「そんな…優恵はどうすんのさ?……」  
「だから、頼んでるんだ……転校とかは、嫌だろう?」  
「そりゃそうだけど!だからってさ!?海外でいつ戻るかも分かんないなんて、何かあったらどうすんのさ!?」  
「だから頼んでるんだ。晶。仕事なんだ、大事な大事な、行かなければ私の首が危ない」  
「…ぬ………なんだって母さんも…」  
「お父さん一人にしたらどうなるか分からないの……分かって?晶…」  
「…………あぁ……くそ……一週間に一回は優恵に電話すること、一年に一回は帰ってくる事。それくらいは?」  
「……一年に二回にしよう」  
「……優恵にも、ちゃんと説明しといてよ」  
「ああ………お前ももう中学生だ。晶なら出来るさ」  
「出来りゃ良いけどさ………優恵を呼んでくるよ……」  
 
「ほら、優恵。弁当」  
「ありがとう、兄さん」  
 両親が海外出張に行って五年。俺はすっかり所帯じみた高校三年生。優恵は可愛らしい高校一年生になっていた。  
 あのころの優恵は小学生だった。高学年になってたとはいえ、まだ親が恋しい年頃だっただろう。  
 だから俺は、二人の代わりに精一杯、優恵に優しさを注いだつもりだ。  
 付き合いが悪いと言われようと、シスコンと馬鹿にされようと、構わなかった。  
 優恵を守るため、肉体的に強くあろうとトレーニングをした。  
 優恵の見本となるために勉強もした。  
 優恵に喜んでもらおうと料理もした。  
 俺のこれまでの人生は、優恵のために消費された。構わない。その分優恵が幸せになってくれればいい。  
 身内びいきがあるかもしれないが、優恵は可愛い。その気になれば、恋人もすぐ出来るだろう。  
 透き通る様な瞳、綺麗な黒髪、すっと通る鼻筋に花の様に可憐な唇。  
 ずっと見ているだけで実の兄である俺ですらクラッとする。ああ、そうとも、シスコンだとも。  
 友達を作って、恋人を作って、良い青春を過ごして欲しい。俺が出来なかった分も。  
 優恵が幸せになってくれれば、それでいい。それで。  
 
「じゃあ行ってきます。兄さん」  
「ああ、気をつけてな」  
 晶兄さん。  
 両親が海外へ出張に行ってから、ずっと妹の、私の世話をしてくれた。  
 優しい、優しい、とっても優しい私の自慢の兄さん。  
 私のわがままも、失敗も、少しの厳しさと、たくさんの笑顔で許してくれた。  
 勉強も運動も出来て、その上料理も上手い兄さん。  
 兄さんは自分の事を犠牲にしても、私のためにと行動してくれた。  
 知っている。そのせいで中学時代、友達がほとんどいなかったのも、馬鹿にされていたのも。  
 だからこそ、これからは私のことに構わず、幸せになって欲しい。今までの分まで。  
 友達をたくさん作って、恋人を作って、素敵な生活を送って欲しい。  
 私も高校生になって一ヶ月がたったのだ、一人でも大丈夫だから。と伝えたい……  
 伝えたい、はずなのに……私は、兄さんから離れたくないと、思ってる……  
 今までずっと束縛してきたのに……お礼を言って、謝って、止めて、自由に、幸せになって欲しいのに……  
 大好きな大好きな、兄さん。大好き。家族として…………男性として………晶兄さん  
 
「……はぁ…」  
 今日は日曜日。部活の昼休憩。兄さんの作ったサンドイッチを頬張りながら、ため息をついてしまう。  
 兄さん手作りのサンドイッチは美味しい。文句の付け所が無い。無いからこそ、自分が怨めしくなる。  
 私は、こんな風に出来ないから。日曜なのに、兄さんを早く起こして……私は、兄さんに頼ってばかりだ……  
 自分の事ぐらいは自分で守ってみせたい。だから女子柔道部に入ったのに……結局はこういう風に甘えてる……  
「はぁ……」  
「なにため息ついてる?幸せが逃げるぞ、高宮」  
「あ、岡崎先輩」  
 岡崎美華先輩。  
 女子柔道部主将。一年の新人戦から県大会個人戦三連覇、それどころか全国でも、五本の指に入る腕を持つ女傑。  
 それだけでなく文武両道、成績優秀、長身に、女の私ですら惚れてしまいそうになる美貌、スタイル。  
 性格は男勝り。男より漢らしく美人というより格好良いという言葉が似合う。  
「弁当が不味いなら食べてやるぞ」  
 そんなことないです!そう言い返す前にたまごサンドを盗られた。  
「あっ!?」  
 取り返す間もなく半分が口に飲み込まれるたまごサンド  
「どんなのでも食べ飽きた、コンビニ、おに、ぎ、り……よりは………マシ…………美味いじゃないか!?」  
 兄さんのたまごサンド……  
「こんなの食べててため息つくとは許せんな高宮、全て私が食べてやるから渡すんだ!」  
 残り半分を口に放り込み、新たなサンドイッチを私にたかる。  
「い、いやですよ!」  
「なにおぅ!」  
 柔道始めて一ヶ月の素人に、柔道部主将が襲いかかる―  
 
