男の不機嫌な口調が、冷たい視線が、チカを絶望のどん底につき落とす。  
 身体が震えて言う事を聞かなくなる。  
 志木を怒らせてしまった。いや、嫌われてしまった。  
 自業自得だとことはわかっていたが、いっそ夢であって欲しかった。  
 だが、肌をまさぐる荒々しい感触は、のし掛かってくる重さは夢ではない。  
 青ざめ、弱々しい抵抗を続けるチカに対し、志木は無言でワンピースの腰のリボンを解き、  
服を脱がせ、更に両腕を縛り付けた。  
「やめて下さい、こんな……やぁっっ」  
 ストッキング越しに秘裂をなぞられ、びくりと身体が震える。  
「やだっっっっ」  
 足をじたばたさせるチカに対し、志木は無言のまま爪を立ててきた。ストッキングは小さな  
音を立て伝線し、剥ぎ取られた。前開き状態になったスリップとお揃いのショーツだけの  
姿になったチカは、涙を浮かべながらいやいやと首を振った。  
 志木は値踏みするようにその姿を確認すると、何も言わず、胸の頂を力尽くで嬲ってきた。  
かと思えば、ショーツの上から花芯にそっと触れ、胸元を、腰を、音を立てて吸われ、  
甘噛みされる。男の冷たい身体が、指が触れる度、言葉とは反対に吐息に熱が帯びてくるのが  
自分でもわかった。  
 志木の事は初めて会った時から、命を救ってくれた時から大好きだった。  
 独りぼっちの寂しさから自分を救ってくれた初恋の人であり、誰よりも大切な人だった。  
 だから、嫌われたくなくて、褒められたくて、学校の勉強も、料理も頑張った。  
 チカとて年頃の娘だ。報われぬ恋だとわかっていながら、志木に求められる事は憧れだった。  
 だが、それはこんな形ではない。  
 いつかもっと大人になって、きれいになって、そんな自分を志木が女性としてみてくれて、  
愛してると耳元で囁いて、キスしてくれる。そんな我ながら子どもっぽい夢を抱いていた。  
 だが、甘い囁きも、優しい笑顔も、もう有り得ない夢なのだ。チカを嘲笑うかのように、  
あの香水の匂いが鼻孔を刺激する。  
 いっそのこと、意識が無くなってしまえばどんなに楽だろうか。  
 悲しいはずなのに、火照った身体の奥からジンと疼くような痺れが奔る。もしかしたら、  
まだ好きでいてくれているかもしれない。そんな有り得もしない希望にすがる自分がいて、  
自己嫌悪に涙がボロボロとこぼれ落ちた。  
「やぁ、志木、さ……ごめ……あぁぁ」  
 容赦のない愛撫に身を捩り、意味のない抵抗しか出来ない。  
 くちゅくちゅとイヤらしい水音と、自分の喘ぎ声だけが寝室を占領していた。  
「や……やぁ、あ……ん」  
 濡れそぼったショーツも脱がされ、外気にさらされた秘所に男の節くれだった指が  
再び蹂躙を始めた。恥部を弄りながらももう片方の手はやわやわと胸を揉みほぐす。  
漏れる声音が段々と高くなり、艶を帯びる。  
 首筋をちゅう、と音を立てて吸われた瞬間、自然とつま先が伸び、一段と高い声が上がるが、  
最後は声にならない悲鳴へと変わった。  
「ひゃっっ……あぁ……やめっっっあぁぁぁぁ――――」  
 
 何かが押し寄せてきた。腰が浮き、ふるふると身体が震え、その感覚の正体がわからず  
恐怖と羞恥が渦巻く。あられもない声を上げてしまった自分の顔を見られたくなくて、  
縛られた腕で目を覆い隠した。呼吸が苦しかった。  
 突然、のし掛かる体重が離れる。いつの間にか熱くなっていた志木の手が、膝まで降りた。  
 やっと終わったのかと、ほっとして力を抜いたその瞬間、激痛が身体を貫いた。  
「っっっっいやああああぁぁぁ!」  
 痛みと恐怖で再び涙が溢れる。  
 もう限界だった。  
「いたい、いたいよぉ。やだよ、もうやだぁ」  
 縛られた腕で精一杯抵抗する。暴れすぎて手首も身体も痛かったが、それよりも破瓜の  
痛みと熱さの方が怖かった。しかし、腰をがっちりと掴まれ逃げられず、腕は空をかくだけで  
結局は志木に犯されるがままだった。  
 乱暴に何度も抜き差しされ、奥へ奥へとねじ込まれる。   
 激しい揺さぶりの後、志木の身体が一瞬震えた気がした。  
「え、な……あ、あぁぁぁ、やあああぁぁぁぁぁ」  
 最奥で注ぎ込まれる熱さに、ようやく何が起こったのか理解した。  
 結合部の水音、互いの荒い息遣い、自分の悲鳴、その中で不意に舌打ちが聞こえ、  
反射的にビクリと身体が震える。  
 見捨てられた。  
 もしかしたら、まだ情が残っているかもしれない。まだ、優しくしてくれるかもしれない。  
そんな儚い希望は打ち砕かれた。  
 もう、笑ってくれる事はない。優しくしてくれる事はない。  
 体力的にも精神的にも追い詰められていたチカは、その事実に絶望する。  
 手首に巻き付けられたリボンが解かれても、既に抵抗する気力も体力もなかった。  
 「ごめ……なさぁぁ……やぁ」  
 ただ、抵抗の言葉だけをうわごとのように繰り返す。  
 志木は無言のまま、体勢を変え、背後から貫いた。  
 チカは解放されるまで、されるがままに何度も何度も揺さぶられ続けた。  
 
