「イーバちゃん!これあげるー」  
友人の飯田がそんな事を言いながらその包みを渡してきた日は、ホワイトデーの前日だった。  
「……なんだこれ」  
「……ホワイトデーのお返し……」  
「いやいやいやお返しじゃねえよ、なんで俺がホワイトデーに貰わなきゃならねえんだよ!」  
思わず全力でつっこむ。しょっぱい、あまりにもしょっぱすぎる。  
俺より頭半分もでかいごつい男になんて貰いたくない。  
「俺だってこんなことやりたくねえよ!」  
飯田も涙目である。本当、なんでやろうとしたオマエ。  
「……駅前でさ、ホワイトデーフェアとかやっててさ……!彼女と一緒におねだりされながら選んでるヤツとかいてさ……!!」  
悔しさのあまりか、ギリギリと歯を食いしばりつつ、本格的に涙声になっている。  
「お、おまえって奴は……」  
俺が呆れ果てていると、横からさらにデカい男が話に加わってくる。  
「まあそういう事なんだわ。あ、ちなみに俺からもあるんでもらってやってくれ」  
「う、植木、おまえもか……」  
おー、と呑気な声で返事を返される。  
「一人で売り場突入は嫌だったらしくて俺に声がかかった。まあ俺もバレンタインにイバちゃんにもらってるしなあ。  
 たぶんもらった奴らはお返しもってくるんじゃないか?」  
うーわー、ありがた迷惑な話だなそりゃ。  
「っていうかさあイバちゃん、バレンタインの時のアレ!あのクッキーおかしくねえ!?」  
「うるせえよ飯田。つか人に作らせといておかしいって何がだよこの野郎」  
「味は美味かったけど、形がただのデカイ丸だったし!包みなんかただのポリ袋だったじゃん!」  
「うん、マジで美味かったよあのチョコクッキー。でかい分食い応えあったし」  
「おー、あんがとよ植木。ありゃ茶碗引っくり返して型抜きしたんだ」  
家にゃクッキー型なんて洒落たもん無いからな。  
「俺はそういうのが悲しいのー!」  
もっとこう、バレンタインらしいのが良かった!ハートとか!とアホ丸出しの事を叫ぶ飯田。  
「あのな、おまえバレンタインに男からハートクッキー欲しいんか。本気で言ってんのか」  
正直、むしろ俺の精神ダメージがキッツイので勘弁してほしい。  
2月13日の夜、なんで俺はこんな事をしているんだろうと、甘い香り漂う台所で本気で思ったからな。  
「そもそもな、おまえがバレンタインに何も無いのが嫌だ!とか言い出すから作ってやったんだぞ俺ァ」  
一ヶ月前、2月に入ってからのこいつの『せめて義理チョコくらい欲しいんだー!誰のでもいいからー!イバちゃん作ってー!』  
という、鬱陶しい嘆きに負けて作ってやったのが間違いだったか。  
そもそもこの男子校で彼女持ちでも無いくせに、あんな行事に参加しようと思うほうがおこがましい。  
いつまでも付き合いきれんわ。と教室の後ろにあるロッカーに向かい、久々に使う辞書を取り出そうとしてふと気づく。  
 
くせえ。  
 
男臭いのはもうどうしようもないこの空間だが、それにしても臭い。  
両隣のロッカーを開けようとした所で左右からがしっと腕をつかまれる。  
「いやいやいやイバちゃん?何でも無いよ?何でも」  
「イバ、悪いんだが今日はちょっと勘弁してくれ」  
「飯田、植木、テメェらロッカーん中でなに醸してんだー!?」  
この臭気の発生源が俺の両隣のロッカーからだというものは、以前の経験及びこいつらの態度からして間違いない。  
脇を左右から挟まれたまま、あっさりと持ち上げられる。  
あああああ、この無駄にでかい野郎どもがああああああ!!!  
「いやー俺らがでかいっていうかイバちゃんが小っty」  
「飯田アアアアアアアアアアああああああああああッ!!!!!」  
「すいませんごめんなさいイバちゃん小さくないです普通です俺らが無駄にでかいんです申しわけないです」  
「……下ろせ」  
「え。あ、あー、えっとおー」  
「いいから下ろせ。あとロッカー開けろ無駄な抵抗すんなおまえら」  
「……諦めよう、飯田……」  
飯田も植木も整理整頓と言うものが非常に苦手な連中だ。  
こいつらのロッカーが俺の両隣だと言う時点で被った迷惑は数え切れない。  
連中にしてみれば、俺のロッカーの隣になってしまった事が不幸なのだろうが、俺にとっては知った事ではない。  
こいつらの汚いロッカーのせいでゴキブリが大量発生し、俺の方にまで被害が及んだ高1の夏の事は、正直言って思い出したくも無い。  
 
「……とか言う割にはイバちゃんしょっちゅうお説教のネタにするよなー。俺たち反省してるのにさー」  
「反省してるとか言うんだったら食い残しを溜めるのをやめろ飯田!」  
ミイラ化したカレーパン(食いかけ)とかドロドロになった飲みかけのジュース(閉じてある口を開けたら凄まじい臭いがした)  
とかをゴミ袋に入れながら飯田がぼやく。  
「……まあ、あの事は伊庭だけじゃなくて先生にもがっつり怒られたしなあ」  
凄まじく汗臭い半分腐りかけたジャージにファ○リーズを吹きかけながら植木。  
「つか、ロッカー空けたらファ○リーズが普通に出てくるのがすげーよね、イバちゃん」  
能天気な飯田の声を背後に、全てを出させた後のロッカーの拭き掃除を行う。  
「……ありえねえ……、ありえねえよ……。なんなのなんでここまで腐海にできるのこいつら……」  
「ちょ、イバちゃんストップ、ストップ!なにかけようとしてんの!?」  
やかましい、消毒だ。次亜塩素酸ナトリウム水溶液万歳。  
「らめええええええええええ!!!それ借り物なのおおおおおおお!!!」  
うるせえ。持ち主にはお前から謝っとけ。  
俺はもう借りたし女優がちょっと好みじゃなかったし。使ったけどさ。  
「ちょ、かあちゃんごめん!ごめん反省してるからやめて!それの持ち主先輩なのー!怒らせるの俺こわい!」  
「だ、れ、が、かあちゃんだ誰が!」  
「……おーい、伊庭、飯田ー、先生来てるぞー」  
え。  
「――飯田駆君、伊庭祐助君、欠席。と……」  
ああああああああ!?  
しかも植木の奴、ちゃっかりすでに席に座ってやがる!?  
 
「……ったく、お前のせいで俺の皆勤賞がチャラになるとこだった」  
「いや俺も納得いかないんだけど!?なんで俺は遅刻扱いになってイバちゃんはセーフなの!?」  
授業が終わっての休み時間。喚く飯田を黙殺する。  
「イバちゃーん!ボタン取れたー!」  
「あいよー。付けてやるから貸せー」  
他のクラスメートが持ってきたシャツの袖ボタンをつけてやる。  
あ、ボタンだけじゃなくて裾にかぎ裂き出来てんじゃねえか、直しといてやるか。  
 
「……はぁ〜……」  
「なんだ、どうした飯田」  
「俺、イバちゃんが女の子だったらお嫁さんにするのになあ。と思って。  
 ……って、なんで距離とるの!?そしてなんでエンガチョ切るの!?」  
「飯田」  
「なにイバちゃん」  
「おまえキモい。本当にキモい」  
「ちょっ、イバちゃんひどい!?」  
「酷いのはおまえの脳味噌だボケェッ!!」  
なんだーどーしたー。と寄ってくる植木他クラスの連中。  
「なにというか、飯田が狂った」  
「ひどっ!?ちょ、そういう意味じゃないよ!?俺は只、イバちゃんみたくボタンが取れたら付けてくれたりとか!」  
お前ら放っといたらあちこち破れようがほつれようが構わんからだろうが。  
「料理上手で弁当作ってくれて!からあげが美味くて!」  
うんうん、おまえら人の弁当のおかず狙ってくるから、俺は掃除道具ロッカーの上に登ってメシを喰う羽目になってんだがな?  
「そういう彼女が欲しいと!そう言っただけだって!おまえらだってそう思うだろ!?」  
力説するバカが一匹。女がいないって、こんなに脳にくるものなんだなあオイ。  
 
「まあ確かにスキルだけを見たら理想的だけどさ」  
「俺はちょっと無理。イバちゃんみたいな女いたらおっかねえよ」  
「いや逆に考えるんだ。伊庭が女になったらツンデレという奴だと考えるんだ」  
「……女のイバって俺の想像力の限界を超えるなあ」  
「まあどう頑張っても女の子には見えない見た目だしねえ」  
「いや、僕なら眼鏡外して20メートルくらい離れたらなんとか見えないことも無いかも。  
 伊庭は背が小さいし、体格もそんなにゴツくないし」  
「委員長ド近眼じゃん。それって見えない事も無いっていうか、何も見えてないだけでしょ」  
 
なんでこうウチのクラスはド阿呆ばっかりなんだろうか。  
てめえら好き勝手言いやがってこのやろう。  
 
「――あー、うん。まあ飯田の主張もわからんでもないが」  
おいこら植木てめえ。  
「どっちかっていうとそれは彼女っていうか、お母さんじゃねえ?」  
おい。  
「……おお!本当だ!」  
おいこら馬鹿ども。  
「―――おかーちゃーん!!!」  
「ふざけてんじゃねえぞ飯田あああああああああ!!!!!!」  
おもわずバカ一号をぶん殴る。  
 
「ちくしょうイバちゃんのバカー!自分が女いるからってえええええ!!」  
「え、なにそうなん?初耳」  
俺も初耳だよ。そしてなんでそんなに食いつき良いんだよバカ2号。  
「こないだ、駅前でいっしょにいたの見た!背の高い美人さんと小柄な可愛い感じの子!」  
「お、どっちが本命?伊庭に限って二股は無いだろうけど」  
「アホ、ありゃ妹だ、妹!」  
飯田が、え。と眼をきょとんと見開く。  
「そ、それって、イバちゃんの女の子バージョン!?しかもどっちも可愛かったし!」  
ひゃっほう。と喜色満面とはこの事か。という笑顔になる飯田。  
「イバちゃん、おれ今日からイバちゃんのこと、お義兄さんって呼ぶから!!」  
「段階をすッ飛ばしすぎだろオイ!?」  
 
飯田、おまえがウチの妹に対して抱いてる期待は間違ってるからな。  
「――まずだな、さっきおまえが語ってたような女じゃないぞ、ウチの妹」  
「え」  
「おまえの言ってた背の高い方の女はな、見た目は兄の贔屓目を抜きにしても別嬪だとは思うがなあ。  
 飯は作らん掃除はせん、休みの日は部屋で一日中寝てる。  
 ガサツだわ部屋は汚いわ、洗濯物は出さないわ、俺の分までガツガツ飯は食うわ」  
「えええーー……」  
テンションがた落ちだな飯田。そこまで落ち込まれると兄としては何だかなあ。  
「そ、それじゃあ小さい子!小柄な子のほうは!?」  
「飯田」  
「なにさイバちゃん」  
「あの子に付いてそれ以上質問してみろ? 今後の学校生活で二度と俺の助けは受けられないと思え」  
「ちょ、なにその態度の差!?」  
「成る程、その小柄な女の子が伊庭の彼女って事か」  
あー、クソ。それがまさに悩みの種だってのによ。  
「……そんなんじゃねえよ」  
植木と飯田が顔を見合わせる。二人とも、それ以上突っ込んで聞いてはこなかった。  
こいつらは心の底から馬鹿だが、こういう所は良いヤツだと思う。  
明日はホワイトデーだ。  
ここしばらくの憂鬱の種の、期日の日だ。  
 

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