「ちょっとユウちゃんやだ、ねえこれ取ってよ!!」  
明日花は少し震える声で言った。生まれた時からのお隣さんという縁で、彼女は留守番を  
する俺の部屋に平気で来る。互いにもうすぐ大学生なのに、親公認。何かあっても  
いいという意味なのか、そういう心配がないと思い込まれているのか……どっちみち、  
こういう事態の心配はしてなかったに違いない。明日花は後ろ手に拘束され、目隠しを  
されて、俺のベッドにへたりこんでいる。  
俺は肩を押して、仰向けに押し倒す。茶色い長い髪が布団に拡がる。投げ出された足が  
綺麗だった。色素の薄い肌の下に、引き締まった筋肉が透けて感じられる。ぶかい  
パーカーの裾から申し訳程度に顔を出すミニスカは、それでも肝心な所は隠していて、  
見えない。  
「やッ?! ちょ……何すんのっ」  
「……ごめん、本当」  
明日にはもう、彼女は東京の大学へ引っ越す。お隣さんというただひとつのパイプは  
今日限りだった。俺の大学も東京だけれど、問題はそこではない。本当に、もう、  
俺たちが互いの部屋を行き来して毎日のようにお喋りだなんて、考えてみれば不自然な  
ことだったのだ。  
成長と共に俺は真面目な優等生に、明日花はバスケ部で活躍するようになって、音楽の  
趣味も見る番組も、俺達は何もかもがズレていた。なのに俺は当たり前みたいに明日花に  
会ったし、明日花もなんでもない顔をして会いに来た。  
楽しそうに笑う彼女に、嬉しさに似た感情がこみあげるのを悟った時――同時に気づいて  
しまったのは、明日花との距離。  
どんどん女の子っぽくなってどんどん可愛くなって、そのぶんだけ、離れてしまって  
いたんだろう。  
 
百均のアイマスクで覆われた目は、抵抗を少なくするためと、俺の顔を見せないためだ。  
今日のことが、彼女の中で無かったことになればいい。彼氏でもなんでもない俺なんか、  
記憶を封じて、ノーカンにして。東京で明日花は同じノリできゃあきゃあ言える彼氏を  
作って、ロマンチックで幸せな夜を迎えるんだろう。  
「ねえユウ、見えないの、怖いんだけど……聞いてる?」  
口は塞がないのは、名前を呼ぶのを聞いていたかったから。我ながら酷い矛盾でエゴだ。  
知らない人間にされるよりはマシだからだろうか、彼女は俺の名前を繰り返す。  
頬に触れる。肌触りを味わいながら、指先をあごの方へ滑らす。桜色の唇は柔らかそうな  
ラインに膨らんでいた。キスがしたい。  
「……明日、花」  
 
明日花は、急に喚くのをやめて黙る。緩く閉ざされたそこに、指先で触れた。触れた所から  
神経を伝って、全身で甘ったるい触感を認識する。沈黙の中俺は顔を寄せ、首筋にキスを  
した。女性の匂いに頭が霞む。明日花はされるがままだ。  
パーカーのファスナーを下ろして左右に開き、タンクトップを捲りあげる。臍が見えた。  
うっすらと腹筋がついているけれど、体質なのか肌は白い。撫でると、予想以上に  
しっとりとした心地よさがある。もっと捲れば、ブラに包まれた胸が露になった。  
オレンジのレースがあしらわれたそれは、明日花を隠すから邪魔でしかない。背中に  
手を回してホックを外して、上にずらす。豊かな膨らみを手のひらで包むようにして  
揉む。曲げた指はふにゅりと受け止められた。柔らかくて気持ち良い。しばらく  
そうしていると手のひらに何かが当たる感覚があって、見れば淡く色付く先端は固く  
なっていた。俺はそれを、ぺろりと舐める。  
「ひゃ、ああっ」  
明日花の声は耳慣れない響きだった。背中がぞくりとする。俺は片手を彼女のスカートに  
潜らせる。下着の上から、その中心のあたりをなぞりあげる。  
「や、ユウっ、ユウ!」  
「……明日花」  
名前が呼ばれるのが嬉しい。体が熱くなる。明日花はこんなに怖がってるのに、本当に  
勝手だ。  
「ね、腕、ほどいてよ……」  
「……ごめん」  
「痺れてきたの……暴れないから、ねえ、ユウちゃんっ」  
俺はそれを黙殺して、乱暴に下着に手を掛け、おろした。  
「や、何すんのッ」  
「わかるだろ」  
混乱しているのだろうか、無抵抗なのをいいことに俺はそれを足先から完全に抜き取る。  
小さな布切れはひんやりと濡れていた。  
「――レイプ。強姦。凌辱。犯す」  
吐き捨てる。俺は明日花の膝を掴んで、持ち上げるようにした。赤く色づいた襞の奥から  
蜜を吐く様子が見える。俺は唾を飲んで、そこに指を伸ばす。  
「ふ、やぁ!」  
「濡れてるね」  
「や、やあっ怖いよ、ユウ!」  
「ごめん。本当、ごめん」  
陰毛を軽くかき分け、襞を撫でるようにする。ひくひくと動いている。形を辿るように  
すれば、明日花の体にビクリと力がこもった。  
明日花は感覚を誤魔化そうとしているのか、体をよじる。愛液を絡めた指を上へ滑らす。  
「あっ! ひゃ、や、うあっ」  
クリトリスを刺激され、明日花は全身を強ばらせる。嫌だと言うように首を振って、  
足先まで悶える。  
 
