「つまり、私に『人間影絵部』辞めろって事ですか!?」  
 
五年生のハルは憮然として周囲の部員たちを見回す。スクリーンの前に集まっているのは、全員六年生のレギュラー選手ばかりだ。  
 
「…言いにくいけどね…あんた自分のおっぱいのこと、判ってるよね。そんなので大会勝てると思うの?」  
 
六年生でキャプテンの麗奈の言葉に絶句したハルは、ぴっちりと身体を包んだ黒い全身タイツの胸元に、なんとか収まっているたわわな二つの膨らみを見下ろす。  
確かに麗奈の言うとおり、僅か半年の間に育ち過ぎた胸は、選手全員が整然たる線となり、与えられた課題をスクリーンの後ろで形造る『人間影絵』の競技においては、不要どころ致命的な邪魔者だった。  
 
「…そんな…今日まで頑張ったのに…」  
 
同情の目でハルを見つめる仲間たち。ハルと同じく全身タイツに収まった彼女たちの胸は、うっすらとした肋のラインから引き締まった腹筋まで、見事に扁平に揃っている。小さな胸ポチはご愛嬌だ。  
 
ハルは、夏休みの間にぐんぐん膨らんだ胸を恨んだ。盆に帰省した祖母のところで、美味しい地鶏と山菜をたらふく食べたからだろうか?…大好きな『ビレッジマァム』も、少し食べ過ぎたかも知れない…  
 
「さ!! みんな、練習よ。基本のポーズから!!」  
 
麗奈はキャプテンであることを示す深紅の全身タイツのフードに艶やかなロングヘアを収め、打ちひしがれるハルに背を向け叫んだ。  
 
「まず漢字百連発!! 『川』!!』  
 
眩い投光機とスクリーンの間にまず三人の選手たちが走る。ライトを浴びた細くしなやかな彼女たちの身体は、スクリーンに黒々と正確な『川』の字を映し出す。  
 
…もう私には、基本の『川』さえ無理だ…  
 
ハルは唇を噛んで仲間の演技を見つめる。  
 
やっと決まった県大会への出場。ハルは五年生でただひとり抜擢された課題演技での優勝を目指し、夜遅くまで練習に励み、全身タイツのまま帰宅することもしばしばだった。  
 
「…はい次『尻』!!…それから『鬱』!!」  
 
麗奈の張り詰めた声に合わせ、スクリーンに飛び込んだ選手たちは次々と見事な文字をその身体で描いてゆく。誰一人無駄な膨らみで文字を歪ませる者はいない。  
 
「…ハル…信じて頂戴…私だって辛いの…」  
 
いつの間にか緑の全身タイツの副キャプテンに号令を交替した麗奈は、膝を抱えてスクリーンを見つめるハルの横に立っていた。  
 
「…あなたには才能があった。私の次に『人間影絵部』を引っ張ってゆくのは、あなただと思ってたのよ…」  
 
黙り込んだハルの視線の先で、練習は『動物』に変わっていた。蛇、牛、コアラ…スクリーンの黒いシルエットは鮮やかに動物を形取ってゆき、ハルが重い唇を開いたときには、干し草の匂いまでしそうな立派な象がのんびりと鼻を揺らしていた。  
 
「…キャプテン、最後に一度だけ、課題演技をさせてもらえませんか!? 一生の…思い出にしたいんです…」  
 
「……」  
 
ゆっくりと頷いた麗奈は、パァン!!と手を叩いて汗だくの部員たちを集めると、ハルへの餞別とも言える、きたる大会の課題演技『青春』の実演を告げた。  
湿った全身タイツをぺったりと未発達な肢体に張りつけた少女たちに緊張が走る。  
まだようやく組み上げたばかりの難易度の高い演技だ。本番までに仕上げられるかどうかの段階であり、部員たちの動揺は当然だった。  
 
しかし去り行く仲間への敬意から、一人としてキャプテンの決定に異議を唱えるものは居らず、選手たちはスクリーンの裏に静かに集結する。  
 
「配置係。」  
 
キャプテンの呼びかけに応え、車椅子の少女、『人間影絵部』の頭脳たる白の全身タイツに身を包んだ少女が、車輪を軋ませ前に進み出る。  
課題演技の複雑な人員配置、構造計算をたった一人で行う彼女は、よく通る澄んだ声で、固い表情の選手たちに呼び掛けた。  
 
