでいたことに気付き、さっさと下着
一枚残した格好になる。
改めて肌と肌が触れ合うかたちになると、先ほど以上に近く感じる温もりにますます愛おしさがこみ上げてくるような
気がしていた。
「なんか、安心する」
「俺も」
何度目かのキスをして、ただぎゅっと抱き締め合う。それだけなのに、不思議な満足感が二人を満たし始めていた。
「イチ君……」
「ん?」
腕枕して横向に抱き合った香子の背中を、首から腰にかけてそっと指の腹で撫で下ろす。
「……ひゃっ!?」
「どうした?だめだったか、これ。くすぐったい?」
「え……と、それもあるけど、そうじゃなくて……あっ」
背中から廻した手を胸にあてて、膨らみごと手のひらで包むように揺する。
それだけのことにまた小さな呻き声をあげ、顎を引いて背中を丸める。
「やっぱ、嫌?だめならやめよう。……無理しなくていい」
残念さを残しつつも心配げにそう言って離したイチの手を、さっと掴んでまた押し当てる。
「ち、違うの!あの」
困ったようにぼそぼそと言い訳する香子に
「聞こえないよ」
と促すと、耳を寄せるよう言われ要求された通りにしてやる。
「あの……なんか、ね、変なの。触られると……すごくて」
「え〜?久しぶりだから興奮してるとか?」
ニヤリと目元を緩めるイチの頬をつまんで伸ばすと、痛がる彼にイーと歯を見せ怒った顔アピールをしてから離してやる。
「もーやだ何そのオヤジっぽいエロ顔!……ていうか、なんか前より感じやすく、ていうか感じすぎ……て」
「え……気持ち良すぎ、てこと?」
真っ赤になって頷く香子の唇に、嬉しさを隠せない様子でさっきよりも強く唇を押し当てた。
「体質が変わったりしたのかな?妊娠するとあるらしいし」
「そ、そうなの?……よく知ってるね」
「ん、前に早川に聞いた」
「……そういう話するんだ」
「たまたまだよ、たまたま。いやあ、儲けた気分だわ。嫌がる嫁もいるらしいし。ま、でも安定期までは無理できないからな」
「まあ、いいけど……」
さっさとブラのホックを外してしまうと取り去り、また覆い被さる。
「あの、だからできるだけ優しく……あっ」
「わかってるよ」
話が終わらないうちに胸の先を指の腹で撫でる。尖った周りを丁寧に回しながら触るうちに、見た目にもつんと堅くなって
動きに合わせてふるふると揺れる。
「や……はぁ……んっ」
吸い付き舌で包み転がすと、びくびくと小刻みに震えて跳ねながらイチの背中に腕を廻してしがみつく。
時折、強く与えすぎた愛撫に対して訴える痛みに、想像以上に敏感になった身体をより丁寧に扱わねばと気を引き締める
彼の脳裏には、最初にそう思いながら夢中になって香子を貫いた日の自分の余裕の無さが思い出された。
「うんと大事にしなきゃな」
この先、場合によっては暫く禁欲の日々が続くかもしれないのだ。勿論それだけではないが、これまで以上に大切に
扱おうと決意を新たにする。
「……んあっ、あっ……あ……やぁ……んぁぁっ……や、そこ、あっ」
胸への刺激を続けながら、腰から太ももを手のひら全体で確かめるように撫でると、脚をばたつかせながら枕を掴んで
背中を浮かせながら身を反らす。
普段より控えめな動きに、これだけ激しい反応を示すのなら、普段通りどころかもっと執拗に攻め上げればどうなるのか………
と考えつつもそうはいかない現実に、頭に血が昇りそうになるのを僅かに残る理性で堪える。
「思い切りイカせてやりたいけど……」
「ふ………ぁ、だめ、こわ……うぁぁっ」
「わかってるよ」
そういう情報は早川から入手済みだ。彼は普段は無口だが、イチに対しては親友だからという事だけでなく、嫁バカという
点でもかなり饒舌になる。特に酒が入ると、であるが。
いつもはからかい半分に撫でたりつまんだりするお腹を、今は何ともいえないむず痒い気持ちを抱えながら、むにむにと
掴むように触る。
「もう、やだっ」
「何でだ。俺これ好きなんだって」
気にしている『幼児体型』を嬉しそうに眺めるイチを、複雑な気持ちで眺め返す。
「……そのうちそういう事言えなくなるよ。物凄い体型になるんだから」