 
「やぁ……ごめ……も……ゆる……し……」  
 息も絶え絶えに懇願するチカを無視し、尚も犯し続けた。行為に慣れていないチカの中は  
きゅうっと締め付けてきてきつかったが、逃げられないのに必死で身を捩る仕草が、  
愛らしい唇から紡ぎ出される声が、志木を更にかき立てる。  
 愛液と破瓜の血と、そして自身の精液が潤滑剤代わりになり、より奥へとねじ込むと、  
その度きゅうきゅうと締め付けられ、快楽が奔った。  
 拒絶の言葉は次第に啜り泣く声に変わり、そして抵抗力を失う。されるがままに犯された  
少女の瞳は既に虚ろだった。欲望を何度も吐き出した後、ようやく身体を放す。  
 頬をそっと撫でると、陵辱行為が終わった事への安堵か、それとも疲労の限界か、  
チカはそのまま気を失った。  
「チカ……」  
 チカの細い手首は真っ赤に腫れ、血が滲んでいた。行為の最中に気がつき慌てて  
縛っていたリボンを解いたが、既に遅かった。手の平も指先も、きつく握りしめた跡で赤く  
染まっていた。この傷を付けたのは自分だ。身体中に刻みつけた所有の印、太腿を伝う白濁と  
朱色の筋も自分の行為の残滓だ。脇腹の銃創も、元はと言えば自分が原因だった。彼女の  
身体を外からも内側からも自分で穢した。痛々しいその傷痕を辿り、ちっぽけな独占欲を満たす。  
 疲れ果てて眠るチカの身体を抱き寄せ、頬を撫でると、涙でぐしょぐしょに濡れていた。  
思い起こせば、チカがこれ程泣いたところを見たのは、初めて会話した七年前以来だった。  
両親も殺され、共に育った友人とは離れ離れになり、寂しい時や悲しい時だってあっただろうに  
自分の前では明るく振る舞ってくれていた。年頃の女の子なのだから、もっとおしゃれや  
欲しい物だってあっただろうにわがままも言わず、自分のために尽くしてくれていた。  
 もしかしたら、本当は嫌々だったのに我慢していたのではないだろうか。  
「耐えられない」と言ったのはちっぽけな自己満足を恩にして押しつけたからだろうか、  
「苦しい」と言ったのは、自分の都合に振り回される生活に嫌気が差したからだろうか。  
 次第に後悔が押し寄せ、年甲斐もなく泣きたくなった。傍にいてくれるだけでいいと、  
自慢の愛娘だと、そう思おうとしていたのに、劣情を止められなかった。彼女の身体に、  
啼き声に欲情し、ケダモノの本能のままににチカを犯し、傷つけ、辱めた。  
 もう、今までの親子ごっこは出来ない。もう、自分に笑いかけてくれる事もない。  
 優しい温もりを捨て去ってしまった。  
 気がつくと、チカは自分の頬に右手を伸ばしていた。  
「ごめんなさい、志木さん……だから、泣かないで……ごめんなさい」  
「チカ?」  
 反応は返ってこなかった。  
 彼女の意識はハッキリしないまま、うっすらと開いた瞳がまた閉じられた。  
 その瞳に唇を落とし、彼女の唇にも重ねると、涙の味が口の中に広がる。  
 伸ばされた指先を包み、もう一度チカの唇に触れるだけのキスをする。行為の最中は  
彼女の唇を貪るより、声を味わいたかった。だから、代わりに身体中に唇を這わせ甘噛みした。  
 しかし今は、ただチカに触れていたかった。  
 今だけは、彼女は自分のモノだ。  
 その温もりに縋るように志木も眠りに就いた。  
 
