雨が降っている。  
灰色の空と、灰色の空を映したいつもの道は、どこか幻想的である。  
 
「雨っていいよね。」  
僕は雨が好きだ。  
でも美香には理解できないらしい。  
「ぜんぜんわかんないんだけど・・・。一体これのどこがいいんだか。」  
そんなこと言われましても・・・  
「・・・においとか?」  
そうすると美香は鼻をくんくんさせる。  
が案の定彼女はすぐに盛大にむせはじめる。霧雨が気管に入ったらしい。  
僕は笑いをかみ殺しながら、美香の背中をさすってやる。  
ここで対応を間違えればに死活問題なので僕としても必死にならざるをえない。  
・・・と、突如頭部に衝撃を感じた。どうやら真っ赤になった美香が僕の頭を叩いたらしい、結構本気で。  
「笑ってんじゃないわよ!あんたのせいなんだからね!」  
「やっぱしわかりますぅ・・・?」  
「当たり前よ!あんたのことなんて全部わかるんだから!」  
「・・・・・」  
僕はこの発言にあえて触れなかった。彼女から熱気が伝わってくるのを感じる。かく言う僕も顔から火を噴きそうだった。  
今日は本当にいい日だなぁ。  
 
 
美香と僕は沈黙を守ったまま、家路を歩いていた。  
僕は雨の音ととたまにきこえる車の走り去る音の間に、何かを聞いた。気がした。  
 
「・・・うさぎ?」  
僕は怪しく思い、音の発信源と思われるダンボールを開いてみたら、なんとうさぎがいた。  
「え?何?うなぎ?」  
「あ、いやうなぎは確かに食べたいけれども・・・」  
「きゃああああ!なにこれなにこれかわいいかわいい!」  
「誰かが捨てたのかな。」  
「こんなかわいいのに捨てるなんて人間じゃないわ!」  
「うん・・・どうしようか。」  
僕のうちは母子家庭で、父は僕が幼いうちに亡くなっていた。  
なので経済的にかなり圧迫されており、うさぎを飼うことはできないだろう。  
美香のうちは・・・かなり裕福な家庭に属すると思う。  
「美香んちってペット大丈夫なの。」  
「・・・弟がアレルギー持ってる・・・」  
困った。  
「ここに置いていったら、死んじゃうよね・・・」  
「・・・・」  
「二回も捨てられることになるよね。ペットになりたくて生まれてきたわけじゃないのに」  
「・・・一緒に飼う?」  
「うん!」  
さっきまでのしおらしい彼女は一転、満面の笑みを向けて返事を返した。  
図られた・・・!  
でもいい。笑顔が見れたし。  
 
美香が泣いている。  
 
僕らはうさぎを公園で飼うことにした。必要な小屋や何やらは拙いながらもぼくと美香が協力してつくった。  
食べ物は小学校の行きと帰りに一回ずつ与えることにした。  
 
だがそれも今日で終わり。  
 
僕は、うさぎをを地面にゆっくりおろした。  
するとこちらをふりかえり、僕の手をひとなめすると愛する妻と2匹の子供たちのほうへ走り去っていった。  
 
美香のすすり泣く声が雨の音を縫ってわずかに聞こえる  
 
「いっちゃったね・・・。」  
「うさぎにとってみれば幸せなことなんだよ。」  
 
ぼくはあえて、うさぎは僕らから離れるべくして離れたのだ、というニュアンスを含んだ物言いをした。  
その言葉の半分は自分自身に言いきかせた。  
なぜなら、僕たちもいつか家族を持ち、離れ離れになるのだから。  
 
いざその時が来たら、痛みは少ないほうがいい。祝福できるくらいにあたりまえのことになってしまえばいい。  
 
なのに・・・  
 
胸が痛い。  
 
「雄君」  
 
「雄君は・・・雄君だけは・・・・  
 
----------------  
カチッ、カチッ、カチッ・・・・  
 
時計の規則正しい音が耳の中でこだました。  
見ると、すでに昼を回っている。  
懐かしい夢を見た・・・。  
ぼくはこのまま死ぬまで眠り続けていたい気分だったが、顔を洗いに強引に布団からでた。  
 
