兄が超能力者になったらしい。  
 
「と、言う訳なんだ」  
「…ああ、そう」  
 
新年の清々しい朝。  
うろ覚えな初夢の余韻もそこそこに、身も引き締まる様な朝の空気を満喫していた所を部屋に乱入され、私は上機嫌だった自分のテンションを、すぐさま急角度の下降線へと修正した。  
バタンと勢いよく開かれた扉に目を遣ると、兄が居た。  
愚兄が居た。  
…鬱陶しい。  
 
「聞いて驚け。サイコキネシスだぞ。念動力だぞ!」  
 
気の滅入っている私に気づかないのか、それとも端から気にしていないのか。  
凄い勢いでベッドの脇に跪いたかと思うと、矢継ぎ早に言葉を捲くし立ててくる兄。  
今まで見た事の無い有頂天っぷりに、軽く引き気味な私。  
 
本人の言を信じるならば、初夢の夢枕に富士鷹茄子が勢ぞろいだったらしい。  
ついでにご先祖が総出で「お前は超能力者になるのじゃー」と念を送ってきたとか何とか。  
 
…頭が痛い。  
 
「じゃ、着替えるからさっさと出てってよ。あと明けましておめでとう」  
「あ、おめでとうございます…ってお前信じてないだろ」  
 
当たり前だ。と兄の言葉を切って捨て、睨み付ける。  
言外に、いい加減アニメや漫画にのめり込むのは卒業して欲しいという思いを存分に込めてやったのだが、当の本人は何処吹く風といった態度で、こちらをニヤニヤと眺めていた。  
 
「…何よ」  
「いや、折角だから着替えを手伝ってやろうと思って」  
「…は?いい加減ふざけるのも」  
 
プチンという、弾ける様な音が胸元から響き、私は疑問符を浮かべながら、反射的に視線を下へと落とした。  
 
―――パジャマの上着。そのボタンが上から三つ程、外れていた。  
 
「…ぇ」  
 
ボタンが外れて支えが無くなり、襟元からパジャマが左右に開かれ、鳩尾の辺りまで胸元が露わになる。  
予想外の出来事に思考が止まり、ただその光景を眺める事しか出来ない私。  
暫くしてやっと、何で…という疑問が浮かんだが、そんな私の目の前で、四つ目の掛けられたボタンが、グリグリと蠢いた。  
 
―――プチン  
 
まるで透明人間が手を掛けているかの様に、あっさりとはずれ…自分が肌を無防備に晒している事を漸く自覚し、慌てて私は両腕で肌を覆い隠した。  
隠したは良いが、その腕の下ではそんな行為を意に返さないといった勢いで、プチプチとボタンが外れる音が響いてくる。  
慌てて片手で、残っていた最下段のボタンを抑えつけたが…得体の知れない力で腕が弾かれ、とうとう、最後のボタンまでが外された。  
鎖骨の辺りから腰元まで、完全にパジャマが肌蹴られてしまい、戸惑う私。  
 
「…え? マジ?」  
「夢ではございません」  
 
目の前で起こった一連の事態に、抱くべき羞恥心すら忘れ、呆然と呟く。  
それに相槌を打つような兄の言葉に、私はハッと正気を取り戻すと、ほぼ確実に元凶であろう、目の前の肉親を睨みつけた。  
 
ニヤニヤが更に激しくなっていた。  
殴りたい。  
 
「じゃ、次は下を脱ぎ脱ぎしましょうねー」  
「ちょ、待…きゃあっ!?」  
 
普段絶対に発しない私の悲鳴に、「お前でもそんな声出すのか」と、物珍しそうに兄が呟く。  
対する私は、そんな声に反論も出来ないくらい、パニックに陥っていた。  
 
体が浮いた。  
 
種も仕掛けも無く、床から1メートルぐらいの所で、浮遊しているのだ。  
宙吊りといった感じでは無く、プールで水中にプカプカ浮かんでいる様な、妙な感覚。  
非常識な状況と、体中を包み込んでいる妙な力の圧力に、ただうろたえるだけの私。  
そんな私を上機嫌で眺めていた兄だったが、暫くして何かに気付いたかの様に目を一瞬見開くと、一言、感嘆の声を上げた。  
 
「おお」  
「ぇ……あっ」  
 
…私は就寝する時は、ブラは着けない派である。  
突然浮き上がった自分の体の不安定感からか、前を隠す事に使っていた両腕を、思わず辺りに振り回していたらしい。  
 
「ピンク色かあ」  
 
愚兄の呟きに、顔が全力で赤くなるのを自覚したが、まな板の上の鯉状態の私には、有効な報復策が無い。  
ガバリと体を抱え込み、せめてもの抵抗にとひたすら睨みつけてやったが…こんな状態の女性の視線が有効な筈も無く、いやらしさが増した笑みを返してくるだけだった。  
 
「…気が済んだ? 話が本当なのは分かったから、いい加げ…ひぁっ!?」  
 
何とか平静を保ち、言葉を投げ掛けた私だったが、突然、胸の先を摘まれた様な刺激に、思わず悲鳴を発した。  
慌てて、刺激を感じた胸の辺りを探ってみるが、どれだけ触れようとも、そこには何も無い。  
怪訝に思いながら、嬌声と言える声を漏らしてしまった事に恥じつつ、目の前の兄を見据える。  
その兄はと言うと、不自然な程に、私の隠した胸元を注視しており…。  
 