 
 辺りが白んできた頃、空腹で目が醒めた。腕の中でぐったりと深い眠りに落ちている  
チカにそっと毛布をかけ、自分はキッチンに向かった。  
 一ヶ月近く不在で、記憶に残っている冷蔵庫の中身はアルコールくらいだったが、  
ポテトサラダと温野菜、カナッペの他、ハンバーグの種とケーキが加わっていた。  
コンロに置かれた鍋には野菜がたっぷり入ったコンソメスープが作ってある。  
 全てにニンジンとピーマンの影はない。  
 食卓にはサンドイッチがラップされ、傍らにギフトボックスが置いてあった。  
赤いリボンにはメッセージカードが挟まれている。  
 チキンサンドを口に入れた。ピリッとした辛さが胃を刺激し、また一つ頬張る。自分の  
好みに合わせた味付けだった。食べながら、メッセージカードをめくるとチカの字が並んでいた。  
『誕生日おめでとうございます。タバコはほどほどにして下さいね。  
 これからも、よろしくお願いします。大好きな、お父さんへ 志木チカ』  
 包みを開けると革製のシガレットケースが入っていた。先月、出張中にシガレットケースを  
無くしたとチカにぼやいた事を思い出す。何気ない話だったのに、覚えていてくれたのだ。  
 コンソメスープの鍋はまだ少し温かく、恐らくは自分が夜遅くなった時、手軽に  
食べられるようにとサンドイッチと共に用意したのだろう。乾燥棚には調理器具が  
干してあるだけで、少女が食事を取った跡はなかった。嘘を吐いてまで帰ろうとした理由は  
わからなかったが、彼女は誕生日を祝うために、娘になることを告げるために、ずっと  
待っていてくれたのだ。なのに、自分の不機嫌を、弱さを全て彼女に当て付けた。  
 「お父さん」そう呼ばれる事を望んでいたはずだった。そう言う事にしていた。  
そう思おうとしていた。  
 だが、本当は違う。娘代わりに、と引き取ったのに、幼い頃を知っているのに、  
チカは女になっていた。「お父さん」などではなく、自分の名前を呼んで欲しい、  
自分の物になってほしい。20歳近く離れている少女を、狂おしいほどに求めてしまった。  
 
 自分がシャワーを浴びる前に、チカの身体を拭き浄めた。湯で湿らせたタオルで汗を、  
精液を、血痕を拭っていく。擦過傷になった両手首と手の平には包帯を巻いた。  
 それで自分が穢した事実は、犯した罪は消える訳ではない。体中に朱い跡を残し、  
彼女の心に深い傷を刻みつけた。何をしても身じろぎ一つしない程昏睡するチカの柔らかな髪を、  
頬を撫でるとシーツと毛布を掛け、シャワーを浴びに行く。とにかく頭を冷やしたかった。  
 