 
顔を洗いながら、僕は昨日見た夢を思い出していた。  
 
美香は・・・  
美香はあの時僕に、どこにもいかないでといった。  
そうだ。美香は昔から、いつも、たったひとつのことだけを僕に願い続けていた。  
 
でも僕は中学生になって、ゆがんだ価値観を美香に押し付けて、美香の隣から姿を消した。  
僕は、美香が美しくなると同時に彼女のことをますます好きになった。  
だが、同時に寂しさも深まっていった。結局、僕と美香は相容れぬ者同士なのだと。  
もしかしたら、裕福で、美人で、父もいる彼女の幸福に嫉妬していたのかもしれない。  
だからそんなゆがんだ価値観が生まれたのかもしれない。  
どう転んだって、僕が最低な人間であることにかわりはなさそうだった。  
 
RRR、RRR、RRR、・・・  
電子音が響く。僕はいま誰とも話したい気分ではなかったが、しぶしぶ受話器をとった。  
「はい・・・駒沢です・・・」  
「雄介っ?!あんたいままでなにしてたの?!」  
「母さん?寝てたんだけど。どうしたのいきなり」  
「あんたなにのんきにねてんのよ!この馬鹿息子!美香ちゃんが交通事故にあったの聞いてないの!」  
え・・・・・  
 
美香が・・・?  
僕は視界が真っ暗になり、受話器を取り落とした。受話器から怒鳴る母さんの声が聞こえる。  
飛び出すように家をでた。  
そして隣の美香のうちのインターホンを叩く。  
でてくれ・・・でてくれ・・・出てよ・・・はやくでて・・・。  
 
 
インターホンからはなんの反応もなかった。美香のうちは不自然なほどの静けさに包まれていた。  
 
僕は絶望が心を支配するのを感じた・・・  
 
僕は茫然自失となりかけたが、思い出したように携帯電話を取り出し母の携帯にかける。  
「ゆうすけ?!あんた今すごい音したけどなに「美香はどこ?」  
母は僕の言葉の迫力を感じ取ったのかいいかけた言葉をとめた。  
「・・・○○病院の62号室よ。気をつけていきなさいよ。あんたまで事故に・・・」  
僕はそこまで聞くと携帯をポケットにねじ込んで走り出した。  
 
美香・・・・みか、みか・・・!  
 
 
ゆーくんに・・・捨てられた。  
思えばあたしはゆーくんのことを裏切ってばっかりだった。  
少しでもかまってほしくて、離れないでほしくてあたしはゆーくんが好きなあたしを汚していった。  
ゆーくんは傷ついたことだろう。捨てられるのも当然のことだ。  
 
 
あたしはあてもなく歩き続けた。多くの人があたしのまわりを流れていく。  
なのにひとりぼっちだった。こんな孤独を感じたことはなかった。いつもゆーくんがいてくれた。  
 
あたしは道端にうずくまり、からっぽの心を涙でうめるように泣いた。  
 
 
・・・どれだけ時間が過ぎただろう。  
さっきは多かった人通りもいまは少なくなり、店の明かりもいつの間にか消えていた。  
 
・・・・帰ろう。  
お母さんもお父さんも心配しているだろう。なによりゆーくんにこれ以上迷惑をかけたくなかった。  
 
立ち上がった直後、あたしは手首をつかまれた。  
「ねえ、お嬢さん。いくとこないの?いまどきいう家出?」  
品のない笑い声が、近くなのに、遠くで聞こえた気がした。  
「オレ達といいことしない?」  
あたしは大声をだそうとしたが、  
もういいや・・・・。もうどうでもいい・・・。  
この人たちに犯されるんだったら、それはそれでいい。  
卑しいあたしにはしかるべき罰なのかも・・・  
 
 
そのとき、ポケットから出した片手に引っかかり、うさぎのストラップが落ちた。  
ゆーくんがくれたストラップ・・・  
 
 
直後、あたしはうさぎのストラップを掴むと手を振り払いそのまま走り出した。  
助けて・・・助けてゆーくん!  
あたしは必死で走った。なるべく人気のあるほうへ走った。  
そして、遠くにコンビニの明かりを見て、  
十字路をつっきろうとしたとき、あたしの体は真っ白な光に包まれた。  
 
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病室の前には、長いすに腰掛けている美香の家族がいた。  
 
美香に似て(美香が似たのか)いつも修司さんをしりにしいているパワフルな香織さんもやつれた顔をして、修司さんのひざの上で寝ていた。  
「雄介君・・・」  
「あの、修司さん。美香さんの様態は・・・?」  
「命に別状はないらしい。・・・だが、頭を打ったらしく意識が戻らないそうだ。こればかりは医者でも治せないらしい。  
意識が戻るのは1時間後かもしれないし、あるいは10年後かもしれない。」  
修司さんはその後口を固く閉ざした。  
 
