「あ、にいちゃんだ」  
帰り道、駅前のスーパーを出た所で声をかけられた。  
「舞子。……と、凪子ちゃん」  
妹とその友達だった。  
「……こんにちは」  
「あ、あー、うん。凪子ちゃんもひさしぶり……」  
沈黙。  
すげえ気まずい。  
この、妹の幼馴染みの凪子ちゃんという女の子は非常に無口な性質なのである。  
俺も同年代の女の子と軽口を叩ける性格ではない。  
これでも昔はもう少し気安い仲だったのだが。妹とは小学校に上がるか上がらないかの頃からの仲良しだし、  
その縁も合ってウチにはよく遊びにきていたし、一時はしょっちゅう泊まりに来るくらいだったから、  
俺も妹が出来たみたいで楽しかったし、可愛がってもいたのだが。  
……女の子は大きくなると扱いが難しいよなあ……。いや俺もうっかりデリカシーに欠ける事ばっかりやらかしたんだが。  
 
「にいちゃん、今日晩メシなにー?」  
「おまえいきなり聞くのがそれか。……んー、昨日の残りのおでんと、鯖の煮付けだな」  
えー、魚ー。と不満そうな妹を軽く小突く。  
「ちゃんと晩飯までに帰って来いよ。あと凪子ちゃん一人暮らしはじめたからってあんまり入り浸るなよ迷惑になるだろ」  
「はーいはいはい!わかってるって!凪子、行こうっ」  
妹が凪子ちゃんを引っ張ってどんどん歩いていく。  
ったく、仕方がねえなあ。  
妹達を見送って、家路につく。  
……凪子ちゃんも夕飯に誘えばよかったかな。  
最後にこっちを振り返ってぺこりと頭を下げる彼女を見ながら、そんな事を思った。  
 
夕食後、後片付けを終えて自分の部屋に戻り、机の引き出しをあける。  
俺の目の前には爆弾がある。  
最も爆弾の中身はもうない。迷ったが喰ってしまったからだ。  
なので、あるのは包み紙だけなのだが、爆弾としての威力はまだまだ充分持っている。  
……ような気がする。  
一ヶ月前のバレンタインに、妹の友人の女の子……、凪子ちゃんから渡されたものだ。  
 
――女の子が、泣きそうな顔で『捨ててください』ってバレンタインに渡してくるってどういう意味なんだろう。  
普通の義理チョコってわけでも無さそうだし、本命というのはもっと考えられない。  
今まで義理でも貰った事なんか無かったし、凪子ちゃんにしてみりゃ俺なんか兄貴みたいなもん……、  
っていうか、昔「お母さんみたい」ってはっきり言われた事あったしなそういや。  
……そもそも、自分が女にもてるタイプではない事は悲しいが自覚している。  
顔は丸顔だし、たまに中学生に間違えられる。童顔なのは確かだが、別に美少年というわけではない。  
眼は細いし、鼻は少々上向き加減だ。背も高くないどころか平均に届かないし、体つきも逞しいわけではない。  
かといって芸能人やモデルのようにスラリと細身というわけでもない。  
特別運動が出来るわけでも無いし、成績だってさほど良くは無い。  
何か変わった特技があるわけでも、性格が人格者というわけでもない。  
俺を一言で表すならば『地味』の一語につきるだろう。  
 
凪子ちゃんはかわいい。  
一見、愛想なしでとっつきにくそうに見えるが優しい子だし、妹によると学校の成績もいいらしい。  
俺の前だと滅多に笑わなくなっちゃったが、たまに笑顔になると本当に可愛いのも知っている。  
そんな子が俺に特別好意を抱くわけが無い。  
一応、お互いチビの頃からの顔見知りではあるが、凪子ちゃんにしてみりゃ俺は只の親友の兄貴なわけだし。  
しかもここ数年は思いっきり避けられてるし。  
詰まるところが俺の自意識過剰。きっと本当にただの義理以下チョコ。  
 
捨てるよりは俺のほうがマシだと思ってくれたという事なのだろう。  
そういう事で、こっちも軽い気持ちでお返しすればいいだけの話なのだが。  
「……あーっ、もう。どうしたもんかなー……」  
問題は。  
俺がチョコ一個で1ヵ月以上も動揺し、無理な深読みをしたくなるくらいには凪子ちゃんの事が好きだということだ。  
「……我ながら、情けないっていうかキモいっていうか……」  
『女々しいという言葉は男のために作られた言葉だ』っていうのは本当だなあ。  
しかも材料だけは買ってるあたり自分でも本当に煮え切らなくて嫌だなあと思う。  
「……うううう」  
ごろごろごろ。  
しばし床の上で転がる。  
「あああ、くそっ!とにかくやるしかないか!」  
どういう形にせよ、バレンタインにもらっておいてお返し無しというわけにも行かないだろう。  
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆  
 
3月14日。今日も今日とて伊庭家の朝が来る。  
午前6時30分  
起床。向かいの妹の部屋からも目覚まし時計が鳴り響くのを聞く。  
午前6時45分。  
身支度完了。ヒゲを剃る時に少しアゴを切ったので絆創膏を貼る。  
午前6時50分。  
朝食の支度をしつつ、2階の妹の部屋から目覚まし時計の音が止まったのを確認。  
焼きあがった玉子焼きが落ち着く時間を使い、妹の部屋の前から扉越しに声をかける。  
「舞ちゃん!7時10分前!」  
扉の向こうからうおおともうごおとも付かない地を這うような呻き声がきこえる。  
午前7時00分。炊飯器のごはんが炊き上がる。  
階段の下から大声で妹を呼ぶ。  
「舞子ー!7時になったぞー!」  
 