「…っ、あっ」  
 
その隠している両手のすぐ下の肌、胸の形が、クニュリと歪む。  
その刺激に思わず顔を顰め…私は漸く、その感触の正体を悟った。  
 
「何、して…ひっ、駄目、止めて…っ!」  
「フフフフフ」  
 
ウゾウゾと、体を何かが這い回る様な感覚に、私は平静を装う努力を完全に放り投げた。  
 
―――私を浮かせていた得体の知れない力が、体の周りを走り回っている。  
 
舐め回される様な気色の悪さと、伴って生じる、感じたく無い淡い快感。  
今まで感じた事も無い異質な感覚に、私は普段の態度もかなぐり捨てて、目の前に笑う兄に懇願した。  
しかし、対する兄はまるで聞いていないといった様子であり…それどころか、私の反応を楽しむかの様に、更に刺激をエスカレートさせる。  
 
(完全に、ぅ、はぁ、調子に、乗って…ひっ!?)  
 
夢中になっている兄の様子に、これではどうしようもなさそうだと説得を諦め、私は仕方なく、彼が飽きるまで只管その行為に耐え続ける事を選択した。  
口を結び、顔を顰め、足を抱え込んだ様な状態でフワフワと浮かんでいる、私。  
 
「ぅ…ふ、くぅ…ぁ」  
 
得体の知れない力で展示品の様に回転させられ、体中を舐め回される様な感覚に苛まれる。  
…胸どころか、私の身につけていた唯一の下着の中まで力の作用を感じたが、無視。  
文字通り晒し者と言える状態が早く終わる事を願い、私はただ只管、亀の様に縮こまった。  
露骨になりだした各部への刺激を封殺する様に、全力で、漏れ出そうになる声を押し留める。  
 
「…つーか、お前スタイルいいよなあ…」  
「っ…ちょっと」  
 
暫くして呟かれた、今までと違う雰囲気の兄の発言に、体が強張る。  
恐る恐る声を掛け…それまで悪ふざけといった雰囲気だった愚兄の様子が明らかに変化している事に気付き、絶句した。  
…目が血走っていた。  
 
「じゃ、そろそろ、パンツの下も…」  
「ちょ、冗談」  
 
この雰囲気は不味いと兄を嗜めるが、今までにも増して聞いていない。  
何とか止めなくてはと思考を巡らせ…下半身を覆う下着が、独りでにゆっくりとずり落ちる様に動く感覚を感じ取り、血の気が引いた。  
パニックになりながらも、それだけは駄目だと、慌てて片手で蠢く下着を抑えつけようとするが、既に驚く事も無くなった不可視の力に阻まれる。  
泣きそうになりつつも、一抹の希望を抱きながら、私は兄に懇願した。  
 
「止め…お兄ちゃ」  
「いや、いいだろ? な」  
「駄目、お願…あ、やぁっ!?」  
 
スポリと、下半身を唯一守っていた布地が、取り除かれる。  
誰にも見せない、見せるべきで無い部分から、視線を防ぐべき物の全てが取り払われ…その事実に、私は目の前が、真っ白に染まった。  
 
ドカンという音と共に、盛大に兄が背後の壁へと吹っ飛ばされた。  
 
「うげっほ、ちょっ」  
「…え」  
「おまっ、何、これって一体た痛たたたたたたっ!?」  
 
突然の事態に私も兄も驚き戸惑っていたが、次いで見えないロープで縛られているかの様に、体を縮こまらせ、その場から動かなくなる兄。  
メキメキと擬音が聞こえてきそうな程、何かに抑えつけられているかの様に縮こまり、痛みを訴える兄を、私はただ、戸惑いながら見つめるしかなかった。  
 
―――自分が今、出来得るならそうしたかった状況が、現出されている。  
 
疑問符を浮かべながらも、その様子を暫く観察し…ようやく理解した私は笑顔で、告げた。  
 
「ふうん、成る程」  
「痛…え、何?」  
「ああ、ちょっと思い出したんだけど、私の初夢ね…」  
 
縁起モノ満載だった。  
枕元にご先祖総立ちだった。  
 
兄が青ざめた。  
 
「兄妹って良いねえお兄ちゃん。同じ様にこんな力を与えられるなんて、初夢に感謝しなくちゃね」  
「あ、あの…」  
 
多分、いい笑顔なんだろうと思う。  
私の顔を垣間見て、先程から汗をダラダラと流しまくる兄を後目に、私はまだ良く使い勝手の分からない力を、適当に用いる。  
 
「あの、何か股間を押さえつけられている様な妙な力の作用が痛」  
「妹に興奮するとか人としてどうなのかな?」  
 
愚兄のパジャマ越しにも分かるソレの形を見遣りながら、あくまで穏やかに問い掛けてやる。  
潰そうか…と呟いた私の言葉に、青くなる兄。  
冗談だよなと私を宥めるが、生憎と私は八割方本気だった。  
今までの人生で遭遇した恥ずかしい出来事を、遥かに凌駕する事を仕出かしてくれた以上、簡単に許す気は無い。  
 
「…ていうか、盛大に胸が見えてるぞお前」  
 
…自分の服飾の状態を客観視し、顔が火照る、私。  
悟られない様に、笑顔のまま蹲る兄を見下ろすが、そんな私の心中を見透かしたかのように、兄はトドメの一言を投げ掛けた。  
 
「それに結構お前、毛深いのな…ってあの、何か段々と力が強くあ、ちょっと気持ちi」  
「死ね」  
 
キュッと、小動物を締めた様な音と共に、盛大な叫び声が辺りに響き渡った。  
 

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