「そんなの承知だよ」
「でも、ほんっとパンパンなんだよ。写真でしか見た事ないけど、腕とか脚とかも太くなるし、胸もおっきくなるみたいだけど……」
「得するじゃん。つうか詳しいな」
「ほ、本で見た」
「それでか」
待ち合わせの時の光景を思い浮かべる。確かあの辺りには育児書もあったかもしれないと納得した。
「……ち、乳首とか真っ黒くなるんだよ?ていうかやっぱ巨乳好きなんじゃん……」
「いや、別に乳はおまけだから深く考えるなって!つうか仕方ないだろ?みんなそうなんだからさ」
お腹を慈しむように撫でると、尖らせた唇を宥めるキスをする。
母親になる身体だ。それも、自分の子を宿している最愛の女のものとあれば、愛しくないわけがない。
「言っただろ?俺はお前を裏切るような真似はしない。どんなふうになったって、俺はお前が好きだし、浮気なんかしない。
お前だって、俺が禿げてもメタボ親父になっても変わらないって言ったろ?それと同じだよ」
添い遂げるなら彼女しかいない。――そう思って一緒になったのだ。イチにだって、香子の母親が亡くなったあとに
それらしい話が持ち込まれなかったわけではない。だが、香子を育てようという決意と、それが新たな感情を生み始めた
ことが彼からそれらを遠ざけた。
何もかもが、香子のためにあったのだ。
「私でいい?」
「何を今更」
「だって……ほんとならイチ君は私のパ」
「言うな」
開きかけた香子の唇に指をあて、言葉を止めた。
「お前を愛してるんだ」
彼女が心に住み着いていると気付いてからは、決して他の幻影を追ったことなど無い。
「お前じゃなきゃ……」
互いにもう、別の人生を歩むことなど不可能なのだと、精一杯の想いをぶつけ合う。
涙を啜る香子の喉の奥深く、密かにつかえていた小さな欠片が溶け落ちてゆくような気がした。
ショーツ一枚身に付けただけの香子の裸を存分に眺め、唇で胸の頂を弄びながら、触れられる限りの範囲を手のひらで覆う。
空調の効いた部屋の中で、肌を露出したまま寝転がったところで何の不快さもないが、彼の躰が一部とはいえ自分の
どこかに触れていると感じるだけで、香子の芯から熱が溢れて溶けだしていく。
もっと、もっと、もう少し。
焦れったいくらいの優しさをもってした彼の弱々しい指先の熱に、徐々に拓かれてきたカラダは物足りなさを感じ始めて
内なる声に支配されかかっていた。
下着の端に掛かった指が、それを脱がそうとせず、脇から後ろにかけての尻の膨らみにそってくすぐるように動く。
じれじれとした愛撫に、香子の方が我慢が利かなくなってきたのか、強請るように腰を浮かしてにじり寄る。
「――っ!?」
「どうした?」
顔をしかめて自分にしがみつくと、ばつが悪そうに目を背ける香子の足下を見れば、時折小さな呻き声と共にそっと曲げ
伸ばしされる膝の動きが映る。
「ああ……大丈夫か?つい力入っちゃったんだな。そんなに気持ち良かった?」
「うっ、うるさい!」
「ゆっくり、曲げてごらん」
「え……!?あっ!ちょ……や……ぁ」
「そろそろ触って欲しいだろ?」
ちょうどいいと思える体勢を作ろうと脚を動かすと、同時にその間をイチの手が割り込んできつつ悪戯する。
布の上から指の腹で形を確かめるようになぞり、中心を裂くように現れた筋と窄みをつつくと、僅かに甘く息が乱れた。
「ああ、もう染みてきてるかな。脱がしちゃうよ?ちょっと我慢して」
香子を気遣いつつショーツを脱がせる。
「もう股開いちゃえよ。その方が楽だぞ」
「えっ……えっ?きゃっ!!」
足の付け根から割るように、内から外へと力を加えて脚を開かせる。
「丸見え」
「うわぁ!やだっ!!やだやだぁ!?こんなじゃなかったら蹴ってやるのにっ……」
「何だよ。……わかった、電気消すから」
「消しても上がっ!」
「目、瞑りなさい」
「だからって……やっ」
「いつもこんなんだけどな、お前」
つるっと滑った感触とともに指が触れるのを感じ息を呑む。
全く何の引っ掛かりもなく滑らかに動く。そしてそれが一点をつつくと全身を甘い痺れが貫いていく。
