「あ〜うっとうしい連中だ」  
浅利良介は今日も不景気そうな顔で家を出た。  
皆戸高校2年生、人の良さそうな見る者に安心感を与える顔立ちは、黙っていれば美男子の範疇にはいるだろう。だが、今は眉間に皺を寄せ覇気などどこかに置き忘れて来てしまったような様子。標準よりは高めの身長も、がっくり肩を落とした状態ではあまり意味がない。  
「肩が重い、首が痛い…」  
独り言が虚空に消えていく、別に良介は寝違えたりしたわけではない。  
 
「よーっす。リョウ、何朝っぱらから暗い顔してんの?」  
門扉で待っていた少女が無邪気に声を掛ける。  
染めたわけでもないのに、光の加減でわずかに茶色がかったショートカットの髪に、形の良い目鼻がバランスよく収まっている小振りの顔、何より快活そうな表情は見る人を惹き付ける。  
少女の名前は戸沢絵里、良介と小中高をずっと一緒に過ごしてきたの幼馴染みだ。  
 
「あー、気にしないでくれ、この俺の貴い犠牲でもって、ここら辺の平穏は保たれているんだ。昨日のランニング…頑張りすぎたかな」  
見えるだろうか?良介の首に、肩に、纏わり付いている黒い靄が。うねうねと生き物のように蠕動しているモノが。  
しかし、絵里は何も気に掛けもしない。  
「なに?犠牲って?また訳わかんないこと言って…。それにしてもランニング程度が翌日まで後引いてんの?だっらしなー!」  
普段通りの幼馴染みの言動に眉をひそめながら問い返す。  
「ああ、なんでもない。ところでですまんが、ちょっと肩のあたり払ってくれないか」  
「別にゴミなんか付いてないわよ?」  
ぱぱっと、絵里は言われたとおり良介の肩を払う。  
絵里には見えないが、良介に纏わり付いていた黒雲のような靄が四散する。  
 
「おー、軽くなった、サンキュ、絵里」  
肩を回しながら伸び上がる良介を見て絵里が訝しがる。  
「ねー、なんかそれって意味あるわけ?リョウって昔から私に変なことさせるよね」  
「気にしないでくれ、でもな、俺、お前が幼馴染みでホントっっっっに良かった」  
「ば、ばーか、朝っぱらから何言ってんのよ。頭膿んでんじゃない?」  
顔を赤くした絵里がつっけんどんな返答を返す。  
いつも通り、これが浅利良介と戸沢絵里の光景であった。  
 
浅利良介は、無意識に世の中の負の気「澱」を引き寄せてしまう、いわゆる霊媒体質というやつだ。「澱」は密度が濃くなれば、そこに悪意が芽生え魑魅魍魎と化してしまう。  
小さい時から人には見えないモノが視え、人知れず苦労も背負い込んできた。なんで自分ばかりこんな目にと、自暴自棄になりかけたこともあった。  
しかし、そのような状況であっても心が潰されることもなく、今までやってこられたのは、なんと言っても幼馴染みである戸沢絵里の力に依るところが大きい。  
絵里自体には霊感は全くない。当然の事ながら良介に視えているものは見ることも感じることも出来ない。しかし、絵里は無意識のうちに発する清浄なる気をもって、「澱」が明確な形を為す前に浄化してしまうのだ。  
すなわち、良介がこの町の掃きだめのように集まった「澱」を引き寄せ、それが形作られる前に絵里が浄化する。  
このコンビネーションでこの街は比較定期平穏に保たれているのであった。  
 
そうして、二人並んで学校へと歩いていく。朝練の時間には遅く、一般生徒が通うにはやや早くといったスポット的に通学生の少ない時間帯。  
「さて、もうちょっと急ぐか」  
良介の言葉に絵里が頷く。  
「うん、実は1時間目の数学の課題、やってきてないんだよね。良介は?」  
「分かってて聞いているだろう?この時間で急ぐなんて提案している俺がやってきている訳ないじゃん」  
「自慢げに言うな!」  
絵里のジト目を軽く受け流す。  
「それじゃ互いに持つべき者は友、の諺通り親友の待つ学校へ急ぐとするかっ…て、もう駆けだしてる!?」  
「リョウー、おいてくよー」  
「薄情な、待て、待てって!」  
二人は連れだって冬晴れの通学路を走り出した。  
 