「や、うぁああッ!!」  
指を一本ナカに挿し入れた。狭くて抵抗感がある。初めてのことだからだろう。  
明日花に彼氏がいたことが一度もないのは知っていた。クラスメイトに「幼なじみと  
付き合ってるから説」の確認をされたことがあるのだ。その手の質問やからかいは  
珍しいことだった――それだけ俺と明日花は、傍目にありえない組み合わせなのかも  
しれない。その上、そのことは明日花も否定していた。  
『ユウが彼氏って、想像つかないというか……え、ナシでしょ』  
中学の時のセリフを、こうも何年も覚えている自分が惨めだ。わかっているくせに、  
大切なくせに好きなくせに、縛って怖がらせている。興奮している。どうしようも  
なかった。愛しくて、好きすぎて、抱きたくて――いずれ、今日を限りに会わなく  
なるなら、嫌われたって変わらない。  
 
指を一端引き抜き、再び奥まで挿れる。くちゅり、と水音がした。  
「痛っ、い、ん、あっあ、やぁ……っ」  
慣れて感じ始めたのか、明日花の頬は赤らんでいた。息を乱して、その呼吸の合間に  
あえぎ声が混じる。隠された目元は潤んでいるのだろうか、快楽で、それとも悲しみや  
痛みで。  
拡げるように指を動かす。明日花はそのたびに苦しがったけれど、次第にそれも  
小さくなる。指を増やす。  
「ふぁ、ユウっユウちゃ、あ、ああ……」  
ふっくりした唇の端から、透明な唾液が垂れた。明日花はそれを恥じらってか顔を  
歪める。それくらいの感情は読みとれた。それくらい、明日花のことをずっと見てた。  
透明に光るそれを俺は舌で拭う。あごのあたりから、ゆっくりたどって――唇の  
ギリギリ外側のところに、キスをする。  
唇にはしない。せめてファーストキスは奪わないでおこう、と決めていた。女の子という  
生き物が憧れて特別視して、大切にするもの。甘ったるい恋だとか愛だとか、そういった  
最後の砦だけは残そう。いつか明日花が、この痛みから立ち直る助けとなるためにも。  
俺がこれ以上恋しないためにも。  
俺は彼女の頭を撫で、髪を指ですいた。そうしていちど体を離す。窮屈だったズボンを  
緩め、用意しておいたゴムを付ける。  
「ぅ、あ……? ユウっ、ユウちゃん、ユウちゃん……!」  
ベッドは取り残された明日花が声を上げた。何も見えなくて一人きりは不安なのだろう。  
「明日花」  
俺は彼女に覆い被さると、唇と唇が触れそうな距離で名を呼ぶ。  
「力入れない方が、痛くないらしいから。……ごめん」  
 
