その後は、青山はまたさっきのイキイキとした目で、俺に色々なことを教えてくれた。  
全く、学校で普段がこれなら、女の子からも嫌われることもないだろうに。  
ま、内容は別として、だが。  
「……ところで、九鬼くん。制服が破れてるみたいだけど」  
「ああ、ちょっとな。どうってことはないさ」  
俺の腕を見て、不思議そうに青山は尋ねる。  
俺は、要所要所をぼかしながら説明したが、まさか殺されかけたなどと言えるわけはない。  
 
「ふーん……」  
もしかしたら、こいつは何も言わないだけで気付いたのかもしれない。  
「それならさ、これを持っていくといいよ」  
何やら警棒のような物を、青山は差し出した。  
「まぁ……電気が流れるようになってるんだ」  
「つまり、スタンガンっていうやつか……」  
「……これなら、いざっていう時、武器になるよね」  
「いいのか?」  
「いいよ。その代わり……このカメラを僕にくれない?」  
「別に構わんぜ。俺には不要なものだしな。何なら後二つ三つやってもいい」  
「本当に?」  
「ああ、何に使うかは知らんが、別に俺にはどうでもいいことさ」  
それにいつまでも、部屋に置いておくことはできない。  
沙弥佳がしょっちゅう部屋を掃除するためだ。  
青山はそこはかとなく爛々と目を輝かせた。  
 
「その代わり、なるべく早く調べてくれ。あまり時間があるとは言えないんでな」  
「うん、分かった。早ければ明日明後日には、ある程度のことは分かると思うよ」  
「明日明後日には、だって?」  
「うん……やっぱり今日中の方がいい……?」  
俺は首を横に振った。  
「いいや。もちろん今日中だって構わないが、明日明後日だなんて、思ってる以上に仕事が速いぜ」  
それは本当だ。  
まさかそんなに早く、何か分かるかもしれないだなんて、思いもしなかったからだ。  
こういうのことは、実際には四、五日で分かっただけでも早い。  
ましてや、今までに見たことがないタイプの物であるにも拘わらず、だ。  
それに俺はこの青山という小男を、信頼している。  
確かに、クラスの周りの連中からしたら、根暗で裏じゃ何をしているのか分からないような、  
この男のことを不気味だとか、危険なやつだとか言っているのは知っている。  
もちろん、この俺もかつて初めて同じクラスになった時は、そう思った。  
だが、こいつはただなんとなくつるんで、友達面して、いざという時には何もしてくれないような、  
形だけの友達とは、俺は違うと考えている。  
無理なことは無理とはっきり言い、できることはしっかりとやる。  
自分の分相応というのを、この若さにしてはっきりと自覚しているのだ。  
それに気付いた時、俺はこいつにはただならぬ敬意を抱いたものだった。  
以来、俺の中で青山は、周りがなんと言おうが、気のおけないやつだと思っている。  
もちろん、利用してないと言えば嘘になるが、こいつを巻き込みたくないと考えているのも事実だ。  
 
そうこう考えているうちに、青山は先程のデジカメで撮ったデータを、パソコンに取り込んでいる。  
カチャカチャとキーボードを叩き始め、何やら画面の向こうの友達とやらと、  
文字で会話しているようだった。  
「そいつがお前の言う友達か?」  
少し意地悪げに言った。  
しかし、青山はそんなこと気にもかけずに  
「うん。もちろん彼以外にもいるけどね」  
と、淡々と言った。  
俺もブラインドタッチはできるが、青山はそれに加えてキーを叩くスピードが半端じゃなかった。  
そして、おもむろにメールソフトを起動させ、先程撮ったデータを相手に送信したのだ。  
 
「……これで良し。後は向こうが調べてくれると思う。他にも何人かにこの画像は、  
送るつもりだから、もしかしたら入手経路とかも分かるかも……」  
「そんなことまで分かるのか?」  
「うん。でも必ずではないけどね」  
もし入手経路が分かれば、それを購入したやつが分かるかもしれない。  
そうすれば、あのストーカー野郎の面だって拝めるかもしれないのだ。  
 