「はよーっ!」「はよーっす」  
「あ、エリちゃん、おはよう、それと良介君もおはよう」  
絵里の親友、二人よりに先に教室に来ていた八嶺弥生が挨拶を返す。  
知り合ったのは、高校に入ってからではあるが、1年生の時から同じクラスで、絵里とは一番仲がいい。  
「良かった、いた〜!ねえねぇ弥生、昨日の数学の課題やった…って、昨日、弥生午後から帰ったんだっけーっ!やぱい、ピンチ!」  
「あ、コウちゃ…康平君に教えて貰ったからやってきたよ」  
自己完結に陥りそうななる絵里の言葉を、うまい具合に引き取って弥生が答える。  
「流石弥生、頼りになる幼馴染みがいるのは羨ましい!うちのコレとは大違い。お願いっ!見せてっ!今日当たるのっ!」  
コレとはなんだよ、と言う良介の抗議は無論、空中に霧散した。  
「いいけれど、テストにも出るところだって。きちんとやんなきゃ駄目だよ」  
「あっははは〜、ま、まぁ部活でしごかれて家かえってご飯食べてお風呂入ったら寝ちゃったっていうか、その…」  
しどろもどろの言い訳を続ける絵里の前に、数学のノートが差し出される。  
「はい、これ」  
「へへぇ、持つべき者はしっかり者の親友だねぇ」  
大仰に平伏している絵里の後ろで良介が問う。  
「ところで俺の心の友の康平は?」  
良介の親友は小野寺康平、同じく高校に入ってからの付き合いだ。剣術道場の息子でまじめを絵に描いたような人物だが、なぜか良介と相性がいいのか、学校内では一緒に連んでいる。  
「まだ朝練から戻ってきていないよ、もしかして課題、良介君も?」  
「へへぇ、持つべき者はしっかり者の親友の彼女だねぇ、ってことで俺にも見せて」  
「か、彼女って、朝から何言って…」  
あれだけベタベタしてて、彼女じゃないなんて言い訳が通るのだろうか?良介も絵里も心の中でつっこみを入れつつ、やるべき事を優先することにした。  
「八嶺、照れない照れない、わざわざ部活も無いのに康平と一緒に来てるんだろ。ほら絵里、もうちょっと詰めてくれ」  
あいている隣の席のいすを拝借して絵里を押しやる。  
「あんたもズーズーしいわね」  
「お前にいわれたくねーよ」  
一人赤くなっている弥生をよそに、絵里も良介も課題のノートを写し始める。  
 
「ふぅ…終わった」  
「おかげで助かった。ありがとうな、八嶺」  
ほぼ同時にノートを写し終えた良介と絵里が一息ついていると、頭の上から声がした。  
「なんだ、また課題写してたのか?」  
鍛え抜かれた長身の男、小野寺康平が3人を見おろしていた。  
「あ、康平君」「よー、親友」  
「おはよう、良介、戸沢。さ、もうすぐホームルーム始まるぞ」  
共通の友人である康平に促されて二人とも仮初めの席を立つ。  
 
と、そこで良介は康平に向き直る。  
「あぁ、ところで康平、あとで折り入って相談したいことがあるんだが」  
その声にいつにない真剣な響きが含まれているのを感じ取る。  
「ん?じゃ昼休みでいいか?」  
「あぁ、昼飯奢るから…って、お前は弁当だっけ?」  
「いや、今日は持ってきていない、ありがたく奢って貰うことにするよ」  
そういったところで担任の先生が入ってきた。  
 
 
―――― 昼休み。  
人気の無いところがいい、ということで購買のパンを買って道場で昼食を食べる良介と康平の姿がある。  
「で、なんだ?人気のないところで相談したい内容って?」  
「あのな、真剣に聞きたいことがあるんだ。答えてくれないか?」  
「へぇ、お前がそんな顔するのって珍しいな、いいよ、なんだよ聞きたい事って?」  
小野寺康平はウーロン茶のペットボトルをグイッとあおる。  
 
