「お、お止めください!」  
「どうして僕の想いが分からないんだ!」  
「若様、わたくしは卑しい身分の女にございます」  
「……僕がお前を買ったんだぞ!お前は僕のものなんだ!」  
──ああ、どうして……どうしてそのように仰るのですか。  
 わたくしはこの屋敷のメイドの中でも最も低層な存在でございます。この国ではメイドにも  
二種類ございまして、給金を頂いて働く雇いメイド、そしてもう一つがわたくしのように  
"市場"で買われ、住む場所と食事を与えられる替わりに一生お仕え申し上げるメイドで  
ございます。  
「今まで、ずっと我慢してきたけど、もう堪えられない」  
 そのまま圧し掛かられ、わたくしはソファの上に押し倒されてしまいました。頬に当たる  
革の冷たさに身体が独りでに震え出してしまいます。  
「そんなに僕のことを嫌がらなくてもいいじゃないか!」  
 若様の手が襟にかかり、そのまま強引に音を立てて、メイド服を引き裂かれてしまいました。  
黒地に映える白いプラスチックのボタンが飛び散り、乾いた音を立てて床に落ち辺りを  
転げまわる様がまるでスローモーションのように思えました。  
「僕がどれだけ我慢したか、お前はまるで分かっていない」  
──分かっていないのは、若様の方です。あなた様のように尊い御方が、最下層の  
わたくしのような卑しいメイドに手を付けるなど間違ってもあってはならぬことなのです。  
まして、これからご結婚される身でございますのに。  
 申し上げたいことは山のようにありましたが、気が動転したわたくしでは上手く言葉に  
することなど到底叶わず、何とか搾り出した声も掠れていました。  
「だ、ダメです。こんなことが……旦那様に知られたら」  
「父さんは関係ない!僕は僕の意思でお前を抱くんだ!」  
 押し付けられた唇から捻じ込まれた舌にわたくしの口内は蹂躙され、声を上げることすら  
ままなりません。  
「はっ……はっ……」  
 荒い呼吸の若様の瞳には強い欲情の光が宿っておりました。  
 わたくしはこの御方の"もの"です。お屋敷によっては買われたメイドを夜伽の相手になさる  
こともあると聞きます。それでも、この御方のお父上は風紀の乱れに厳しく、夜伽の相手は  
雇いメイドと決められておいでです。  
 しかし、そのような決まり事など今の若様には関係ないのでしょうか。ささくれ一つない  
滑らかな手が裂けた服の隙間から差し込まれ、わたくしの乳房を荒々しくお掴みに  
なられました。  
「い、いやぁぁ」  
 身を捩って逃げようとしましても、若様の均整の取れた身体に押さえつけられてはどうすることも  
できません。胸に走る痛みとそれに混じる微かな痛みとは明らかに違う感覚に心は  
翻弄されていました。  
「わ、若様。お願いです……んっ……今なら」  
「嫌だ!言っただろ、お前は僕のものだって!」  
 
 若様の指に籠もるお力が一層強くなって、自分の小さな乳房は捻り切られそうになりそうな  
錯覚に陥りました。しかし、それ以上に"もの"と言われた若様の言葉が胸の奥を深く  
抉りました。  
 