 
「……しき、さん?」  
 すぐ傍に志木がいた気がした。優しく頭を撫でてくれた気がしたが、周りを見ても誰もいない。  
起き上がろうとすると全身が悲鳴を上げ、ようやく目が醒めた。喉もからからで、声がかすれた。  
何故痛いのか、最初は思い出せなかった。身体を起こすと、秘所からどろりとした何かが零れる。  
生理は先週終わったはずだった。ならば何が流れ落ちたのだろうか。おそるおそる視線を  
下に向けると、血痕の残るシーツに粘液が糸を引きながら染み込んでいた。腕に巻かれた包帯、  
身体中に刻まれた紅い痕、そして服の残骸が目に入り、昨夜の出来事がのしかかってくる。  
「あ……わた……し……」  
 冷たい視線、荒々しい暴行、そして舌打ち。  
 夢ではなく、現実だった。もう、志木が頭を撫でてくれる筈も、笑ってくれる筈も無い。  
 大きくて温かい手を振り払ったのは自分だ。感情に任せて志木を怒らせたのは自分だ。  
 今までだって、自分の事を大切にしてくれたのに、あれ程優しくしてくれたのに、  
あれ程気遣ってくれたのに、父親になろうとしてくれたのに、全て自分で壊してしまった。  
 そのままのろのろと散らばった服を身につけた。  
 ワンピースの胸元は破れているが、上着を羽織れば恐らくはわからないだろう。  
涙が自然に溢れてくる。ボタンも取れてしまったワンピースの襟元をぎゅっと引き寄せた。  
このワンピースは、初めて、そして唯一、志木がチカのために選んでくれた服だった。五年前、  
進学祝いとして、新しい生活の記念としてプレゼントしてくれたまではよかったが、  
大きすぎて着られなかったのだ。それに懲りた志木は以降服を買う時はチカを連れて行き、  
店員や本人に選ばせていた。ワンピースはまだ大きめだったが、志木の娘になる、  
その記念日なのだからと久々に袖を通した。その結果が、これだった。  
(出て、行かなきゃ)  
 自分は志木の娘でなければ、もう、志木の娘の代わりですらなくなった。  
 思い返せば、元々娘の代わりですらなかったのかもしれない。志木は自分に消えない傷跡を  
残した責任を取って、渋々後見を買って出たのかもしれない。自分がいたから、恋人とも  
再婚出来なかったのかもしれない。  
 自分がいない方が、いいのだ。  
 ハンガーに掛かった志木のジャケットに染みついた香りが、嫌でもその事実を突きつける。  
 だから、もうここにはいられない。いる資格はない。『娘』になれなかった自分は、  
もう、志木には必要ないのだ。  
 身体の痛みに顔を顰めながら、志木の寝室の扉をそっと開けた。廊下からシャワーの音が  
聞こえる。出て行くのなら今だった。自分に貸してくれていた部屋に入り、厚手の上着を羽織った。  
 合い鍵を机の上に置く。書き置きを残そうとメモに走り書きをするが、うまく言葉が  
見つからない。自分のしでかしてしまった事に対しての謝罪、後見人になってくれた事への感謝、  
別れの挨拶、結局纏まらず、メモを丸めた。会わせる顔も無いのに、一体何を書けるというのだ。  
 仕方ないので、とりあえずプレゼントに添えたメッセージカードを処分しようとダイニングへと  
足を向ける。廊下を出ると、シャワーの音が止まった。  
(だめ!!)  
 今更、志木に顔向けできない。身体の痛みより、志木と向き合う恐怖の方が上回る。  
 慌てて部屋に戻り、鞄をかかえて玄関を飛び出した。志木から冷たい視線を向けられることも、  
侮蔑の言葉を浴びせられることも、真実を知ることも耐えられなかった。  
 兎に角寮に戻ろう。荷物をまとめて寮を出て、そして何処へ行くか、それは全く決まっていない。  
 生まれた村も、育った施設も、もうどこにもなかった。  
 
 
 微かだがドアが閉まる音がした気がした。チカの目が醒めたのかもしれない。  
シャワーを止め、手早く着替えた。  
 今更どんな顔をして彼女と会話をすればいいのかわからなかった。謝罪も愛の囁きも今更  
言ったところで一体誰が信用するというのだ。それでも、何かを伝えたかった。  
「チカ?」  
 バスルームを出て、寝室を覗くが誰もいなかった。散らかしっぱなしだったチカの服も  
どこにもない。  
「チカ、いるなら返事をしろ」  
 ダイニングにも、キッチンにも、チカに貸していた部屋にもいない。玄関にチカの靴が無かった。  
慌てて玄関を開けるが、マンションの廊下には誰一人いない。  
 出て行ってしまった。いや、そうし向けたのは自分だ。彼女の信頼を、笑顔を裏切ったのは、  
自分なのだ。一時の感情で失った物の大きさが、改めて身に染みる。  
 娘も、友人も、そして愛する少女も、去って行ってしまった  
 
 チカのベッドに呆然と座り込み、部屋を眺めた。  
 この五年間、好きな時に泊まれるように、好きにしていいと言ったのに、ほとんど私物を  
置いていなかった。少しでも彼女のいた跡を探すが、ベッドサイドに置いてある写真立てくらい  
だった。中身は五年前、彼女を引き取った時に一緒に撮った記念写真だ。まだ、背も伸びる前の、  
ガリガリに痩せていた少女が緊張した面持ちでこっちを見ている。大きすぎてだぼだぼの  
ワンピースは、自分がサイズもわからずに買ってしまった物だ。  
なのに嫌な顔もせずに、嬉しそうに袖を通してくれた。  
 それは、昨夜自分が引き裂いた若草色のワンピースだった。  
「……チカ……」  
 足下に、丸められたメモが数個散らばっていた。それを震える手で開く。  
 滲んだ文字、書いては消してある今までの感謝、謝罪、そして告別。  
 感謝をするのも、謝罪をするのも、自分の方だ。  
 あんな事をしてしまったのに、それでもまだ、チカを傍に置いておきたかった。  
 許してくれなくてもいい、拒絶されてもいい。  
 ただのわがままだが、今までの五年をこれで終わりにしたくない。  
 志木は走り書きを握りしめると、髪も乾かさずに部屋を飛び出した。  
 
 了  
 
 

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