「あのな、お前八嶺とどこまで進んでる?」  
ぶはぁ、と康平はウーロン茶を盛大に吹き出していた。  
「ななな、何言っているんだ。おおお、お前、そんなことっ!」  
普段から冷静沈着で通している男からは考えられないような態度で取り乱す。  
「落ち着いてくれよ。俺にとっては死活問題に関わる情報なんだ」  
「俺たちがどう付き合おうが、お前の生死には関係ないだろっ!」  
この男がこれほどまでに取り乱すなんてめずらしーなーと思いながらも、表情は真面目なまま続ける。  
「いや、実はそれが大ありでな。絵里の奴、前にもいったと思うけれど、俺の霊媒体質を無意識に祓ってくれるんだ」  
「お前…あれ本当だったのか?」  
まぁ、こんな突拍子もない話、信じろったって無理な話だったけれどな。そう思いながらも良介が続ける。  
「こんな嘘つかねぇよ。でもな、八嶺もそういう体質だろ?」  
康平の顔が一転して真面目な顔になる。  
「分かるのか?」  
「あぁ、八嶺の側に行くと、憑き物がササッといなくなるんだ。絵里よりもよっぽど強力だな」  
「ふぅん…」  
「でさ、この清めの体質ってやっぱ処女じゃないと効かないのかなと思ってさ」  
 
再び、何かを吹き出す康平。横目で見ながら良介は話を続ける。  
「話進まねぇから、とりあえず落ち着いて最後まで言わせろ。お前達すげー仲いいだろ。だけれどお前は真面目を絵に描いたような堅物だ。八嶺とはやっぱり清い交際のままなのか?」  
「ぐ…」  
こいつはアホか、と康平は思う。どこの世界に、交際相手との関係の進み具合を真顔で話せる奴がいるだろうか?  
そんな康平の気持ちも知らずに、良介は続ける。  
「まさかこんな事、八嶺に聞くわけにもいかないだろ。セクハラだし」  
当たり前だ、と康平ががなり立てる。  
「で、実際のところどうなんだ?」  
「う…」  
沈黙…良介は合点がいったように話を持っていく。  
「答えられないって事は、それなりに進んでるって訳だな。いいんだな?」  
「く…」  
否定したら、弥生への想いの裏切りになるんだろうか?康平は真剣に悩む。  
「いやー、そーかそーか、お前が融通の利かない堅物でなくって嬉しいよ」  
「ぐぅ…」  
満面笑みを浮かべた良介が友を祝福する。  
「いや、目出度い目出度い。八嶺もあんなにお前に惚れてるのに、生殺し状態じゃ可哀想だとつねづね思っててな」  
「な、生殺しってなんだよっ!」  
良介は、真っ赤になって突っかかってくる康平を軽くあしらいながら話を続ける。  
 
「じゃ、話題を変えて。のろけ話に聞こえるかもしれんが、この前絵里から告られたんだ」  
「ほぅ、お前達付き合っていた訳じゃなかったのか?」  
「はっきりとした意思表示はお互い何となく避けてきたんだ…と思う。お前も覚えがあるだろ、この関係を壊したくないって気持ちが」  
「…」  
康平は押し黙る。十分覚えがあるらしい。  
間をおいて良介が話を続ける。  
「でだ、俺ももちろん絵里のことは好きなんだ。ただな、健全な男子としてはもっと先に進みたいんだよ」  
「おい…ひとつ聞いていいか?」  
康平が低い声で問いかける。  
「もし戸沢と関係を持ったら祓えなくなるとか、お前そんな目でしか戸沢のこと思っていないのか?」  
答え次第では、こいつをぶん殴ってでもやろうという怒気を滲ませてる。  
そんな気配に気がつかない良平は答える。この男もそれなりに真剣だったのだ。  
「とんでもない、ただ絵里の力がなくなったら、余計な苦労を絵里に掛けることになるだろ、だとしたら進路を神主とか寺の住職とかにして修行しなければならないかなと思ってな」  
「は?」  
全く想定していない良介の答えに康平の目が点になる。  
「そろそろ進路調査の時期だろ。俺は入れる大学に入って、サラリーマンにでもなって一生静かに暮らせればそれでいいんだ。だけれどこの霊媒体質が直らないんじゃ、絵里にも理不尽な苦労をかけることになる」  
呆けた顔をしたままの康平を前に、良介は続ける。  
「惚れた弱みもあるんで別れるなんて考えられない。そんなら俺が修行して自己開発するしかないだろ」  
「それで、寺や神社で修行?」  
「あぁ、食っていけるかどうかはわからんけれど、覚悟決めなきゃな」  
 