―結果、残り半分を先輩が持っていた惣菜パンと交換して和平。  
「しかし羨ましいな。こんな美味い弁当があって」  
 そう言って先輩はツナマヨサンドを食べる。  
「先輩は?」  
 私もツナマヨを手に取る。  
「両親が遅くまで共働きでな。ご飯も美味いし、夫婦仲も良いが、週末や祝日くらいしかそれにはありつけん」  
 先輩の顔に珍しく苦笑が混ざる。  
「自分で料理をしようとも思うんだが、結局はコンビニで済ませてしまう。便利過ぎるのも困りものだ」  
 サンドイッチを少しだけ高く上げる。  
「これは、自分で?」  
「あ、いえ」  
「母親さん?」  
「いえ、父さんの海外出張についていって五年くらいたちます」  
「お姉さんが?」  
「姉はいないです。晶兄さんが」  
 先輩の動きが鈍くなる。  
「………誰が?」  
「晶兄さんが作りました」  
 先輩が目を見開く。  
「晶………高宮、晶……F組?」  
「あ、知ってました?」  
「いや、まあ………同じクラスだが………本当か?」  
「嘘つく理由が無いですよ」  
 思わず笑ってしまう。  
「そうだろうが……想像出来ん」  
 
「兄さんって、学校ではどんな感じですか?」  
「どうって………無口…かな」  
「無口……暗い、ですかね…」  
「ああいや、違うな。なんというか……出来る限り少ない言葉で伝えようとするというか…言いにくいな」  
「家ではそんなことないんですよ?優しいですし……」  
「ああ。いや、安心しろ。嫌われてるわけじゃない。少なくとも女子にはモテる方だ」  
「そう、なんですか?」  
「ああ。頭は良い、運動も出来る。お前さんと同じように顔も良い。イイ男としての条件は充分に満たしていると思うぞ」  
 兄はモテる。嫌われてると聞かされるよりは全然良いが、それだって、どう言えば良いか分からない。  
「実際、他の女子も何人か告白したそうだがダメだったらしい」  
「…………も?」  
「も、だ」  
 さっきよりいくらか悔しそうな苦笑  
「一年の二期、だった。スポーツ特待でテストも学年三百数十人中四位。容姿にもそれなりに自信があった」  
 テストで兄さんは二位だった、と補足を付け加える。県内でも有数の進学校でその順位。テレビに出る様な有名大学も合格圏内に入っているだろう。  
「見栄でな、彼氏の一人でもいた方が格好がつくと思ったんだ。好きかもどうかも考えずに、良い人だと思ったんだ。思ったから、告白した」  
 先輩の独白に、どう答えたものかと思う。先輩は私を気にせず、独り言の様に続ける。  
「恥ずかしながらその時の私はナルシストでな、フラれることは有り得ないと思っていた、けど……」  
「…フラれた?……」  
「『今は、色々あって忙しいんで、無理です。すいません』こう言われた。頭も下げられたよ。悔しかった。それまでの人生で何よりも一番、悔しかった」  
 悔しい。そう言ってはいるものの、先輩の顔はどこか楽しそうだった。  
「そもそも忙しいったって、大会とかがあるなら分かるが、彼は部活にも入っていなかったからな。適当な言い訳で逃げられた気がした」  
 
「忘れようと勉強に部活に没頭した。失った自信を取り戻そうとした。その結果、私は県大会個人戦優勝。次のテストでは二位、このときは君の兄さんが一位だ」  
 君の兄さんには勝てないらしい、と呟き、先輩の言葉が数秒途切れる。  
「……………感謝、しているんだ。天狗だった私の鼻を折ってくれた。おかげで今の私がいる」  
 ほんの少し、先輩の頬が朱に染まっている気がした。  
「それで……おかしいかな…その、なんだ………たまーに、たまにだぞ。ふと、目が自然と彼を追ってるときがある。これ、どう思う?」  
―それって、つまり―  
「会話なんて、告白と返事、この二言だけしかなかった。だけど、私を変えてくれたお礼が言いたいというか、もっと話してみたいというか」  
 先輩らしくない、曖昧でしどろもどろな口調で分かる。  
 ああ、先輩「も」兄さんのことが好きなんだ―  
「……って、な、何言ってるんだろうな私は。忘れ「来ます?」  
「え?」  
「家に来ますか?居ますよ。兄さん」  
 いつも凛とした先輩の顔が、泡を食ったような表情になる様子は、見ていておかしかった。  
 大丈夫。先輩は良い人だ。それはハッキリと分かる。  
「いやそんな理由もなく」  
「料理しようと思ってるって、さっき言いましたよね」  
 尊敬する先輩と、尊敬する兄さん。どっちにも幸せになってもらいたい。  
「あ、ああ」  
「それを理由にしましょう」  
 差し出がましいことをしようとしているのかもしれない。それはきっと、罪悪感があるからだ。  
 兄さんが先輩をフった「忙しい」という理由。それは多分私のせいだ。  
 「中学生活を楽しめ」そんな兄さんの言葉に甘え、家事を任せっきりにしていたから。  
 それの埋め合わせをしたい、そんな下衆な考え。  
「…………考えて、おく…腹を休ませておけ。午後もあるからな」  
 心の奥に隠した何かが、チクリと痛んだ気がした。  
 

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