最初は何でもないどこにでもあるような話しだったのだ
幼き一人の少年と一人の少女が出会い、話し、再会を約束した
少年の胸にまだ自覚していない淡い想いを抱かせたまま……
そう、本当にそれだけなら……どこにでもあった話だった
少年が魔族であり、少女が聖女と呼ばれる家系の人間でなかったならば……
やがて少年は成長し、少女と出会うことになる
だがそこからが青年となった少年の絶望と憎しみと異常な愛情の始まりだとは―――誰もが予想だにしなかった事だろう
幼き少年と遊んだ少女は成長し、世界中の民から親しまれる美しき聖女となっていた
町の子供達や老人達とも親しく話し、憧れと尊敬を一身に受ける教会の象徴へと変わっていたのだ
その笑顔は昔の幼き少女の笑顔より美しく可憐に咲いていた
たった一つ、その記憶の中に少年の存在が無かった事以外は何も変わっていなかった
その理由は楽しそうに笑う少女の口より聞き、彼の存在を疎ましく思った周りの大人達による対応である
我らの聖女様に邪悪な魔物の存在など不要、一刻も早く忘れていただかねば。これは何も彼らだけの見解ではない
世界にとって魔族とは忌むべき存在であり恐れられる存在なのだ、たとえ幼かろうが何だろうが【化け物】は【化け物】
そう全会一致した彼らの手によって、少女の抵抗空しく、記憶は精神の深層に強固なる術式で封印された
それが後に強大で邪悪な存在を生み出してしまうとも知らずに……
―――悪が負け正義が勝つとは限らない
―――魔王が勇者に敵わないとは限らない
―――無かった者とされた少年が恋心を抱いていた少女へ異常な執着心を抱かないとは―――限らない
化け物
これは光の手より愛しき存在を奪い取った世界一身勝手で邪悪な魔王の物語である……