「は…、ははは…」  
気の抜けた康平は知らず笑い始めていた。  
「ははっ、ははははっ、あーっははははははっ!」  
「なに笑ってんだよ。俺は大まじめだぞ」  
「はははっ、はひっ、お、お前、気遣いの方向性まちがってるぞ、絶対。は、はひーっひひ…腹痛ぇ…」  
康平の笑いが収まるまで、良介は憮然としていた。何が笑われているのかが心底分からないようだった。  
「くく…ふぅ、話は分かった。もしもの時は修業先紹介してやるよ」  
ようやく笑いを納めた康平が、良介に向き合って言った。  
「ホントか?やっぱ、家が剣術道場だとそういうところにも顔が広いのか?」  
「あぁ、安心しておけ。しかし…ぷふっ、くくく…お前、本当に俺なんか足元にも及ばない大物だよ」  
「馬鹿にしてるだろ」  
「いや、本気の本気で褒めている、がんばれよ」  
小野寺康平は、そう励ますと同時にバンッと良介の背中を叩いて道場を出ていった。  
 
 
「あ、あのな、今日、親が泊まりがけで出かけけてて、い、いないんだ。め、飯でも作りに来てくれないかな」  
「リョウ、噛みまくり」  
事前に何度も練習したはずの台詞が上手く言えていないことを、冷静に指摘される。  
「はい、かみまみた」  
「まだ噛んでる」  
電話口からは、絵里のふーっというため息が聞こえる。  
「下心が透けてみえるお誘いね、でもいいわ、何か食べたいものある」  
「じゃ、カレーライスでも。材料は一緒に買いに行こうぜ。ご飯だけは炊いておくから」  
「うん、分かった。じゃまた…そうね、3時半頃に迎えに来て」  
「あぁ、それじゃ」  
携帯を閉じて通話を終了する。  
良介はこの日、絵里に自分のすべてを話すつもりだった。  
 
「なぁ絵里、俺って昔っから体弱かったろ」  
スーパーへと向かう道すがら、良介は昔話をする。  
「そーいえば、よく休んでたよね。すぐ熱出したりして」  
「あれの原因ってな、信じられないかも知れないが、霊の仕業なんだ」  
「はぁ?」  
突拍子もない台詞に絵里は目を丸くする。  
「小さい頃を思い出して見ろよ。俺、よく誰もいないところに話しかけたりしてただろ」  
「ちょっとリョウ、大丈夫?熱でもあるの?それとも、なんかの宗教に填ったりしてるわけ?」  
自分の額と良介の額に手を当てて、熱を計る絵里。  
 
良介は黙って額にあてられたてを払い、交差点へと進んでいく。  
「ここで2週間前に事故があった」  
道脇に供えられている花束に目を落とす。  
「小学生の女の子が轢かれて…死んでいる」  
「リョウ、その話し笑えない」  
「ああ、笑い事じゃないからな。でな、この子は自分が死んでることに気が付いていないんだ、放っておくと澱みに取り込まれて悪霊化してしまう」  
そういうと良介はその場にしゃがみ込み虚空に向けて話しかけた。  
「君、ここにいつまでもいると怖いお化けがやってくるよ…うん、うん、…大丈夫、このお姉ちゃんに、頭撫でて貰えれば、行くべきところが分かるから」  
「ちょっとリョウ?」  
「絵里、ちょっとこっちに来て、ここら辺を撫でて貰えるか」  
見えない子供がいるかのように振る舞う良介に、絵里は恐る恐る近づく。  
「大丈夫、ここ、そう手を伸ばして…うん、そうだ。君は行くべき道が見えたかな?そう、その光の方向に進んでいけば大丈夫だから、うん、怖くない怖くない」  
良平はゆっくりと立ち上がり、夕暮れの空を見送っていた。  
「ふぅ、成仏したよ」  
「…リョウ、今のマジ?」  
「マジ、大マジ。詳しくいうと俺は視えるけれど、祓ったり導いたりとか器用なことは出来ないんだ」  
絶句している絵里を前に良介は言葉を続ける。  
「でもお前は視えない替わりに、そんな悪いモノを浄化出来る力を持ってる」  
「そんな…」  
 
「思い出して見ろよ、変なところで手を振らせたり、いろんなものを撫でさせたりしてたろ」  
「…」  
いろいろな場面が思い起こされる。  
人形を撫でられられたり、枯れ木を叩かされたり。  
そのたびに分かったような分からないような理由をつけられて、煙に巻かれていた気がする。  
「これが俺の秘密。お前には幾度となく助けられてきたんだ」  
「ドッキリとか、じゃ…ないよね」  
「残念ながら…な」  
 
