「幼馴染みって面倒なんだよね」
……と、そいつは言った。
「知ってるか? おねしょしてた年齢とか、泣かされた回数とか、泣かした回数とか。そういう腐れ縁の面倒くささ」
「大変だな」
「そう、大変なんだよ。だからだな、俺を少しでいいんだ、かくまってくれ。な? 友達だろ?」
「……いや。悪いが、匿えないな」
「……なんでだよ。いけず」
「気色悪いな」
「ぶった切るな馬鹿」
「……俺は話を早くぶった切って後ろを向く事を薦めるよ」
「は? ……げぇ! 早苗ェ――!?」
「はいはいとっととこっちに来ましょうねー? とりあえずペンチでその軽い口を捻り千切ってあげるから」
「ギャ――! プリーズ! プリーズヘルプミー、吉原ぁ――!」
笑顔で手を振って馬鹿を見送って、俺は頷く。
「分かる。分かるぞ」
……そう。幼馴染みなんてものは、基本的に面倒なのだ。
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家に帰ると、理汐<りしお>がベランダに寝転がっていた。
人間関係が希薄になるとされているマンションで、コイツは驚くくらいに遠慮がない。
面倒な事になる前に、ベランダ窓を開き、声をかける。
「理汐」
呼びかけに対し、返ってきたのは寝息だ。
ベランダも、そうきれいな場所でもない。引きずるように部屋の中に入れ、座布団を頭の下に敷き、タオルケットをかけてやる。
起きた後のために、台所にポテチを探しに行く。
この手の菓子は常備してあるが、……盗み食いとか、されていないだろうか。
「……ふむ」
結論を言えば、されていた。大方、昨日の風呂の間だろう。ゴミ箱を開けば、くしゃくしゃになったポテチの袋がある。
昼寝の後は、何かを食わせなければならない。
そうでなければ、アイツは――
「は……」
ため息を一つ。
非常用に取っておいたホットケーキミックスを取り出し、フライパンを用意する。
この前蜂蜜を直飲みされたので蜂蜜はない。よって、砂糖を多めに混ぜる事で代用する。
……と、背後で理汐が目覚めた気配。具体的には、匍匐前進でこちらに寄ってくる気配がした。
「理汐。あと少し待て」
がたん、と椅子が揺れる音がした。気づかれていないとでも思っていたのだろうか。驚いた拍子にぶつけてしまったのだろう。
「何故バレた、とお前は言う」
「なぜバレ――はっ!」
答え。お前がパターンすぎるから。
「理汐。おはよう」
「……おはよう」
ふてくされたように、理汐は言う。
「ホットケーキ?」
「ああ。蜂蜜はないが、その分生地は甘いぞ」
「ならよし」
立ち上がる気配。そして、歩み寄ってくる気配。
そして、肩口に手がかかり、ぐ、と力が入った。肩が沈み、そこから理汐がフライパンを覗き込む。
「おおー」
「……理汐、」
「ほら、手元手元。注意してよ」
……お前のせいだ、と言えない面倒くささ。
これが幼馴染みだ、と思う。分かっている。分かっているんだ、馬鹿よ。
「……せめて座って待ってろ。遅くなるぞ、ホットケーキ」
「おまえの嫌がる顔も美味しいからいいよ」
「本当にめんどくせぇ!」
「う、うぉう、ごめんっ!?」
「す、すまん本音が出た」
ぐ、と強く握られた肩の手に左手を重ねる。強張りをほぐすように緩く、だ。
「……本音って、ひどくない?」
「ひどくないぞ。大丈夫だ。問題ない」
「そう?」
肩にかかる力が弱くなる。代わりに、うなじ辺りに額が来る。
ぐりぐり、と押し付ける動きは、それはそれで、邪魔だ。
「理汐」
「……邪魔? 邪魔?」
「邪魔だ」
答えると、額のこすりつけが加速した。
「……理汐! 料理の途中で邪魔をするな!」
振り向き怒鳴ると、そこには理汐の笑顔があった。
「やっと振り返ってくれたね、湊<みなと>」
ああ、と思う。
「ねぇ」
「もう少しだけ、顔、近づけてもいいかな」
――幼馴染みと言うのは、面倒だ。
返事は無言。理汐はそれを好き勝手に、……俺の思い通りに解釈して、肩に再度力を込めてくる。俺の膝はそれに逆らわず落ち、そして、ん、と彼女は息を漏らす。
「……ちょっと、ホットケーキの味。あとにおい」
「味見したからな」
「ずるい」
「味見がずるいとはなんだ。お前が作るか?」
「……ごめん。代わりにホラ、……私食べていいよ?」
「……夜にしろ」
やっぱり、幼馴染みは面倒だ。
面倒を見なくちゃならないし、NOと言えなくなってしまう。
にひ、と笑う彼女のため、俺はホットケーキを焼いていく。