久方ぶりに休暇を得た夫は相変わらず、まるで英国紳士だった。きっちりと着込んだ軍服は洒落っ気は
感じさせぬものの決して地味ではなく、彼の整える体裁がそのまま形になったようである。癖の強い黒髪も、
意気の強そうな鷲鼻も、きゅっと結ばれた唇も遠征前のままだ。デジレは視線を額へ僅かにそらしている。
肌寒さにショールを掴んでいた掌に力をこめた。そうでもしなければ、立っていられなかったのだ。
「おかえりなさい、あなた」
デジレがいった。声に震えはない。できるだけ、悟らせてはいけない。あくまで愛しい夫を迎える妻を、
演じなければならない。デジレの心を知ってか知らずか、夫――ベルナドットは従者に羽織を預け、向き直って微笑んだ。
「ああ、寂しかったかい」
従者はまだ荷物をまとめている。構わず一歩、ベルナドットが近づいてきた。足が、すくんでいる。ベルナドットの
腕が伸び、緊張したデジレの腰を引き寄せる。乱暴ではないが、硬直した彼女は簡単にそれに従った。
従者がついに立ち上がった。荷物をまとめあげ、抱えている。背を向けるところだった。
「あっ、あの」
デジレの声に従者は振り返ったが、その続きをすぐには聞けなかった。彼女は夫の腕の中にうずもれてしまって
いたからだ。従者の視線はまだあるが、ベルナドットの腕がデジレを離すはずもなかった。
「おまえがいては話せない、とさ。それから、人をくれるなよ。邪魔をされたくない」
きわめて明るい声でベルナドットがいうと、従者も苦笑で倣って頭を下げたらしかった。待って。もう少しだけ、
気持ちが落ち着くまででいいから。恐怖で麻痺した神経のままのデジレをよそに、扉は閉ざされた。錠の落ちる
音がする。外側から鍵がかけられたようだ。
不意にデジレの体が揺らいだ。首筋をおさえつけていたベルナドットの手が彼女の二の腕と手首を掴み、
乱暴にベッドへと放り出したからだ。支えを失うどころか、勢いよくなげだされたデジレの体はあっさりと
寝台へ沈む。髪飾りがずれ、前髪がひとふさ垂れた。
「お望み通りの二人きりだ」
いいながら、ベルナドットは手袋を脱ぎ捨てた。シーツの海で弱々しくばたつくデジレに素早く覆いかぶさると、
両腕を掴んで開かせる。両脚はドレスごと膝でおさえつけ、デジレはまるで磔刑にでもかけられたようになった。
唇からは小刻みに、ひっと息の詰まったようなか細い声がもれている。
「残念だったな。浮気する暇がなくなるぞ」
ベルナドットはただ目を細めていった。笑ってはいる。歪んだ笑みだった。デジレは横目に彼をとらえながら、
首を横に振った。
「私、浮気なんかしてない」
「そうだな、そうだろうよ」
いいながらベルナドットは、否定するデジレの服を左右に引き剥がした。やぶれてはいない。ふっくらと
形の良い乳房がまろび出て、白くたおやかな太ももがあらわになった。下着はつけていない。二つの脚のその中央、
ちょうど谷間にあたる溝から平らなものがのぞいている。ベルナドットが更にそこをぐっと押し込むと、デジレの体が
大きく揺れた。
「尻でも使ったんなら別だろうがな」
デジレの中へ押し込まれていたのは張り型だった。遠征前、ベルナドットが入れたものだ。傷はつけていないし、
そこだけは清潔に保っていたようだから腫れてもいない。ただ、既に潤ってはいるようだった。指を離すと、
ぐちっという水音がする。
「落とさずに生活できるくらいにはなったか」
デジレは口元を覆いながら、ぶるぶると痙攣していた。乳首が尖っている。見下ろしているだけでも嗜虐心を
そそった。ベルナドットはしかしデジレの逃れる視線が面白くなく、豊かなふくらみにあるつぼみをしたたかに
ひねりあげた。
「あっ、あ」
デジレは弾かれたように反応し、シーツを掴んでいた手をほどいた。かわりにベルナドットの手首へ伸び、やはり
痙攣したように首を左右に振る。
「もっとか。淫売め」
「ちが……ううっ」
呻くようなデジレの声はすぐに色を帯びた。仰向けになってなお掌にある乳房をこねるようにもみしだき、