良介も絵里もその後は無言だった。  
スーパーでカレーの材料を買っている時も、その帰り道も、良介の家でカレーを作っている時も。  
 
「出来たよ…」  
重苦しい空気を払おうとしてか必要以上に良介がはしゃぐ。  
「お、そうか。絵里のカレー、俺好きなんだよな、辛い中に甘みとコクがあってたまらねぇ…」  
そんな良介と手で制して、絵里が問いかける。  
「リョウ、食べる前にひとついい?」  
「おう、なんだ?」  
瞬間、絵里の右ストレートが良平の左頬にヒットする。派手な音を立てて良介が吹っ飛ぶ。  
「なんで今まで黙ってたんだーっ!」  
良介は痛みでジンジンする左頬を押さえて目をぱちくりする。流石に殴られるとは思っていなかった。  
「リョウ、もっと早く話していたら効率よくできたでしょーっ!そんなにあたしじゃ頼りにならんかぁーっ!勝手に一人で苦しんだりしてたんでしょーっ!」  
「いや、別に苦しんだりは…しないこともなかったけれど、お前がいてくれたから…」  
答えが気にくわなかったらしい、絵里はさらに怒りの形相で良介に詰め寄る。  
「それじゃ、あたしはリョウにとって、ただの便利なお祓い道具かぁーっ!」  
「ち、違うぞ、断じて違うぞ。おれはお前がいてくれたから、こんな体質でもグレたりヒネたりしなくて済んでるんだ。お前は俺にとっても救いだったんだよ」  
絵里はずかずかと歩み寄り良介の胸ぐら掴みあげる。また殴られる、良介が息を飲んで目を閉じる。  
…痛みも衝撃もやってこなかった。  
恐る恐る目を開いてみると、絵里が胸ぐらをつかんだまま真っ赤な目をして涙を流していた。  
 
コツンと互いの額が触れあった。  
「…リョウの馬鹿、あたしが怖がると思った?離れていくと思った?10年以上付き合いがあって、あたしを信じられなかった?」  
「すまん…でも、やっぱり怖かったんだ、こんな秘密…ンッ?」  
絵里の唇が良介の口を塞ぐ。  
「ん…ン、あたしのファーストキス、馬鹿リョウにあげる」  
「絵里…」  
「…馬鹿リョウ、不器用だけど、優しいところ、貧乏くじ引いても人助けするようなところ、馬鹿なところ…みんな好きよ、10年以上見てきたんだもの、離れていく訳ない…」  
絵里の唇が、再び良介の唇へと押し当てられた。  
良介にとっても絵里にとっても2度目のキスだった。互いの唇の柔らかさと熱が伝わってくる。  
「んぅ…ん、ん、ぅぅん、ぷはぁ…」  
良介も絵里も慣れていないため、舌を入れることもなく、かかった時間もさほど長くはなかった。  
「絵里…いいのか?」  
「確認しないでよ、おじさんもおばさんもいないこの日に呼び寄せるなんて、始めっからそのつもりだった癖に」  
絵里がふふふと笑う。  
「あ、あのな絵里、今日、お前を抱きたい」  
「うん、いいよ…私もリョウと一つになりたい」  
絵里が良介へとしなだれかかってくる。  
絵里の感触にドキマギしながらも、良介は決意を話す。  
 
「も、もし、お前が処女じゃなくなって、お祓いの力が無くなったとしても、俺ずっと何とかしてお前を守るから」  
「え、私の力って、これ…処女限定なの?」  
ちょっと不安そうな瞳を向ける。  
「い、いや、わかんないんだけれど、ほらこういう力ってなんとなく処女限定ってイメージあるだろ?」  
「そうね、なんとなく…で、どうやって守ってくれるわけ?」  
絵里の肩をつかんで、引きはがすと真っ正面から向き合って熱心に話し始める。  
「いや、進路を神主か住職にして修行するよ。修行中は遠距離なるかもしれないけれど、絶対浮気とかしないから!」  
「は?」  
やはり予期しなかった答えに目が点になる。  
「康平の家、なんかそういう方面に顔が広そうだろ。きっと遠距離にならなくていいところも紹介してくれると思うんだ」  
「ちょっと…」  
「だから、とにかくお前を守り続けるからっ!」  
唖然としていた、絵里が吹き出す。  
「ぷっ!あははっ!リョウ、そんなこと考えてたの?あはははっ!あははははっ…」  
何でみんな笑うんだろ?良介には心底分からない様子だった。  
「あははは…はは…、ふう…、うん、いいわ、その時はあたしを守ってね。浮気も絶対だめだからね」  
「あ、あぁ、もちろん…」  
「ぷっ!…」  
目があった途端、絵里はまた吹き出した。  
 