「それじゃぁ後は、お前に任すぜ?」  
「うん、いいよ。他にも何か調べておくことはある?」  
他にも、か………。  
「……指紋とか……?」  
「……指紋………さすがにそれは一日二日では無理だよ」  
「一日二日では無理でも、何日かかければ分かるのか?」  
「……多分。でも、それなりにヤバイことになると思うし……」  
いくらヤバイ知識を知っていても、いざとなるとやはり怖いようだ。  
まぁ、当たり前だろうが。  
「分かった。その辺りまではやりたくないなら、やらなくてもいい」  
「……ごめん。……でもなるべく善処するよ……」  
「それじゃぁ何か分かったら連絡してくれ」  
「……うん」  
最後には、いつもの青山に戻っていた。  
 
 
 
青山の姉貴が持って来た、飲み物や菓子を胃に収め、俺は早々に青山邸を出た。  
ただ、青山の顔が、もう帰るの?みたいな顔をしていたのが気掛かりではあったが。  
しかし、それも仕方ないというものだ。  
何故なら、トイレを借りるために部屋を出ると、そこには青山の姉貴がいたからだ。  
直ぐさま俺を見る顔が、先程までのお客さん向けの顔に戻ったが、  
明らかに俺を疎ましく見ていたのは、隠しきれていなかった。  
それを見てしまうと、さすがに早くここから出たいと思うのは、当たり前のことだ。  
それに………あの姉弟は普通じゃない。  
いや、正確に言うと姉貴が普通ではないのだ。  
俺は、先程思い浮かんだ、一線を越えているんではないかと、再び思い返してしまった。  
少なくとも、あれは普通の姉弟のする態度ではない。  
そう、まるで姉のくせに、一人の女のように嫉妬しているみたいだった。  
ともかく、あの姉貴には近づかない方がいいと、俺の本能が告げていた。  
 
「カメラのことは、とりあえずは青山に任せるとして……」  
これからどうするか。  
気付けば、昼はとうに過ぎ、もう3時前になろうとしていた。  
青山邸にかなりの時間、過ごしていたようだ。  
「ま、腹も減ったし飯にするか」  
俺は自販機でお茶を買い、駅に行く途中にあった公園で、遅めの昼食をとった。  
まぁ……弁当には相変わらず………察してくれると助かる。  
 
 
『まもなく○○に到着します。お降りのお客様は………』  
電車内のアナウンスが、地元に帰ってきたことを告げる。  
時間はすでに4時を過ぎており、駅は学校帰りの生徒達が多くいた。  
これならば、怪しまれることもなく、改札を出ることができるだろう。  
もう沙弥佳達も学校が終わっている頃だ。  
この調子ならば、ちょうど良い時間に学校に着くことができそうだ。  
難無く改札を抜け、一路中学校へと足を向ける。  
妹達の学校の生徒達が、ちらほら歩いている。  
もしかしたら、もう校門辺りで待っているかもしれない。  
 
 
 
「えへへ〜♪」  
案の定、沙弥佳達は校門のところで待っており、沙弥佳は俺の姿を目視するや、一目散に走って来た。  
妹は、相変わらず頬を緩ませ、俺の腕にしがみついている。  
綾子ちゃんは、それをほほえましく思っているのか、優しい表情を浮かべていた。  
けれど、俺の破れた制服を見て、怪訝な表情をつくった。  
「あ、あの九鬼さん……」  
「ん? なんだ?」  
「その制服………どうしたんですか? 朝は破れてなかったですよね?」  
「あ、本当だ。なんで破れてるの? お兄ちゃん」  
「んー、まぁたいしたことじゃない。危うく轢かれそうになって、ちょいと転んだだけだ」  
嘘はついていない。  
「えー!? だ、大丈夫!? 怪我してない!??」  
「すりむいて、打ち身になった程度だって」  
これも嘘ではない……出血もしたが、今はもう止まっている。  
「そう……。ならいいけど……」  
沙弥佳が上目使いで、心配そうに俺の顔を覗き込む。  
綾子ちゃんも何やら考えているようで、顔をやや俯かせながら、申し訳なさそうにしていた。  
「そう心配するな。もう痛みもないんだ」  
そんな二人を見て俺は、苦笑せざるをえなかった。  
 