その中心で時折輪を作りながらそれをすぼめる。繰り返すたび、股間の張り型がずるずると動いているのがわかる。
うねるデジレの女芯は異物を排除しようとするとともに、優秀な精子を受け取るための準備を開始しているのだ。
ベルナドットは嘲りの笑みを浮かべたまま、デジレの悶える四肢を楽しんだ。首筋に幾度も口付けを降らし、
噛んでは吸った。なめてやると痣になる。露出のあるドレスを選んだなら、すぐにこの傷に感づかれることだろう。
それはそれで構わなかった。ベルナドットにとっては、自分の所有物であるという何よりの証になるからだ。
実際、デジレは"優秀"といえた。それは女性としてだけではなく、"所有物"としてもだ。テクニックはさほどでもないが、
一度教えたことは忘れない。言葉遣いに関してはまだ従順と言い切れない部分もあるが、
体が"出来上がりはじめている"のは誰の目に見せたとしても明らかだろう。
だが、だからこそデジレは、ベルナドットの神経を余計にささくれ立てた。勿論出来がいいことにこしたことはない。
しかしこの女はかつて、あの男のものだった。婚約までたどり着きながら捨て、おまけに自分と引き合わせて
結婚させた。目論見をわかっていながら乗ったのは、利用価値があると踏んだからだ。
だからデジレが今見上げているのは、自分ではない。
デジレが心から愛しく思っている男は、自分ではないのだ。
ベルナドットは腕の中、愛撫にふるえ続けるデジレを通してボナパルトを憎んだ。目に入るものすべてがねたましく、
耳に入ることすべてが信じられなかった。
ところがここのところ、事情がかわってきている。はじめこそ何かにおびえてばかりいる様子だったデジレの目に、
見たことのない甘さがよぎっていた。幾度か女を篭絡したことはある。だがその中に見つけることができた色は、
ただ欲望に満ちたそれとまったく違っているのだ。
正体をつきとめようか悩み、それが指づかいの緩慢に繋がっていることに気づいてベルナドットは思考をやめた。
もし知れば、更にどう扱っていいか困る感情が増える。そんな気がしたからだ。
既にデジレは身をよじり、かなりじれている様子だった。それもそうだろう。栓をしたままの蜜壷は絶え間なく
濡れそぼり、ベルナドットの手で開放されるのを待ち望んでいる。菊座までたれた愛液は半透明に糸をひき、
太ももの汗と共に光を反射した。
「あっ、あ、ごしゅ、ご主人……様……」
随分と前に教えた呼び方を、相変わらずデジレは守っている。ただ眼差しだけが違っていた。それはベルナドットを
知ったからこその光だろうか。奇妙なむずがゆさに襲われ、デジレの髪を掴みあげた。白い体のあちこちに
斑点が散っている。前に抱いたときの分が、まだ癒えていないようだった。
ベルナドットはそのまま、デジレの顔を自分の股間へと近づけた。下半身では既に力を持った彼自身が、
彼女を食らおうと布の向こうで鎌首を持ち上げている。何を望まれているか、言葉にされぬうちにデジレは
手を伸べた。白い指先が布を開き、自分を犯す一物をつかみ出す。
「ほしいのか」
いったが、デジレは答えなかった。先ほどまでおびえきっていた小娘と同じだと、誰が信じられるだろうか。
すっかり色欲に染まった両目はベルナドットへ媚びるような視線を与え、両手はしかと剛直を包み込んでいる。
われながらよくしつけたものだ。ベルナドットは口にせずに、しかし鼻で笑って侮蔑を伝えた。
「ほしいか、ときいている」
薔薇色に上気したデジレの頬へぴたぴたと怒張をあてた。唇がぱくぱくと開く。魚のように繰り返すばかりで、
言葉はない。ねだる言葉ははしたなさすぎて、形にならないらしかった。
しかしベルナドットは許さなかった。再び彼女の髪を引き掴むと、強引に口内へ突き入った。一気に咽喉までを
埋められ、デジレは大きく噎せた。
口を離すことは許さない。鼻をつまみ、より大きく口を開かせ、咽喉のやわらかな肉を楽しむ。はじめは半分も
入らなかったはずだが、いつの間にかえづくこともなくベルナドットを受け入れられるようになっていた。
頬の肉にこすりつけている頃、ようやく舌が動き出した。彼女の両手はベルナドットの鍛えられた両太ももへ伸び、