「リョウ、ほっぺた痛そう…腫れてる」  
「あぁ、痛いぞ、渾身のイイパンチだったぜ」  
「馬鹿…ン、ごめんね」  
熱くてジリジリ痛い左頬に絵里が唇を這わす。  
チュー、チュ、チュ…  
「あ、あ、絵里…」  
良介は絵里を抱き寄せる。そのまま絵里の下敷きになる。  
「きゃっ」  
良介は絵里の頬に手を添えてじっと見つめながら言葉を紡いだ。  
「絵里、好きだ。全部好きだ」  
「リョウ…うれしい…」  
今日3度目のキスが行われる。今度は互いに舌を出し合い絡め合う。最初はおずおずと、徐々に激しく互いの舌を絡ませ、唾液をすすり合う。  
「んちゅ…ン、ちゅば、ちゅう…、ちゅる、ぷはぁ…ン、あふぅ…」  
良介は躊躇いながら左手を外して、自分に押し当てられている絵里の右胸を触れる。  
ぴくりと反応したものの、拒む気配は見せない。良介はいったん手を止めたはしたが、すぐまた動かし、自分と絵里との間に割り込ませた。  
「やんっ…」  
絵里の掠れた声、身体からも強張りが抜けてきた。  
 
「絵里、服…脱いでくれないか。俺も脱ぐ…から」  
「脱がせて…欲しいんだけどなぁ」  
悩ましげな言葉に、良介はゴクリと喉を鳴らした。  
「いいんだな?」  
「だから聞き返さないでよ…いいんだってば…」  
馬乗りにされていた体をずらし、起きあがる。華奢な両肩をつかんで座らせた後、セーターをたぐりあげる。桜色のブラジャーひとつになった上半身の後ろに手を回して、ホックを外す。  
小振りな双乳がプルンと目の目で震える。  
「絵里、綺麗だ…」  
「あっ…ン、恥ずかしい、リョウも脱いで…」  
いわれるまでもなく、上着に手を掛けシャツごと脱ぎ剥がす。  
そのままジーンズのベルトを外し、先にトランクスひとつになる。  
良介の怒張がトランクスに高々とテントを張っていた。  
「リョウのこれ、熱い」  
絵里が怒張に指を這わせて握りしめる。絵里にされていると思うと今にも爆発してしまいそうな感覚に陥る。振り払うように身じろぎをするとトランクスををも脱いで宣言する。  
「絵里、全部…脱がすぞ」  
 
ベルトでウエストを留められたタイトパンツを脱がしていく。ブラジャーとおそろいの桜色をしたショーツが眩しく写る。ショーツに手を掛けゆっくり引きずり下ろす。  
「…っ」  
良介の視線は即座に無防備になった絵里の股間へ注がれる。  
あの絵里の性器が、すぐ近くで息づいている。  
(これが絵里の…ここに入っていくのか…)  
つい、凝視してしまう。  
絵里も興奮しているらしい。  
媚肉が触ってもいないのにほころんで、その合わせ目からわずかに視える襞は、赤く充血しつつ蠢いている。襞の奥からは透明な液が分泌され、明かりを受けてぬらぬらと反射している。  
一方割れ目の上に生える恥毛は、濃くも薄くもなくスポンジのようにふわっとしていそうだった。  
 
