平和の大陸エルハザードに突如侵略してきた魔の軍団。
強大な魔力を持った魔獣、魔人によって占められた軍団はかつて栄光の国と謳われた帝国すらも滅ぼし、
国と同じように栄光の騎士と呼ばれる帝王の首を高々と掲げ、人々に拭い様の無い恐怖と戦慄を齎した。
それでも人々は諦めず立ち向かい続けた、たとえ魔の軍団がいかに強大であっても。
何故なら人々には希望が在ったからだ、光の姫騎士と呼ばれる金色の姫君。
その類稀なカリスマ性と強さは人々の心に希望を植えつけていたのだ、彼女ならきっと倒してくれると。
彼女は次々と入ってくる悲報に不安を増す民を鼓舞し続け自らも魔の軍団に立ち向かった。
彼女にしか使えぬ特殊な光の術で愛する人々を癒し、異界より召喚されたという新たな若き勇者と共に軍団を撃退するほどに。
そして激しい戦いの日々を過ごす内に何時しか彼女と勇者は互いに惹かれあっていく仲になった。
民に隠れて愛し合った時もある、それが後に悲劇を起こす最大の原因となるとも知らずに。
翌日勇者が魔王を倒すための武器があるという情報を得て、滅びた帝国へ向かい行方不明になったと情報が姫の元へ届いた。
思わず青ざめそうになった顔を引き締めながら続きを聞こうとするとその兵士が突然黒い闇に包まれた。
絶叫を上げながら消えていく兵士の後ろから現れたのは驚くべきことに魔の軍団の王だった。
大胆不敵にも現れた魔王の男に咄嗟に光の術を使おうとする姫に男は悠然と近づきながら静かに……何かを抑えているような声で静かに言う。
「いいのか?」と、その声に何故かビクッと動きが止まる姫になおも近づきながら「お前の愛する男は我が術中にあるというのに」と。
「え?い、今何て……?」
「勇者なら我が手元にあると……そう言った」
「そんな…だって彼は行方不明になったと…」
「ああ、だから我が城に捕らえられているということだ」
いつの間にか彼は姫の目の前に居た。
まるで光を飲み込もうとするように、闇のようなマントが姫を包み込もうとするかのように広がる。
信じられないような瞳で男を見上げる姫には震えが混じっている。
それをどこか楽しんでいるように紫の瞳で見下ろし残酷な言葉を唇に乗せ続ける。
「奴なら既に戦い…倒したのだ……本来なら拷問して殺すところだったが……」
殺す、その言葉に一瞬姫の身体が大きく震える。
「……利用価値があるからな。生かしてやる……ただし、お前しだいだが……」
俯き絶望して顔色が悪かった姫がその言葉に顔を上げる。
「お前…しだい…?それは……?」
捨てられた子犬のように見上げる瞳に何故か笑いがこみ上げクッと笑いながら……一気に姫の身体を引き寄せた。
動きやすい黄金のドレスに身を包んだ華奢な体が漆黒のマントを纏った腕の中に閉じ込められる、
豊かな流れるような黄金の髪に愛する男ではない男の手が触れ撫でていく。
流石に驚いた声を上げて見上げる姫にそっと囁く。
「我の妻となれ……お前は我の物だ」
「なっ…!?」
思わず絶句して言葉が出ない姫。
当然だろう、今まで敵だった男から求婚されるなど誰が思おう。
だが男はそれを無視して言葉を続ける。
「ただ…我には断られる予定など無い……」
男の言葉の意味は簡単だ、断れば……。
「っ……」
「あまり困ったわがままを言うようだと……
なに、旅立った騎士がその先で死ぬことなど……ありふれた話だとは思わないか?」
「っ!!!……わ、分かりましたから……お願いだから彼には手を出さないでください……」
彼は本気だ…もしかしたら彼は既に死んでいるかもしれない。
でももし、もし生きていたら?助けられるかもしれなかったら?
この人しか助けられる人が居ないんだ……。
最後の言葉は震えていた、兎に角彼が助かってくれればという想いが込められていた。
それを聞いて男が更に不快になることなどまるで想像せずに。
「そうか、では……我が子を孕むがいい、金色の姫君よ!!」
姫は知らない、自らを見つめるその瞳に怒りの他に悲痛があるのを。
それは愛する者に忘れられた苦痛、絶望。
彼女は忘れさせられている、彼がかつて自分と遊んだ異種族の少年だということを。