「ねぇ男。」  
 
窓越しに女が話しかける。  
 
二人の家は隣同士。昔からよく遊んだりもした、絵に描いたような『幼馴染』だ。  
 
「ん?なんだ?俺今眠いんだけど」  
 
あくびを噛み殺しつつ男が答える。  
 
「その…さ…お、男って、す、好きな人とか…いる…?」  
 
唐突な質問に男が目を丸くする。  
 
「…は?何?いきなり何なの?」  
 
「い、いいから!…ねぇ…好きな人、いるの?」  
 
いつになく真剣な表情で女が男に尋ねる。よく見ると頬が少し赤い。  
 
「……いるよ。ずっと、ずっと前から」  
 
その様子にふざけているわけではないと感じ、男も真面目に返答する。  
 
「…そっか。好きな人、いたんだ…」  
 
本人は気付いていないだろうが、顔にはありありと落胆が見て取れる。  
 
男はそれを見て何かを決心したようだ。  
 
「…うん。そっか。ゴメンね変な事聞いちゃって。今のは忘れて!それよりさ…」  
 
女が話を変えようとする。しかし、無理をして平静を装おうとしているのはバレバレだ。  
 
その証拠に、微妙に目尻から涙が零れかけている。  
 
「…なぁ女。」  
 
男が女に話しかける。  
 
「…何よ?」  
 
「俺さ。そいつのことがずっと好きだったんだ。いつから好きだったのかもわからなくなるくらい」  
 
「…」  
 
「そいつはさ。強くて、かっこよくて、でも本当は他の子以上に女の子らしくて」  
 
「…やめて。」  
 
「いつも楽しそうに笑ってて、その顔がすごく好きで、でも時々寂しそうな顔をすることがあって、そんな顔見ると辛くて」  
 
「…やだ。聞きたくない」  
 
「だけど声もかけづらくて、遠くから見てるのが精一杯で、でもやっぱりいつも一緒にいたくて」  
 
「やめて!」  
 
女が男の話を遮るように叫ぶ。  
 
「そんな話…聞きたくない…」  
 
「…」  
 
「自分勝手だってわかってる。でも、男からそんな話聞きたくないよ…」  
 
「…」  
 
「ねぇ…男…。私、ずっと男のことが好きだったんだよ…?」  
 
「…」  
 
「ずっと、ずっと…でも、男に好きな人がいるなら諦めなきゃいけないよね…?」  
 
「…」  
 
「だから…諦めないといけないのに…」  
 
「…」  
 
女の目から涙が流れ始める。  
 
「…やだよぉ…やだぁ!…ひっく…大好きだよぉ…諦めたくない…ふぇ…」  
 
「…」  
 
「…離れたくないよぉ…うぇぇ…ずっと…ずっと一緒にいたい…ひっく…やだよぉ…男…」  
 
ずっと。ずっと一緒だった。  
 
いつも二人だった。  
 
気づけば、男のことを好きになっていた。  
 
近すぎて、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になっていた。  
 
でも、本当はそれは当たり前のことなんかじゃなくて。  
 
気付いていたけれど、声に出したら、もう一緒にはいられない気がして。  
 
必死で自分を騙していた。離れたくなかったから。  
 
けれど、今日。好きな人がいると聞いて。  
 
もう、話すしかなかった。  
 
「…」  
 
「ぐすっ…ひっく…何か喋ってよぉ…ふぇぇぇぇん…」  
 
少しの沈黙の後、男が口を開いた。  
 
「…そいつはさ、ちっちゃい頃からずっと一緒でさ」  
 
「…え?」  
 
頭が真っ白になった。  
 
「いつも一緒にいて、バカやったり、喧嘩もしたりした」  
 
「…男」  
 
ちっちゃい頃。喧嘩。  
 
どちらも記憶にある。  
 
「年取るにつれて、段々意識するようになって、話もしづらくなって」  
 
「…」  
 
そういえば、小学校の半ばぐらいからあまり話をしなくなった。  
 
「中学に入るぐらいからは、バカみたいにそいつばっかり気にしてた」  
 
「…ねぇ」  
 
中学の頃は、よく男と目が合った。  
 
会うと、すぐに逸らされてしまったけど。  
 
「高校に入って、凄く可愛くなって、俺なんか全然釣り合わなくて、ずっと我慢してた」  
 
「…ねぇ、男」  
 
高校に入ってから、何度か告白されたことがある。  
 
男のことが大好きだったから、全て断ったけれど。  
 
「でも、今日、『好きだ』って言われて、もう我慢できなくなった」  
 
「…それって」  
 
期待しても、いいんだろうか。  
 
「結果なんてどうでもいい。ただ、聞いてほしい」  
 
「…」  
 
男が。もしかしたら。自分のことを。  
 
「女。俺は」  
 
「…うん」  
 
好きでいてくれるなんていう、奇跡を。  
 
そして、今。  
 
 
 
「お前のことが、大好きだ。俺と、付き合ってくれ」  
 
 
 
奇跡は、起きた。  
 
「…っ!」  
 
「…っ!」  
 
声が、出てこない。  
 
嬉しすぎて。  
 
「どうしようもないくらい、お前のことが好きだ。」  
 
「…いいの?私は可愛くないよ?」  
 
夢じゃないんだろうか。  
 
こんなことが起きるなんて。  
 
「さっき言ったろ。お前は凄く可愛いよ」  
 
「…ねぇ。さっきの、本当…?」  
 
だから、確かめる。  
 
これが、夢じゃないことを。  
 
帰ってきたのは。  
 
「…何度でも言ってやるよ。…大好きだ」  
 
望んでいた答え。  
 
「…っう…ふぇ…」  
 
「…なんで泣くんだよ」  
 
「だって…嬉しくて…」  
 
「…そっか。…返事、聞いてもいいか?」  
 
「…うん。……こちらこそ、よろしくお願いします!」  
 
こうして二人は、やっと素直になって。  
 
ずっと、ずっと一緒に。  
 
二人で、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。  
 
おしまい。  
 

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