「あっ、あぁ、拓馬ァ!」  
 閉め切った、仄暗い部屋に熱気がこもる。  
女は自らも腰を振り、快感をむさぼっていた。  
 拓馬と呼ばれた男は、女のねだる行為に負けず劣らずと鷲掴んだ尻肉に腰を打ちつける。  
汗ばんだ皮膚の上をお互いの体液が滴る。  
 熱い肌とは反対に、拓馬の心のなかは穏やかだった。  
いつでも思い出すのは大切な人の笑顔。  
 (会いてえなー)  
 歳のわりにあどけない笑顔は、拓馬の幼馴染、1つ年下の絵梨奈のものだった。  
 射精前の身震いがきて、目の前の女に意識を戻す。   
名前も呼ぶことのない女だが、こうやって相手をしてくれることには感謝していた。  
 どんな女に対しても拓馬はそうだった。  
優しく優しく、出来る限りの気をつかってやる。  
その優しさを女たちは例外なく喜んだが、それはただの“前払い”となんら変わらない。  
気持ちよく気分よく、キッパリと割り切った性交をするための挨拶のようなものなのだ。  
 絵梨奈じゃないなら皆、同じ。  
何回寝たって同じ、心に残るものなんてない。  
「っあ、……俺、もうイクわ」  
「あああ、私も!私もぉ!はぁんっ、ん、ンぅううっ!!」  
 拓馬は自ら全ての精液を追い出すがために尻にキュッと力を入れ、射精した。  
女は拓馬より先に達したはずだったが、未だに体を痙攣させたまま虚ろに床を見つめている。  
 デジタルの文字が丁度、午前11時を示すところだった。  
 
 身支度を整えた拓馬は女をあとに残し、早々に家を出る。  
鍵はポストに入れておくのが、この関係を始めるときに交わす唯一の約束だった。  
行為の後に、そういった女たちと一緒に過ごす時間が拓馬はなによりも嫌いだった。  
  はぁーっと自己嫌悪の溜息をついて、大学へ行くために駅への道を歩いた。  
 
「たっくまーーー!はよっ。今日も朝っぱらからよっこらセックスか!!?」  
 三々五々と登校する生徒たちのなか、下品な引き笑いで追いついてきたのは友達の染谷だ。  
今すぐに友達をやめたくなる。  
こいつは声がデカい、全くもって無駄にデカい。  
 (ナニは粗チンのくせに)  
「染谷、お前、何でここにいんの?授業は?」  
「おーなんかね、先生、インフルだってインフル!んで、休校んなって今まで時間潰してた」  
「マジで!?うわー…、じゃあ俺、来た意味ないじゃん」  
 染谷の4限と俺の5限の授業は同じで、先生も同じだった。  
しかも今日の俺の授業はその5限のみ。  
「掲示板、見てこなかったの?」  
「ダルくて見てない」  
「あー、馬鹿だね」  
 話しているうちに、グラウンドの横を抜けて校舎に着いてしまった。  
腹がなって、起きてから何も口にしていないことを思い出す。  
「食堂でも行く?俺も腹減ったし、話したいことあんだよねっ」  
 染谷の話の内容にはだいたい想像がついたが、素直に頷いた。  
なんだか味の濃い、体に悪そうなものが食べたくなった。  
 
