「ああ……!」
股の間に男性器を突き立てられて私は声を上げました。
初めてではありません。私の純潔はとっくの昔に奪われています。
──目の前の男に。
彼の体が動き出します。何度されても私はこの行為に慣れません。
女体に、男性の肉を打ち込むという行為。肉だけでなく、孕めとばかりに奥に精を注ぎ
込む。それはまるで相手を屈服させるかのような忌まわしい行いに、私には感じられます。
なぜならそれはいつだって、小説やテレビドラマのような空想ではなく、遠く離れた
縁遠い事件のニュースでもなく──私自身に降りかかる話なのですから。
「あぅ……んっ、ああっ!」
彼のものが私の体を何度も何度も蹂躙します。
硬い肉棒が内側に擦れて往復する度に、私は悲しくなります。
彼が私を犯しているという事実に。
◇ ◇ ◇
相川留衣(あいかわるい)は私、四本比奈(よつもとひな)の幼馴染みです。歳は私より
三つ上ですが、小さい頃から私たちは当たり前のように一緒にいました。
親同士の仲が良かったからでしょうか。私たちはまるで兄妹のような関係でした。実際
私にとって留衣君は兄のような存在だったと思います。
いつも一緒にいてくれて、ときに私を助けてくれる人。
私はそんな留衣君が大好きでした。
幼稚園の頃はよく周りに言っていたものです。
「わたし、るいくんとけっこんする!」
小学生になってからはさすがにそういった言動はしませんでしたが(恥ずかしかった
ので)、心の中ではずっと彼を慕い続けていました。
留衣君がそんな私をどう見ていたのか、正確にはわかりません。
でもあの頃の私は、きっと彼も私を好きでいるに違いないと思っていました。
そうでなければ、三つも下の女の子と遊んでくれるはずがない、と私は考えていたのです。
多分それは、そう的外れでもない勘違いだったのでしょう。
彼は私を、大切な『妹』として見ていたのだと思います。
そこには私が抱いていたような、拙い恋愛感情は少しもなくて。
でも当時の私は、そんなこと考えたこともありませんでした。
私が九歳の時、父が癌で亡くなりました。
優しい父でした。穏やかで、怒られた記憶などほとんどありません。
母はずっと泣いていました。母の涙を見るのはそれが最初で最後でした。
母が私に言いました。
「あなたは、私のようになっては駄目よ」
私には何のことだかわかりませんでした。続けて母は言いました。
「私はお父さんが大好きだったわ。ううん、これからもずっと好きでいる。私にはそれしか
できないから」
やっぱりその意味はわかりませんでしたが、私は頷きました。たとえこの世からいなく
なっても、お父さんはお父さんです。ずっと好きなまま、それは死んでも変わりません。
「わたしも、ずっと好きでいる」
そう答えると、お母さんはうん、と微笑みました。
「お母さんも」
「……え?」
「お母さんも、ずっと好き」
「……比奈」
お母さんは泣きながら笑いました。ちょっとおかしくて、でもとても綺麗な笑顔を
浮かべました。
「ありがとうね、比奈」
小さな私を抱き締めて、母は言いました。
それからは母と二人で暮らしていました。
うちに親戚はいません。でも私は寂しくありませんでした。留衣君がいたからです。
おじさんもおばさんもとても優しくしてくれましたし、おかげで随分元気付けられたと
思います。
ただ、母は父のことを引きずっているようでした。
別に口で言うわけでもありませんが、娘だからでしょうか、どれだけ取り繕っていても
なんとなくわかるのです。
本当に母は、父を深く愛していたのでしょう。
そんな母が倒れたのは、それから三年後のことです。
父がいなくなってずっと働き詰めだったからだと思います。入院した母の代わりに、
留衣君の家が私の面倒を見てくれました。
私は不謹慎ながら内心嬉しく思っていました。同じ屋根の下で留衣君と過ごせることに、
ドキドキしていたのです。
その頃の留衣君は中学生で、受験を控えていました。私はまだ小学生だったので、高校
受験がどういうものなのかイマイチわかっていなかったのですが、彼は成績優秀だった
らしく、かなり上の高校を狙える位置にいたそうです。