ということはもしかしたら死ぬまで植物人間・・・  
いや、そんなことは考えたくない・・・美香に限ってありえない  
昨日まであんなに笑ってたじゃないか・・・・  
なのにぼくは美香の笑顔を思い出すことができなかった。泣いている顔しかイメージできない。  
 
 
「・・・・失礼します。」  
僕は意を決して美香のいる病室へ入った。  
 
 
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「美香・・・・」  
美香は昨日の服装のまま、何も変わらずベッドの上で横たわっていた。  
酸素マスクから聞こえる、規則正しい呼吸の音が聞こえる。  
ともすれば今にも起き上がりそうに見えた。  
 
「美香、起きて。ほんとは目さめてるんだろ?」  
ぼくは美香のからだを弱く揺らした。  
小学生だったころは、よく朝に弱い美香を起こしにきてあげたなあ  
 
「美香起きて・・・おきてよ・・・」  
ねむりまなこをこする彼女の姿はとてもかわいらしかった。  
「おきて・・・みーちゃん・・・早く起きないと・・・・学校遅刻しちゃうよ・・・・・・・・!」  
僕はもう、涙を抑えることはできなかった。  
 
すべて僕の責任だ。  
僕が美香を知ろうとしなかったからこんな結末になった。  
僕が美香に、僕が知っている美香であるように強いて、知らない美香を切り捨てたんだ。  
僕は美香が僕をいつか裏切ると思っていたから、  
だから必要以上に彼女に接近しようとしなかったし、彼女にもそれを許さなかった。  
美香はいつも僕を信じていたのに僕は裏切ったのだった。  
こんないい女、世界にどこにもいない。なんでそんな簡単なことずっと気づかなかったのか。  
裏切られることが怖かったから心のそこから好きにならないようにしてた。  
いまさら気づいても遅い。  
 
 
顔を上げると窓からは赤い光が差し込んでいた。  
長い時間寝ていたようだ・・・・。  
僕は美香の酸素マスクをはずした。  
美香の赤い唇にそっと口付ける。  
 
僕は美香に口付けながら静かに泣いた。  
彼女の顔が僕の涙でぬれていった。  
 
ゆっくり唇を離そうとしたとき・・・  
誰かの手が僕の頭を掴んだ。  
 
「あんたに寝込みを襲う度胸があったとは知らなかったわ。」  
「・・・っ!んっ!んー!」  
 
美香の舌が僕の口の中で狂ったように動きまわる。  
彼女の腕で固定された僕の頭はびくともしなかった。  
こんな細い腕のいったいどこにそんな力があるのか。  
 
ずいぶん長い間二人はお互いをむさぼった後  
二人の唇が名残惜しそうに銀の橋をかけ、離れていく。  
 
「美香・・・っ!」  
僕は感極まって彼女に抱きついた。  
「えへへーそんなに心配だった?」  
美香は僕の頭をなでている。  
「僕には美香がいないとだめだから、結婚してほしい。」  
こんな歯が浮くような言葉も裏返ることなくいえた。  
「そうよ・・・ゆーくんはあたしがいないとだめなんだから・・・気づくの遅いのよ!ばかぁ!」  
「ごめん。」  
「ばつとしてあたしの言うことしたがってもらうからね。」  
「はい。」  
「あたし以外の女の人と仲良くなっちゃだめ。」  
「うん。」  
「あたしの言うこと全部鵜呑みにしちゃだめ。」  
「うん。」  
「でもあたしが本当に伝えたいことわかって。」  
「うん。」  
「あたしを・・・きらいにならないで。」  
「・・・うん。」  
 
僕は、こんなしおらしい彼女を・・・・知っていた。  
 
小学校にあがる前、美香は今とは正反対の性格をしていた。  
だけど僕は、美香に気の強い女の子が好きだといった。  
理由なんてあってないようだものだけど、強いてあげるなら僕ばっかり美香にほれるんだと思って  
なんだか悔しかったことだろうか。  
 
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美香の意識が戻った後も、経過をみるらしく何日か入院していたが、先日退院した。  
ただ美香は・・・・骨折した足が完治するまで僕に高校の送迎を命令してきた。  
なんだか美香の「気の強さ(?)」というものが最近拍車をかけて強まってきた気がする。  
 
 
 
でも僕は知っている。  
僕しか知らない美香を。  
 

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