 
翌日。  
昨日から、いつもより早起きして沙弥佳と綾子ちゃんの二人を、学校まで送ることが日課となった。  
もちろん、帰りも迎えに行くわけだが。  
しかし、そうすることで綾子ちゃんが、少しでも気が楽になるというのなら、それで構わないのだ。  
そのせいか、沙弥佳の言うところでは、うちに厄介になるようになってからというもの、  
綾子ちゃんは少し変わったのだと言う。  
俺には、どこがどんな風に変わったのかは分からない。  
けれども、綾子ちゃんにたいして、俺も父性本能とでも言うのか、庇護欲とでも言うのか、  
もやもやとしてなんとも言えないが、それらに近い感情が沸き始めていたのは間違いなく、  
あのストーカー野郎にもたっぷりとお返ししないと気が済まなくなった今では、  
綾子ちゃんといれば、その機会は必ず訪れるのだから、いうことはない。  
 
 
 
「はい、席についてー。HR始めるわよー」  
小町ちゃんの声で、HRが始まった。  
今日は真面目に登校している。  
とは言っても、昨日が特別だっただけで、いつも真面目に学校には来ている。  
……ま、成績がいいというわけでもないんだが。  
「今日も特別あるわけじゃないから、いつも通りな」  
相変わらず、教師とは思えぬサバサバっぷりだ。  
「それと、九鬼。あんたは昼休みあたしんとこに来るように」  
「……はぁ。はいよ」  
「なんだい、そのため息は。大体あたしの仕事場でサボり決め込もうなんざ、10年早いぞ」  
「了解しましたよ、先生」  
「ったく……これでもうちょっと成績が良くて可愛いげがあったら………」  
………あったらどうしたというのだ。  
 
 
昼休みになり、小町ちゃんのところに赴くべく職員室へ移動する。  
斑鳩や、その他数名の男子から、妬みの視線を浴びながら教室を出た。  
教室を出たところで、青山が声をかけてきた。  
「……九鬼くん」  
「ああ、青山か。なんだ、例の件もう何か分かったのか?」  
「……うん」  
「よし。職員室から戻って来たら、詳しく聞かせてもらおう」  
「……分かった」  
こいつもこいつで、相変わらず単語一言しか喋らないやつだ。  
まぁ、欝陶しいのよりはマシだがな。  
青山は、フラリと教室の中へと入っていった。  
 
「……でだ、分かってるのか? 九鬼。お前はもっとしっかりやればなぁ―――」  
「……はぁ」  
小町ちゃんは弁当をつつきながら、かれこれ十数分に渡って、くどくどと説教をたれている。  
(一体いつになったら終わるんだ)  
第一、喋るか食べるか、どっちかにしてくれ、気になってしょうがない。  
「だからな、お前はそうなんであって―――」  
当然だが、説教など右から左だ。  
この女教師は確かに美人だが、俺から言わせてもらうと、どうにも"女"というのを  
いまひとつ感じられない。  
本人の前では、口が裂けても言えないが、はっきり言ってオッパイキャラ以外の何者でもない。  
やはり女というのは、綾子ちゃんみたいな………って、なんで綾子ちゃんがここに出てくるんだ。  
「おい! 聞いてるのか、九鬼!」  
小町ちゃんは更にヒートアップし、説教が終わったのは、予鈴が鳴った直後のことだった。  
こうして俺は、昨日に続いて弁当を時間に食べそこねた。  
 
教室に戻り、青山の姿を探したが、席を外していて見当たらなかった。  
代わりに、斑鳩達からの質問責めを受けることになるなんざ、運がなかった。  
 
 
一日の授業が終わり、俺は斑鳩達から声をかけられるが、手でそれを制し、青山のところへと向かう。  
「よぉ、昼休みは悪かったな。思いの外、小町ちゃんの説教が長くなったんでな」  
「……うん、それはいいよ。予想もしてたしね」  
「そうか」  
青山は頷いた。  
「で、悪いが弁当食わしてもらいながら、話聞かせてくれ」  
「……うん、いいよ」  
俺はバックから弁当を取り出し、昨日に続いて遅い昼食をとりはじめた。  
「で、どこまで分かったんだ?」  
「うん。まずあのカメラは、今まで見たことがなかったと言うのは、言ったと思うんだけど」  
俺は飯を食らいながら、頷く。  
「それであれが最新のものであることは、予想がついてたんだ。だけど……」  
「だけど……?」  
「なんて言うのかな………どうも、あれは市販されている物じゃないみたいなんだ」  
「市販で売られてない?」  
「うん」  
青山は、この上なくはっきりと力強く声にした。  
 