でも彼は地元の高校に進もうとしていました。
なぜ彼がもっと上のランク校を目指さなかったのか、私は知りません。でも地元に残ると
わかって私は一人喜びました。これで留衣君と離れずに済む、と。
ひょっとして私のために地元を選んだのかな、とちょっと都合のいい解釈までしていた
当時の私は、随分とお気楽だったものです。
そんなことあるわけないのに。
そんなことよりもっと心配すべきことがあったのに。
私が留衣君の家に住み始めて三ヶ月。
年が明け、冬が深まっても、母の容態は一向に良くなりませんでした。
私はだんだん心配になってきました。まさか父に続いて母まで。悪い想像が私の心を
巡りました。
そんな私を励ましてくれたのは留衣君でした。
「大丈夫だよ、比奈。おばさんはすぐに元気になるよ」
他の人から言われたならともかく、留衣君の言葉です。私はうん、と頷きました。
でもやっぱり私は、心のどこかで不安に思っていたのでしょう。
ある日私は突然倒れました。
原因はストレスだと思います。父に続いて母まで失ってしまったら。そんな不安が私を
押し潰したのでしょう。
体に力が入らず、意識が朦朧として、
気付いた時には部屋のベッドで寝ていました。
気付いたと言っても意識は明瞭ではなく、正直死にそうな気分でした。
バチが当たったのだと思いました。
母が苦しんでいるのに、私は留衣君と一緒にいられると浮かれていたから。
ろくに体を動かせなくて、全身の汗が止まらなくて、燃えるような高熱が意識を苛みます。
お母さんもこんな苦しみを味わっているのかな。そう思うと胸が苦しくなりました。
その時、部屋に誰かが入ってきました。
留衣君でした。首すら動かせずにいる私の顔を覗き込んでいます。
私は留衣君に何かを言いました。
何と言ったかは憶えていません。その時の私は本当に疲弊しきっていたのです。
留衣君が何かを言いました。
私はそれを聞き取れませんでした。聞き返したと思いますが、それも憶えていません。
留衣君は口を閉ざすと、私の上にかかっていた布団を剥ぎました。
ひんやりとした部屋の冷たい空気が一瞬心地よく感じられましたが、そんな思いはすぐに
吹き飛びました。
留衣君が私に覆い被さってきたからです。
何を、と思った時には唇を奪われていました。
留衣君の表情は妙に必死で、私は固まったままそれを眺めることしかできません。
それだけなら何でもなかったでしょう。突然のファーストキスの甘酸っぱい思い出が
残っただけだったかもしれません。しかしそれで終わりではありませんでした。
留衣君は私の服を脱がすや体中をまさぐり始めたのです。
さすがに抵抗しました。しかし体は鉛のように重く、抵抗らしい抵抗もできません。
留衣君はいとも簡単に私を全裸にして、あらゆるところを弄り回しました。
微かに膨らみ出していた胸を、汗でぐっしょりと濡れた肌を、丸みの足りないお尻を、
まだまだ肉付きのない太股を、ようやく恥毛の生えてきた陰部を、留衣君の指が、掌が、
舌が、際限なく撫で回しました。
初めて彼に恐怖を覚えました。
こんなの留衣君じゃない。私の大好きな留衣君はこんな気持ち悪いことはしない。
それは間違いだったのでしょうか。
しばらくして彼は服を脱ぎ出しました。
久しぶりに見た留衣君の裸は、私の知っているものとは全然違っていました。
私よりも遥かに大きな体はいかにも力強そうで、抵抗など無意味に思えました。黒々と
生える陰毛は昔見たお父さんのものとそう変わりませんが、お父さんはこんなに不気味では
なかったと思います。
その中にそびえる異形の器官も。
こんなに大きいものなのかと私は驚き、怯えました。
これから何が起こるのか、学校で性教育を曲がりなりにも学んでいた私には、なんとなく
わかっていました。それでもそれは有り得ないことだと、諦め悪く考えていたのですが。
私の股をぐい、と開き、留衣君はその肥大した肉棒を陰部に押し付けました。
恐怖が、熱で溶けそうな私の頭を支配しました。
一瞬動きを止めたように見えましたが、すぐにまた侵入を試みてきます。
激烈な痛みが下腹部に広がりました。肉を抉るような感触は、疲弊した体にはあまりに