食堂は波のような人でいっぱいだったが、隅に席を見つけて、染谷と向かい合って座った。  
トレイを置くときに少しガタついて、味噌汁が椀の外へ飛び出す。  
 食券をおばちゃんに渡したあたりから染谷の話は始まっていた。  
歯の浮くようなお惚気だ。  
「でさ、俺が手ぇ握るとさー、顔真っ赤にしちゃったりなんかするんだわ。可愛くて可愛くてもうねえ」  
 ニヤニヤ顔が気持ち悪くて、直視できない。  
ソースと油にどっぷり浸かった豚カツに集中する。  
「ちょ!聞いてんのかよ」  
「きいてる、きいてる」  
「聞いてる奴がそんな口のまわり、ソースだらけにするかよ!!てか」  
 染谷の息が荒くなって、いやに顔を近づけてきた。  
ご飯粒、飛んでくるって!  
「お前はどーなんだよ」  
「どうって何」  
「絵梨奈ちゃん、だっけ?お前の本命」  
「……分かってるって」  
 久しぶりに他人から聞くその名前に心がざわついた。  
あらかた食べ終えて、お茶を啜る。  
「いつまでもなー、楽な方に逃げてたらその本命の子にだって逃げられんだぞ」  
「うん、………俺、なんで絵梨奈のことになると、うまくできないんだろ」  
 全部、染谷の言うとおりだ。俺は逃げてる。  
 明日は土曜、天気予報では快晴予定。  
2週間ぶりに絵梨奈に会う日だ。  
 
 大学の校門で染谷と別れてから一人で家路に着いた。  
電車に揺られている間も、女の帰ったアパートに寝転がってからも俺はずっと考えていた。  
 絵梨奈とは幼稚園からの付き合いだった。  
狭い路地を挟んだはす向かいの家に、孤児だった絵梨奈はもらわれてきた。  
養女として迎えられ、おじさんとおばさんに大切に育てられてきたのを俺は知ってる。  
 でも俺が絵梨奈になんのアプローチもできないでいるのは、そんなことが理由じゃない。  
 好きすぎて、すこしでも触れるのが怖かった。  
何よりも誰よりも、ただただ大事だった。  
 
 電話が鳴った。  
いつの間にか寝ていた拓馬は夢をみていた。  
ぼんやりと薄れていく夢は、幸せな匂いのする夢だった。  
 よろよろと立ち上がり、受話器を取った。  
「もしもし!!拓馬!?いるなら早く出なさいよ〜、もお〜」  
「いや、寝てた。どしたの?母さん」  
 壁に背を預けてそう広くもない部屋を見やる。  
部屋はがらんと音がしそうなほどに何もなかった。  
つい物を溜め込む母親を反面教師に、必要最低限のものしか買わない癖がついていた。  
「そうそう!今度ウチ、改装するのよ。ついでだから、いらない物ぜ〜んぶ捨てちゃおうかと思ってね。手伝い頼むわよ〜」  
「んー、分かった」  
「あ、最近は絵梨奈ちゃんとは会ってるの?」  
 本日2度目の不意打ちに、言葉に詰まる。  
「ああー……うん、明日会うと思う」  
「絵梨奈ちゃん、お見合いするらしいじゃないの!いい所の方らしいわよ。短大卒業と同時に結婚しちゃうのかしらね、寂しくなるわね〜」  
 声が遠くなる。  
 (見合い?誰が?誰と。…………絵梨奈が、結婚………?)  
 