「やぁ…ん、いつまで見てるのよぉ」  
羞恥心を刺激され、消え入りそうな声で絵里がなじる。  
「触るぞ」  
ゆっくり手を差し伸べて、秘所に触る。  
「あうっ!」  
絵里の悲鳴にとっさに手を引っ込めるも、良介はゴクッと唾を飲み込み改めて秘所を弄りだした。  
「あんっ!」  
またも絵里の声が高まるも、良介はもう止めない。淫裂は火照りぬめっていた。沿うように指を往復させる。そんな絵里の愛液でぬめる襞をもっと感じたくて、とうとう良介は奥へ指を突き入れた。  
「あふっ!ふわぁぁぁっ!」  
驚くほどに狭い入り口、本当に自分の陰茎は入るんだろうか?  
「あはぁっ、い、痛いよ、でも変なのうっ!」  
良介にしがみつきながら絵里が喘ぐ。  
淫らな喘ぎは、良介の耳のすぐ脇で発せられ、嫌がおうにも良介を高ぶらせていく。  
高ぶりを返すかのように、良介は絵里の襞をひっかき、指を上下させながら左右へ揺らし奥へ奥へと押し込んでいく。  
 
「はうあっ、あぁぁぁっ、ああん、ああ、ああっ、やだっ駄目っ駄目ぇっ!」  
絵里の秘裂は、もはやぱっくり口を拡げて陰液を流している。もはや良介自体指だけでは我慢出来ない。  
「はぁ、はぁ、はぁ、絵里、辛かったら言ってくれ」  
良介は自分の怒張をつかんで素早くゴムを付けると、口を開けている淫口に押し当てた。  
「絵里、初めてを貰うぞ」  
「あぁん、リョウ…あたしもリョウの初めてになる…ン…ン、んあぁぁぁぁぁっ!」  
絵里の言葉を聞いている途中で、一気にペニスを突き入れた、亀頭が淫裂へとめり込んでいく。熱いうねりに翻弄されすぐにでもイッってしまいそうなる意識を懸命につなぎ止める。  
「いっ、痛…、痛いっ、痛ーっ!」  
絵里は眉を寄せ、唇を噛み締めて耐えている。  
「大丈夫かっ?」  
「大丈夫…だい…じょうぶ…だから…続けて、終わりにしないでっ!」  
良介は頷いてさらにペニスを突き入れた。やがて先端へ感じていた抵抗が破れる気配と共に一気に根本まで貫通した。  
「あぁぁぁぁぁっ!」  
絶叫をあげた絵里が、ヒクヒク痙攣をする。  
しかし、口端をひくり、ひくりと動かして微笑みかえそうとしている。  
「リョウ…痛いよ、凄く痛いよ、でもうれしい…よ、リョウ…好き…」  
「絵里、好きだ。俺も好きだ」  
「もう、大丈夫だから…動いて、いいよ…」  
「なるべく早く…終わらせるから」  
 
良介は慎重に腰を動かす。  
「んく…あくぅ!」  
痛みが激しいらしい、が、もう良介の腰は止まらなかった。ペニスを包み込む快楽、熱い襞の締め付け、絵里の喘ぎ声、そのすべてが良介の意識を快感で塗りつぶしていく。  
ぐちょ、ぐちょ、ぐちょ…  
淫らな水音が部屋に響く。  
絵里の喘ぎで頭がどうにかなりそうになる。快感がせり上がり極まってくる。  
「絵里、絵里、絵里っ!気持ちいい、もう駄目だっ!イク、イクぞっ!」  
「あぁぁぁ、リョウ、リョウ、リョウっ!」  
びゅるっ、びゅるっ、びゅばばばばばっ!  
良介の絶頂が解き放たれる。  
「うぉああああああっ」  
雄叫びをあげながら、腰を深いところまで差し込んで振動させる。  
良介は射精の瞬間、視界が真っ白に塗り潰されるような快感に身を震わせていた。  
 
 
「痛かった、すっごい痛かった、痛かった」  
恨みがましい声で絵里が言う。  
「ごめん、おれどうしても我慢出来なくなって…」  
「男は獣になるってのは本当だったのね」  
絵里がため息をつきながら服を纏っていく。良介は弁解の余地もなく、ただただ身を小さくするしかない。  
「絨毯にこんなシミ残して、染み抜きして跡を消しとくこと!」  
「へい、おっしゃるとおりに」  
洗剤を垂らして必死に絨毯をたたいて染みを取る。それを横目で見ながら絵里が立ち上がる。  
「ね、良介、お風呂場借りるね。その間、カレー暖め直しておいて。焦がしたら承知しないわよ」  
「サーイエッサー!」  
「馬鹿…ね。でも大好き。幸せよ」  
「俺も」  
身を翻した絵里に良介の言葉は届いたろうか。  
とりあえず、この幸せを全力で守りたい、心からそう思う良介であった  
 
 

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