「ほら、な」
無意識のうちにシーツに掛かるその部分の負担が軽くなっていく。仰け反って浮いた背筋から尻の膨らみまでを片方の手を
滑り込ませ撫でた。
小さな悲鳴とともにびくんと震える躰に唇を寄せ、とろとろに溢れる蜜を掬い取るように舐める。
か細く耳に届いてくるいやいやと言う呟きは聞こえない振りをして、充血した蕾をくりくりと舌先で転がす。
「あ……っ……ん……ぁ……やぁ……く……ぅ……いく……ぅ」
あまり負担をかけてはまずいらしい事を思い出し、少々不完全燃焼な気持ちのまま名残惜しくイチは躰を起こした。
「……ふ……」
「ごめんな。……そっとやるから挿れてみていい?」
半分惚けたような顔で頷く香子の頭を優しく撫で、開かれたままの脚の付け根をぐいと押し上げるようにして自身を
そこに擦り付ける。
ぬるりと滴るほど濡れそぼった先が秘部に呑み込まれ、その久々に拓かれる圧迫感に香子の唾が鳴った。
くぅ、と吐息に混じった声に心配げに覗き込むイチに『大丈夫』と頷いて見せると、首筋に腕を絡ませ引き寄せしがみつく。
「香……子」
「ん……ゆっくり……し……あっ……んぁぁン」
ゆっくりと抜き差しを繰り返すと、腰を引くに合わせて呑み込んだモノを追うように香子の尻が浮き上がる。
「だめだよ……そんな誘っちゃ。俺すぐいっちゃうよ」
「そんな……つもりじゃ……あぁぁ……!!」
ゆっくり揺さぶったイチの腰が打ちつけられる度に気が遠くなりかけ、膝の痛みも忘れて自らの脚を彼の躰に絡めようと
する。その動きを察知してか、腿を押さえていた手を離して香子の脇に置き、シーツを力一杯掴む。
負担を抑えるために浅く細やかに描いていた腰の動きは、徐々に深く重くなっていく。
ぐちゃぐちゃと滑りのある音はやがて時折ぺちりと肌のぶつかり擦れる音がして、二人の喘ぎとも呻きともとれる声と
共に混ざり合いながら、やがて静かに終わりを迎えた。
勢い良く引き抜かれたものから、白いものが飛び散り滴り落ちる。
「間に合わなかった、すまん」
内腿にぴしゃりと飛び散ったそれを枕元のティッシュでぬぐい取る。
「気持ち悪いだろ?風呂行って洗おうな」
「ん……っ。ちょっと疲れたから休んでからでいい?」
「いいよ。これからも毎日洗ってやるから」
「毎日!?」
「そ。これからそういうのも大変らしいぞ。第一危ないじゃないか」
「……それもコージさんからなの?」
一体あの強面と普段どんな会話をしているのだろうか。一見すると合わなそうな2人が仲の良い理由が解るような気がした。
「大事な身体なんだから仕方ないよなぁ。明日から俺が帰るまで風呂は待ってなさい」
堂々と香子と毎日一緒に入浴する理由が出来たのだ。その嬉しさを隠そうとせずにこにこ笑いながら腹を撫でている。
「しょうがない人……あ、こんなとこ……や、触っちゃ」
「帰りにまた本屋行こう。見てたやつ買ってやるよ」
「ん……」
時々まだあちこちに残る肌の疼きを覚醒させるイチの指の悪戯に悶えながら、幸せな気怠い時間に身体を委ねた。
* * *
数日後、そわそわした面持ちで携帯を気にしつつ仕事をこなすイチの姿があった。
そんな彼をこちらも観察しつつ書類を片付けているのは親友で同僚の早川浩史(こうじ)。
マナーモードにしてあった携帯が震えるや否や、物凄い勢いでそれを掴み、こそこそと男子トイレの方へ出て行く。
数分後、満面の笑みを浮かべて戻ってきた彼のランチの奢りの誘いにいつものポーカーフェイスで応えるも、浮き足立った
その後ろ姿を見送る顔にはうっすら笑みが浮かんでいた。
「で、どうよ?やっぱり風呂場と寝室は広い方がいいと思わない?お前んとこどうだっけ」
「うちは風呂は普通の一坪タイプってやつだし、それで充分だ。寝室は子供部屋と続きにしていずれ仕切りを……って、
お前仮にもプロだろ?どんな家買う気だ。つうか所詮建て売りだから弄るのも限度があるぞ」
「そうなんだけどさ〜、今のマンション風呂狭いから。でっかいのぞき窓とか嫌がるだろうな……。ほら、1人で入るとか
言い出したら心配だし」
「ラブホかよ!」