 それから母親の長話をどうやって切ったのかは思い出せなかった。  
体が覚えている通りに、俺はいつものように食事をすませ、風呂に入り、気付けば布団の上だった。  
 (絵梨奈に、明日のこと確認しないと)  
 ベッドの上からフローリングに手を伸ばし、散らばる衣服の中から携帯を探り寄せた。  
名前のない女の番号の合間に絵梨奈の名前を見つけると至極ほっとした。  
 絵梨奈へ電話をかける。  
コールが携帯を通して、電気も消えたわびしい部屋にも響いた。  
 俺は健全な一、男子だ。  
大事な幼馴染に手を出せないからって、利き手と妄想だけで我慢できるほど禁欲的にはなれない。  
でもたとえ体だけの関係だったとしても、そういった汚い部分を、綺麗な絵梨奈には絶対に見られたくなズルイ男だった。  
 大学に入りたての頃、当時遊んでいた女にせがまれて一度だけ実家に連れ帰ったことがあった。  
迂闊だった。甘かった。  
女の絡みつく腕をそのままに、運悪く、絵梨奈と家の前で鉢合わせしてしまったのだ。  
次の日の放課後には絵梨奈を前にして、みっともなく“あの女とは付き合ってない”といったような内容の言い訳を繰り返した。  
絵梨奈は夕日を背に受けながら「隠さなくてもいいのに」と言ったが、逆光でその表情はよく分からなかった。  
 それから俺はこの部屋で一人暮らしを始めたんだ。  
部屋の隅で薄い毛布にくるまって、体を出来るだけ小さく丸めて座る。  
 鳴り止まない呼び出し音を電源ボタンで切ろうとした瞬間に、相手がでた。  
「拓ちゃんっ!切らないで!」  
「……絵梨奈?」  
あがった息が酷い雑音となって耳に届いた。  
「ごめっ、あの、お風呂、入ってて」  
「ああそっか。急かして悪かったな」  
「ううん、いいの。私もかけようと思ってたところだったから」  
 安心しきった声で話す絵梨奈。  
電話口の向こう側を思い浮かべる。  
見慣れた風景のなかに髪を濡らしたままの絵梨奈がいた。  
 不意に母親の言った“見合い”の文字がよぎった。  
そのせいかイメージの中の世界が180度、変わる。  
絵梨奈の横に立つのは見たこともない男、誓い合った二人の右薬指に光るリング、見つめあい微笑みあうその顔はまさに幸せそのもの。  
 度を超えた怒りで体が震える。  
携帯が耳元でみしみしと悲鳴をあげた。  
「拓ちゃん?どうかした?」  
「…………いや、どうもしない」  
 (どうして横にいるのが俺じゃない?あれは、絵梨奈は)  
 昂りを覚られないように、落ち着いていつもの調子で話し出す。  
「……明日、どっか行きたい所あるか?約束、忘れてないだろうなあ」  
「忘れるわけないよー!どこがいいかな?ご飯食べてブラブラする?いつも通りだけどね」  
「お子ちゃまだな〜」  
「うるさい。あ!そうだ……明日、話があるんだ。拓ちゃんもこの事、忘れないでね」  
 見合いの話?  
結婚の話?  
染谷みたいに惚気話でも聞かせるのか?俺に。  
 (ふざけんな)  
 嬉しそうに話す声がイライラを募らせる。  
「分かった。じゃ、明日な」  
「うん!おやすみなさい」  
 (誰にも渡せない。渡すもんか)  
 規則的な機械音が耳につく。  
電話は切れた。  
 仰向けに寝転ぶと360度の闇がある。  
この欲とエゴにまみれた部屋の闇は深く、引き摺り込まれそうになる。  
俺は携帯を握り締めたまま目を瞑った。  
携帯はまだ生温かかった。  
 
 自分の本当の気持ちに気付いたのは高校2年の頃。  
幼馴染に毛の生えたぐらいの感情だったのに、同じ高校の制服姿で玄関に立たれたときに腰が抜けそうになったのを覚えている。  
でも、その頃には既に“お兄ちゃん”的ポジションに落ち着いてしまっていた。  
高校では下級生に無言の圧力をかけるぐらいしか出来なかった。  
 でも絵梨奈は“気乗りしない”と言って、今まで誰とも付き合おうとはしなかった。  
だから俺は、自分のことは棚に上げて、絵梨奈は誰とも付き合わないんだと都合のいいように思い込んでた。  
 (そんなわけないのに)  
 絵梨奈と過ごしてきた十数年を宝物のように思ってきたのに、今ではそうは思えない。  
もっと違う形で出会えれば、幼馴染じゃなかったら、同い年だったら。  
 (“ばち”が当たったのかな)  
 
