2月16日、月曜日。
「お帰り、勇斗」
いつも通りの時間に帰宅した勇斗を、いつも通り彼女は出迎えた。
「ただいま」
勇斗もいつものように返したが、すぐに彼女の様子がいつもと違うことに気がついた。
いつもは真っすぐに勇斗を見つめてくる宝石の様に紅い瞳が伏せられ、いつもは自信と余裕に満ちた表情も垂れ落ちる銀色の髪に隠れてしまっていて、その小さな身体も一段と小さくさせてしまっといる。
「何かあったの?」
勇斗が心配して尋ねると、彼女は飛び上がるように顔を上げ、
「なっ、何でもない!」
と叫んだが、その顔、いや首まで透き通るように白い肌が真っ赤になっていた。
「顔が赤いよ?風邪でもひいた?」
「私は風邪などひく身体ではない!」
「そっか、そうだね。じゃあ、どうしたの?」
「ど、どうもこうも…」
また彼女は下を向く。
そのまましばらく何やらモジモジしていたが、やがて何かを決意したように顔を上げ、真っすぐに勇斗を見つめてきた。いや、見つめるというより、にらみつけてきた、と言うべきかもしれない。
勇斗の立つ玄関と彼女の立つ廊下の段差は30センチ近くあり、それでもまだ彼女の方が低い目線なのだが、そのあまりの迫力に勇斗は思わず後ずさる。
「勇斗っ!」
「は、はいっ!何でしょう!?」
彼女は勇斗の手を掴むと、グイッと引っ張った。
「とにかく来い!」
「ええ!?ちょ、ちょっと待って!」
勇斗は慌てて靴を脱ぎ捨て、そのまま彼女に引きずられるように家の奥へと入って行った。
キッチン、そのテーブルの上、
引きずられてきた勇斗が目にした物は、
「これ…、ケーキ?」
しかも、色と言い匂いと言い、どうやらチョコレートケーキのようである。見た目も香りも申し分なく、思わずゴクリと唾を飲み込む。
「これ…、もしかして手作り?」
「う、うむ」
「あ、もしかして…、バレンタイン?」
「う、うむ…。その、準備に思ったより手間取ってしまったのと、できる限り秘密にしようと思っていたら、結局2日も遅れてしまった。今更なのは分かっているが、受け取ってもらえるか…?」
彼女はそっと勇斗を見上げる。その瞳はかすかに潤んでいた。
「それとも、迷惑だっただろうか…?」
「そんなコトない!まさか貰えるなんて思ってなかったからスゴく嬉しいよ!ホントにありとう!」
勇斗は思わず、彼女を抱きしめ、抱き上げた。
「バ、バカ者!まだ早い!いや違う!先にケーキを食べろ!!」
抱き上げられ、宙に浮いてしまった足の爪先まで真っ赤にしながら彼女が叫ぶ。足をバタつかせ、「降ろせ!」と付け加えるのも忘れない。
「ご、ゴメン」
勇斗はそっと彼女を下ろすと、はやる気持ちを抑えて椅子に座る。フォークを手に取り、一度深呼吸をするとゆっくり一口、口に入れた。
不安げに彼女がその様子を見つめる。
「ど、どうだ?」
「うん、おいしい!」
「そ、そうか!」
彼女の顔がパッと輝いた。
が、次の瞬間、勇斗の言葉にまた眉をひそめる。
「うん、味見する?」
「は?」
彼女が言葉の意味を理解できないうちに、勇斗に抱き寄せられ、ポカンと開かれた口が勇斗の唇にふさがれていた。
「んんっ…!?」
一瞬、彼女の目が見開かれ、驚きの表情を浮かべたが、すぐにその瞳はとろけてゆき、恍惚の表情に変わってゆく。
「どうだった?」
「フフ…。確かに甘くて美味だな」
「ところで、あの黒いチョコケーキもいいけど、コッチの白いケーキも食べたいなあ」
「…は?い、いや、だからまだ早いと言って…」
「せっかくだし、2つ一緒に食べよっか?」
「ゆ、勇斗?お前、まさか…!」
それからどうなったのかは、また別の話。