あほらしいと思いつつ、突っ込んでしまう。『こんな男がどうしてエリート社員としての地位を築いていけるのか』と
長年付き合い続けた早川だが、軽く彼の頭を叩きながら、自分もそんな男だからこうして気を許せるのだと心の奥底に想う。
――どんな小さな物だとしても、些細な幸せだと思えるのなら、それを大事に出来ないなら何を手に入れて同じだ――
彼のその信念の種が今こうして実を結び、新たな種を産もうとしている。
早川も自分も守りたいと思うものを手に入れて、他人からの評価はともあれ自身は以前よりも自分自身を、そして
それ以外の自分に繋がるものを大切に想うことを覚えた。
それを教えてくれた八神伊知郎は、良くも悪くも感情に素直で、そして一途であるが故に不器用だ。
そんな男を親友にもつ事を誇りに思っている。
思っている、のだが。
「な、どうよ早川。可愛いだろ?うちの子」
「お前……」
翌日の昼休み、イチから見せられた物を手に困惑する早川。
それもその筈、昨日香子が病院から持ち帰った超音波写真を持って来たはいいが、写っているのはまだ初期の豆粒に
手足の生えたようなものだからだ。
「どうしろっつうんだ、おい」
「何でだよ!むちゃくちゃ可愛いだろ?これがもっとでっかくなって出てくるんだぞ。男かな?でも最初は女の子がいいって
言うしな〜。娘なら香子似だといいな〜可愛いだろなぁ……でもそしたら変な虫が……どうしよう早川」
「知るかボケ」
昨日病院に行った香子から報告を受けてからずっとこの調子なのだ。親友の慶びごととはいえこうも花畑全開では流石の
自分も頭が痛い。仕事は仕事と割り切れる男なだけにその反動は大きい。年下妻の香子の苦悩はこんなもんでは無かろうと、
これから子を産む筈の彼女に少なからず同情する。
「そう言うけど、美月ちゃんだっていずれパパ臭いとかウザイとか言うんだぞ?でもってどっかの男に……」
「言うな」
どこまで想像力豊かなんだと半ば呆れながらも、先の娘の成長ぶりを思い浮かべる早川の顔に生気が無くなっていく。
「あ、今お前想像しただろ。な、悲しいよな?どこの馬の骨とも知れない奴に大事な娘を……こんなだったら息子にしとこう
かな、俺」
「まて。娘にしろ息子にしろそればっかりはどうにもならんだろうが。その前に馬の骨に美月はやらん。つうか俺を
巻き込むな!」
「なんでよ、先輩じゃんか。あ、そうだ、息子だったら美月ちゃんがうちに嫁に来ればいいじゃん。解決解決♪年上でも
気にしないから」
「誰もやるとは言ってないが……」
この不毛な夫どもの言い合いを聞いたら、妻達はどう思うのだろうか。
「にしても早川。男親って……切ないのな」
「……」
まだ見ぬ我が子の将来を思うがあまり妄想が暴走するイチと、彼のペースに巻き込まれ同じく娘の未来を案じる早川。
食後のコーヒーが冷めるのも構わず共に遠い目でどこかを見つめる2人の友情の理由は、こんなところにあるのかもしれない。
* * *
※ちょっとしたおまけ?
「……でさ、色々考えたんだけど、産まれてからみんなで撮ろうと思うんだ。どうせその頃には香子の成人式のも撮って
やりたいからさ」
「そうか。いんじゃね?」
結婚式を挙げてないイチ達は、写真だけは残しておく事にした。早川夫妻は妊娠中に式を挙げたが、妻の愛永(まなえ)
から大事をとった方がいいと諭され、産後落ち着いてからという事に決めたのだという。
「マナがわかる事なら聞いてくれって言ってる。お前からも香子ちゃんに遠慮しなくていいからって言ってやれ」
「すまんな早川。……で、今日のなんだが」
早川の目の前に並ぶ2つの弁当箱。1つはイチの分だが、もう1つは……。
「あ、早川さん今日も愛妻弁当?」
背後に聞こえるくすくす笑う 島田女史の声が聞こえる。
香子の悪阻が始まり、イチが必要に駆られたとはいえ、料理を始めた。が、腕を振るう機会がないため毎日早川が
それを受ける羽目になった。(妻のマナは喜んで=面白がっている)
「勘弁してくれ……」
そう言いつつ、“ある意味愛妻弁当”に箸を伸ばす彼だった。
* * * 終わり