丁寧に内側をさすっている。刺激に吐息を漏らし、彼はデジレの頭を激しく上下させた。白く細い顎に、
張り詰めはじめた陰嚢がぴたぴたとぶつかる。赤黒く長大なその砲身はやがて、予告もなく射精の前兆を迎えた。
同時に頭を掴んでいた手も止め、奥まで押し込んで呻く。程なくして白濁が流し込まれた。
デジレの咽喉が嚥下のたびに波打った。舌も、まるで排精を促すようにうねっている。引き抜きながら、
ベルナドットは彼女の変化に口角を吊り上げた。雁首あたりまでを抜いたとき、音をたててデジレが吸い上げたからだ。
飲精のとき、自ら残滓までを搾り出したことはない。命じたことを、またひとつ覚えたようだった。
「だらしない」
ベルナドットが吐き捨てるようにいうと、デジレはようやくかすかな理性を取り戻したようだった。はじめのような
おびえた様ではないが、迷っているのが見て取れる。ああ、とか、うう、とかむずかりながら身を縮めようとしていた。
鼻を鳴らして涙をすする様はなかなかそそるものがあったが、奥歯を軋らせる感情もまたベルナドットを襲った。
「ほしいんだろう」
ベルナドットの苛立ちにびくりと身を震わせ、デジレは眉をたわめた。確かめるようにしながら頷くそれが鈍さに
映ったが、その無様に笑いがこみ上げてくる。ベルナドットは顎を指先でつまみあげ、口元だけでほほえんだ。
「じゃあ、今どんな気分だか報告してみろ。できたらくれてやる」
デジレの吐く息は、寒くもないのに色づいているように感じられた。指にかかる分が熱い。再び自分の下半身が
力を持とうとしているのがわかる。ベルナドットは決して目をそらさず、うっとりと自分を見つめる若妻の言葉を待った。
「……あ、あ」
ようやくデジレの声が形になった。右手でそっとベルナドットの腕を抱き締め、左手はおずおずと彼の頬へ触れる。
もみあげあたりを辿り、首筋を這った。
「……き、気持ちいいです。あなたにたくさん……たくさん触ってもらえて、……口の中を、犯してもらえて」
デジレの手を咎めることなく、ベルナドットはただ待ち続けた。
だが、それが悪かった。語る言葉に困っていたように見えたデジレの眼に、涙がわっと浮かぶ。頬を伝い、
流れ、顎へ落ちた。
「……あ、会いたかったんです。ずっと。会いたかった、あなたといたかった」
デジレの手に力がこもり、そえていたベルナドットの指へ頬が摺り寄せられる。
「おねがい、ね、こんなものではもう寂しいの。は、はやく、お願い、犯してください……」
これ以上語らせてはいけない、と思った。ベルナドットはデジレをベッドへ沈めると、半分近く排出されかかっていた
張り型を一気に引き抜いた。愛液がほとばしり、宙を舞う。ぽっかりと口を開いた空洞へ覆いかぶさった。
張り型はベルナドットのものより一回り小さかったために、それでもきつく感じる。腰を叩きつけながら、
膝を両手でおさえつけた。
強姦されて感じるような女のくせに。口に出そうとして、言葉になる罵倒はなかった。ただ腰を動かせば動かすほど、
デジレの表情はいいものに変化した。最初はうんうんと泣きじゃくっていた顔にやがて快美の潤みが帯び、
口を開いて笑みを浮かべ、最終的には涎を溢れかえらせて何度も気をやるようになっていた。
デジレが数えるのも面倒なほど達した頃、ようやくベルナドットの限界が訪れた。嬲ろうと揺り動かしていた
腰の動きがことさらに早くなる。はじめは痛がってすらいた子宮口を叩く。デジレは色ぼけしていたはずだが
その刺激には過剰なまでに身をそらし、ベルナドットの名を愛しげに幾度も呼んだ。口付けは何度交わしたかわからない。
感情は理性より外側にあった。ただ本能だけが、二人のまぐわいを可能にしている。ただその本能の中にある熱に
何らかの名をつけろというなら、ベルナドットは行為自体拒んだに違いない。
「あ、あっ、も、もう」
デジレが最後の悲鳴を上げるのと、彼が達するまでにそう間は開かなかった。
白く意識をとかしながら、二人は奥底で絡み合って倒れた。
ある宮の静謐:了