 携帯のアラームが頭元で鳴って、浅い眠りから目覚める。  
頭痛がした。  
なんとか体を起こして準備し終え、適当に淹れた泥のようなブラックコーヒーを胃に流し込む。  
 上着のポケットに携帯と財布だけを入れて靴を履いた。  
いつものように最寄りの駅を出たあたりで絵梨奈に電話を入れる。  
「もしもし?」  
「もうっ!?もう着いちゃったの?」  
「うん。腹減ったー」  
「拓ちゃん、来るの早いよぉ」  
「あ、家見えてきた」  
「えええ!待って待って、で、電話きるからね!」  
 流れる雲を眺めていると、絵梨奈が勢いよくドアから飛び出してきた。  
焦っていたせいか、けつまずき、その勢いのまま突っ込んでくる。  
「わぁ!た、たたっ」  
「うおっ」  
 絵梨奈の顔面が胸に飛び込んできた。  
思わず掴んでしまいそうになった手を、強引に肩から遠ざける。  
 この期に及んで、まだ触れるのがこんなにも怖いだなんて馬鹿げてる。  
もうじき、こうやって自由に会うことだって出来なくなるのに俺は。  
 (どうしたらいいんだ?俺は本当はどうしたいんだ……?)  
 赤くなった鼻をさすりながら絵梨奈が顔を上げる。  
「いたー…、ごめん。痛かった?拓ちゃん」  
「……骨、折れたかも」  
「もーっ!折れない!」  
「ははっ。いっつも言ってるけど、下見て歩けな?危なっかしすぎ」  
「はい!じゃあ、行こっか」  
 元気よく歩きはじめた絵梨奈のあとを、俺も追った。  
 
 近所の定食屋でおそい昼をすませ、ぶらぶら辺りを散策した。  
二人とも猫が好きで野良猫を追跡したり、文房具店で練り消しゴムやロケット鉛筆を懐かしがってみたり。  
昔、よく一緒に遊んだ公園のブランコに並んで腰掛けたりもした。  
 どれをとっても他愛のないことばかりで、デートと呼ぶには幼すぎる。  
でも、俺たちにはそれしかなかった。  
甘い言葉も雰囲気もないけれど、二人でいると楽しかった。  
 遊んでいる間中、俺は絵梨奈の見合いのことを必死に考えないようにしていた。  
少しでも気をぬくと、見知らぬ男が俺と絵梨奈の間に入り込む。  
いつも以上にふざけた話を喋り続けていた。  
「ねえ、拓ちゃん」  
「んー?また腹でも減ったか?」  
「減らないよ」  
「ガム、食う?」  
「食う」  
「食うのかよ」  
「じゃなくて!」  
 ガラガラの電車内、先頭車両の乗客は俺たちだけだった。  
意味もなく向かい合って座った絵梨奈が、ふくれっ面で視線を落とした。  
 やや間が空く。  
「今からさ、拓ちゃんち行こうよ」  
「俺の?実家?」  
 首だけ振って、否定を示す。  
「アパート?なんでよ。買い物は?」  
「今度にする。……話あるって言ったでしょ?」  
「言った…。けど、そこいらの店じゃダメなのか?」  
「落ち着いて話したいし。それに拓ちゃんち、見てみたい」  
 綻んでいく絵梨奈の顔が、俺に手向けられた花のようだった。  
目まぐるしく流れる風景を背に、日が落ち始める。  
あの部屋にも影が落ちる。  
 
 この部屋に絵梨奈を入れるのは初めてだった。  
ここにはセックスをするためだけにしか女はいれなかったから、そんな場所に絵梨奈がいるのが可笑しい。  
 緊張からか、拓馬の手にうっすら汗が滲んだ。  
「わー…。意外と綺麗、っていうより何もないねー。実家の部屋と変わらない」  
 クスクス笑いながら絵梨奈は部屋を観察していく。  
拓馬はとりあえず、脱ぎ散らかしたまま溜まっていた衣類を洗濯機に放り込んだ。  
また後ろから噴き出す声が聞こえた。  
「……なんだよ」  
「いや、ちゃんと洗濯とかするんだなーと思って」  
「まあな。俺、やれば出来る子だもん」  
「“だもん”!ま、洗ってくれるのは洗濯機だしね」  
「そ。らくちん、らくちん。コーヒーでいいか?」  
「うん、ありがと」  
 話しながら、湯を沸かした。  
拓馬は自分にはブラックを、絵梨奈には少しの砂糖とミルクを入れてやる。  
 人を招くつもりがまったく無かったので、部屋にはソファやテーブルはなかった。  
簡素なパイプベッドとローデスクに乗ったPCだけが隅に追いやられていた。  
1枚しかない座布団の上に絵梨奈を座らせ、拓馬はフローリングに腰をおろす。  
必然的に直置きするしかなくなったコーヒーカップを手渡す。  
 受け渡しの刹那、指が触れた。  
そっと爪を撫ぜられる感触に背筋が凍った。  
なんでもないそんなことが、拓馬をどうしようもなくさせる。  
 カップ2つ隔てた向こうで、絵梨奈が頬を染めていた。  
「……あの、……話、っていうのはね……」  
 