午前7時10分。味噌汁にネギを加える。味は上々。  
妹の部屋の扉をガンガンとノックする。  
「舞!起きろ!」  
午前7時15分。  
母の仏前に炊きたてのごはんを供え、手を合わせる。  
そのまま軽く仏壇の掃除。  
午前7時25分。  
「さっさと起きろやああああああ!!!」  
妹の部屋に乱入。カーテンと窓を全開放。ベッドの上の蓑虫を、布団の端を持って床に振り落とす。  
「さぶ、寒っ!?なにここどこ?私はさっきまで南の島に」  
「寝惚けんなあー!」  
思いっきり頭をはたいてやるとそれで覚醒したらしい。  
「おわー!?なになんで1時間も時間進んでんの!?タイムスリップ!?私ってば時をかける少jyおべぶ」  
「……呑ッ気に現実逃避してる場合かあっ!さっさと支度しろメシできてんぞ!」  
「ちょ、何もアタマ踏む事無いじゃんバカお兄いっ!!あんまり叩くとバカになるんだぞっ!?」  
「どう考えても手遅れだろこのバカ愚妹。早くしろ、かーちゃんにちゃんと手は合わせろよ」  
そう言い捨てて部屋を出る。  
背後から悲鳴が聞こえたがもう知らん。  
自分の分の朝食を食べ終わり、食器を洗う。  
食べてる間にちゃんと鈴の音が聞こえたから、一応かーちゃんに朝の挨拶だけはしたらしい。  
うん、舞はバカタレだがこういう所は偉いな。  
「うわああああん兄ちゃあああああん、アタマやってええええええ!!」  
……前言撤回。  
「一人で身支度できねえような髪ならもう切っちまえよ坊主にでもしろ」  
「できるよ!ちゃんとできるけど、今日はそれしてたら顔が間に合わないんだよう!」  
「スッピンで行け!スッピンで!スッピンかおどろ髪かどっちかで行け!」  
「無茶いうなあ!それ女の子にとってはパンツ一丁で外歩けってのと同じ意味なんだぞう!」  
あーもう面倒くさい!  
「あっ、なんでお団子にするのさ。今日はゴージャスめな巻き髪の気分なのに」  
「毟るぞ」  
「ごめんなさい」  
 
サクサクとお団子に結い上げてやり、飾りの付いたヘアゴムを付けてやる。  
「おー……、やっぱ兄ちゃん上手いなあ」  
「煽てても何も出ないぞ、それよりとっととメシ喰え」  
慌てて朝食をがっつきだす。  
ああそうだ、コイツに頼みたい事を忘れる所だった。  
「舞子、お使い頼む」  
「ん? お使い?」  
「これ、凪ちゃんに渡してくれるか」  
包みをみるなりニヤリと笑みを見せるバカ愚妹。  
「……ほほう?ほーほーおーう? 凪子に? 兄ちゃんから? ふふーん?」  
そのニヤケ面やめろ。  
「この可愛く美しく賢い妹さまならー? ヘタレ兄のお願い聞いて渡してあげてもいいけどー? それには条件がありましてよ?」  
「オマエもう本当調子に乗るな?」  
「痛たた痛い、いだだだだだだ。ちょ、お兄様やめてマジやめてウメボシやめていたいいたい」  
額を押さえてぶーぶー文句を言ってくる舞子。……仕方が無いな。  
「なあ舞ちゃん、ちゃんと兄ちゃんの言う事聞いてお使いできたらな? 今日の晩飯はコロッケとメンチカツにしてあげよう」  
「引き受けました兄上様。全てこの妹にお任せくださいませ」  
コロッケコロッケー♪ と嬉しそうに歌いだす。  
……我が妹ながら安上がりな女だよなあ……。兄ちゃんちょっと心配になったんだが。  
あ、そうだ。  
「そういや舞子、お前はお返しとかしなくていいのか?バレンタインに結構な量もらってただろう」  
そうなのだ。  
この妹はもてる。通っている学校が女子高なせいか非常にもてるらしい。同性に。  
「ああ、うん。チョコくれた子には今日ほっぺにちゅーしてあげるの」  
……女子高って……。  
「それだけでみんな喜ぶのよ。フフフ、私の美しさってば罪ね!」  
まあなんというか。  
この妹は、こういう脳の湧いた発言をしてしまうくらいには美人なのである。  
俗に男は女親に、女は男親に似るというが、ウチの兄妹の場合はまさにそれ。  
親父は男の俺から見ても男前だし背も高い。会社の女の人にとてもモテるらしい。  
俺たちの母親は7年前に死んだのだが、記憶の中でも、写真をみても、とてもではないが美人といえる顔立ちではない。  
……というか、俺、だんだん母ちゃんそっくりになってきてるんだ……。  
まあそれはともかく。  
「舞、言っとくけど凪子ちゃんに余計な事言うなよ」  
放っておいたら何を付け足して喋るかわかったもんじゃない。  
「余計って何をさ? ……っていうか、これ包みだけ? なんか無いの兄貴の思いのたけを綴ったラブレターとか」  
「アホ、バレンタインにもらったからそのお返しだ。凪子ちゃんのだってただの義理チョコだよ」  
「……義理? 凪子が? にいちゃんに? ……まあいいけど」  
「なに口の中でボソボソ言ってんだ舞」  
「なーんでもないよー」  
……引っかかる態度だなあ。まあ、ちゃんと渡してくれるんなら文句は無いんだが……。  
 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル