『OO銀行に立てこもっているのは、十数件に及ぶ強盗殺人で、すでに全国指名手配  
されている富塚久史(とみづか・ひさし)と、沢野美幸(さわの・みゆき)。共に、二十一歳  
の若者です。銀行内では人質が取られており、警察は特殊部隊の投入を検討・・・』  
 
・・・というニュースを、俺はその銀行内にあるテレビで見ている。おっと、犯人の写真が  
出た。案外、男前じゃないの。うん、まるで俺みたいな色男・・・っていうか、俺。そう、実  
は今、ニュースで流れている立てこもり犯というのは、俺の事である。そして、  
「いよいよこれまでかって感じだね、久史」  
そう言って、笑っているのは美幸。冒頭のニュースで紹介された、俺と同じ立てこもり犯  
であり、一応はマイ・彼女というべき存在。お互い付き合いは古く、いわゆる幼馴染という  
間柄なのだ。  
 
「人質、全員殺しちゃったのはまずかったな」  
「だって、あいつらギャアギャア騒ぐんだもの。腹が立って」  
「お前は、気が短すぎるんだよ」  
銀行に立てこもって早々、美幸は持っていた散弾銃で人質数人を殺めていた。俺たちが  
ここへ押し入った時、パニクッたお客や、行員さんたちが騒いだから──というのが、その  
理由。  
 
「それにしても」  
今や物言わぬ屍となった人質の皆さんを見ながら、俺は美幸に向かって言う。  
「弾除け用の人質くらいは、残しておくもんだ」  
「ごめーん」  
謝った美幸の顔が可愛い──俺は、こいつのこの笑顔が好きだった。この笑顔のためで  
あれば、何でも出来る。それは、昔から今もずっと──  
 
ここで諸兄には、俺たちが全国に指名手配をされる訳を話さなければなるまい。その  
訳というのは、凡庸ではあるがズバリ、金。マネーである。美幸の半生は不幸であった。  
ここからは回想モードになるが、涙もろいお方はハンケチのご用意を。  
 
「え・・・おじさん・・美幸のお父さんが経営していた会社が、倒産・・?」  
「うん。父さんが、倒産したって・・・えへへ、駄洒落言ってる場合じゃないね」  
高校三年生の夏、美幸の口からそんな事を聞いた俺は驚愕した。世で不況が叫ばれて  
いた、数年前の話である。  
「借金が出来ちゃって・・・あたし、風俗で働こうと思ってるんだ」  
美幸は微笑みながら、そんな事を言う。気丈に振舞ってはいるが、不安で胸が押し潰  
されそうなのが、手に取るように分かる。負けず嫌い。それが、彼女の持ち味だった。  
 
「一緒に卒業できなくてごめんなさい」  
美幸が鼻声になって呟く。泣いているのだ。しかし、当時ボンクラ高校生だった俺は、彼女  
を救う術を持ち合わせていなかった。ただ、ずっと一緒だった幼馴染が遠くへ行ってしまう  
という予感が焦燥となって、心を燻らせている。  
 
「あと、数ヶ月じゃないか。何とかならないのか?せめて、高校を卒業するまでは・・・」  
俺は、美幸の震える肩を抱きながら言った。恥ずかしながら、俺も泣きベソをかいている。  
それを見た美幸も、ついにはぽろぽろと大粒の涙を零し、  
「だめだよ」  
と言って、俺の背中へ手を回し、ぽつりと呟いた。  
 
「さよならの記念に、あたしの処女・・・貰ってくれる?」  
 
・・・とまあ、そんな訳で俺は美幸の初めての男となった。ついでに言うと、俺も美幸が  
初めての女である。ここで、回想はいったん打ち切り。銀行を囲む当局の動向を伺うと  
しよう。  
 
「久史、あれ・・・SATじゃない?」  
「多分そうだ。対テロリストの訓練を積んだ猛者どもだぞ。まいったな、こりゃ」  
僅かに開けてある窓から外を見ると、陸上自衛隊が羨む様な装備を持った、覆面姿  
の警察官がいた。彼らはSATという、全国から選りすぐられたお巡りさん。そう言うと  
おちゃめな感じだが、彼らは普通のお巡りさんとは違い、テロ鎮圧の訓練を受けてい  
るので発砲をためらわない。いざとなれば、人質ごと犯人を撃っちゃうような粋な人々  
なのである。  
 
「SATが出てくる前に、サッと逃げたかったのだが」  
「ぷッ!くだらない駄洒落」  
俺がギャグをかますと、美幸は笑った。この笑顔のためならば、何でも出来る──  
いつもの事だが、そう思う。もし、ここが人質さんたちの死骸が並ぶ銀行内じゃなくて、  
外国のリゾートビーチかなんかだったら楽しいのだが、現実は過酷である。そうそう、  
過酷といえば、美幸が学校をやめてからの話が抜けていたっけ。再び回想モード  
スタート。今度はちょっと、生臭くなります。  
 
「美幸、OO町の風俗で見たぜ」  
・・・という話を耳にしたのは、卒業を間近に控えたある日の事。俺は、学校一のすけ  
べえ男からそれを聞かされた時、正直、血が逆流するほど腹が立った。  
「あいつ、俺のケツの穴まで舐めたぜ。学校やめたって聞いてたから、変だなとは思っ  
たけど、まさか風俗にいるとは・・・。オマンコは緩々だった。ありゃ、そうとう客とってるな」  
そいつは意気揚々として、美幸の現状を語った。それも、級友たちの前でだ。  
「あいつ、俺にやられてる時は泣いてた。みんなには言わないでとか・・・うわッ!久史、  
何をしやがる・・・」  
言い終わる前に、俺は学校一のすけべえ男をぶん殴っていた。美幸が風俗で働き、それ  
を級友に見られて、泣きながら秘匿の懇願をする・・・その気持ちが、痛いほど分かった  
からだ。  
 
その日、いい加減、学校一のすけべえ男を殴ってから、俺は美幸が働いているという  
風俗店へと足を運んだ。会いたい──その気持ちが、先走っている。  
「しばらく会わない方がいい」  
処女を頂戴した日、美幸からそう言われていた。しかし、俺は会いたかった。だから、  
なけなしの金を握って、店内へ入り込んだのである。  
 
「いらっしゃいませ、誰かご指名ですか?」  
入店早々、強面のお兄さんに上記の如く問われ、ビビる俺。しかし気を奮い、風俗嬢の  
顔写真が貼ってあるパネルを注視し、美幸の姿を探していたその時・・・  
「やだ、OOさんたら・・・」  
きゃあきゃあとはしゃぎながら、廊下の奥から下着姿に近い格好の美幸がやってきた。  
どうやら客を送る途中らしく、見るからに好色そうなジジイと腕なんか組んでやがる。  
 
「美幸!」  
思わず俺は叫んでしまった。僅か、半年会わないだけで、彼女は随分変わっていたか  
らだ。  
「あッ・・・久史」  
美幸も俺に気がつき、表情を強張らせる。久しぶりに会う彼女は、肌が荒れ、顔色も良  
くなかった。それに、痩せた印象がある。疲れているのだろう、足取りだって怪しい。  
「ひ・・・さ・・し・・」  
言葉を詰まらせる美幸。俺は、風俗店の受付前で微動だに出来ないでいる。声を掛け  
るには、あまりにも痛々しい姿だった。  
「こ、こんな姿・・・見られたくなかった・・・」  
ついに美幸は跪き、泣き伏せってしまう。この時、俺は確信した。彼女はもう、限界で  
ある、と。そして、彼女を救うのは金。金しかない──と。  
 
「絶対に、お前をここから救ってみせるからな」  
俺は美幸にそう言って背を向けた後、その足で近くにあるコンビニへ入った。そして、  
店員を刃物で脅し、金を奪ったのである。これが、記念すべき第一回の強盗であった。  
 
「はあ、はあ」  
パトカーのサイレンが鳴り響く中、俺は息を切らしながら風俗店へ向かう。そして、強面  
のお兄さんにお金を渡し、  
「美幸を返せ!」  
と、頼んだ。これは後で知るのだが、美幸は別段この店に借金している訳ではない。なの  
に、俺は持っていた金の全てを叩きつけ、美幸の名を叫ぶ。おバカさんにも程があるのだ  
が、とにかくこの時は必死だった。  
「久史!」  
店の奥から美幸が走ってくる。彼女には予感があったのだろう、俺が何をしてきたのかが、  
分かっているような表情であった。  
 
「美幸」  
「逃げよう!久史、逃げるのよ」  
 
それから俺たちは家にも帰らず、悪行の限りを尽くすこととなる。詳細は省くが、犯した罪  
が十数犯にも及び、お縄になっていないのが不思議なくらいだ。そして今、SATに囲まれ  
絶体絶命の大ピンチ。はっきりいって、ここが引き際とも思う。回想はここで全部終わり。  
長々とお付き合い頂いて、恐縮至極なり。  
 
「自首するか、美幸」  
俺は拳銃を構えつつ、言った。するとやつはきゅっと眉を吊り上げ、  
「もう、離れ離れは嫌よ」  
と言って散弾銃のセーフティを外す。立てこもっている時間からいって、強行突入の時が  
近づくのを理解しているようだった。  
 
「こっちへ来いよ、美幸」  
「抱いてくれるの?だったら、行くわ」  
俺が手招くと、美幸は穿いてたジーパンを脱ぎ捨てる。下着は着けていないので、  
すぐに素肌が目に飛び込んでくる。恥毛は濃く、アソコを全て包み隠すほど茂って  
いた。  
 
「久史も脱ぐのよ。しゃぶってあげるわ」  
美幸が俺のズボンを下ろし、ポコチン君をぱっくりといってしまう。緊張のためか、俺の  
モノはさっきからギンギンに反り返り、先走りを漏らしていた。  
「あむ・・・うん・・ん」  
「ああ、美幸・・・」  
俺は立ち姿勢で、跪いた美幸の髪の毛を手で梳きながら考える。こいつだけは、死な  
せたくない・・・俺はともかく、美幸だけは逃がしてやりたい。そればかり思っていた。  
 
「寝転がって、久史。あたしが上になるから」  
血だまりのすぐ脇に寝転がり、俺と美幸はひとつになった。人質の死体に囲まれている  
のが多少気にはなるが、俺はこの瞬間が好きである。単純に、世の中で一番好きな異  
性と肌を合わせる瞬間は素晴らしいものであると同時に、至福を齎せてくれる。俺は、上  
になった美幸の尻を持ち、懸命に腰をゆすった。  
 
「ああ・・ん・・い、いいわよ・・久史・・・ふふふ」  
彼女曰く、騎乗位は男を征服している感じがして、とても良いそうな。自分で腰を使う事  
が楽しいらしく、いつも美幸はこの体勢を好んで、淫靡に笑う。  
「この時間がいつまでも続けばいいのにね・・・」  
「俺もそう思う。もうすぐ、出るぜ」  
至福の時というものは、大概が短いものだと俺たちは分かっていた。だから、いつも願う  
ような口調になる。そして俺は美幸の膣内で冥利を果たし、粘液を大量に放出したので  
あった。  
 
「照明を落とした。強行突入してくるぞ」  
「いよいよね」  
銀行前から報道陣が消え、静寂さが漂っている。テレビ内の画像に変化が無いのは、  
おそらく報道規制がされているからだろう。そうなると、SATの出番だ。  
 
「死ぬときは一緒よ、久史」  
「ああ」  
美幸がそう言って、笑った。一応、俺も頷きはしたが、本心は違っている。  
(お前だけでも、逃げてくれ)  
嘘偽りなく、そんな事を考えていた。その直後である──  
 
「伏せろ、美幸」  
「きゃあッ!」  
ガシャン!と、銀行の窓が割れ、猛烈な光と煙を放つ弾頭が入ってきた。これは、スタン  
グレネードと呼ばれる、暴徒鎮圧用の特殊弾。まあ、これは予測の範囲内であった。俺  
も美幸も破裂音がする前に、目を瞑って耳を塞いでいるから、ダメージは無い。が、問題  
は煙の方。  
 
「催涙ガスだ。もうここには居られない。打って出るぞ、美幸」  
「ウン。あなたとなら、いつまでもどこまでも!」  
SATは裏口か窓から侵入してくると読み、俺たちは正面のシャッターを開放した。銀行の  
前にはお巡りさんがたくさん居るが、SAT並みの装備は持っていないはず。それならば、  
強行突破がしやすいと思ったのだ。鍵のついたパトカーもあるし。だが・・・  
 
「動くな、富塚、沢野!抵抗すれば、撃つ!」  
そう言う一般のお巡りさんたちも、相当な装備を持っている。まあ、仕方ないか。何せ、こち  
とら凶悪事件ばっかり起こしてきた人間だしなあ・・・なんて思ってたら!  
 
「くたばれ!」  
と、美幸が早々に発砲。彼女が持っているのは散弾銃なので、盾を持っている機動隊員  
はほぼ無傷である。この銃はその名の通り、弾が散っちゃうので、近距離での発砲が基本  
なのだ。要するに、弾の無駄遣い。  
 
「犯人が発砲したぞ!応戦せよ!」  
美幸の発砲に対し、機動隊は発砲許可を下す。SATが出てきて面子を潰されたのか、怒り  
心頭といった雰囲気である。しかし、これはマズイぞ!美幸が蜂の巣になる。  
「建物伝いに走れ、美幸!」  
俺は片膝をつき、拳銃を構えた。勿論、標的は機動隊員の皆さんである。今、お巡りさんたち  
の銃口は、美幸の方ばかりに向いている。あいつを、死なせるわけにはいかない──  
 
「こっちだ!」  
俺は拳銃を撃ちまくる。オートマチック銃の弾の装填数は十二発。ものの五秒で、全部撃っ  
てしまった。が、しかし、その甲斐あって、お巡りさんたちの注意はこっちへ向いた。その隙に、  
美幸が歩数を稼いでくれれば・・・俺は向けられた銃口を見つめながら、思う──  
 
「撃て!」  
現場を指揮しているおっさんがそう叫んだ途端、右足が熱くなった。気がつくと、膝から下が  
無い。銃弾で吹っ飛んでしまったようだ。  
(だめだ、こりゃ!)  
思わず前のめる俺。体のあちこちが熱い。どうやら、かなりの弾数を食らっている模様。その  
間にも銃声は重なり、いよいよ意識が遠くなってきた。  
 
(美幸!)  
あいつは逃げてくれただろうか。俺は美幸が走って行った方を見る。生きてくれ、逃げてくれ  
と何度も心の中で叫んだ。ところが──  
 
「久史!」  
銃弾の雨の中を、なんと美幸は戻ってきた。全身から血をしたたらせながら、俺めがけ  
て走って来るではないか!  
「バカ、戻ってくるな!」  
俺は泣いていた。あいつ、体中に怪我をしてる。それでも俺を心配して、戻ってくる。もう、  
やめてくれ、撃たないでくれ!頼む!機動隊の皆さんに向かって叫ぶのだが、銃声が  
それをかき消してしまう。  
 
「逃げろ、逃げてくれ!頼むから!」  
「久史を置いてはいけない!もう、離れ離れは嫌よ!約束したでしょう」  
美幸が手を伸ばし、俺もその手に縋る。そして、後一歩・・・という所で、俺は見た。一発の  
銃弾があいつの頭を貫通していくのを──  
 
「美幸!」  
「ひ・・・さ・・し」  
がくんとくず落ちる美幸の今際の言葉──それは、俺の名であった。  
 
「み・・・ゆ・・き・・・」  
俺は、地に突っ伏した彼女の手を取った。僥倖と言うべきか、俺たちは死に際でもひとつ  
になれたのである。もう、離さない、離れない──  
「ずっと、一緒・・・だよな・・・」  
機動隊の皆さんによる一斉射撃は終わっていたが、俺ももう意識がほとんど無い。それ  
でも美幸の傍らから離れたくなかった。そこで、諸兄にお願いがある。どうか、俺と美幸  
の亡骸を一緒に葬って欲しい。悪党の最後なんてこんなもんだが、そ・・れ・・で・・も・・  
俺と美幸は・・・離れ・・・た・・く・・・な・・・・・・い・・・・・  
 
おわり  
 

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