酷でした。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛くて、苦しくて、辛くて、悲しくて、
私はきっと叫んだと思います。その時ろくに声が出せなかったことを考えると、ひょっと
したら声自体は出てなかったかもしれませんが、とにかく抗う意思表示はしたと思います。
彼は聞いてくれませんでした。
やめて。
やめませんでした。
どうして。
答えませんでした。
彼の太いものが小さな私の体を貫きます。
串刺しにされたかのような衝撃に、私は呼吸すらまともにできなくなりました。
こんな、
こんなのって、
留衣君は私のことが嫌いだったのでしょうか。
嫌いじゃなくても、体調最悪な相手にこんな非道いことをできる人だったのでしょうか。
わかりません。
私には留衣君がわかりません。
(こんなのって……ないよ……)
父が亡くなった時も、母が倒れた時も、絶対に泣かなかったのに。
泣きたくても、涙を堪えられたのに。
この時ばかりはそれもできませんでした。
涙が溢れて、いつまでも止まりませんでした。
留衣君が動く度に私の中はかきむしるように荒らされます。
きっと股の間は酷い状態だろうと、見なくてもわかりました。ズキズキと響く痛みは
体も心もズタズタにするようで。
留衣君の体が小刻みに震えました。
腰を強く押し付けて、苦しげな呼気を何度か洩らしました。
奥まで強引に押し付けられる感触は痛く辛いものでしたが、その後すぐに留衣君のそれが
中から出ていきました。
抜く時も内側の肉が引っ張られるような感覚で、私は下半身が傷だらけになった気持ち
でした。気持ちではなく、実際傷つけられたのですが。
太股やお尻に生温かいものが伝いました。
体が重く、それを確認することはできませんでしたが、何かはわかっていました。彼が
私の中に放出したものでしょう。鈍い痛みの中で股間を伝う感触は、気持ち悪いものでした。
ひどく疲れた私は、涙でぐしゃぐしゃになった目を閉じました。
激しい眠気に襲われながら、これは悪い夢なのだと私は自分に言い聞かせていました。
……それからしばらくして、母が亡くなりました。
◇ ◇ ◇
中学に上がって、私は一人暮らしを始めました。
と言っても、元の家に戻っただけなのですが。
親戚のいない私に帰る場所など、この家以外にありません。
留衣君のお母さんはうちにずっと住んでていいのに、と言ってくれましたが、私ははっきり
断りました。
あんなことがあって、留衣君と同じ屋根の下に住めるわけがない。
あの後私の体調は治りましたが、あの時の恐怖は今でも残っています。
もうドキドキなんてどこにもなく、恐ればかりが私の頭にこびりついていました。
もちろん私一人では生活費やその他必要な手続きを処理できなかったので、留衣君ちの
おじさんとおばさんがそういった面倒を見てくれましたが、一緒に住むことだけは辞する
しかなかったのです。
このままじゃ駄目だと思ったのは梅雨の頃だったでしょうか。
留衣君とちゃんと話さないといけないと思いました。恐怖は依然としてありましたが、
このまま気まずい思いを抱えて離れていくのは哀しいと思ったのです。
でもなかなか踏ん切りがつきませんでした。
その日も私は自分の部屋で一人迷っていました。
留衣君の家はすぐ近所です。会おうと思えばいつでも会えます。しかし、
玄関のベルが鳴りました。
すぐに玄関に出て鍵を開けると、そこには幼馴染みの彼の姿がありました。
急に動悸が激しくなりました。
苦しい。
嫌な思い出が脳裏をよぎります。
私は、この人に、
苦しさに立っていられなくなり、私は膝をつきました。
がくがく震える体は地震で揺れているような、世界が揺れているような感じでした。
留衣君が何かを叫びましたが、それは私には届きません。聞きたくなかったのかも
しれません。
留衣君は私を抱き上げると、そのまま家の中に上がって私の部屋へと向かいました。
ベッドに横たえられると彼は一息に私にのしかかってきました。
あの時と同じです。
また、あんなことをするつもりでしょうか。
どうして。
「やめて、やめてよ!」
今度こそ私は叫びました。
それを聞いて、彼の動きが止まりました。