「じゃぁあのカメラは、一体どうやって手に入れたと言うんだ?」  
「それはまだ分からないけど……ただかなり特殊なものみたいなんだ」  
「どういう風に特殊なんだ?」  
「まず、素材からして普通の監視カメラとは違うんだ。細かいことは省くけど、普通、  
監視カメラってプラスチックであったり、ちょっと大きい物であれば鉄製の外殻で、  
カメラそのものを被ったりするんだけど、あれはカメラそのものが既に、外殻でできてる」  
「なんだと……?」  
こいつは驚いた。  
あのカメラは、そんじょそこらじゃ手に入れられない代物だったらしい。  
俺はもはや弁当を食べること等忘れ、青山の話に耳を傾けていた。  
「しかも、カメラそのものが、とてつもなく高性能なんだ。それにこれは友達とも話したんだけど、  
同規模のカメラとしては、間違いなく世界で一番の高性能カメラだと思う」  
 
「………」  
自分が思っている以上に、話が突飛すぎて言葉を失ってしまった。  
「おまけに、赤外線カメラモードまでついてて、もはやただの監視カメラの域を越えてるよ」  
「……それじゃぁ、入手経路なんてもう分かりそうにないな………」  
俺は椅子にうなだれてしまった。  
折角こちら側からの最大の反撃材料になりかねないものだっただけに、ショックは大きかった。  
「いや、まだ諦めるには早いと思う」  
「まだ何かあるのか?」  
「うん。あれだけ高性能で市販に売られてないと分かれば、かなり特殊な状況で作られて、  
かなり特別なルートで流されたものなんだと思うんだ」  
「……なるほど。闇のルートってやつか」  
噂には聞いたことがある。  
合法ではさばけないような代物を、高額でさばき、莫大な利益を生んでいるというのは、  
前に本で読んだことがある。  
その時は、半ば嘘のようにも思えたが、今はそれが実感となって理解できた。  
最も有名で、最も悪質なのは、言わずと知れた麻薬だ。  
「とりあえず、今分かってるのはこれくらい」  
「ああ……すまんな、ありがとうよ」  
「……いいよ。そんな高性能カメラが手に入ったんだから、安いよ」  
「ま、ことが片付いたら後払いで、後二つやるよ」  
その言葉に、青山は歓喜の笑みをこぼした。  
 
 
青山と別れた後、話に夢中になって食べ忘れていた弁当を胃袋におさめ、足早に学校を出た。  
斑鳩達が、終始俺と青山の話に、聞き耳を立て、まだかまだかと様子を伺っていたが、  
俺は、連中の遊ぼうと言う誘いを断って教室を出てきたのだ。  
(しかし……そんなものを、惜し気もなくストーキングの道具に使うなんてな)  
青山の話を聞いた俺は、あの野郎のことを頭の中で反芻させていた。  
だがこれで、ある程度の人物像は絞れるかもしれない。  
そして、ただ一つだけ確信したことがある。  
このストーカー野郎は、ただのストーカーではなく、とてつもなくヤバイ奴なのだということだ。  
 
どこで手に入れたか知らないが、普通では手に入らないカメラを、少なくとも3台は用い(恐らくはそれ以上)、  
対象に近づく者は、容赦なく攻撃し、あげくに対象を孤立させようとしているのだ。  
事実、俺も一度は殺されかけたのだ。  
だがな、ストーカー野郎。  
例え、お前が最狂のストーカーでもな、あくまでお前はストーカーに過ぎない。  
社会不適合者なのだ。  
俺は、お前を許しはしない。  
もし俺の周りの人間を傷つけてみろ、地獄の果てにだって追いかけて、お前をやってやるからな。  
覚悟しておけよ……。  
 
俺は一人、厳粛に誓いを立てた。  
 
 
 
 

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