硬質な音がした。上を見るとキラキラと舞落ちてくる光がある。その中の大きなものが視界いっぱいに広がり…………  
 
 
「っいやあぁっ!?」  
私は毎朝自分の悲鳴で目を覚ます。が目は何も映さない。と、震えながらもがく私は誰かに抱き締められた  
「ミー、ダメだよ……」  
目が完全に見えなくなる前から付き合っていたリョウだ。  
彼は私がこうなってから私の世話を一手に引き受けてくれている  
私とリョウは今、あることと戦っている  
 
 
 
生れ付き右目が見えない私は若干の不便と戦いながらそれなりに充実した日々を過ごしてきた  
そんな日々は去年春、とあるビルの最上階からガラス窓が落ちた事故で終わりを迎えた。  
落ちたガラスの破片、その一つは私の顔、それも見えていた左目へ縦に深々と突き刺さり、顔に痕を与え視覚を奪っていった  
 
この事故の直後から私は最後の光景を繰り返し夢見るようになり、  
またガラスや陶磁器が割れる音を聞くと錯乱状態になるようになった  
PTSD、そう呼ばれる精神疾患はほぼ生涯にわたり患者と親しい者達を苦しめる  
 
今の私はリョウに依存しなければほぼ何もできない女になっている  
それでもリョウは愚痴をこぼす事無く私を愛し、支えてくれる。それは間違いなく救いだった。  
「……おはよ、リョウ」  
落ち着きを取り戻した私はリョウを抱き締め返した。  
これで朝の儀式はようやく終わる  
 
リョウが朝ご飯をどうするか聞いてきた。今日は洋食な気分なのでパンとスープを頼んだ  
さて、彼が調理してるうちに着替えを済ませないと…………  
とここでふと昨日のことを思いだす  
 
リョウがうっかり皿を割ってしまい、私の気を逸らすために六回戦ほどヤッたはずだ……  
 
私は方針を変えてまずはシャワーを浴びることにした  
 
 
 
「っいやあぁっ!?」  
隣で眠っていたミーが微睡みを穿つ叫びをあげた  
左目を通る痕は涙に濡れ、時に血を混じらせた流れを作る  
右目がもともと見えてなかった彼女は……毎朝、自分が左目を失明した事故の夢を見て目を覚ます  
正確には夢での叫びで目を覚ますのだが……  
いずれにせよ極度のトラウマで一人では耐えられないであろうことは容易に想像できる  
医師もまた彼女がPTSDに陥っていると診断し、最も近くにいる俺にその対処の仕方を教えてくれた  
「ミー、ダメだよ……」  
俺は震えもがくミーを力強く抱き締め、落ち着くようあやす。  
ダメと言うのは彼女がもがく際に怪我をする恐れがあるからだ  
目が見えなくなってから彼女の四感は先鋭化しつつあるため、どうしても必要な行動だ  
 
ミーを抱き締める間にあの事故の日を思い出してみる  
デートのために訪れたビル、俺はあの事故の時、運よくトイレに行っていた  
手を洗っている最中に響いた硬質な音、ついで相次いで聞こえてきた悲鳴。  
胸騒ぎを覚え、ミーが待っている場所に駆け付けると…………  
床中にガラス片が散らばり、一部が人や床に突き刺さっていた  
赤茶色の石を敷き詰めた床はそれより暗い赤の液体で染まっており…………  
そしてミーはその一角で顔から血を流して泣き叫んでいた……  
ミーを失うかもしれない、あの時のえも言われぬ恐怖は二度と忘れられない  
そしてある意味において、ミーは居なくなってしまった  
「おはよ、リョウ……」  
儀式の終わりを告げる……落ち着いたミーの声が聞こえた  
「おはよう、ミー。今日は何にしようか?」  
「んー……ハムエッグトーストにーコンソメスープがいい」  
「あいよ。」  
俺はミーのリクエストに答えるべく布団から起き上がり、キッチンに向かった……  
と、ミーが部屋から出て浴室に向かう音が聞こえる  
 
そういえば昨日は彼女の気を逸らすために六回程頑張ったんだったな……  
彼女はこの一年でどんどん敏感になり、ついでに言うと締まりもすごくなったためこっちまで鍛えられてしまったのだ…………  
 
 

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