 拓馬の心に呪詛のような想いが連なる。  
誰のために、その頬を染めるの?  
その男が好きなの?愛があるの?嫉妬もするの?  
俺が触れられないその手で繋ぐの?差し出すの?  
どうして、俺じゃないの?ダメなの?  
俺が汚いから?よごれてるから?  
絵梨奈は綺麗なの?今から俺を心を殺すのに。  
 (なにも聞きたくない)  
 押し黙った俺を不思議がって、絵梨奈が顔を上げた。  
きょとんと見つめる瞳がまるい。  
 真直ぐに見入られて、抑えていた奥底のどろどろが止まらなくなる。  
誰よりも長くすごしてきたこの女が、誰よりも自分の心を知らないのかと思うと昨晩の激情が胸に塞がった。  
自分勝手な怒りだ。  
「どう―し――」  
 拓馬は無言で絵梨奈のか細い腕を引いてベッドに放った。  
拓馬の手は触れる前から震えていた。  
簡単に絵梨奈が転がる。  
「拓、ちゃん……?」  
 他の女と同じように気なんかつかえない。  
優しくなんか出来るわけがない。  
夢にみるほど、毎日想ってきたのに。  
 本当は触れたくて触れたくて堪らなかったんだ。  
 拓馬は近くにあったパソコンのコードをぶち抜いた。  
異様な雰囲気に気圧されて、呆然とする絵梨奈の上に馬乗りになる。  
見下ろすと、彼女がとても遠くにいた。  
 (絵梨奈は、……俺のもんだ。見合いもこんな関係も全部全部、ぶっ壊れればいい)  
「黙ってじっとしてろ」  
 ぞっとするほど冷たい声が出た。  
一纏めにした腕をコードで縛って、余った残りでベッドヘッドにもくくりつけた。  
抵抗などあってないようなものだった。  
 服をずり上げると広がる真白色に、噛みつくように舌を這わした。  
柔い胸を何度も何度も確かめるように揉んでいく。  
肩を震わせながらも、硬く起ちあがる乳首に異様な愛しさが込み上げる。  
 絵梨奈は眉間に皺を寄せてギュッと目を瞑っていた。  
「………ぅ……、っ」  
 押し殺しきれなかった喘ぎが、吐息混じりに吐き出される。  
その小さな声は拓馬のなかを侵して、大きな熱をもって下半身からせり上がってきた。  
 本能が疼く。  
 精一杯に力をこめて閉じられた膝を全身で無理やり抉じ開けた。  
絵梨奈はなにも言わないまま。  
シフォンのスカートの中をまさぐるとすぐに目的の場所にたどり着いた。  
 拓馬は優しく尻の割れ目に沿って一直線になぞりあげる。  
「っ!!」  
 強弱をつけると体の快楽が顕わになって、絵梨奈の意志とは関係なく湿りだす。  
 下着を脱がしにかかると絵梨奈と目があった。  
括られた肘の間から瞳が覗いて、悲しみが見えた気がした。  
 差し込んだ指で内壁をかく。  
絵梨奈の爪先が固く握られ、時折ぴくぴくと引き攣った。  
同時に、掻き出した蜜を小さな勃起した突起に塗りこめるとさらに内側がぬるむ。  
 ベルトをかちゃかちゃと鳴らして前をくつろげれば、息を呑むのが伝わってきた。  
絶望の色が絵梨奈の顔にうかぶ。  
 先走りで濡れた逸物が揺れてぶつかって、内腿との間に糸をひいた。  
二人の荒い息遣いのなかに緊張が走る。  
酷い興奮で体中が熱くなっていく。  
 