「皆さん。」  
 
彼女は全員の顔を見渡し、ハルに寂しげな微笑を送ってから続ける。  
 
「…今大会の課題演技のテーマは『青春』。私はこのテーマを必死に形にしました。そして、皆さんはそれに見事に応えてくれました。」  
 
再び言葉を切り、この病弱な少女はもう一度ハルを見つめる。  
 
「…今日…残念なことに戦列を離れるかも知れない仲間がいます。後悔なく送れるよう、精一杯の『青春』を、どうか見せて下さい。」  
 
声もなく部員たちはスクリーンの裏に散る。鋭いキャプテンの号令で、少女たちは渾身の力で課題作品に挑んだ。  
 
「セェーット!!!!!」  
 
 
彼女たちが形造る『青春』  
それは三メートルにも及ぶ、ギリシャ彫刻のダビデ像を想せる逞しい青年のシルエットだ。  
思春期の希望と不安を秘めた若き勇姿を、少女たちの身体が高く重なり、がっちりと組み合って築き上げてゆく。  
ハルもまた自らの分担部である青年像の大腿部、力強いふとももの一部となるため、胸をゆっさゆっさと揺らしつつ、仲間の身体に駆け上ってゆく。  
 
スクリーンの前ではキャプテンと補欠部員たちが固唾を飲んで、入魂の演技を見守っていた。  
 
「キャプテン!!」  
 
補欠たちの歓声。凛々しく胸を張る青年のシルエットがスクリーンいっぱいに影を落とし、麗奈の厳しい表情が少し和んだ瞬間…  
 
「あ、あれぇぇっ!!」  
 
 
スクリーンの青年像に異変が起こり、見守っていた補欠部員も、キャプテンの麗奈でさえ顔を赤らめ恐慌を起こした。  
青年の下腹部、彼女たちが口にすることも憚る部分がモッコリと隆起し、あろうことかふるふると振動さえしているのだ。  
勃起…六年生の麗奈は流石に知識として持っている単語だったが、まさに今、彼女の眼前で起こっている破廉恥な現象は、紛れもない『青年の勃起』であった。  
 
「ひゃああああ!!」  
 
「わああああ!!」  
 
動転する観衆の気配を敏感に察知した選手たちはスクリーンの裏で、必死に体勢を維持しつつ混乱の原因を探った。  
 
「…ハ、ハルの、おっぱいよ…」  
 
青年像の肩辺りで海老反っている選手が苦しげに叫ぶ。全員が注目したその場所で、確かにハルの雄大な乳房は、スクリーンに卑猥な影を落とす物体として、ぷるるんぷるるんと揺れていた。  
 
「駄目…おっぱいが…」  
 
退き際を覚悟し、全身全霊で最後の演技に臨んだハルは、弓なりに身体を反らせたまま絶望的に呻く。  
 
「ハル!!しっかり!!」  
 
「あ、危ない!!  
 
「わあっ!?」  
 
動揺し急速に重心を失ってゆく大腿部のハル。集中力をなくした選手たちは次々とバランスを崩し、仲間と絡み合いつつ課題作品の形を崩し墜落していった。  
 
「うう…」  
 
折り重なって苦しむ選手たちの下から、自責と後悔に青ざめながら這い出たハルは、駆けつけた麗奈たちの前に倒れ伏して泣いた。  
 
「…キャプテン、私、おっぱいが憎い…」  
 
麗奈は何も言えず、ハルの背中に手を置く。自分の判断が全員の安全にかかっているのだ。辛くても、『人間影絵部』のため…  
 
そのとき、悲嘆に暮れる部員たちの背後で、力強い声が響いた。顧問教師である大山田の声だった。  
 
「…ハルを辞めさせて、お前たちは本当にそれでいいのか!? 今日まで一緒にやってきたハルを。」  
 
部員たちは顔を見合わせる。普段セクハラしか能のないこの顧問教師の声が重く突き刺さる。  
 
「…それに、さっきの課題作品。先生は、あの膨らみに、まさにテーマである『青春』を感じた。ハルの胸を武器に変える。それも、みんな力を合わせれば可能なんじゃないか?」  
 
静まり返った体育館の空気が、少しずつ変わってゆく。排除ではなく、生かしていくこと…  
 
さざ波のように広がる部員たちの希望を見届け、さりげなく体育館の片隅に移動した大山田の傍らに、いつの間にか校長が並んでいた。  
 
「…大山田先生。彼女を残すのには、何かお考えでも?」  
 
「いえ、校長。僕は顧問であるまえに、そして教師であるまえに、一人の男として、変態として、彼女の、ハルの巨乳をずっと拝んでいたいんです。彼女を残した理由は、それだけです。」  
 
固い信念を秘めた大山田の言葉に、校長は微笑んで、再び練習を始めた『人間影絵部』を満足げに見守った。  
 
 
おわり  
 
 

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