 でも、それは紛れもない事実でございます。   
 わたくしは二度買われた女です。若様に買っていただく以前は、あるお屋敷にメイドとして  
一度買って頂いたことがございました。しかしながら、そのお屋敷の奥様のお怒りを買い、  
わたくしはお屋敷を追われ、再び"市場"に戻ることとなりました。この場合、前の御主人様が  
わたくしを買われたお金の四分の一をお戻ししなければなりませんが、貧しいわたくしの  
両親にはそのようなお金は残っておりませんでした。そうなれば、もう一度、どなたかに  
買っていただくか、娼婦として身体を売るかのいずれかの道しかございません。  
 しかし、"市場"のブローカーからは、「その年で新たな買い手は見つからんぞ。女なのだから  
男を愉しませて稼いでみろ。お前なら充分客がつくぜ。何なら俺が最初の客になってやっても  
いいぞ」と嘲り混じりに言われました。  
 一般的に"市場"で売られる年齢は十代前半でございます。そして、買われるとすぐに  
メイドとしての教育を受けるのが通例となっております。だから、わたくしのように二十歳  
間際にして"市場"に出る女など何か訳有以外の何者でもございません。そして、トラブルを  
お嫌いになる上流階級の方々がそのような者を買うことなどありえないのです。  
 案の定、"市場"が定めた期限が近づいてもわたくしを買ってくださる方は現れませんでした。  
 微かな望みが絶望に変わりかけた時、あのお声を聞いたのでございます。  
「お前を買いたい。幾らだ?」  
 一生忘れることはないそのお言葉は今でも大事に胸に刻んでおります。  
 
 一人の"女"としてなどという大それた望みは、とうに捨てております。ただ、お買い上げ  
頂いた若様にお仕えすることだけを喜びとして今日まで過ごして参りました。若様がさる  
名家の御子女と結婚なさると聞いた時は人知れず涙したものでした。その時になって、  
自分が若様をお慕いし、"もの"ではなく"女"として見て頂きたいと望んでいたことに  
気づきました。しかし、叶うべくもない望みは心の奥深くに埋め、若様に御結婚のお祝いを  
申し上げたその夜に、このようなことになってしまうとは皮肉なものでございます。  
「はっぁ……んんぅぅ……ぁぁ」  
 若様はわたくしの女の部分を指先でなぞりながら、執拗に愛撫なされます。そのせいで、  
淫猥な音がそこから立つようになってしまいました。  
「ほら、聞いて御覧。お前だって僕を欲しているのではないか?」  
 少し優しげに若様がわたくしの耳元で囁かれました。  
 わたくしとて、"女"としての悦びを知らない訳ではございません。ただし、それはもう  
捨てております。売られたものが普通の幸せを望むことなど許されるはずがございませんもの。  
逃げていきそうになる理性を必死に手繰り寄せ、弱々しく首を振って若様の言葉を  
否定しました。  
「ダメです……お願いでございます……もう、もうこれ以上はいけません」  
 
 それを聞いた若様のお顔は苦虫を潰されたような表情になり、押し黙られてしまいました。  
それでも、刷毛で掃くような労わりのある優しい愛撫は止むどころか、一層わたくしを  
追い立てるように執拗なものとなりました。  
 呼び起こされた快感に、わたくしは流され始めていました。やはり、諦めたと言っても所詮は  
"女"なのでしょう。密かに心寄せる方に求められれば、拒まなくてはと思っても身体の熱を  
抑えることができないのです。  
 いつしか、若様の先端が入り口に宛がわれても、湧き上がる熱に浮かれてしまったわたくしは  
事態の重大さに気づいておりませんでした。  
「いくよ?」  
「!?……そ、それだけは!いけません!イヤァァ……ァァああ……んくぅぁ」  
 悲鳴交じりの拒絶の言葉を無情にも遮り、若様はわたくしの内側に入られました。  
「……すごく……気持ち良い。温かい」  
「いけません、いけません」  
 必死に首を振るわたくしの乱れた髪を若様はその御手で柔らかく撫でてくださいました。  
「ごめんよ。でも、我慢できない。もう引き返せないんだ」  
 それを最後に若様は一言も発することなく、ただ只管にわたくしの内側に硬くそそり立った  
逞しい性器を打ち付けられては、引き抜かれ、また打ち付けるということを繰り返して  
おいででした。不思議なことに、若様のお顔には悦びの色は浮かばず、むしろ痛々しい  
ほどに悲しげな御様子でした。  
 きっと、御自分が婚約者のいらっしゃる身でありながら、わたくしのような婢女を抱いて  
しまっていることに罪悪感を抱かれていらっしゃるのでしょう。  
 わたくしがいけないのです。わたくしのような女が若様の周りについたばかりに、お若い  
この御方は過ちを犯してしまったのでしょう。  
 徐々に激しくなる抽挿に身体の奥から快楽の波が押し寄せてきて、わたくしは遂に考える  
ことを止めてしまいました。ただ、それでも若様の前で乱れてしまわないように唇を噛み締め、  
声を押し殺し、ただ只管に堪えることに徹しました。  
「だ、ダメだ……もう、我慢できそうにない……出すよ!」  
 その一言でわたくしは現実に連れ戻され、最悪の事態が起こりつつあることに気がつき  
蒼褪めました。  
 しかし、もう遅かったのです。  
 若様が大きく腰を引き、今まで一番深く突き込まれました。身体を串刺しにされるような  
感覚と同時に、若様の熱い迸りがわたくしの胎内に注ぎ込まれたことがハッキリと分かり  
ました。しかも、奔流は一度ではお収まりにならず、わたくしの内側で若様が脈打たれる度に  
貴重な子種が搾り出されました。  
 やがて、全てをお出しになられると緩慢な動作で若様は身体をお離しになられました。  
 きっと、溜めていらっしゃった欲望を吐き出されて満足なさったのでしょう。虚ろな眼差しで  
ソファに横たわるわたくしを見つめておいででした。本来であればすぐにでも立ち上がって後の  
お世話をすべき──少なくとも雇いメイドがお手つけを受ける時や閨の指導を申し上げる時は  
それが礼儀なのです──が、慣れないわたくしはただ、股の間から若様の精液が流れ出る様を  
ただ呆然と見ていることしかできませんでした。  
 