俺は手を添え、先の部分をあてがう。  
「ふあ、あ、うぅ……ッ!」  
「……っ」  
指で慣らしても、まだまだそこは閉ざされていた。明日花は痛みに顔を歪めて、必死に  
耐えている。まるで、突き刺すように割り裂くように、処女を奪う。  
きつい。俺にとっても、圧迫感は気持ちよさより辛さだった。目に入った胸に手を  
伸ばし、そろりと触れると明日花はビクリと反応をみせる。その隙にまたわずか俺は  
挿入を深める。  
汗ばんだ鎖骨に唇で触れる。すっと伸びるそこに痕を残したくて、でも汚しては  
いけないようで、代わりに軽く歯を立てて舐める。時間をかけて、俺のものは明日花の  
中にすっかり咥えこまれた。  
「ッ、――明日花」  
「ふあ、ユウちゃ、は、痛ぁあ……」  
蚊の鳴くような声は、ぎちぎちと締め付けるナカと対称的だった。奥まで入り込んだまま  
じっとしていれば、苦しいくらいの締め付けは段々とやわらぐ。粘膜が、確かめるように  
ヒクリヒクリとうごめくのを感じる。見おろした明日花は、荒い息をただ抑えようと  
していて、俺自身を受け入れようとしている錯覚をした。再び胸へ手を伸ばしかけた時、  
明日花が俺を呼ぶ。ユウ、ねえ。  
「何で、こんなこと、するの」  
それは。  
――明日花が好きで好きでたまらないからだよ。  
そんなセリフ、俺に言う資格は無い。  
「……男の部屋に、」  
喉から絞りだすようにして、なんとか、言葉をつむぐ。  
「顔が良くて無防備な女の子が、いるから」  
「――」  
俺の嘘は淡々と響いた。  
明日花は口をきゅっと引き結んで、黙る。そして、アイマスクの下から、透明な雫が  
流れる。明日花は、泣き出した。  
「……そっ、かぁ」  
震える声。笑っているような泣いているような、歪んだ唇で明日花はそれだけ言った。  
か細く呻き声を上げて、明日花はアイマスクの下からぼろぼろ涙を溢す。  
「ぅあ、……ぁ、く、ぅう……!」  
耐えかねたのか溢れる泣き声は辛さと悲しみに満ちていた。俺は胸を痛めながら同時に、  
これでいい、と思っている。明日花は泣いている。それはそうだろう、これは、そういう  
行為だ。  
「……動くぞ」  
「嫌ァッ!! やめて、ユウやめて……!!」  
突然、ヒステリックに明日花が叫ぶ。  
「痛い、やだっ、やだやだ!!」  
ゆっくりと引き抜いて、押し込む。明日花のナカが締め付けてくる。それに逆らうように  
俺は腰を動かす。  
これでいい。  
 
「やだ、痛いっ、こんなのやだ、やだあぁ……!!」  
叫びに俺の頭はどんどん冷めていくけれど、繋がっているところからダイレクトに  
伝わるのは快感だった。  
「ごめん」  
何度目かわからないそれを言いながらも、抽挿はどんどんスムーズになる。防衛本能なのか、  
慣れてきたのか、愛液が溢れてきている。  
「嫌、ぁあ……」  
粘膜がぐちぐちと擦れ合う。突き上げに一拍遅れて収縮する、それを合図に腰を引いて、  
また奥深くまで入り込む。ベッドがきしむ。衝撃に明日花の胸が揺れる、掴むと、  
柔らかい。顔を近づけるよう前のめりになれば、角度が変わってより深くまで重なる。  
押しつけるように、擦り付けるようにすれば背筋に痺れが走る。途方もない快楽に、  
俺は夢中で腰を打ち付ける。  
「や、嫌あ……や、あっやだあ、ぅあ、あんッ!」  
俺は明日花を貪る。汗ばむ肌も、濡れた音も。  
「……あす、か」  
ぎゅうっとしてくる膣が、まるで俺が呼ぶ名に呼応しているようで。嬉しくなる。  
それは、幻想だ。でも確かに、俺は今、明日花を犯している。その認識が、俺を  
高ぶらせて、頭が回らない。  
「あッふああ! やぁん、やあ、あああ、ユウちゃんっ、ユウちゃ、ぁあッ!!」  
色を帯びてきた明日花の声が、名前を呼ぶ。  
荒い息と甘い鳴き声は、桜色の唇の合間からこぼれた。その柔らかさを想像して、  
明日花の胸の感触も滑らかな肌も思い出して、――俺は、挿入したものを一際深くまで  
埋め込むと射精した。いちばん奥に、薄いゴムを隔てて。  
「明日花……、ッ、あす、か」  
気だるさを感じながら、俺は身を離す。明日花の性器は、俺の視線の先でこぷりと血を  
溢した。さっきまで、入り込んでいた所。  
「は、ふあ、っ、は、ユウ……っ」  
明日花の声は、泣いているみたいだ。  
でも、彼女を助けるのは、俺ではない誰か、他の男の役目なんだろう。  
 