「……拓ちゃん……」  
 呟きに近い小さな声で名前を呼ばれても、腕で隠された顔はもう見えなかった。  
宛がった怒張を簡単には抜けなくするため、ずぶりと突き刺す。  
「ひ、ィッ……」  
「くっ」  
 叫びと痛みがせき止められて、反り返った絵梨奈の喉が上下に動いた。  
潰されそうなほどになかは狭かった。  
先だけ埋まった逸物を夢中で押し進める。  
「…いっ、は……はぁ…ぁ…」  
 甘い吐息の漏れる、紅く震える唇に目を奪われた。  
触れるだけでいいからキスしたい。  
砂漠のラクダが水を求めるようにみっともなく口づけたくなる。  
 (……だめだ)  
 でもそれだけはしてはいけない気がした。  
飢えて死んでいくのが自分には似合う。  
その代わりに、頬を肩口ににこすりつけては絵梨奈をきつく抱き締めた。  
体温のある匂いが鼻をくすぐった。  
 視界が滲んでいく。  
どうしようもなくて、見られたくなくて、絵梨奈を力づくでうつ伏せにさせる。  
「あ!…ンッ……は、ぁ…」  
「…っ…、くぅ………ふぐ、ッ…」  
 涙が何本もの束になってボタボタと落ちた。  
それでも腰は振り続けた。  
 喘ぎに混じって大きくなる情けない泣き声。  
こんな行為は間違ってる。  
許されないことなんか知っていた。  
「あっ……た、…拓ちゃ、ん……?」  
 絵梨奈の背に灰色の染みが広がった。  
拓馬はぐいっと袖で顔を拭い、振り返ろうとする肩を押さえつける。  
「ん゛……アッ…あ、ぁ!?……ああ、ああぁ……」  
 肌がぶつかる音が高くなり、拓馬は奥深くを貫いて精を吐き出した。  
熱いものが流れ込んでくると絵梨奈が全身で戦慄き泣き出す。  
静かに泣く背中をどこか冷静に遠くから見つめている。  
 (子供ができたら、責任取れとか言われんのかな)  
 また頬を伝う涙はもうそのままに、拓馬は無上の快感を味わっていた。  
 (言われたいなぁ……)  
 
 痛いほどの昂りは一度の射精では治まらず、そのまま抜かずに絵梨奈を幾度も犯した。  
窓の外が白んできた頃、絵梨奈は意識を失った。  
自分の精と一緒に萎えたものをずるずる引き抜く。  
透き通った肌のうえにも執拗に吐き出された白濁が汚い。  
 ずり落ちた毛布を拾い、絵梨奈にかけてやる。  
 朝日に照らされながらぼんやりと目の前の光景を見ていると、妙な安心感に包まれた。  
いつかみた夢のように、絵梨奈と二人での生活を夢想する。  
「はっ」  
 自嘲気味に笑って、拘束していたコードを丁寧に解いてやる。  
手首の鬱血の痕を静かになぞって、いくらか嬉しくなった。  
 これでもう絵梨奈を縛り付けるものはない。  
いつでも、すぐにでも逃げられる。  
目が覚めれば出て行くだろう。  
 (さようなら、絵梨奈)  
 べたつく毛布に潜って、自分の体を添えるようにして絵梨奈の隣で眠りにつく。  
最後の悪あがきか願望か、ドキドキしながらそうっと額をくっつけた。  
涙は枯れて、泣けなかった。  
 
<おしまい>  
 

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