──ああ、これでもう働くことができないかもしれない。  
 お手つきになるメイドは避妊だけは欠かしません。何故ならば、高貴な御方の子を  
宿すことは卑しい身分のものには許されていないからです。万が一、そのようなことに  
なれば子の命は絶たれ、お屋敷を追われることになってしまいます。  
 もう二度と若様にお仕えできないかもしれないと思うと自然と涙が零れてしまいました。  
「な、泣くほど嫌だったのか……」  
 若様は慌てた御様子で身を屈め、わたくしの顔を心配げに覗きこんでおいででした。  
「……若様、わたくしはもうお側にお仕えできないかもしれません」  
「な、何を言っているんだ!ダメだ!お前は僕のものだ!一生、僕のものだ!」  
 弱々しくかぶりを振ったわたくしに若様の唇が強く押し付けられました。あまりのことに  
思わずわたくしは狼狽してしまいました。  
「わ、若様?」  
「僕がお前を一生守る!一生かけて幸せにしてみせる!だから……」  
 若様はもう一度わたくしの唇を求められました。今度は大人しく若様を受け入れ、  
失礼かとは存じましたがこちらからも舌を絡めました。それが、若様のお言葉に対する  
わたくしのせめてもの応えでございました。  
「わたくしには勿体ないお言葉……嬉しゅうございます。しかし、若様とわたくしでは身分が  
あまりに違いすぎます。それに今、頂いた子種で万が一わたくしが身籠ってしまえばお屋敷に  
は置いて頂けません。いえ、それ以上に若様の御名にも傷がついてしまいます」  
 それでも、若様の眼差しはたじろぎもせずわたくしに注がれておりました。  
「それに御婚約のこともあります。今日のことはただの夢とお忘れください。このようなこと、  
若様にとって良いことにはなりません」  
 わたくしは自分の心を偽るように、上辺だけの微笑みを浮かべて若様に「これでお別れです」と  
無言のうちに告げました。  
 その応えは──  
 
「お前を誰にも渡さないし、どこへも行かせない。僕だって同じだ。だから、さあ、僕のものになっておくれ」  
 
 優しい──でもどこか悲痛なお声でした。それはきっとこれからの二人の行末を暗示して  
いるのだろう、とわたくしは思いました。  
   
(了)  
 

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