男は始め、冗談のつもりで女を押し倒した。
普段の女は表情が乏しく感情が読めない、だから少し驚いた顔が見たかっただけだった。
しかし女の態度が過剰に挑発的で、いつの間にか冗談では収まらず本気になって女の腕を縛り上げ、その身を貫いていた。
それが、半月程前のことだった。
「放せ」
「嫌だ」
要求と拒絶。女と男は何度となく繰り返したやり取りを今夜も繰り返す。
「欲求不満なら適当に自分で処理しろ」
「適当な相手が目の前にいるのに?」
怒気をはらんだ女の声音など気にも留めない様子で男は応えた。
その言葉に表情こそ変わらないが、押さえつけられたままの女の目に怒りが滲む。
しかし、それも一瞬の事で直ぐに冷ややかな視線に戻った。
「毎晩毎晩、貴様はよく飽きないな」
「君も懲りずに抵抗するね」
「少しは恥を知れ。女相手に契約を盾に関係を迫るなど最低の所業で」
「でも契約がある限り君は僕を受け入れる。違う?」
「貴様は、んぅっ」
女の話を聞く気すら無くなったのか、言い掛けた言葉を男はキスで封じた。
滑り込んだ男の冷たい指の感触に女は声が上がりそうになる。
男の性欲の処理に使われているだけなのに悦びを感じ、それを貪欲に欲する身体に女は哀しさを覚え、顔を歪めた。
その微かに眉を顰めた顔を自分への嫌悪感として受け止めた男は、見るに耐えず女の首筋から下へと顔を寄せる。
男が柔らかな胸の谷間に顔を埋めると女からは安堵の息が洩れるが、男にはため息にしか聞こえなかった。
女の鼓動が速まり響く。常に傍にあり肌を合わせ互いの肉体は近いのに、心だけは全く遠く感じられた。
しかし一方で男は、女が拒絶すればする程にそれを捩じ伏せる愉悦を感じていた。
最近では抵抗は少なく、その点は味気なく感じているが、女の瞳から発される冷ややかな拒絶の色だけは変わっていない。
本当は女から腕を絡めて欲しい、抑えていない声が聴きたい、できれば優しく笑って欲しいと望んでいる。
だが、それが不可能である事は誰より男自身が知っていた。ある意味で男に諦めがついていたと言うべきだろう。
最近では女の感情が一つでも自分に向けられている事が重要だった。
歪んでいると言われても女の一部でも自分の物にしたかったのだ。
男の愛撫は回を重ねる毎に的確になっていた。
最近では男が面白がらない様に声を上げない、反応を示さない事に苦心している。
疼き、熱を帯びた女の身体はすがる物を求める。
しかし自身に対して本能的な快楽しか求めていない男にそうする事は女にはできなかった。
何度目かから戒められる事がなくなったのは女としては本当にありがたかった。
腕で覆ってしまえば制御できない浅ましい顔を男に晒さずに済むのだから。
男は自分への抵抗は阻むが、それ以外は女の自由にさせていた。
だから腕を払われる事はない。
認めたくは無かったが、そこには男への奇妙な信頼があった。
「契約、か」
その行為が終わり、気だるさを訴える身体を夜具から引き離すと女はポツリと呟いた。
「それが無ければ遠慮なく僕を斬れるのにってことかね」
茶化す男には答えず、無表情に女は乱れた髪をかき揚げながら窓側へと歩を進める。
窓から見た月は限りなく薄く弱々しかった。
次の満月で二人を繋ぐ契約は切れる。
<終>