「あのさ、俺が料理しようか?」  
「あらあら、それはメイドの仕事ですよ、ご主人様。」  
「でもさ……」  
 
奏(かなで)さんは、料理が上手い。 いや上手かった。  
過去形である……  
過去形になってしまったのは、ちょっとした事故のせいだった。  
 
奏さんの背が届かない所があるという事で、俺は手伝いを頼まれた。  
主人-メイド間の関係として、主人が雑用云々をするのは……という見方をする人もいるだろうが  
ウチは小世帯だし、どこかの上流階級家庭みたいにそんなに厳格なものでない。  
そういう訳で俺の方が背が高いから手伝っていたのだが、ドジな事にその時俺は脚立を踏み外した。  
ドジっ子ご主人様ってヤツだ。  
うん……  
男のドジっ子とか、全然萌え要素じゃないのを自分で改めて確認した訳だ。  
本当に我ながらそそっかしかったと思う。  
 
脚立を踏み外し体勢を崩した俺を庇おうと、奏さんは腕を伸ばし支えようとしたが、俺はそのまま落ちてしまった。  
俺の体の下敷きになる奏さんの右腕。  
その際、奏さんは骨折してしまった。  
4日間の入院の後帰ってきて、添え木と包帯で右腕を固定したままそのまま現場に復帰した。  
 
今は右腕に負担を掛けない範囲で働いて貰ってる。  
当然、料理も腕に負担を掛けないですむ様な簡単なものになってくる。  
 
主人一人メイド一人の小世帯だから、奏さんの右腕がこういう状態である以上  
料理できる人がいるとすれば俺しかいない。  
 
奏さんはニコニコしながら  
「あらあら、美味しいんですよ、バター醤油ご飯」と言う。  
 
あぁ、確かに。  
不味くはない。  
貧乏メニューやお手軽メニューとしては、アリだと思う。  
でもね、奏さん、帰ってきてからインスタントラーメン、インスタント蕎麦、インスタントうどん  
インスタントスパゲッティ、インスタントやきそば、レトルトのカレー、卵掛けご飯、お茶漬けのデタラメな  
メニューを回してるだけじゃないですか。  
 
何か炭水化物プラスαしか食べてない気がするんです……よ?  
 
「一月弱も固定してれば治るそうですし、それまでは簡単なメニューで我慢して下さいね」  
 
これは、アレか。  
怪我の恨みを俺にブツけてるのか。  
それならそう罵ってくれて構わない。  
そして気が済んだら、俺に料理させてくれ、いやさせて下さい。  
ベストコンディションの奏さんには適うべくもないが、今現在のメニューよりはもう少し手の込んだものを作れるんだ。  
奏さんだって、この似たようなカテゴリーの日替わりデタラメメニューで我慢してるわけだし、色々と違う  
ちゃんとしたものを食べたいだろう?  
そう思ってしまう。  
 
そんな俺が頭の中で考えていた事が表情に出ていたのか、奏さんは何かを読み取ったようだった。  
そして、ニッコリしながら彼女が言うには  
「例えご主人様ご自身でも、私以外の他の人が作った料理でご主人様のお世話するのは嫌なんです」  
だそうだ。  
 
────  
 
なんかちょっとドキッと来たが、結局後まだ2-3週間はちゃんとしたものを食べられないのかな……  
 

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