届いた! 私はほっとして、深く息を吐き出しました。
やっぱり留衣君は悪い人じゃありません。
だってこんなに辛そうな顔を浮かべているのですから。
そう思ったのに、
「……駄目だ」
低く重い声が耳に降ってきました。
思わず留衣君を見つめると、その目には苦々しい色が浮かんでいました。
「たとえ誰かが止めようとしても、これだけはやめない。やめるわけにはいかない」
「……!」
「それでお前に嫌われたとしても、だ」
彼は無表情になると、もう何も答えずに私を犯しにかかりました。
私ははねのけられず、組み伏せられました。
服を剥がされ、四肢を押さえられ、体の至るところを触られ、
太く膨らんだ肉棒を、膣奥に押し込まれ、
前と同じ。
また痛いことをされる。
私は諦めました。何を言っても聞いてくれないのなら、いっそ何も言わない方がマシだと
思いました。
心ごと、体の感覚を投げ出したい気持ちでした。
二度目の体験は前ほど痛くはありませんでしたが、前より痛く響きました。
心に、痛く。
◇ ◇ ◇
それ以来私は彼に度々犯されるようになりました。
大体二、三ヶ月に一回のペースで、しかしはっきりした間隔でもなく、彼は私の部屋に
現れるのです。
鍵をかけても無意味です。彼は合鍵を持っていました。
どのタイミングで来るかもわからないので、避難することもできません。
彼には私がいつ家にいるかわかっているようでした。
中学生の私に逃げ場はなく、私はもう十回以上犯されました。
彼は避妊なんてしてくれません。私は自衛のためにピルを手に入れようとしましたが、
ああいうのは医師の処方が必要らしく、そもそも未成年の私には手に入らない代物でした。
ただ、何度目かの行為の際に彼が囁いた覚えがあります。
「種なしなんだ、俺」
それは、子供が作れないということ?
「お前が心配しているようなことには、……ならない」
それを聞いた時、私はほっとするよりも哀しくなりました。
それが本当なら、本当に愛する者と結ばれたとしても、何も為せないではありませんか。
それはとても哀しく、悲しいことだと思いました。
でもそんなことは彼の中の些細な事の一つに過ぎないのかもしれません。
彼はいつだって悲しそうな顔で私を犯します。
どうしてそんな顔をするのか私にはわかりません。わかるわけがありません。
彼をわかることができた時なんて、私には一度としてないのですから。
わかっているのは、私自身もまた悲しくて仕方がないということです。
彼との行為はただ悲しさが入り混じるだけの、実に不毛なものでした。
私はこのことを誰かに言ったことはありません。
彼の両親にも、友人にも、警察にも、訴える気にはなりませんでした。
人に話すのが嫌だったのもありますが、彼の悲しそうな顔を思い出すと訴える気に
なれないのです。
彼を許したわけではありません。犯されるのはやっぱり嫌でしたし、怒りも当然あります。
それでも彼の顔を見ると……胸が苦しくなるのです。
こんな目に遭っても、こんな関係になっても、私の心の奥底は変わりませんでした。
おかしいと思います。
馬鹿だと思います。
こんな状態になっても──私はまだ彼のことを好きでいるのです。
昔のように無邪気な想いこそ抱けませんが、それだけは変わりません。
少しだけ屈折した、『好き』。
それが報われることなど、ないのに。
私は県外の、全寮制の高校を目指すことにしました。
私のレベルでは若干不安が残りますが、狙えない位置ではありません。
まだおじさんやおばさんには言ってませんが、反対されても譲る気はありません。
多分これは、私が留衣君を好きでいられる唯一の方法なのです。
いつか想いが実ると、夢想していた小さい頃。
あの時に戻れたらどんなに幸せでしょうか。
たとえ拙い想いでも、一途に想うだけでよかったのですから。
留衣君のことは嫌いじゃありません。
でもこんなことが続けば、いつか嫌いになると思います。
そもそも未だに嫌いになってないことが驚きなのです。
これ以上彼を恐れたくないから。
嫌いになりたくないから。
まだ好きでいられるうちに、私は彼の下を離れようと思います。
あと一年。
さよなら、留衣君。