俺は自分の服を整えると、ぐったりしている明日花の腕を解放してやる。パーカーの  
上からキツく縛られたそれは、ほどくのも一苦労だった。殴られでもするかと思って  
いたけれど、明日花は緩慢に腕を前に回しただけだった。すそを捲り、縛られた所を  
さすっている。真っ赤な跡は、痣になってしまうかもしれない。アイマスクも外す。  
見慣れているはずの目元は妙に新鮮に感じた。やっぱり綺麗で、いとおしい。濡れた  
睫毛も潤んだ瞳も、彼女を引き立てて綺麗に魅せる。  
 
明日花は、ぼんやりと俺を眺めてから、くしゃりと顔を歪めて泣き出した。  
「わぁあ、ああああ!! ふあ、っ……ユウ、ユウちゃ、あ、あぁああ……!!」  
もう、なんだって良かった。イった後だからというだけでなく、泣き叫ぶ明日花が俺を  
沈ませる。  
「わあああ……!! はッ、っあ、っ、ああああああ……」  
肩を震わす様子が、俺にもつらい。泣き止んで欲しかった。泣いている理由は明らかだ。  
俺の行為が、どこまでも最悪なものだったからだ。  
「ふぁあっ、……っく、う、はぁあっ……」  
わあわあ喚くうちに、落ち着いてきたらしい。鼻をすすって、うなるような声を小さく  
漏らして、それもだんだん大人しくなる。時折しゃくり上げながらも一応は泣くのを  
やめて、鼻声で明日花は訊いてきた。  
「ユウ、っ、なんで」  
上半身を起こし、俺の隣に座る。がしがしと手櫛で髪をとかして、眉をぎゅっと寄せて、  
俺の目を見て、問う。  
「なんで、キスしてくれないの」  
胸が痛んだ。体が重く強ばるのがわかった。  
「キスは……好きな人としなよ」  
きっとその時慰めて貰うんだろう。俺に汚された体を、抱きしめてもらうんだろう。  
「ごめん、明日花」  
「――ユウちゃんは!」  
明日花が目に涙を溜めて、震える声で言う。「ユウちゃんは、ユウも……そうするの。  
 いつか彼女と、キスするの?」  
思ってもみない言葉だった。俺は今目の前にいる明日花のことで頭がいっぱいなのに。  
「……俺に、彼女とか、できないよ」  
「そんなわけないじゃんっ」  
絞り出した言葉は否定される。  
「女子とかと普通にしゃべってるじゃん! 塾の話とか受験の話とか、してるじゃん……  
 優しくって頭よくってさあ、普通にけっこうかっこよくってさあ! 大学もでしょ、  
 大学なら頭いい女の子もいるし……」  
「そうじゃなくて」  
明日花の目がまた、潤みだす。  
「……頭のいい娘がタイプじゃないよ、別に。当分、俺は恋愛は、しないから」  
もう、やめて欲しい。これ以上何かを聞かれたら、何もかもを口にしてしまいそうだ。  
それともキスすら、力強くで奪ってしまいそうで。  
「そんなのわかんないよっ。恋愛なんて、どうしようもないんだよ? そう思ってても、  
 ユウが誰かのこと好きになっちゃうかも知れないんだよっ」  
「わかってるよ……」  
ああ、本当にどうしようもなかったんだ。恋愛を理由に許されようとも思わないけれど。  
 
「わかってないよお!」  
明日花は泣き叫ぶ。  
「ぅう、だってあたし、どうすればいいかわかんな……ッ、ふあ、あ、もうわかんないよ、  
 だってずっと片想いで、っく、ふ、こんなの、嬉しくないぃ……」  
その言葉を聞いて俺が思ったのは、ああやっぱり明日花に好きな人っていたんだ、という  
だけだった。嬉しくないのは当然だろう。慰めてはいけない。こんな俺にその資格は無い。  
そう、思っていたのに。  
「明日花……っ!」  
俺の声がした。俺の腕が明日花の腕をつかんで、引き寄せて、閉じ込めた。  
腕の中に、明日花がいる。  
しまった、と我に帰った瞬間に、明日花が俺の背に腕をまわす。俺は拘束を強くする。  
「明日花、明日花……」  
何も考えられなかった。ただ腕の中の存在がいとおしくて、どうしようもなくて。  
ぎゅうっとするとその体が案外小さいのに気づく。運動をしてても、女の子なんだ。  
温もりが心地いい。甘い匂いがした。明日花を抱き締めている、それだけで胸が熱くなる。  
「ユウ、ちゃん……?」  
声に、我に帰った俺は腕を放す。そして、そのまま明日花の頬に手を添えて、俺たちは  
顔を近づけて――ギリギリで思い止まる。無理矢理に引き離した明日花は、真っ赤に  
火照った顔で、なんだかびっくりしたような顔で俺を見ていた。潤んだ瞳は俺を凝視して、  
ふっと細められる。  
「なあに、その顔」  
そう言いながら、明日花の顔はなんだか、見慣れた形に歪んでいて、どうやら明日花は  
笑っていた。口元がもごもごと落ち着かない、照れている時の明日花の癖。  
「ユウちゃんっ」  
何か、柔らかいものがぽすりとぶつかり、押しつけられる。明日花は俺に抱きついたのだ。  
腕に力がこもるだけ、自然と胸が、柔らかく形を歪ませる。明日花はそれを気にせず、  
真っ直ぐに俺を見た。  
わけがわからない。混乱しながらも明日花の顔が近いことにも緊張して、鼻の頭が赤く  
なっちゃってるのが尚更かわいいだとか胸が柔らかいだとか、思考がそこで停止する。  
「ねえ、キスしよ」  
その日本語を脳が理解するより早く、唇に柔らかな感触。一瞬のそれを思わず追いかけて、  
すぐにまたキスをした。  
明日花の腕が俺の首に回る。俺は明日花の頭に手を添える、指先に髪を絡める。  
「あのね、ユウちゃん……好き、だよ」  
愛しあってるみたいに見つめ合いながら、明日花がそう言った。  
 
かろやかな笑い声が聞こえる。混乱する俺の頭にさらに言葉が投げ込まれる、なんで  
そんなびっくりするの。  
「ずっと前から、片想いだったんだ……中三の時、『明日花はない』って言ってたじゃん。  
 それで、そっかぁって思ってたから……」  
ゆっくりと脳髄が、現状を把握しはじめる。抱き締めたら泣き止んで、照れながら  
笑って。キスをして、好きって、片想い……?  
胸の奥が熱くなり、思考回路が麻痺する。何かが、体の中で沸き上がった――幸せとか、  
嬉しさとか、そういうものが。  
とりあえず、直前のセリフに返事をする。  
「……俺、言ったっけ」  
「言ったよお! 夏休みに入る前くらいの時にクラスの女子に言ってたよ」  
「覚えてない……。つうか、明日花もおんなじようなこと言ってたじゃん」  
「えー、言った?」  
「言った、中学の時」  
「嘘ぉ……、じゃあ、お互いそれは時効で」明日花はくすくす笑う。  
「――ねえ、いっこ、知りたいことがあるんだけど」  
「え?」  
明日花は俺の目をまっすぐ見る。でもこの至近距離は刺激的すぎて、好きだとかそんな  
言葉だけで脳内が占められてしまう。今俺はどんな表情をしているのだろう。明日花なら、  
嬉しそうに笑っている。  
「もう、ユウって全部態度に出すぎー。でも、言葉にして、欲しいな」  
「……ああ」  
俺たちは見つめ合う。頭の中で渦を巻く言葉を、俺は明日花に送る。好きとか、  
大好きとか――  
「愛してる、明日花」  
「……!!」  
大きな目をさらにまんまるにして、明日花は硬直した。一拍遅れて、頬の赤らみが  
いっそう色濃くなる。  
「えっ、え、あ、うそっ、……んんッ!」  
唇で言葉を奪う。舌を差し入れ、明日花のそれと触れあわせて戯れる。溢れる唾液を  
飲み込んで、顔を離した。三度目のキス。  
「嘘じゃない」  
どうやら、俺は明日花にキスしてもいいらしい。これからも好きで良いみたいだ。  
明日花はかつてないくらいに真っ赤になって、俺の服をぎゅうっと掴んでいる。  
「……明日花、今日はごめん」  
「ッ、もう、一生許さないっ」  
怒った顔を作ったのは、一瞬。どきりとした途端にまた花が咲くみたいに笑う。  
「貸しだから。ちゃんと埋め合わせしてよ」  
明日花は目を逸らして、照れ隠しなのか腕にはさらに力が込もる。そんな明日花を、  
俺は両腕で包みこんだ。慈しむように、壊さないように。  
これからの毎日を失わないように。  
 
 
おわり。  
 

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